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転移先で最初の職業選択を間違えてもリカバリーは効く  作者: 葵あさ
2章

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目利きの店主?

 合流したエレナと露店を冷やかしていると聞き覚えのある声に引き留められた。


「兄ちゃん!」

「ん?あ、どうも」


 声をかけてきたのは黒セーラーと『猿でも分かる魔法基礎』を売ってくれたおっちゃんだった。おっちゃんは鼻の下を伸ばしただらしない顔で言った。


「別嬪さんを連れて、今日はデートかい?」

「別嬪さんを連れてデートなんですよ」

「デートっ…とかじゃないし」

「……デートではないそうです」


 直球の否定。泣きそう。

 おっちゃんがずいっと顔を寄せて俺にだけ聞こえるように言ってくる。


「これから落とそうってんだな?やるじゃねぇか」

「いや、そういうのじゃ――」

「おし、おっちゃんに任せとけ。フォローしてやんよ。イステリアのラヴキューピッドとは俺のことだ」


 こんなむさ苦しいキューピッドは嫌だなぁ…。あと無駄にヴの発音意識すんな。キモいぞ。

 そう思っているとおっちゃんが荷箱から商品を取り出して俺達の前に広げた。

 紅い女性用の軍服のような服だった。上はぴったりとした生地に金のボタン、黒いタイで、下は短めの黒いプリーツスカートになっている。むむ、ニーソまでセットとは分かっているな。


「これは?」

「珍しいデザインだね」

「こいつは北のドラグ皇国のダンジョンで発見された服だ。デザインはドラグ皇国やレイバス帝国の騎士…レイバスは軍っつったか。そっちにも似たようなのはあるがここまで鮮やかな真紅は見た事ねぇな。それにこの服のすげぇところはデザインじゃなくて機能面だ」


 どや顔のむさ苦しいおっちゃん。そんなだからいつも客が寄り付かないんじゃないか?

 言わないけど。


「こいつは魔法の装備でな、装備者の魔力に応じて強度が増すし身体強化もされ、ほんの少しずつだが破けても元通りになる自動修復機能も付いてるやがる!本来なら金貨何千枚っつー代物だが、俺と兄ちゃんの仲だ。今だけ金貨60枚で売ってやるよ!」

「魔法の装備が金貨60枚!?」

「おうよ!」


 驚きの安さに目を見開くエレナ。

 そしておっちゃんが再度俺に顔を寄せる。


「その嬢ちゃん冒険者だろ?俺くらいになりゃ歩き方で分かるぜ。どうだ、魔法の装備をプレゼントしてやりゃ兄ちゃんにぞっこんラヴ首ったけ間違いなしだぜ?」

「言葉のチョイスが壊滅的なのは置いておくとして、なんでそんなに安いんですか?今言ってた効果が本当なら金貨数千枚でも欲しいって人はいくらでもいると思いますけど」

「……えーと、それはだな」


 今までの饒舌っぷりが嘘のようにしどろもどろになり、目がすごい勢いで泳ぎ出すおっちゃん。分かりやす過ぎるだろ。


「それは?」

「……言わなきゃダメか?」

「俺、最近とある騎士様と知り合いになりまして」

「待て待て!詐欺じゃない!これはそのなんだ……」


 おっちゃんが観念したようにゲロった。

 防御力上昇、身体強化、防汚、自動修復などが付与されているのは本当だった。レアスキル『鑑定』持ちによる鑑定書も付いている。ただし問題なのは、もう一つ『選定』というスキルが付与がされていること。

 選定の付与がされたアイテムは条件を満たした者でなければ正しく付与効果が発揮されず、更に様々なペナルティが出現してしまうらしい。

 この紅い軍服に設定されたペナルティは重量増加(超)と乾燥(極)。

 使用者として認められなかった者が着用した場合、軍服はまともに歩けないほどの重量になり、着用時間に比例して身体から水分が抜けていくのだとか。

 そんなのもはや――


「呪いの装備じゃないですか。なんでそんなの仕入れたんですか…」

「ううぅ、訳有り品オークションってのがあってよ。大雑把な条件だけ開示された品を競り落とすっつーやつなんだが、そこでビビッと来たんだよ。だって『魔法付与×5』だぞ!?国宝級と言っても過言じゃねぇ!掘り出し物だと思うだろ普通!?」

「いや、どう考えても地雷でしょ。実質付与は4つだし、残り1つがヤバ過ぎるし」

「ぐぬぅ……」


 ぐぬぅ、じゃないよ。キューピッドとか言って呪いの装備売りつけようとしやがって。

 黒セーラーとか今回の軍服とか、デザインを選ぶ目は良いんだけどどこか抜けてる。


「今まで着用出来た人はいるんですか?」

「鑑定書に来歴が載ってたが、発見されてから4人が試して認められた人数はゼロだ。最後に試したのがCランク冒険者の魔法使いでな、装備に圧し潰されて脱ぐのが遅れたせいでしわしわパッサパサの干物みたいになって死んじまったらしい。付与効果もペナルティも発生するのは全ての服を着た後だが、ペナルティが解除されるのは全てを脱ぎ終わった後なんだ。高重量の負荷を受けながらの脱衣で時間がかかったんだろうな……」

「性質悪いですね……」


 乾燥とかいうレベルじゃないじゃん。そこまでいくとミイラ化だよ。

 つか死ぬリスクあるもん売りつけようとすんな。本当に騎士団に突き出してやろうか。


「使用者選定で認められる条件って分かるんですか?」

「それは鑑定スキルのレベルが足りなくて分からなかったらしい。貴族が代々使う装備で血縁が条件のものとか、剣術スキルが条件の刀剣とかは聞いたことあるが」

「なるほど……」


 少し思案して結論を出す。


「今回はパスで」

「そんなこと言わねぇで助けてくれよぉ!頼む!このまま売れ残ったら大赤字なんだよ!」

「趣旨変わってますよ!結局不良在庫を処分したかっただけですよね!?」


 エレナが干物になるなんて到底受け入れられない。


「エレナ、行こう。あれが欲に駆られた人間の末路だ。これからの糧にしよう」

「うん……」

「?」


 エレナの視線の先には件の軍服。

 まさかおっちゃんに同情して買おうなんて言い出す分けないよな?

 いや、そんな表情ではないな。軍服をじっと見つめて、まるで惹かれるように――って!

 あまりにエレナが気にしているから何かあるのかと魔力探知を使ってみたら、軍服からエレナに向かって魔力の糸が伸びていた。これって、もしかしてもしかするのか?


「……仕方ない、金貨20枚なら買います」

「トーカ?」

「おっちゃんの選ぶ商品は面白いからな。ここで破産されちゃ勿体ない」

「待ってくれ、こいつを手に入れるのに金貨80枚も出したんだ。せめて45…いや、40でどうだ!?」

「申し訳ないですけど、今は俺も金欠でこれ以上は出せないです」

「ぐぬぅ…、じょ、嬢ちゃんの方は」

「ごめん、私は今手持ちがないから……」


 助けを求めるようにエレナに縋るも一蹴されておっちゃんが崩れ落ちた。

 まぁ、本当のことだよ。生活費といざという時の為の金を除いて全ての稼ぎを借金の返済に回してるからな、この子。今日だってウィンドウショッピングだけで買い物はしてないし。今着てる服も相当悩んで買ったに違いない。

 もしもエレナが選定条件をクリアしているのなら金貨40枚どころかその100倍払っても安いくらいだけど、現状確かめる術はない。試着してみて駄目だったら目も当てられないからな。装備するなら高レベルの鑑定スキル持ちを見つけてからだ。


「ぐぬぬぬぬ!分かった、持ってけ泥棒!ただし返品は受けつけねぇからなッ!」


 という訳で魔法(もしくは呪い)の装備を手に入れた。

 鑑定スキル持ちが見つかるまではアイテムボックスの肥やしだけどな。



 トーカは優しい。

 私たち姉妹を救ってくれたこともそうだし、普段の何気ない言葉や仕草にも気遣いが見える。姉さんには「人間は信用出来ない」と言ったけれど、トーカは別だと、本当は気付いていた。

 それを認めたくなかったのは、やっぱりどうしても怖いからだ。

 トーカに裏切られたら。

 そんなことはあり得ないとしても、心のどこかに、古い部屋の隅にある黴のようにしつこい恐怖がある。


 それと同時に心配にもなる。

 私はトーカから貰った分を返せるのだろうか。

 トーカとは対等でいたい。そうでありたい。

 でも現実は借りが増えていく。

 さっきだって私が紅い服に見惚れていたらトーカが買ってくれた。

 使えるか分からない、あんなに高価なものを。

 買わないでおこう、お金が勿体ない。そう言おうとしたけれど、言葉は出なかった。多分私の内心が欲しがっていたんだと思う。我ながら度し難いほどに浅ましくて悲しくなる。

 

 露店から離れて、そのことをトーカに告げると「偶にはギャンブルも良い」なんて笑ってたけれど、私に気を遣ったのは明白だ。


 今日の外出はとても楽しかった。

 イステリアに来て一年くらい経つのに、街をこんな風にのんびりと見て回ったのは初めてだった。

 当初の目的など忘れて……いや、最初からあってないような目的だった。そう、純粋に楽しんでいた。トーカもきっと楽しんでくれていたと思う。


 もう夕方だ。あと少しで日が暮れる。

 この楽しい時間は終わって、また明日からダンジョンに潜る日々。

 それも悪くないけれど、今は出来るだけ長くこの時間の中にいたかった。

 

 不意に思い出したのは先日の姉さんの言葉。


『トーカさんをどう思っているか判断がつかなかったら手を握ってみなさい。その時にどう感じたか。それで答えが出るわよ』


 夕日に照らされて浮き彫りになるのは実戦で鍛えられたことが想像出来るしっかりとした、それでいて無駄のない筋肉がついた腕。そして自分のものより二回り以上大きく、血管の浮き出た手。


(声をかけるべき?でもなんて言えば……。ううん、少し手を握るくらい友人なら普通。そう、普通のこと。それにこれは確認のために必要なことだもん)


 そう自分に言い聞かせ、少し前を歩くトーカの、意外と大きくてゴツゴツした手に、私はそっと手を伸ばし――、


「ねぇキミ、今暇ぁ?」


 いかにも軽薄な男に声をかけられたのはそんな時だった。

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