地雷は意外と身近に埋まっている
俺とエレナは万屋カーターを訪れていた。
目的は消耗品の補充と情報収集だ。
「ほう、蟲狼迷宮の正規ルート探索を?」
「ええ。それで、何か探索に役立ちそうな道具はありませんかね?」
「そうですね、未発見のルートが物理的に閉ざされている場合は探知系の魔道具や魔法で発見できるかもしれません。魔道具には壁の向こう側に空間があるかを判別する物があるんですよ。しかし蟲狼迷宮は長期間正規ルートが見つかっていないわけですから、その手の魔道具は既に試されているでしょう。と、なれば何かしらの条件で入口が出現するタイプか、あるいは探知魔法を阻害する魔法が壁面に使われている可能性が高いと思います」
「なるほど。その阻害って突破出来るんですか?」
「探知を阻害する魔法が使われていても探知範囲を狭めるだけで完全に無効化することは出来ません。ですから探知範囲を狭めて深度の深める設定にすれば有効でしょう。ただ一度に調べられる範囲は狭くなるので大量の魔道具を持ち込んで虱潰しに捜索、ということになりそうですが」
おうふ、マジか。
まさかの物量作戦を提案されるとは。
いや、冗談だってのは狸腹の店主、ランド・カーターの表情から分かるけど。
「ははは、いくつ魔道具を消費するか分かったもじゃありませんな。理屈の上ではそういう方法もあるという話です。実際にはコストがかかり過ぎるので誰もやらないでしょう。蟲狼迷宮全体を網羅するとなるとミスリル貨何百枚になることやら。いやぁ、お力になれず申し訳ない」
ミスリル貨の価値は100万円くらいだから10億単位の金がかかるというわけか。そりゃ誰もやらんわ。
条件達成で新ルートが開く場合もあるというのはリディアから聞いていた。記録によればダンジョンを100周とか、一匹も魔物を倒さずに最奥に辿り着くとか、全ての罠にかかるとか、とにかく様々な条件があったそうだ。ギルドの資料室には蟲狼迷宮正規ルートを開拓しようとした冒険者達の記録が過去30年分ほどあるらしいので、それは近いうちに確認しておこうと思う。
まぁ条件達成タイプだとしたらどの条件が正解か分からない以上、まだ試されていない方法を思いつく端から試すことになる。……うん、たった2人では現実味がない。
魔法で隠されているタイプなら俺の魔力探知を使えばいつかは見つけられると思うが、それも時間がかかりそうだ。なんたってダンジョンは広大だ。最短ルート以外も周る必要があるから相当時間が必要になる。まぁ、狩りのついでだと思えばいいか。期間は特に設定されていないし、失敗時の違約金も無しの依頼だ。のんびりやろう。
もし成功すれば金貨500枚の報酬だ。
おまけにギルド長は一週間の独占探索権も付けてくれた。
階層ボスの初回撃破時は確定で宝箱が出るし、レアドロップ率もほんの少しだけど高い。
独占探索権が効力を持つ期間は俺達だけが正規ルートに挑戦出来るというのだから結構な大盤振る舞いだ。まぁ、正規ルートを発見出来たらの話だけど。
ランドと軽く情報交換をして、消耗品の補充をする。
いつもぎりぎり利益の出るラインまで値引きしてくれるので頭が上がらないです。モス狩りの時に万屋カーターを蒼天に勧めたり、ダンジョンの成果物を売ったり細々と恩返しはしてるんだけどね。
俺とランドが話している間、エレナは店内を物珍しそうに見学していた。
ダルキンのジジイのせいで商人に苦手意識が出来ていないか心配だったが杞憂だったようだ。いや、最初はランドのことも少し警戒していたようだが、奥さんのルシアが案内を買って出てくれてからはだいぶ自然体になった。ルシアさん、グッジョブ。ここは頻繁に使ってるから出来ればエレナにも気に入ってもらいたいんだよな。
「ではこちら、ご注文の品です」
「あ、ありがとうございます……」
ランドと従業員のシュスカが箱に入った荷物を持って来た。
「どうかされましたか?」
「あ。いえ……さっきシュスカさんが店の外に出て行った気がしたのでちょっとびっくりして」
「そうですか? うふふ、気のせいですよ」
穏やかに笑うこの人もちょっと謎が多い。
ただの従業員ではなさそうだけど何となく深入りしない方が良さそうな気がする。
注文していたアイテムは大体いつも通りの物だ。ポーションや煙玉、閃光玉、におい袋、砥石、油などこの店で探索に使えそうな物、少年心をくすぐられる物は大体入っている。今回は干し肉やチーズなんかの携帯食料も頼んだが、これは他の冒険者と遭遇した時のカモフラージュ用なので普段はあまり買わない。アイテムボックスに入れておけば熱も保存出来るからいつでもホカホカ料理が食べられるもので。
いつもの調子で購入品をアイテムボックスに放り込んでいるとエレナが奇妙な声を上げた。
「あああ、アイテムボックス!?」
あれ、言ってなかったっけ?
……言ってなかったな。
◇
蟲狼迷宮第11層。
俺達は互いの戦闘スタイルを共有してから連携を試してみることにした。
低層では魔物が弱すぎて連携を取るまでも終わってしまうので11層のグラスウルフ君を練習相手に指名。
何度か戦闘を繰り返した結果、エレナの能力は予想以上に高いことが分かった。
元々森で狩りをしていたらしいし、ここ1年はソロで蟲狼迷宮に潜っていたのだ。それなりの腕前なのは予想していたが、気配の消し方や弓の威力、命中精度などかなり高い水準にあった。
ただ、常にソロで行動していた弊害なのか前衛がいる状態での戦いには不慣れなようだった。俺に当てないよう過度に慎重になってしまい、明らかに撃つべき場面で待ちを選択してしまうことが何度かあった。雑魚狩りでは問題ないけど、今後ダンジョンボスなんかを相手にする時のために少しずつ矯正していきたいな。
うん、美少女を矯正とかちょっと犯罪の香りがするね。悪くない。
「なんか変なこと考えてない?」
「【全然】」
「トーカ……?」
ううむ、この互いの嘘が分かる契約魔法は本当に律儀に作動するな。
基本的には嘘を吐かなければ良いのだが、咄嗟だと取り繕えないこともしばしばだ。
「いやらしい」
「ちゃ、ちゃうねん」
く、そんな蔑むような目で見ないでくれ。目覚めてしまいそうだぞ。
「……あのさ、この嘘発見魔法契約そろそろ破棄してもよくないか?」
「なに?トーカは私に嘘吐きたいの?」
「いや、そうじゃないけど。些細な嘘も伝わるとちょっと恥ずかしいかなって。エレナもそういう時あるだろ?」
「ないと言えば嘘になるけど、いいんだよ。嘘だらけの世界なんだから、偶には嘘の通用しない相手がいても良いでしょ?」
騙されて詰みかけてたエレナが言うと説得力が違うな。
まぁ俺もこの関係が面白いとも思ってるし、エレナが良いなら良いか。
その後、グラスウルフ君に練習相手になってもらい連携を試した。
エレナの適応力には正直驚かされた。戦闘を重ねる度に各段に援護射撃が上手くなっていくのだ。魔力探知で後方の様子も伺っていた俺がフレンドリーファイアを見ないで回避したのも安心材料になったようで、それからは割と遠慮なく矢を放ってくるようになった。
互いの呼吸をそれなりに覚えたところで、初日ということもあり早めに切り上げた。
街に戻ったエレナが「明るいうちにダンジョンを出るの久しぶり」と呟いたのを耳にして、今日は飯を奮発することを決めた。うぅ、いっぱい食えよ。
翌日はギルドの資料室で蟲狼迷宮正規ルートを探索した記録を漁った。
30年もの期間があるにしては大した量はなく4時間ほどで全てに目を通せたがあまり参考にはならなかった。条件タイプはほとんど運みたいなものだから諦めるとして、やっぱり魔力探知で地道に探していくか。
ランドの予想通り蟲狼迷宮の壁は魔力探知を阻害していたが、触れるほど近くで魔力探知を使えば多少奥まで探ることが出来た。これなら隠し通路なんかがあれば発見できるだろう。多分2~3年もあれば30層まで隈なく探索できそうだ。長いなぁ…。
「そう?ダンジョンの新ルートなんて10年単位で探索しても見つかるか分からないって言うよ。それに3年なら大した時間でもないでしょ」
「いや、3年は結構長い……あれ?そう言えばエルフの寿命ってどのくらいなんだ?」
ファンタジーだと数百年、ものによっては数千年生きるみたいなのもある。長命種は時間の感覚が人間と違うというのも良くある設定だ。
エレナが首を傾げている。なにそれ、可愛い。
「大体500年くらいかな。精霊と生物の間みたいなものらしいから他の生き物より長生きなんだ。ある程度まで成長したらそれ以上は老化もしないしね。まぁ精霊と違って殺されたら死ぬけど」
「ほーん?」
500年か。凄いな。それに不老……。ファンタジーってすげー。
つか精霊がいるのか。そして殺されても死なないと。
「エレナって今何歳なの?」
「29だけど」
「まぢ?タメだとは思わなかったな…」
どう見ても15~16くらいにしか見えない。
会話していて受ける印象としても精神年齢は10代そこそこって感じだ。肉体も精神も成長はゆっくりなのだろう。
ちなみに、こっちの世界の暦は1年が12か月。1か月は30日固定。ほぼ地球と同じだ。
更にちなみに、俺の29歳の誕生日はレイバス帝国軍訓練兵団の山間訓練中だった。鬼であるゴリラ教官から二週間逃げ続けるという地獄の鬼ごっこだ。俺は誕生日の朝を自分で掘った地面に籠り、雑草の偽装を被った状態で迎えたのだ。なんでかな、思い出したらちょっと泣きそうだ……。
「タメ?」
「同い年ってこと」
「え?トーカと私同い年なんだ。ふふ、へー?」
なんでちょっと嬉しそうなんですかね?
「エレノアさんは?」
「姉さんの歳?姉さんは、ああ見えて結構……ひっ!?」
「どうした?」
「なぜか急に寒気が……」
「お、おう、そうか。今日は早めに休むか。体調崩したら大変だ」
この話題は深堀ってはいけない。直感がそう告げていた。




