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転移先で最初の職業選択を間違えてもリカバリーは効く  作者: 葵あさ
2章

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面影

「♪」


 ご機嫌なエレナと蟲狼迷宮を探索する。

 エレナの髪には先日プレゼントした三日月の髪留めがあった。

 気に入ってくれたようでなによりだ。エレノアにもプレゼントした時はなぜか不機嫌モードに入っていたが、今ではお互いの髪留めを褒めたり並べて眺めたりしている。

 まぁ人は理不尽と矛盾で出来ている生き物なので気にしないことにしよう。俺だって一貫性とは無縁な気分屋だしな。


 壁伝いに未発見ルートを探して数週間。

 未だに発見の兆候はないが、魔物との戦闘と訓練でエレナの動きに磨きがかかり、素材や宝箱から得られるアイテムで資金調達もまあまあ順調と、それなりに充実した日々を送っていた。

 まぁまだ借金が残ってるからエンジェルリップには行けてないんだけどね。街でたまに非番のお姉さん達に出くわすといつ来るのかと聞かれるのが辛い。俺だって金があれば毎晩通いたいんだよ、マジで。


 現在は8層の探索をしている。

 正規ルートを探し始めて二か月ほどで8層なのでかなり早いペースに思えるが、ダンジョンは下層に行くほど広大になり、分岐も増える。特にボスを越えた11層や21層からは段違いに広くなるので探索のペースはだいぶ落ちるだろう。魔物も強くなるしな。


「4匹目!」


 まぁ今のところは心配ないけど。淡々とデビルスパイダーを射殺してるし。

 しかしエレナの戦闘センスはちょっと異常だな。的確に急所である頭を貫いているし、たまに威力が足りずに殺し損ねても二射目、三射目と連続でほぼ同じ場所に当てている。Bランクのモニカ並みの精度だ。天才ってやつなのかもしれない。元々弓術Ⅱも持ってたしな。

 これまでは遠距離からの一撃必殺を狙っていたためか連射速度はイマイチだったものの、それもこの探索期間でだいぶ改善されている。弓に関してはBランク冒険者並みと言って差支えないだろう。


「どう?今の結構良かったと思うんだけど」


 デビルスパイダーの群れを遠距離狙撃で全滅させたエレナが振り向いた。


「うん、弓はもう指摘することがないな。これ以上のアドバイスを求めるならモニカとか本職に聞いた方が良さそうだ」


 弓に関して俺は素人だから連携に必要なことだけを伝えた。

 それも充分以上に仕上がっているので本当に指摘することがない。


「そう。じゃあ次は剣だね」


 才能がある上に向上心の塊みたいなエレナに感心しつつ探索を続けていると、その向上心を買った神からの試練なのか、厄介ごとが訪れたようだ。


「エレナ」

「ん、来てるね」


 視線を向けるとエレナも気付いていたようで、頷きを返して通路の奥を注意深く見つめていた。

 聞こえてくるのは戦闘音と……人間の悲鳴。

 この階層で出るのはデビルスパイダーとファイアアント。どちらもCランクパーティなら問題なく対処出来るレベルの魔物だ。

 となれば、力試しに来たDランクパーティがドジを踏んだか、あるいは稀に出現する大きな群れにでも出くわしたか。


 警戒していると、1人の冒険者が姿を現した。

 這う這うの体でこちらに走って来る。

 そして俺達を視認すると警告を発した。


「に、逃げろ!変異体っ……ボスの変異体だ!」


 ドゴォ…!と豪快に冒険者の背後から姿を見せたのはジャイアントデビルスパイダーに似た何か。本来のジャイアントデビルスパイダーは2m程の大きさだが、目の前のそいつは3m近い大きさがあり、蜘蛛の頭部から人間の身体が生えている。そしてその人間の背中には八本の長い腕。うん、キモい。


 変異体。

 稀に出現する通常個体とは異なる形状や性質を持った魔物だ。

 変異の方向性は様々だが、共通している特徴が一つある。それは通常個体よりも遥かに強いということ。平均してランクが一段階程度上がると言われている。

 俺が遭遇したのはレッサーポイズンモスの変異体、人面蛾。ボルケーノトータスも変異体だったらしいけど、あれとは規格外過ぎて良く分からんから置いておく。

 唯一まともに対峙した人面蛾だって油断していたら殺されていたかもしれないくらいには強かった。呪いを纏った毒風なんて凶悪過ぎる。

 レッサーポイズンモスはDランク中位。人面蛾は多分Cランク上位くらいの強さだったと思う。

 ジャイアントデビルスパイダーはCランク下位。じゃああの禍々しい瘴気を纏っている変異体はどの程度だ?


 なんて呑気に考えている暇はないな。

 戦うか逃げるか。エレナに視線を向けるとぶんぶんと顔を横に振ってきた。俺も同意見だ。初見の魔物は高いしボスの変異体なら尚更だ。


 取り合えず追われてる男を見捨てる訳にもいかないから足止めだけでもしておこう。


「エレナ、弓で合わせて。脚を狙う」

「了解!」


 俺はアイテムボックスから投槍を取り出し――人面蛾との戦いで結構使えると感じたので買い足しておいた――全力で投擲した。


 轟ッ!と空気を裂いて槍が変異体に迫ったが俊敏な動きで躱された。通路を立体的に跳ねて躱すとかあの巨体でよくやる。

 エレナが連続で放った二射も同様だ。


「速い……!」

「足止めも難しそうだな。全力で逃げるぞ。おい、7層への階段はこっちだ!急げ!」

「あ、ああ!待って――ぎゃあああ!?」


 変異体には人間と蜘蛛の頭があり、蜘蛛の方の口から射出された糸に冒険者の男が絡め取られた。デビルスパイダーも10層ボスのジャイアントデビルスパイダーも尻からしか糸を出していなかったから意表を突かれた。

 助ける暇もなく糸が引き寄せられ、そのまま蜘蛛の口にバリバリと喰われる。


「あがっ、嫌だ!た、たすけ……」

「ちっ!」

「トーカ!?」


 男は片腕を喰われているが今ならまだ助けられる。

 気付いたら俺は変異体の前に飛び出していた。


「放せよ!」


 男を捕らえている蜘蛛の脚を目掛けて剣を振り下ろす。しかしその瞬間、人体側の背中から生えた八本の腕が伸びた。


「なっ!?」


 凄まじい速度でこちらに飛来する腕を転がりながらどうにか避ける。

 その間に冒険者の男は頭を喰われて絶命していた。


「くっ」

「トーカ!逃げるよ!」


 唇を噛む俺をエレナが引き起こし催促する。

 そうだった。悔やんでいる暇はない。このままだと俺達も同じ末路を辿る羽目になる。


「悪い。行こう」


 頭を切り替え逃走に全力を尽くす。

 剛力を使えば更に速度が出るのだがあれは燃費が悪すぎる。ボルケーノトータスとの一件で余剰生命力もほとんど残っていないので使いどころは選ばなければならない。


 変異体は……食事しながらも追ってくる。行儀の悪い奴だ。育ちが知れるぞ。

 背後から魔力反応。エレナを引き寄せて回避。


「わっ!?」


 糸が俺達の脇を通過して前方へ着弾した。さっき冒険者の男を絡め取った糸と同じ性質ならかなりの粘着性があるはずだ。通路の広い範囲に糸がばら撒かれているため、そこはもう通れない。上層への最短距離が潰された。

 分かれ道を曲がって迂回する。こっちの道からだとだいぶ遠回りになるが仕方ない。


 その後も何度か糸を発射してくる。どうにか回避出来ているがその度に上層へ向かう道からは遠ざかっている。


「これはもう意図的だな。糸だけに」

「冗談、言ってる、場合!?というか、どうして、トーカは、そんな、余裕、なの!?」


 全力で走り続けているエレナはだいぶ息が上がっている。

 俺は軍で地獄の訓練ヘルモード(意味不明)を受けていたからな。自分でもちょっと引くくらいには持久力あるぞ。こっちに来てからもダンジョンマラソンとかで鍛えてたしな。


 背後の変異体が妙な鳴き声を上げる。

 いや、それは鳴き声というか明確に言語だった。


「オンなぁ、まぁてぇ!オンナァ!」

「魔物って喋るのか?」

「聞いたこと、ないよ!」

「とーカ、コロす!オンナ、オガすゥ!」

「トーカの、知り合い!?」

「いやぁ、あんな尖った個性の知り合いは――ん?」


 変異体の人体部分。その顔は随分と浮腫したりところどころ肉が削げていたりするが朧気に面影があった。数日前にエレナをナンパしてきた冒険者。確かヤリステンだったか?

 しかしなぜヤリステンが魔物みたいに?

 というかどう見てもジャイアントデビルスパイダーと融合してるよな。

 いや、そんなことよりまずは逃げることを考えなければ。

 彼我の距離は一定。付かず離れずといったところ。槍や矢を回避した時の運動能力から見て、もっと速度は出せるように思える。それでも追いつかれていないのは狩りを楽しんでいるからだろう。その証拠にヤリステンの顔は愉悦に歪んでいる。


「とーガぁ、キヒひ!ま、真、まテよォ!お、オ、オマ、え!ノ間エ、で、オンなヲ、ヲオ、オカ死テ、やルカラよォ!」


 蜘蛛と人の双方の口から涎を垂らしながらの宣言にエレナもさぞかしドン引きしているかと思いきや、申し訳なさそうな顔で謝ってきた。

 

「ごめん、トーカ!これって、私が可愛過ぎる、せい、だよね!」

「おぅ、この状況でなかなか丈夫なメンタルしてんな。心強いわ」


 目の前には十字路が迫ってきた。ここで撒けるか、試してみるか。

 後方へ煙幕玉、におい袋、投げ網の順で放る。


「ク、そがァ!こ、子、こザイク、ヲ!」

「エレナ、俺の手を!」

「手っ?いえ、ちょっと待って。私達はそんな関係じゃ――」

「ああもう失礼しますよ!」


 隣を走るエレナの手を掴んで十字路に差し掛かる。

 そこで追加の爆音玉を地面に叩きつける。

 単純に大きな爆発音が出るだけの道具だが、ダンジョンみたいな通路がメインの場所では音が反響してしばらく効果が続く。鼓膜を破壊したりは出来ないが足音を誤魔化すくらいは出来るだろう。

 視覚、嗅覚、聴覚を制限した。

 これで追って来れるか?

 俺はエレナに人差し指を立てて静かに走るよう合図して十字路を進む。


「ど、ど、どこ駄ぁァ!ひヒ、ひキョウもノオぉぉ!!」 


 背後でヤリステンが暴れる音がする。

 どうかそのまま末永く暴れていてくれ。

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