ありがとう
応接間に戻った俺は騎士長が凹ませたテーブルの上に大金貨と金貨を並べ、気絶したままのダルキンの親指にナイフで軽く傷をつけた。血の滲んだその指を契約書の返済確認欄に押し付ける。
「これで返済完了っと」
一度魔法契約を交わせば条件を達成しない限り永遠に契約に縛られることになる。
ダルキンが失脚しようが罪人になろうがそれは変わらない。だからエレナを助けるためには返済を完了する必要があった。
必要なのは三つ。
金と契約書、そしてダルキンの受取り印だ。
金はエンジェルリップの副支配人に貸してもらった。頼んだらめっちゃ嬉しそうな顔で貸してくれた。しかも無利子、無期限で。これは暗に返却不要と言われているようなものじゃないか?足向けて寝らんないね。絶対返すけど。つか俺のチキンハートじゃ返済するまでエンジェルリップに行けんわ。くぅ、また禁欲生活か……。
契約書は独特な魔力を発しており、同じ魔力がエレナとダルキンからも伝わってきていたので場所はすぐに分かった。魔力探知便利だね。
あとはダルキンに拇印を押してもらって返済完了。エレナを縛るものは無くなった。目覚めるのが一日遅かったら手遅れになっていたところだ。どうにか間に合ってよかった。
こんな手の込んだ仕掛けをしたのはダルキンが素直に金を受け取らない可能性を考えたからだが、その予想は見事に当たっていた。随分とエレナに執心しているみたいだったし。
迅速に動いてくれた騎士長と騎士の人達には本当に感謝だな。特に騎士長には下級冒険者のコスプレに包帯まで巻いてもらった。正体を隠すために、と本人発案なのだがなぜか部下の騎士数名には俺が睨まれた。気持ちは分かるけどさ、騎士長がやるって聞かないんだもん。仕方ないじゃんか。
窓の外を見るともう日が沈みかけている。目覚めて、騎士長に事情を話し、大急ぎで準備を整えて現在だ。慌しい一日になったものだ。
エレナとエレノアは緑の小竜亭にいるはずだ。さっさと契約は無くなったと伝えてやろう。
騎士長に再度お礼を告げ、上を下への大騒ぎをしているゴートレス商会を出る。
騒ぎを聞きつけて集まっていた野次馬の壁を抜けて大通りへ向かっていると、後ろから声をかけられた。
「トーカ!」
「ジェイド?っと、英雄様とお呼びしないと失礼か」
「やめろやめろ、鬱陶しい。もうギルドの連中に散々からかわれたぜ…」
肩を竦めるジェイドと、その隣には串焼きを頬張っているフェイの姿もあった。
今回の都市防衛の第一功はジェイドだというのは騎士長から教えてもらっていた。そのことでイステリア市民から『英雄』と呼ばれていることも。
「トーカ、無事だったのね。怪我をして騎士長さんのお屋敷にいるって聞いていたけど大丈夫なの?」
「ああ、傷自体はほとんど治ってる。フェイもジェイドも無事みたいで良かった。他の2人は?」
「2人とも大きな怪我はないわ。ナタリアは買い出しに行ってて、エリックなんか今回の件について都市議会が組んだ調査隊に招聘されてあちこち歩き回ってるわよ」
「あの戦いの後で大変だな」
「あいつのは趣味よ。招聘だって断れたのに嬉々として飛んで行ったわ」
エリックは知的好奇心の塊みたいな感じだったもんな。
ところで気になることが一つ。
ジェイドが背負っている人物に視線を向ける。
「みんな無事なら良かったよ。それで、それは?」
「お前の客だよ。おら、身体が大丈夫なら受け取れ」
「っと」
ジェイドから渡されたそれは長い耳に肩口まで短くなった金髪の少女。――エレナだった。
意識はない……寝てるのか?
エレナを背負い、どういうことかと視線を向けとジェイドは肩や首をコキコキと鳴らしながら教えてくれた。
「ずっとお前を探し回ってたみたいだぞ。随分と長いこと探してたみたいでな、ついさっき偶然出くわして、お前が騎士長さんのとこにいるって伝えたら気を失っちまったんだ」
「呼吸に乱れはないし過労だと思うわ。この子に無事なこと伝えてなかったんでしょう?あなたが生きてると伝えた途端気を失ったからきっと安心したのね」
「そうか……」
伝えていなかったというか、伝える術がなかったわけだけど。
しかし奴隷堕ち間近という絶望の只中にいるというのに、他人の俺を心配していたのか。
「アホだな」
「お前もな。結構似てると思うぜ、お前ら。他人のために突っ走るとことか」
「じゃあお前らもだな。故郷でもないのにあんな化け物に喧嘩売ったんだから、相当だよ」
「言われてみりゃそうだな!だははは!」
大笑いするジェイドを呆れた目で見ていたフェイが伺うように言った。
「あのさ、その子の借金のことなんだけど。私達今回の依頼で結構報奨金貰ったから――」
「フェイ、そりゃ駄目だ。蒼天のリーダーとして許可出来ねぇ」
ジェイドが珍しく真面目な顔でフェイを諫める。
「な、なんでよ?」
「冒険者はどこまで行っても自己責任。騙す方が悪いに決まってるが騙された奴みんなを助けるのか?一度くらいなら問題ない。金も入ったしな。けど、この嬢ちゃんを助けて、別の街で同じような奴を見かけたときお前どうする?また助けるのか?それとも今度は見捨てるのか?そんで見捨てたらお前、自分を責めるだろ」
「う、でも……」
「人助けが悪いとは言わねぇ。そりゃ良いことだ。けど誰を助けるか、どこまで助けるかの線引きはしっかりしろ」
「……うん。あの、ごめん、トーカ。期待させるようなことを言ったわ」
「俺からも謝るぜ。フェイの気持ちは本物だ。けどここで嬢ちゃんを助けたらフェイはそのうち葛藤することになる。そうやって潰れた奴を何人か知ってる。悪いが俺には嬢ちゃんよりフェイが大事だ。……それに」
「それに?」
疑問顔のフェイに『ニッ』と歯を剥き出しにしてジェイドが笑みを見せる。
「お姫様を助けるのは王子の役目だもんな?」
「え?え?どういうことよ」
「タイムリミットが迫ってるっつーのにトーカは全く焦ってない。つまり、上手くやったんだろ、トーカ王子?」
「あ!そう言えば!」
どうなの!?とフェイに詰め寄られた。
「まぁ、なんとか。エレナが奴隷堕ちすることはないよ。フェイ、心配してくれてありがとう。あと二度と王子って言わないでくれ、英雄様」
「ぐっ、分かった。停戦といこう」
「なによなによ、男同士で分かり合っちゃって。どうせ私は察し悪いですよ」
「だはは、うちのお姫様がご機嫌斜めになっちまった。目的も果たしたし俺らはこの辺で失礼するか。まだ少しイステリアにいるからその内飲もうぜ」
「ああ、楽しみにしてるよ。エレナのこと、ありがとうな」
2人の後ろ姿を見送る。
拗ねたようなフェイをジェイドが必死にご機嫌取りしているようだった。
フェイの態度はフリっぽいけど、ジェイドもそれを分かってて乗っているんだろう。どこか楽しそうだ。
さて、俺も宿へ戻るか。エレナが街を駆け回っていたのならエレノアも心配してるだろう。
◇
トーカが帰ってこない。
私達姉妹を自分が使っている宿に押し込んだ後、トーカは防衛戦に参加すると言って出て行ってしまった。
確かにトーカほどの力があれば充分な戦力になると思う。それは蟲狼迷宮での戦いやグスタフを容易く撃破した場面を直接目にした私には良く分かる。
でも、強いからと言って心配をしない理由にはならない。なにせ相手はAランク上位、正真正銘の化け物なのだから。
ボルケーノトータスが討伐されたという情報が都市中を駆け巡ったのはその日の夕方になってから。街中で歓声が上がった。けれどいつまで待ってもトーカは宿に戻って来なかった。
翌日、猫獣人の従業員に外出する旨を伝えて冒険者ギルドに向かった。
冒険者ギルドには防衛戦で功績を上げたパーティや人名と、今回の戦いで犠牲になった戦死者の名前が張り出されていた。
「……ない」
ほっとしたのも束の間、悪い想像が脳裏を掠める。
(戦死認定はされていない。でもトーカは戻って来ない。戦勝祝いをしてる人達もいたけどトーカは私達を放ってそっちに行くことはしない。行くとしても絶対に一言かけてから行く。短い付き合いだけどそれくらい分かる。じゃあトーカは今どこにいるの?大怪我をして動けない?それとも身元が分からないくらい酷い死――)
「っ…!」
ぽろぽろ頬を涙が伝う。
(違う……!トーカはきっと怪我で動けないんだ。あのお人好しのことだから誰かを庇って怪我でもしたんだよ。そうでしょ?)
自分に言い聞かせるように結論付けて涙を拭う。
怪我人が運び込まれるのは治療院や教会だ。イステリアは大きな街なのでそれらはいくつもあるが、今回の戦いで負傷したのなら戦場に近い南区のどこかにいるはずだ。
エレナは頭の中で南区の地図を広げ、端から回って行くことにした。
◇
「ここにもいない…」
南区で最後の教会を訪れたエレナは失意に身体が崩れそうになる。
しかしここで立ち止まっている暇などないと、鉛のように重くなった足を無理やり動かして外に出る。
(探さなきゃ…)
「っ、どうしたんですか!?ひどい顔色ですよ!」
すれ違ったシスターが悲鳴のような声を上げる。
考えてみれば蟲狼迷宮を抜けて、グスタフたちに襲われ、碌に休まずに街中を駆け回っていたのだから疲労は限界を越えている。相当酷い顔をしているのかもしれない。
「大丈夫」
「でもっ」
「……ごめん、急いでるんだ」
心配してくれるシスターに申し訳なく思いながらもエレナは次の目的地に向かった。
日はとっくに変わっており、朝日が目に痛い。
次に向かった先はボルケーノトータスとの戦いがあった場所だ。
地面はあちこちで陥没や亀裂があり、戦闘の激しさを物語っていた。冒険者と騎士の遺体は既に回収されていたが、魔物の死骸は多くが放置されている。そこまで手を回す余力はなかったのだろう。
ひと際大地への被害が大きい場所には調査を行っているのか文官らしき人物や冒険者、護衛の騎士たちがいたが、トーカの姿はなかった。
見覚えのある眼鏡の青年がいたような気もしたが、極度の疲労と焦燥感に苛まれた状態だったエレナは虚ろな目で一瞥してすぐにトーカの姿を求めて視線を他所に移した。
(どこにいるの……?トーカ……)
一度宿に戻り、トーカが帰っていないことを聞いてまた街を探す。
探して探して探して。
無事を確かめたかった。
(誰も救ってくれなかった私に手を差し伸べてくれた人。『大丈夫』って、一番欲しかった言葉を言ってくれた人)
明日には契約魔法の効果で奴隷に堕ちる身だ。
エルフのくせに碌に魔法も使えない自分に何かが出来るとも思えない。
それでもただ一言、お礼を言いたかった。
あの日伝えられなかった言葉を。
(私が私として使える最後の時間で)
どれだけ探し回ったか、太陽が沈みかけた頃、その2人の姿を見つけた。
「ジェイド、フェイ……」
「ん?おう、嬢ちゃん……ってどうしたその顔!?」
「それにその髪は!?」
「これは、あはは、気にしないで。それよりトーカを、探していて……」
「トーカ?あいつなら騎士長の屋敷にいるはずだぞ。防衛戦で騎士長を庇って怪我をしたらしくて」
「馬鹿、ジェイド!」
「あっ、と、いや、怪我の程度はそんな酷くない……はずだ。騎士から聞いた話だが。だからそんなに心配することは「……かった」――ん?」
「生きて、たんだ……。よかった……」
突如として地面が無くなったような浮遊感。
そして遠のく意識。
(だめ……。まだトーカに、伝えてないのに……)
そんなエレナの心とは裏腹に意識は沈むように落ちていった。
◇
ゆらゆらと一定のリズムで揺れる。
誰かに背負われているような、そんな感覚。
広い背中から伝わる体温と、いつか嗅いだ安心できるにおいが心を穏やかにしてくれる。
心地良い。
微睡みに支配された視界が微かに映したのは新月の夜を切り取ったような黒髪。
夢?
私は結局トーカに会えなかった。
だからこれは私の後悔が見せている都合の良い夢。叶わなかった未来の残像だ。
それでも、夢だとしても伝えたかった。
「とーか」
一言だけでも。
「ありがとう」
「――おう」
1章 完
今回で1章終わりになります。お付き合い頂きありがとうございました。
ストックもなくなってきたのでこれからは一日一話更新になります。
少しでも面白いと思って頂けたらブックマーク、↓の☆☆☆☆☆で評価して頂けると執筆のモチベーションが爆上がりするのでよろしくお願いします。
引き続き明日からの2章もお付き合い頂ければ幸いです。ではでは。




