桜色の髪の少女
「チクショウ!どうなってやがる!」
裏路地でカストーニが吐き捨てる。
彼を苛立たせているのは冒険者ギルドでの一件だ。
トーカ達といざこざを起こした彼らは情報を得るために冒険者ギルドを訪れた。イステリアに来たばかりの新参者ではあるが、彼らは気弱な相手を見つける嗅覚が優れていた。逆らえないであろう下級冒険者から半ば強引に情報を聞き出すと、トーカとエレナの情報は拍子抜けするくらい簡単に手に入った。
黒髪の男はトーカ。Cランク冒険者だがつい最近まではEランクだったそうだ。あまり依頼を受けている姿をみかけないのに急激にランクを上げているので一部では怪しいと言われているが、Bランク冒険者や騎士にも知り合いがいる良く分からない奴らしい。実力も詳細は不明。先日あったAランク上位の魔物、ボルケーノトータスからの都市防衛戦で貢献したという話もあれば、しゃしゃり出た挙句何も出来ずに大怪我を負ったという話もあった。つまり、正確性のある情報は出てこなかった。
女の方、エルフのエレナはそれなりに有名人らしい。エルフという珍しい種族に加えてあの美貌だ。当然だろう。更に最近まで勢いのあったゴートレス商会ともめていたらしく、そっちの方でも知られていた。エレナが絶世の美少女だとしても大商会とのもめ事に巻き込まれたくない者がほとんどだったため、今までエレナにちょっかいをかける男はいなかったそうだ。件の商会が凋落した今が好機と狙っている男も多いのだとか。
と、情報収集は予想よりもだいぶ順調に進んだ。
だが問題はその後だ。
トーカ達への嫌がらせや襲撃を唆したものの、誰一人として乗ってくるものがおらず「止めておけ」と忠告を受けた。どうやらエレナに絡んでいた荒くれの冒険者が姿を消したことがあったらしい。それをやったのがトーカ…正確にはトーカの伝手でBランク冒険者や騎士が動いたのだと噂されているのだ。
この街における最上位であるBランク冒険者や騎士団に目を付けられたくはないと、誘った冒険者全員に袖にされたのだった。
更に、翻意を勧めてくる同郷冒険者を無視し、伝手を使い、イステリアの裏社会の一翼を担っていると言われる組織『天使会』に話を持っていくと親の仇でも見つけたかのように追われる始末。
黒スーツの妙に顔の整った任侠者に本気の殺意をぶつけられこの路地裏まで逃げてきたのだ。
「何なんだよ、あのトーカって野郎はよ!裏と繋がってやがるのか!?くそ、どうするヤリステン、俺らだけでやるか?」
「そうだな。けど二人だけでヤるのはリスクが高いぜ?」
「じゃあどうすんだよ!このまま舐められっぱなしじゃ収まらねぇよ!」
「ああ、分かってる。それにあのエレナとかいうエルフは極上だったしよぉ。手を引くつもりはねぇよ。あーくそ、なんか良い方法ねぇかな?」
頭を掻きながらバレずにトーカを始末し、エレナを凌辱する方法を考えるがそんな都合の良い方法などない。そんな時、背後から声をかけられた。
「こんばんはー!」
そこにいたのはローブで顔は見えない10歳程の子供。
路地裏には似つかわしくない溌剌とした声でその子供は言う。
「おにーさん達なにか困り事?ステラが手伝ってあげよっか!」
「ああ?んだ、ガキ。俺らは忙しいんだ。どっか行け」
「えー、なに?せっかくステラが手伝ってあげるって言ってるのに感じわるーい」
「うっせぇぞクソガキ!俺は今イライラしてんだ!」
鬱憤の溜まっていたカストーニは子供――ステラの腹を強かに蹴りつけた。
小さな身体はあっさりと吹き飛んで路地裏に転がる――はずだった。
「な、なんなんだてめぇ…?」
ステラを蹴りつけた脚は鋼鉄の塊でも蹴ったかのような衝撃に痺れ、ステラは毛ほども動かずにその場にいた。
「なんだカストーニ、寸止めしてやったのか。意外と甘いところあるな」
「ち、ちげぇよ。こいつ何か変だ……」
「あ?何言ってんだお前?」
「カッチーン。騒ぎ起こすなって言われてるけどやられたらやり返すのは良いよね?うん、せーとーぼーえーだもん」
次の瞬間、ステラの姿が搔き消え、突如としてカストーニの眼前に現れた。
「は?」
「死んじゃえ」
ばちゅん、と湿り気のある音が路地裏に響く。
ステラがカストーニの顔面を殴ったのだ。そして頭部が四散した。カストーニだったものが裏路地に崩れ落ちる。
「……は?」
その光景を目にしながらも理解出来なかったヤリステンは惚けた声を出して立ち尽くす。
「あー!汚れちゃったじゃん、もう!」
手を振り回して手に付着した血やら骨やらを飛ばそうとするステラだが、動きが大き過ぎて目深に被っていたフードがズレた。顕わになった素顔はまだあどけなさが濃く残る少女そのもの。桜色の髪は頭の横で二つ結びにしており、金色でやや吊り目気味の瞳は活発そうな印象がある。外見は単に美しい少女に見えるが、つい今し方相方を殺されたヤリステンの目には得体の知れない怪物としか映らなかった。
少女――ステラはフードが外れていることに気付き、しかし気にする素振りは見せなかった。
「あ、顔見られちゃった」
「ひ、ひぃっ!?」
腰を抜かしたヤリステンにステラはしゃがみ込む。
「だいじょうぶ?」
「待ってくれ!このことは誰にも言わない!だから見逃してくれ!お前の顔も忘れる!」
「えー?なになに、びびっちゃったのー?おにーさん大人なのに情けなーい」
クスクスと笑うステラは人一人を殺した後とはとても思えないほどの自然体だった。
「あ、それよりさ、何か困ってたんじゃないのー?」
「ひ、え…?は?」
ステラにあるのは純粋な厚意。
だからこそヤリステンは恐怖に慄いた。
(こいつ、カストーニを殺しておいて何も感じないてない!)
人を殺しておいてうっとおしい虫を潰したような、そんな感覚しかないのだ。
(化け物…!)
「んー?なになに、黙っちゃって。奥ゆかしいってやつ?気にしなくていいのにー。あ、そうだ!お姉さまからいいもの借りてたんだった。はい、これ見て!」
「ひぃ!」
「あ、顔を背けちゃだめー」
反射的に顔を背けたヤリステンだったがステラに頭を掴まれ、万力のような力で無理やりにそれを見せられた。ひとつの眼球を封じた琥珀。その眼球が怪しく光りを放つ。
直後、生気を失ったような表情になるヤリステン。
「それで、何に困ってたの?」
◇
「あはは!それで返り討ちに遭ったんだ。ほんっと情けないねー。生きてて恥ずかしくないのかなぁ?ねぇ、美人なお姉さんに振られて、仕返しも出来なくて、ステラみたいな小っちゃい子供にも負けて今どんな気持ち?ねぇどんな気持ち?にひひ、泣かないでよー。あ、そうだ!これ使ってよ!なるべく強い人に使った方が良いんだけど、なかなか見つからなくってさー。結局お昼に会った人が一番強そうだったんだよね。あの時渡しておけば良かったかなって。まぁでもおにーさんみたいに身の丈に合わない欲望を持ってる人とはしんわせー?が高いらしいから、もしかしたら良い結果になるかも!うん、物は試しって言うもんね!」
◇
その冒険者は虚ろな顔でダンジョンを彷徨っていた。
(思考が纏まらない。なぜ俺はここに?何をするために?……そうだ、復讐だ。俺に恥をかかせたあの男をぶち殺し、生意気なエルフの女を思うまま凌辱する。そのために強い魔物を探しているんだ。強い魔物を見つけて■■するために。■■ってなんだっけ?いや、そんなことはどうでもいい。とにかく俺は復讐をする。そして女を…それだけだ……)
夢遊病のようにふらふらと覚束ない足取りだったが、男――ヤリステンはそこへ辿り着いた。
蟲狼迷宮の10層、ボス部屋。
ボス部屋に侵入するのと同時にジャイアントデビルスパイダーと取り巻きのデビルスパイダー達が襲って来た。
ヤリステンは取り巻きに腕を、脚を切り裂かれながらもジャイアントデビルスパイダーだけを目掛けて走る。その瞳には既に正気は残っていないように見えた。
ヤリステンの手には黒い煉瓦のようなものがあった。
だがそれは煉瓦ではない。よく見ると粘体のように細部が蠢いている。
「キヒヒ!アイツはコロ、コロす!女は、お、お、犯すゥ!お、お、オレガアあぁぁ!ソノために、に、に!オマえのカラだヲ、ヲを、を、ヨコセえぇエェ!!」
ヤリステンはその黒い粘体をジャイアントデビルスパイダーの頭部に叩きつけ、しかし有効打にはほど遠く、身体を鋭い爪で貫かれて絶命した――かに思われた。
「キシャア?」
ジャイアントデビルスパイダーが違和感を覚えたのか怪訝な視線を送る。しかしその違和感は突如として圧倒的な危機感に変化した。
「シギャアアア!?」
ヤリステンが死に際に叩きつけた黒い粘体がジャイアントデビルスパイダーの体表を覆っていく。その際に絶叫を上げるほどの激痛が生じていたのだ。
黒い粘体は瞬く間に藻掻くジャイアントデビルスパイダーとヤリステンを飲み込み、繭のような球体を形成した。
戸惑うデビルスパイダー達が様子を窺っていると、繭が割れ、それが姿を現した。
デビルスパイダー達の生はそこで途絶えた。




