悪徳商会長の末路
だらしなく膨れた腹と蛇の如く狡猾な目をした老人が応接間で表面上はにこやかに来客の話を聞いていた。老人の名はダルキン・ゴートレス。自ら興したゴートレス商会を一代でイステリア指折りの大商会まで育て上げた英才だ。
本来アポなしでの面会など特権階級が相手でもなければ適わない人物だが、今回はとある少女についての用件だと対応した部下から伝えられ、特例として面会を受け入れたのだった。
ダルキンは目の前に座る冒険者風の男達、若い黒髪の男と包帯で顔を覆った屈強な男に対して愛想良く問いかけた。
「――では貴方たちがエレナ嬢の借金を代わりに返済すると?」
「はい。誰が金を返そうと問題ないですよね?」
「ふぅむ、そうですなぁ…」
ダルキンは弛んだ顎を撫でながら考える。
(ボルケーノトータスがイステリアに向かっていると聞いた時にはエレナを失ってしまうやもと肝を冷やした。迎えに行かせたグスタフ達も戻らんしな。まったく、腕利きだというから雇ったのに使えん奴だ。しかしボルケーノトータスは討伐された。後は明日になるのを待てばエレナは契約に従い自分からワシの元へやってくる。そうなればあの無二の宝石のように美しい身体をワシ好みに加工出来るのだ。それをこんな木っ端冒険者共に邪魔されてなるものか)
穢れのない乙女を自分好みの玩具に改造するのがダルキンの趣味だった。
これまで何人もの少女を時に借金の形に奴隷へ落とし、時に薬漬けにし、時に家族を人質にして加工を施してきた。そのほとんどは廃人になり、闇市場に流されるか護衛のゴロツキ達の性処理人形になっている。
だがエレナは違った。
これまでの人生の中で見つけたひと際輝く美貌を持った少女。
これまで宝石だと思っていたものが急に石ころだったと気付いた。それほどの衝撃。
故にエレナだけは心を殺さないよう細心の注意を払って身体だけを加工し、ダルキン無しでは生きていけないよう調教するつもりであった。そう、ダルキン・ゴートレスは齢70を迎えてようやく伴侶とする女性を見定めたのだ。――そこにあるのは歪んだ独り善がりの偏愛ではあったが。
故に冒険者への答えは決まっている。
「駄目、ですなぁ」
「なぜでしょう?」
「その金はエレナ本人が稼いだものではないでしょう?出所の怪しい金は受け取れませんよ。トラブルの種になるかもしれませんからね」
「これは俺の金ですが」
「失礼ながら、貴方の身なりを拝見するに精々Cランクといったところでしょう?金貨1500枚もの大金を稼げる冒険者とは思えませんなぁ」
その言葉に黒髪の青年が言葉を詰まらせる。
当然普段のダルキンは後ろ暗い金だろうが受け取る。どう稼ごうが金は金。それ以上でも以下でもないと思っている。だがこういう建前が効く相手が一定数いるということも熟知していた。
こう言われてしまえば大抵の者は大人しく引き下がる。もしくは理不尽だと叫んで暴れ出す。暴れるならばそれでいい。この商会内にはグスタフには及ばないもののCランク冒険者の用心棒が10名ほど詰めている。叩きのめして犯罪奴隷として売り払うでも衛兵に突き出すでもダルキンの胸三寸だ。
(どうする?)
内心でそうほくそ笑むダルキンだったが、包帯の男が発した言葉は以外なものだった。
「共和国法にそのような取り決めはないだろう」
「……貴方は共和国法を隅から隅までご存じだと?」
「話を逸らすな。騎士を呼んで確認してもらうか?」
騎士は戦闘訓練と共に高度な教育を施されたエリートだ。その教育課程では法学についても教え込まれている。
それに首都の騎士なら金で融通を利かせることも出来るが、ここイステリアの騎士は異様に法と正義を妄執している人間が多く、後ろ暗い商売をしている身としては極力関わりたくない存在だ。
「……わたくし共の商会独自の取り決めにございます」
「それは故意に契約違反を誘発させる行為にあたる。共和国法第17条4項に抵触している」
苦し紛れの方便にも包帯の男は小ゆるぎもせずに返してくる。法に関する知識を習得している証左だ。
(こやつ、文官か騎士の家系か?面倒な……。だが所詮は冒険者、少し脅せばどうとでもなろう)
「なかなか博識なようですな。しかし聡明とは言い難い」
「どういうことだ?」
「どうもこうもない」
ダルキンはそれまで貼り付けていた笑みを仕舞い、商売で使う威圧の顔を持ち出した。経験の浅い商人ならこの顔を見ただけで震えあがって逃げ出すこともある顔だ。
「この街でワシに逆らってまともに暮らしていけると勘違いしているところが、だよ。冒険者風情が。明日から道具屋も武器屋もテメェらに一切物を売らないようにしてやろうか?ついでにテメェらの家族、友人を残さず奴隷堕ちさせて飼ってやっても良いぞ?冒険者の身内なんぞ大した女はいないだろうが穴さえあればワシの雇っている冒険者共は喜んで使――ヒィッ!?」
ドゴンッ!
包帯の男が振り下ろした拳が樫のテーブルを打ち、大きく凹ませた。
表情は見えないが激怒していることは明らかだ。
「私の家族を、友を、なんと言った……?」
激情を抑え切れぬといった声音が海千山千の商人を震え上がらせた。
「ま、待て!ワシがこの街にどれだけ貢献していると思っている!ワシに何かあれば都市議会も黙っておらんぞ!?」
「安心しろ。都市議会がこのようなことを知れば飛ぶのは貴様の首だ。特に都市長は脇の甘いところはあるが、あれ程市民のことを想っている為政者も珍しい」
「な、なんなのだ、貴様は!分かったようなことをベラベラと!」
男が包帯を外し、その素顔が顕わになる。そこにあったのはかつて至高の騎士と呼ばれた男。騎士として致命的な傷を負い、一線を退いてなお、多くの国に求められた精悍な男の――憤怒に染まった顔だった。
「っ!?ジェラルド・ローレンツ!?」
「騎士に対する脅迫。これも充分罪に値する。騎士団の詰所で取り調べをさせてもらおう」
「なんだと!?そんな横暴が……くそ、そうか謀ったな!」
そこで初めから仕組まれたことだと気付いたダルキンは選択を迫られた。
このまま大人しく詰所まで付いて行き、洗い浚い今までの悪行を白日の下に晒されるか、あるいは全てをなかったことにするか。
ダルキンは愚かにも後者を選んだ。
「誰か!こいつらを捕らえろ!いや、殺せ!」
その悲鳴にも似た怒号に、ゾロゾロと部屋に入って来たのは護衛や圧力外交、汚れ仕事の為に雇っているCランク冒険者達だ。初めからダルキンの背後に控えていた2人を合わせて8人になる。
後から入室して来た冒険者達は、最初こそ余裕を見せていたが相手が誰か悟るとその表情をたちどころに強張らせた。
「だ、旦那。そいつは……ローレンツ騎士長、ですよね?」
「勘弁してくれよ。騎士に手を出したとなっちゃ結果がどうあっても俺達終わりですぜ」
「金は払う!全員に金貨1000枚だ!証拠も残さんから安心しろ!くそ、早くしろ!最初に傷を負わせた奴は金貨500枚追加、仕留めた奴には更に2000枚追加で払ってやる!」
その言葉に雇われ冒険者達は色めき立つ。
金貨1000枚など普通に生活していれば拝むことの出来ない大金だ。更にボーナスまで付くとなれば尚更であった。
「へへ、そういうことなら。悪く思わないでくれよ、騎士長さんよ」
「俺達も生活があるんでね」
「――安いな」
「あん?何だって?」
周囲を取り囲む冒険者達に騎士長はまるで気負うことなく小さく呟いた。
そして――、
「随分と安く見積もられたものだ。私の首がたかが金貨3000枚やそこらとはな。その侮辱、高くつくぞ!!」
雇われ冒険者達は途端に空気が凄まじく重く感じ、呼吸の仕方を忘れたように息が出来なくなった。
「なっ!?」
「がっ…!」
「く、苦しい…!」
バタバタと倒れていく冒険者達。その中にはダルキンも含まれていた。泡を吹いて倒れている。
黒髪の青年、トーカが訊ねる。
「今のは……?」
「殺気を飛ばしただけだ。こんな子供騙しにすら耐えられんとは軟弱なことだ」
「はは……」
間近でその殺気の凄まじさを感じていたトーカは、顔を引き攣らせて乾いた笑いを浮かべることしかできなかった。
「ダルキン・ゴートレス。違法契約、違法奴隷売買の疑い、及び騎士への侮辱、脅迫の罪で捕縛する。商会の従業員にも共犯者がいるはずだ。証拠隠滅を防ぐためにこの場にいる全ての者を拘束させてもらう」
失神したままのダルキンに告げ、騎士長は窓を開けて外で待機していた騎士に合図を送った。
すると密かに商会を包囲していた騎士達が一斉に商会内に踏み込み、従業員・客を問わずに拘束し始めた。
建物の中は怒号と悲鳴が飛び交い騒然となった。
「なんか大事になっちゃいましたね。すみません」
「構わんさ。無法を働くのであれば裁きを受ける覚悟をするのが道理。そんな無法者を放置していた私が言えた義理ではないがね」
「ゴートレス商会の噂とかは聞いてなかったんですか?」
「黒い噂はあった。しかし調査を行った都市議会からは特別問題はないと報告を受けていた。都市議会は信用できる。恐らく内偵していた衛兵が買収されていたのだろう。そちらも捕らえるよう指示しておこう」
衛兵は騎士の下部組織のような扱いだが命令系統が異なり、その数も1000名以上と多い。騎士長自ら指導している騎士とは違い、かつそれだけの数がいると汚職に手を染める者も出てくるのだろう。
「それよりトーカ君、例の契約書を探さねば。ダルキンは話が出来る状態ではないし、幹部がいたら連れて来よう」
「いえ、大丈夫です」
そう言ってトーカは応接間から出て、騒然とする廊下を抜けてダルキンの執務室までやってきた。いくつかある棚の引き出しから迷いなくそれを選び、引き出そうとして施錠されていることに気付いた。
「そりゃ当然だよね。でも…テッテレー!これなーんだ?」
「?」
「あ、すみません。うちの故郷ではこういうノリがありまして」
「そうか。それはダルキンの胸ポケットにあった鍵か?」
「さっき借りちゃいました。多分これで……」
鍵穴に差し込み回すとカチリ、と開錠する音が鳴る。
引き出しの中には一枚の魔法契約書が仕舞われていた。
「これだ」
「なぜここにあると?」
「ちょっと魔法を齧っていまして」
「……齧った程度で出来る芸当とは思えんが」
訝しがる騎士長に曖昧な笑みを返してトーカは契約書を確認する。
そこに書かれていたのはエレナを騙すことを前提にした文章。裏に小さい文字で色々書かれてるね。うん、エレナは俺に嘘を吐けないから疑ってはいなかったけど、ダルキンは話の通り屑野郎だったみたいだ。
利子が乗った現時点での返済額も魔法で書かれている。その金額――金貨1467枚。
「一夜虚しい応仁の乱ってか?焼野原になったのはお前の方だったな」
暗記本的には人の世虚しいだっけ?一夜の方がなんかかっこよく覚えやすかったんだよね。
「オーニン?」
「すみません、これも故郷のノリです。それじゃあ契約書も手に入ったし早速契約解除しますね。騎士長殿にはここまで協力して頂いて本当に感謝しています。この恩は必ず返しますので、何かあればいつでも言ってください」
「ふふ、恩を返すために君の頼みを聞いたのだ。それに君が恩を感じるのはおかしな話だろう。これで貸し借りは一旦清算としよう。これからは対等な、善き友人として付き合いたいものだ」
差し出された手をトーカはズボンで手を拭ってから握った。
「光栄です。よろしくお願いします」




