デート(自認)
ダンジョン探索の休養日、俺はイステリア大通りにある噴水を目指していた。
夏の始まりを思わせる陽気の中を何も考えずぼーっとしながら歩いていると直径20m程の大きな噴水が見えてきた。噴水の中央には昔、大陸を支配しようとした魔王を討伐したという勇者と、その仲間の賢者、騎士、聖女の像が建っている。御伽噺ではなく実在した人物らしく色々な場所に勇者像はあるが、地域ごとで伝わり方に結構な差異がある。レイバス帝国で見た勇者像は勇者、賢者、騎士が男性で聖女のみ女性。イステリアの像は勇者以外が女性のハーレムパーティ。ううむ、羨ましいことだ。
別の地域ではメンバーの数が違ったり職業が違ったりと本当に様々あるようだ。ついでに勇者の恰好もテンでばらばら。レイバスでは短髪マッチョだったけど、イステリアのは中性的なイケメン。どこかの国には女性の勇者像もあるとか。
勇者さん、忘れられてるやん。
魔王を倒すなんて偉業を果たしても時間が経てばこんな扱いか。可哀想に。
さて、俺が噴水に向かっている理由は待ち合わせのためだ。
昨日エレナから買い物の誘いがあった。探索で使う消耗品は補充したばかりなので武器でも見たいのかもしれない。
同じ宿の隣に部屋をとっているのだからわざわざ待ち合わせしなくても良いと思うのだけど、さっきエレナ達の部屋を訪れたところエレノアしかおらず、エレナが噴水前で待っていると言われたのだ。
俺と一緒に宿から出てくるところを見られたくないとかそういう理由だったら泣くよ?
待ち合わせスポットである噴水の周りには幾人かが立っていた。
その中でひと際注目を集めている少女がいた。
控えめなフリル付きのブラウスに青のスカート。
美しい金髪のサイドで編み、前髪を気にしている。
元々は背中ほどまであるロングだったのだが、グスタフ達と戦った時に髪を犠牲にして1人倒したとか言ってたな。思い切りが良いと言うかなんというか。今の髪型も似合っていて素晴らしいんだけど。
しかしあれ、エレナだよな?
普段の革鎧、ショートパンツ、ブーツ姿とのギャップで目を疑ってしまった。
元々非の打ち所がない美少女というのは分かっていたが、ああいう服装をすると更に際立つな。横のカップルとか彼氏がガン見して彼女にぶん殴られてるし。おい、その辺にしておけ、彼氏くん白目剥いてるぞ。
周りにいた人に引き剝がされるカップルを無視してエレナに声をかける。
「ごめん、待った?」
「ううん、今来たところ」
あれ?男女が逆のような…。まぁいいか。
「そういう服も似合うな」
「そ、そう?普段からこういう恰好の方がいい?」
「いつもの服はあれはあれで似合ってるよ。別の魅力があるから比べられないかな」
「!?な、なんか今日のトーカおかしいよ!?そんなに褒めたことないでしょ!」
いや、休日に女の子がお洒落してたら褒めるくらいの常識は持ち合わせてますが。
「さて、じゃあ行こうか。何を見る?弓?剣?それとも防具?」
「………え」
「え?」
あれ、エレナの表情が一気に無になったような……。
そして膨れっ面になる。なにそれ、可愛いんだけど。
「え、なに。どうした?」
「別にっ。なんでもないです」
「え、エレナ?」
つーんとそっぽを向くが、絶世の美少女がやるとそれも絵になる。
が、機嫌を損ねたままというのも不味い。
どうしたものかと考えあぐねているとエレナは深いため息を吐いた。
「まぁ、トーカがそういう人だっていうのは分かってたよ。少しでも期待した私が馬鹿だった」
「お、おう。なんかごめんな?」
「いい。……今日は街を見て回りたいだけ。別に特別用事がある訳じゃないから気が進まないなら――」
「いや、気は進むぞ!どこまでもな!」
「え」
だってそれって実質エレナとのデートってことだろ?
美少女エルフとデートだなんて元の世界じゃいくら願っても叶わない夢だ。こっちの世界でだってどれほどの幸運か。いや、分かっている。デートではなく、単に街歩きのお供として選ばれたんだろう。そこは誤解していないぞ。でもデートってことにしておいた方が俺が幸せだからな!俺の中ではデートで良いんだ!
「さ、お手をどうぞ」
「……結構です」
ぷいっとまた顔を背けて前を行ってしまった。
くっ、手を繋ぐにはまだ好感度が足りないか。昨日までの俺は一体何をしていたんだ!情けない!
しかし数歩進んでこちらを振り向いた。
「早く来て」
「アッハイ」
どうやらデート(自認)は継続のようだ。
俺は今日、世界一幸せな男かもしれない。
◇
イステリアはルカ共和国一の交易都市だ。
大通りには周辺国から流れてきた珍しい交易品を売る店が軒を連ねている。
この世界ではデパートのような一つの箱に様々なテナントを入れるタイプの商売はあまりメジャーではない。首都クラスの大都市ならあるのだが、このイステリアにも出店計画段階で建つのはまだ先のようだ。
その代わりと言ってはなんだが、専門店や怪しげな露店などは数多く存在する。
俺達が最初に訪れたのはクトロア工芸店。
交易品が集まるという特色を活かして様々な国の工芸品を取り扱っている店だ。
「色々あるし、綺麗だね」
「エレナはこういう店よく来るのか?」
「ううん、はじめて。ルシアに今度デ…出かけるって言ったら教えてくれたのよ。これはお皿?なんで真ん中に窪みがあるの?こっちのカップはすごい細かい細工してあるね。あ、ハピネスバード。色硝子で作ってるんだ。すごく綺麗……」
先程までの不機嫌は何処へやら。物珍しい工芸品の数々にエレナの瞳は輝いていた。うん、どうやら機嫌が治ったらしい。
考えてみれば休日にお洒落をしてわざわざ武器屋に行くわけもない。気晴らしに遊びに来たかったのだろうに俺が無粋なことを言ったせいで気分を害したのだ。うん、反省だ。そうと分かれば目一杯楽しむとしよう。
その後もいくつか店を回り、物珍しい商品を見てはエレナははしゃいでいた。俺も暇な時はぶらぶらと店を覗くのが趣味になってるからその気持ちは共感できる。特にこの街は色んな国の文化に触れられるから楽しさ数倍だ。南国風の民族衣装やら何かの儀式に使う骨やら謎の仮面やら見ていて飽きない。
「こんにちはー!」
一旦エレナと別行動を取っていると、露店が集まる一角でフード付きのローブを着た子供に声をかけられた。目深に被ったフードのせいで顔は見えないが、声の高さと仕草からは恐らく少女のようだ。背格好的に10歳くらいだろうか。フードからちらりと桜色の髪が覗く。
「こんにちは。もしかして迷子?」
「にひひ、違うよー。でもでも、心配してくれるなんておにーさん良い人なんだねっ」
「いえいえ、それほどでも。それで、どうして俺に声をかけたんだ?」
「んとねー、あ、おにーさんお名前はー?」
「俺はトーカだよ。よろしく」
「うん、よろしく!トーカおにーさん!――それで、ちょっと聞きたかったんだけどトーカおにーさんって結構強い人?」
「ん?そうでもないぞ?俺より強い奴はこの街にはいくらでもいるし」
騎士長とか副騎士長とかギルド長とかBランク冒険者とか。Cランクだって俺より強い奴は沢山いるだろう。
「ふーん、そうなんだ。ステラの勘外れちゃったかー」
「ちゃったみたいだなぁ。強い奴を探してるのか?」
「うん、そうなの。でも見つからないんだー。ザコザコの雑魚ばっか。トーカおにーさんは結構強いと思ったんだけど……」
「そりゃあ見込み違いしたなぁ……。じゃあ冒険者ギルドとか騎士の詰所に行ってみたらどうだ?運が良ければ強い人に会えるかもしれないぞ」
「ほんとっ?ありがとう、トーカおにーさん!」
「いえいえ、どういたしまして」
そうして俺はステラに冒険者ギルドと騎士の詰所への道順を教えた。
ステラが元気よく「ありがとー!」と手を振って去って行ったのと時を同じくして、別行動していたエレナが合流した。
「迷子?」
「いや、強い奴を探してるんだと。依頼とかかな?」
「ふーん」
ステラの後ろ姿は雑踏に紛れてすぐに見えなくなった。




