休日出勤は本人の知らない所で決まる
それからは正規ルートを探す日々が続いた。
延々とダンジョンを歩き回っていても退屈なので何か暇潰しはないかと考えていると、エレナから近接戦の指南をして欲しいと頼まれた。
どうやら以前グスタフ達にいいようにやられたことで弓使いであっても多少心得は必要だと痛感したらしい。剣は持っているが本格的に習った訳ではないとのこと。
うむ、その意気や良し。接近されたら終わりの遠距離職なんてタンクがいない少数パーティじゃ穴も良いところだ。という訳でセーフティゾーンに辿り着く度にレイバス帝国の鬼教官ことクソゴリラから教わった戦闘術を教えていた。科目は身体の細いエレナでも扱える剣術と武器が無くなった時の最後の恃み、体術。
今回は体術だ。
「エレナは筋力が弱いから組みつかれたら終わりだと思って、距離を取ることを意識すること。相手の動きを良く見てカウンターを合わせられれば威力は倍だ。非力でも大ダメージを狙える。ただカウンターはリスクも伴うから確実に決められる時か賭けに出る時以外は使わないように」
「わかった」
「じゃあもう一本やるか」
「おう!」
手を傷めないようにと買った革のグローブをギュッとなおしてエレナが突っ込んでくる。
挨拶代わりにエレナが左の拳で牽制のジャブを数度。腕でガード。
ステップで横っ飛びから頭目掛けての蹴り。スウェーで躱す。
次はこちらから。
スウェーを戻す勢いを使って加速、軽いジャブ。蹴りで重心がずれたエレナは回避ではなく防御を選択。腕で防ぐが足元が疎かだ。重心のずれた軸足を軽く掬うように払う。
「あっ…とと!」
態勢を崩しかけたが後ろに側転しながらどうにか転倒を避けた。上手いな。
「対人戦は常に重心に注意。巻き返す方法がないでもないけど転んだら挽回は厳しい」
「はい!」
素直で非常によろしい。
俺がゴリラ教官に同じこと言われたときは「いつか地べたに転がして差し上げますよ」とか反発して半殺しの憂き目に遭ったものだ。小さい男ってやーよね。
「続ける?」
「もち!どんどんいくよ!」
その後も小一時間ほど模擬戦を行った。
エレナの飲み込みはなかなか早い。根がまっすぐだから助言は素直に聞き入れるし、指摘された箇所はすぐに改善してくる。更に近接戦闘の才能もあるのか時々ハッとさせられる攻撃をしてくる。グスタフを殴り倒した時の動きはマグレじゃなかったようだ。まぁ見た感じ弓の才の方が圧倒的ではあるけど。
このまま成長していけば今のようにエレナの躍動する美しい脚や平均的ながらもしっかりと揺れる胸、首筋に落ちる汗なんかをゆっくりと鑑賞する余裕もなくなってしまう予感がする。それはとても寂しいので今のうちに網膜に焼き付けておこう。
「なんでによによしてるんだよ!くっ、この!」
によによしてたか?気のせい気のせい。
◇
夜、緑の小竜亭。
エレナとエレノアはグスタフとの一件以降、トーカの隣の部屋を借りていた。
それなりに高級な宿のため防犯面でも安心できるし、大通りへのアクセスも良い。何より色々と偏見を持たれやすい石化の呪いを受けた姉を快く受け入れてくれた素晴らしい宿だ。料金が高いことがネックではあるが、法外な利息を払わなくてもよくなったエレナなら充分に充分に支払える額だった。
ダンジョン探索を終えたエレナは食堂で作ってもらった夕食をエレノアと共に食べていた。手足が石化しているせいで自身では食事を摂れないエレノアのために匙を口元まで届ける。
夕食の時間にその日にあった出来事を話すのが姉妹の日課になっていた。エレノアはベッドから動けないのでもっぱらエレナの話題が中心だ。しかし今日のエレナは拗ねたような顔で口が重かった。
「なにかあった?」
「え?あ、別になにも……」
「んふふ、なにもないって顔じゃないわね~。話してごらんなさい」
「う……」
エレノアはにこりと笑顔を浮かべているだけなのに妙な圧がある。この顔をされるとエレナは逆らえる気がしなかった。
「トーカのことなんだけど」
「うんうん」
「トーカって女の人の知り合い多いんだよ。今日もダンジョンに行く前にその、えっちなお店で働いてるっていう女の人達が親し気に話しかけて来たし、ギルドではリディア――受付嬢なんだけど、その子とか、弓使いのモニカとか、騎士を連れた小さい女の子とか色んな女の人と仲良く喋ってること多いし……」
「トーカさんは人気者なのね。優しいし、不思議でもないかしら」
「そうかもね。魔物と戦ってる時もさりげなくフォローしてくれるし、疲れてないか気にかけてくれるし、訓練だって嫌な顔しないで付き合ってくれるし、街を歩く時は歩幅を合わせてくれるし、優しいよ。きっと他の人にも同じく優しいんだよ――でも」
「自分だけを見て欲しい?」
問われたエレナは一瞬ハッとしたが、首を横に振った。
「……まさか。あり得ないよ」
「どうして?」
「だってトーカは人間だよ?トーカは一応、信用出来ると思うけど、でも人間はすぐ嘘を吐くし、簡単に裏切るもん」
「人間にも色々な人が居るわよ。エルフだってそうでしょ?」
「それは、そうだけど……」
俯くエレナに、エレノアはくすりと微笑んだ。
「エレナ、さっき言った言葉を忘れては駄目よ」
「え?」
「トーカさんは人間なの。私達とは時間の流れが違う。貴女はまだ若いから実感が伴っていないでしょうけど、人間はあっという間に老いて死んでしまうの」
「それは……」
「もし彼に惹かれる気持ちが少しでもあるなら、きちんと向き合うこと。どういう決断をするにしても向き合うことから逃げたら後悔しか残らないわよ」
「……姉さんは、誰かに惹かれたことはある?」
精霊と生物の中間の存在とされるエルフは恋愛感情や生殖本能がかなり希薄な者が多い。
かくいうエレノアも例に漏れず、永い時を生きてきて一度も恋愛感情を持ったことはなかった。
「残念だけどお姉ちゃんには縁がなかったわ。里の外にもあまり出たことがなかったし」
「そう……」
「あ、でもトーカさんは良いわね。アプローチしちゃおうかしら」
「え゛!?」
「冗談よ。トーカさんだってこんな呪い持ちの年増に言い寄られても迷惑でしょうし」
冗談めかして笑う姉を見てエレナは内心穏やかではなかった。
(トーカと姉さんが?そんなの駄目!…駄目?どうして?……そう、姉さんは私から見ても美人だし、今は石化のせいで魔法使えないけれど里一番の魔法使いで、料理も裁縫も上手で、トーカには勿体な――)
と、そこまで考えて命の恩人に対して随分な言い草だと気付いた。
(――くはないか。命懸けで私を救ってくれた。その後だって、面倒を見る義理もないのに手を貸してくれてる。信用は、多分、出来る人間。姉さんとトーカ、二人なら釣り合いが取れる……。私に比べて姉さんは胸だって大きいし…胸…だって……)
「どうしたの?」
「……どうしたら姉さんみたいに大きくなるの?」
自身の胸をもにもにと触りながら呟いた。
「どうって言ってもねぇ……」
「教えて」
「そんなに身を乗り出さなくても……。もう、エレナだって小さくはないでしょう?でもそうね、あと10年もしたら同じくらいにはなるんじゃないかしら。私の妹ですもの」
「10年……。人間にとっては長いよね……」
その呟きにエレノアはあらあらと喜色を浮かべた。
(気付いてるのかしら?その言葉が出る意味に)
人間を毛嫌いしていたエレナの心境の変化を嬉しく思いながらどうしたものかと思案し、ある提案をすることにした。
「エレナ。トーカさんとデートしてらっしゃい」
「で、デート?」
「トーカさんに対する気持ちが整理できていないのでしょう?一日羽根を伸ばして確かめるといいわ」
「そんなの…ダンジョン探索の時でも」
「気を張っている時に考えても答えが出ないこともあるわ。その証拠に、エレナ。今自分の気持ちが迷子なのよ」
「う……」
「次の休日に…いえ、準備もあるから次の次の休日ね。トーカさんを誘って遊んでいらっしゃい」
「でも……」
「お姉ちゃんのことなら心配ないわよ。いつも通りクーニャさんがお世話をしてくれるもの」
「その日はクーニャもお休みの日じゃ……?」
クーニャはトーカが心の中で猫獣人さんと呼ぶ緑の小竜亭の従業員である。
彼女にはエレナがダンジョン探索で不在にしている間、身体を動かせないエレノアの面倒をみてもらっているのだ。当然チップは払っているが、休日にまで頼むのは申し訳ないと思い、クーニャの休日にはダンジョン探索を休んでエレナが身の回りのことをするようにしていた。
「この前女将さんお気に入りの壺を割ってしまったのを忘れてあげたの。それを思い出しそうになればきっと喜んで手伝ってくれるわ」
「姉さん……」
エレノアが一瞬見せた底意地の悪い笑みに薄ら寒いものを感じたが、それも自分を思ってのことだと思い至ったエレナは苦笑いを浮かべた。
「ありがとうね」
(ふふ、可愛い妹の初恋だもの。全力で応援するわよ。あー、エレナのこんな可愛らしい姿が見られるだなんて。トーカさんには本当に感謝してもしきれないわね)




