隷属の首輪
身体が揺れる。揺れる。揺れる。
「いたっ!」
揺れた拍子に頭が何か固い物にぶつかった。壁、か?
その痛みで目が覚めた。
「ん…あれ?俺は確か…、っ」
意識を失う前の出来事を思い出し、ゾクリと身体を悪寒が駆け抜けた。
そうだ、俺、死神のような槍使いに殺されそうになって、必死で逃げて、それで気を失ったのか。
それで今は――
「ここ、どこだ?」
やたらと揺れる箱……馬車の中か?
周りを観察していると横から声をかけられた。
「やぁ、目が覚めましたか」
そこには恰幅の良い男がいた。やや老け顔だが三十代前半か。
「え、えっと、あのちょっと聞きたいんですが」
「私に答えられることでしたら。時間だけはありますからねぇ」
男は商人でランド・カーターという名だった。
ランドの話によると俺達は違法奴隷商に捕まってしまったらしい。どうやら気を失っている間に奴隷商の一行が俺を発見したようだ。戦場は戦闘に巻き込まれるリスクはあるが違法に奴隷を集める連中にとって商品がタダで転がっている格好の狩場でもあるそうだ。商魂逞しいね。
ちなみにランドは仕入れ先との交渉の帰りに不運にもBランク中位の魔物であるブラッディベアに遭遇して護衛と離れ離れになったところを捕まったらしい。
揺れるとは思っていたが、ここはその奴隷商の馬車で、このままだと俺達は鉱山に奴隷として売られるということだった。
「鉱山奴隷ですか」
「ええ。鉱山の仕事は苛酷だし危険が多いと聞きます。長くても半年、運が悪ければ初日に落盤事故に遭って死ぬ…なんてこともあるみたいですね」
それは御免被りたいな。折角黒ドレスから逃げ延びたのに…。
しばらくすると馬車は止まった。
鉱山の町に到着したのかと思ったが、ランド曰くまだ数日かかるらしい。今日はここで野営になるみたいだ。
「……腹減りましたね」
「一応夕飯だけは貰えますよ」
「そうなんですか?」
「商品に死なれては奴らも困るでしょうから。でも奴らの食べ残しです」
「……」
「まあお気持ちは分かります。分かりますけど、死にたくないなら食べないといけませんよ」
俺の嫌そうな表情を見て、ランドさんは諭すように言った。
なんだろう、この人は諦めたような雰囲気が感じられない。物腰は柔らかいのに目の奥には絶対に生きて帰るという強い意志がある。
馬車の外では違法奴隷商とその護衛のゴロツキたちが酒盛りを始めた。商売の成功を疑っておらず浮かれている。街に着いたらどこの娼館に行くとか、酒を溺れるだけ飲みたいだとか、女の奴隷がいないから今回は儲けがイマイチだとか。良い気なもんだな。
「私にはね、家族がいるんですよ」
ランドが唐突に言った。
「妻と、まだ一歳になったばかりの娘です」
「へぇ、いいですね。俺家族いないから羨ましいですよ」
この世界には俺の血縁者は一人もいない。一年半苦楽を共にした友人達も皆死んでしまった。一応顔見知りのゴリラがいるが…あれはまぁいいや。無断でテントを抜け出して戻らない俺はもはや脱走兵扱いだろうし、もう会うこともないだろう。
「これは失礼を」
「気にしないでください。奥さんどんな人なんですか?」
「ふふ、これが自慢ではないのですが私には勿体ないくらいの器量良しでしてね?加えて気立ても良く料理も上手いときて、ライバルは多かったのですがなんとか口説き落としまして。娘も将来はきっと妻に似た美人に育つだろうと今から楽しみで楽しみで」
「お子さん一歳なんでしょう?それは気が早いような…。でもそれじゃあ――」
ランドさんが諦めていない理由はこれか。
家族。
今の俺には無縁だけど、守る物があるからこの人の目はこんなにもギラついているんだ。
「――ちゃんと生きて帰らないとですね」
「……ええ。まったく」
◇
酒盛りが終わってしばらく。
違法奴隷商たちは見張りを残して寝静まったようだ。
そろそろ動くか。
俺達のいる馬車は箱馬車だ。出入り口は後方のひとつだけで窓はない。材質は木なので身体強化だけでも破壊は可能。
最初は鉄格子じゃなくてもいいのか?と思ったが理由は俺達の首につけられた魔導具にあった。
黒い革製の首輪で中心に紫色の石――魔石――が嵌め込んである。
これは隷属の首輪と呼ばれるもので、奴隷に命令を強制するためにつけるものだ。
命令違反をする首輪が締まっていき、奴隷の持ち主が解除しないと遠からず窒息死してしまうという何とも非人道的なアイテム。
そして俺達に継続的に与えられた命令は「首輪を外すな」「逃げるな」「敵対行動を取るな」の3つ。
その命令があるから手足を縛られることもなく馬車の中に放置されているのだ。
ところで魔石とは何か。
魔石は魔物の体内にある核のこと。この魔石が空気中の魔素を取り込み、魔力に変換することで魔物の身体を強靭にしたり強力な魔法を使えるようになっているらしい。そして魔石の《《魔素を魔力に変換する》》という機能は魔物から切り離されても持続する。その性質を利用して魔導具の電池として使われているのだ。
ここで俺のギフト、エナジードレインのおさらいだ。
その効果は『対象の生命力を収奪する』というもの。そしてより詳細には『生体の構成物質を分解しエネルギーに変換・吸収・貯蔵する』となる。
さて、魔石とは何か。それは上述した通り魔物の核。つまり魔物の生体器官のひとつだ。
であるなら、エナジードレインで吸収できるのでは?
そしてエナジードレインに対する抵抗力は死者ならゼロ、あるいはそれに近いということは判明している。本来の持ち主が死に、その後に残された魔石に果たして抵抗力が存在するだろうか。
恐らく抵抗力は無い。
しかし待て。隷属の首輪で「首輪を外すな」と命令されているのでは?
いやいや「魔石を吸収するな」とは言われてないので大丈夫だ。
加えて言うなら「逃げるな」「敵対行動を取るな」という命令にも背いていない。それをするのはこれからだからな。
エナジードレインを発動すると数秒もせずに魔石が粒子となって消え、かしゃんと小さな音を立てて俺の首から隷属の首輪が外れた。
よし。次はランドの首輪も外してっと。
「ランドさん、起きて下さいランドさん」
「ん、んん…トーカくん、どうしました?」
「首輪を外しました。逃げましょう」
「え、いったい何を…っ!?」
「しっ!静かに」
首元に手をやって首輪が既に無い事を確認したランドは驚きの声を上げそうになったが、それを寸前で止める。ランドも状況は理解出来たようでこくこくと頷いた。
「しかしどうやって首輪を…、いえ、今考えるべきはそこじゃないですね。トーカくん、これからどうするつもりですか?」
「出来れば荒事にならないように逃げたいんですけど――」
言いながら馬車の後方にあるドアを開けようとするが、流石にここには鍵がかかっており開かない。
「これ壊したら気づかれますよね」
「ですねぇ」
「ちなみにランドさん、戦闘の方は?」
「申し訳ありませんが…」
「いえ。気になさらず」
ランドは外見からそっち方面には向いてなさそうだしな。
さて、どうするか。
敵は違法奴隷商1人、護衛のゴロツキが4人。魔物の襲撃を警戒して1~2人は見張りで起きているだろう。ドアを壊せばそいつらは俺達に気付いて捕まえようとしてくるはずだ。
それを武器もない状態でどうにか出来るか?
うん、まあやるしかないんだけどな。
あと一応ランドに聞いておかなくちゃな。
「ランドさん、どうします?今から連中と戦いますけど、逃げますか?それともここに居ます?」
一緒に戦う選択はなしだ。それはランドに死ねと言っているようなものだから。
逃げるのなら違法奴隷商達から逃れる可能性は高まるが、武器も護衛も無い状態で夜の街道を一人で移動しなければならない。運悪く魔物や盗賊にでも遭遇したら一発アウト。
ここに残れば俺が連中を片付けられたら安全は確保できるが、失敗したらランドも捕まる。そして相当痛めつけられることになるだろう。
俺が示した選択肢の意味を理解したランドは汗を滲ませながらも笑ってみせた。
「一蓮托生ですよ。ここに残ります。もし無事に助かることが出来たら、お礼をさせてもらいたいですしね」
「自慢の奥さんの手料理、食べてみたいですね」
「ははっ、こういう時は高額の謝礼金を吹っ掛けるものですが、分かりました。妻に頼んで山ほど作ってもらいましょう」
「楽しみです。じゃあ行ってきます」
「気を付けて」
頷き合い、俺はドアに手を当て――ベキリ、と無理やり開けた。




