タイムリミット
目が覚めると俺が泊っている緑の小竜亭の部屋ではなかった。
広く、上品な調度品のある部屋。ベッドはクイーンサイズくらいあるだろうか。
「どこだ、ここ?」
なにがどうなった?
俺は確か――ああ、そうだ。あのデカ亀に喰われたんだった。
んで食道から胃に運ばれてる最中にアイテムボックスにあった毒鱗粉と麻痺鱗粉を全部ばら撒いて、おまけに体内からの魔法なら効くんじゃないかって雷魔法を使ったんだ。グスタフとの戦いで多少コツは掴んでいたし、少しばかり改良して高威力の雷魔法を発動できた。それでも本物の雷には程遠いのだが、電撃吸収のスキルがなかったら俺が余裕の感電ゴートゥーヘブンしてたくらいの威力はあったはずだ。
右脚は…あった。良かったぁ。食い千切られた時はどうしようかと思ったが余剰生命力を消費することで再生出来たみたいだ。必死だったしあんまり覚えてないけど。
各部のダメージチェックも行う。
うん、問題ないな。
ステータスは…げっ。
名前:トーカ・フジクラ
レベル:24→27
ギフト:エナジードレイン
戦闘スキル:剣術Ⅱ、体術Ⅱ、身体強化Ⅱ、敏捷強化Ⅱ、剛力Ⅱ
魔法スキル:雷魔法Ⅱ
耐性スキル:電撃吸収Ⅰ、毒耐性Ⅲ、麻痺耐性Ⅱ、火耐性Ⅰ→Ⅲ
特殊スキル:アイテムボックスⅡ、遠見Ⅰ、暗視Ⅰ、危機感知Ⅰ
余剰生命力:2741→8
スキルポイント:3→0
所持金:720万8000リラ
余剰生命力がめっちゃ減ってる!?
脚を再生したからか?
そう言えば亀の食道ってクッソ熱かったんだよ。大火傷するかと思ったくらいに。
無意識にやったのかスキルポイントが減って火耐性スキルがレベルアップしている。これがなかったらあいつの中で丸焼きになっていたかもしれない。
オゥ、ジーザス。
下手したら余剰生命力尽きて死んでたよね?うわ、怖すぎて草も生えんわ。
しばらく停滞してたレベルが一気に上がってるけど恐怖が勝って全然嬉しくない。
ベッドの上で震えていると控えめなノックが部屋に響いた。
「あ、はい」
「っ」
向こう側にいる人物が驚く気配が伝わってくる。
ドアを開けて姿を現したのは12歳くらいの少女だった。空色の髪を横で二つ結びにしているのが可愛らしい。
「お目覚めになったのですね!」
「ああ、うん。ところで君は?ここはどこかな?」
「あ、申し遅れました。イステリア騎士長ジェラルド・ローレンツの次女、クロエ・ローレンツです。ここはローレンツ家のゲストルームです。気を失っていたトーカ様をお父様が…あ!お父様に知らせなくちゃ!すぐに戻りますので!」
パタパタと慌ただしく部屋を出て行くクロエ。
挨拶の時のカーテシーは堂に入ったものだったが、廊下を走っていく姿はまだ子供だ。
それからすぐにクロエは騎士長を連れて戻って来た。
「トーカ君!目が覚めたのだな!」
「騎士長殿、この度はご迷惑をお掛けしてしまったようで――」
頭を下げようとすると騎士長に制止された。
「やめてくれ。君は娘の未来ばかりか私の命も救ってくれた。そんな君に頭を下げられては私はもはやどんな顔をしたら良いか分からん」
「あれは……あの時はすみませんでした。今思えば随分と失礼なことを言いました」
「ふふ、待っている者がいるなら生きて、這ってでも帰れ、か。失礼などとは思わんさ。むしろ感謝している。騎士として誇り高く戦い抜くことと、自棄になって命を粗末にすることは違う。それを思い出させてくれたのだからな。……あの戦いの顛末を知った妻と娘からは怒られてしまったよ」
「当然です!死んでしまっては誰も守れないではないですか!それに残された方の悲しみもお考えください……」
泣きそうな顔で抗議するクロエの頭を騎士長は優しく撫でる。折れた腕はポーションか魔法で治療したようだ。
「もう無茶はしないよ」
「約束ですよ?」
「ああ」
そこで再び部屋がノックされ、メイドが水と野菜のスープ、白いパンを持って来た。
騎士長が頼んでおいてくれたのだろう。そう言えば腹がだいぶ減ってる。
「一応消化の良い物を用意してもらったが、食べられそうか?」
「はい、頂きます」
「二日も意識がなかったんだ。ゆっくり食べたほうが良い」
「……え?」
あれから二日も経っている…?
「あの、俺二日も寝てたんですか?」
「クロエ、言ってなかったのか?」
「ええと、すみません。慌ててしまって…」
「そそっかしいのは相変わらずだな。すまない、トーカ君。あれから二日経っている。順を追って話そう」
騎士長は俺が喰われた後のことを語った。
俺が喰われてすぐ、ボルケーノトータスに異変が起こり、その機を逃さずに攻撃部隊が全力総攻撃を敢行。見事魔石を砕いたという。最大の功労者はジェイドだったらしい。流石はBランクパーティのイケメンリーダー。やってくれると思っていた。
魔石を砕かれたボルケーノトータスの身体は徐々に魔素へと還元され、空気に溶けるように消えていったそうだ。やはり変異体だったのか。
ともあれ、ボルケーノトータスの巨体が消えた後にいくつか残されたものがあった。
一つはドロップアイテム。
ボルケーノトータスは輝焔宝珠という超高濃度の火属性魔力を宿した宝石を落としたそうだ。魔石とは保有する魔力が桁違いで、その純度も高いので様々な用途に使えるのだとか。売れば相当高価らしく、その金を復興やこの戦いで負傷・戦死した者への見舞金などに充てるとのこと。
もう一つ残されたのがボルケーノトータスに喰われた魔物と冒険者だ。
焼け焦げて誰かも判別できない有様だったが、その中でどうにか無事だったのが1人だけ。それが俺だった。
騎士長の厚意でここに運んで回復魔法師に治療を依頼してくれたそうだ。《《なぜか》》大きな傷はなかったらしいが、ありがたいことだ。
ちなみに服はほとんど灰になっていたそうな。あれだけの高温ならさもありなん。
でも同じような服と装備がテーブルに置いてあるように見えるんだが。あ、そう。騎士長が買ってくれたんですか。ありがとうございます。
「そう言えばトーカ君、その脚は……?」
「え、脚がどうしました?」
「……いや、なんでもない。続けよう」
俺の右脚が生えてる理由を聞きたそうだったが惚けておく。
騎士長は信用できそうだけど、他の人に広まるのは面倒が増えそうだし。騎士長もそれを心得ているのだろう、深くは追及してこなかった。
ボルケーノトータスが消えた後は街中でお祭り騒ぎとなったが、防衛に出た冒険者や騎士の犠牲者がかなり多く、市民にも被害が及んだという情報が入ってからは微妙な雰囲気になった。今では『悲しいこともあったが、生き残ったことを喜ぼう』というような、やや前向きな市民が多いそうだ。
ボルケーノトータスがなぜ突然現れたのかは現在も調査中で詳しいことは分かっていない。ただ、ボルケーノトータス討伐後からそれまで活性化していた魔物達が大人しくなったため、活性化の原因はボルケーノトータスであろうというのが大方の見立てらしい。
そしてボルケーノトータスの出現経緯については蒼天のエリックが調査に協力していて、少し進展があったとか。
「……と、こんな感じだ」
「ありがとうございます」
「疲れたか?あまり無理をするな。怪我は…どういう訳か軽傷だが、あんな経験をしたんだ。心は自分が思う以上に疲弊しているはずだ」
「はは、確かに。あんなのは二度と御免ですね」
日本にいたとき『丸呑みフェチ』なる言葉を耳にしたことがある。
相手を丸呑みにしたり、逆に丸呑みにされることに対して興奮を覚えるというニッチな宗教なのだが、実際に経験してみて分かった。アレはない。無しよりの無しだ。めちゃくちゃ熱いし痛いし怖いし気持ち悪いし苦しいし臭かった。対象が違えばまた別の感覚なのかもしれないが、俺はもう丸呑みアレルギーを発症してしまったので今後永久に分かり合えないと思う。
うん、丸呑み信者を否定するわけではないよ。信仰は自由。ただ俺の神の教義にはないというだけだ。信仰の否定は容易に宗教戦争になるからな。
ちなみに俺の宗教は割りと寛容な多神教だ。基本的に否定はしない。NTR信者は異端審問にかけるが。
「まぁでも、ちょっとやる事もあるのでそろそろお暇しようかと」
「む…?待ちなさい、目覚めたばかりなんだ。もう少しゆっくりとしていきなさい。そんなに急ぎの用なのか?」
「ええ。今日中に片付けないといけない、大事な用事なんです」
エレナのタイムリミットが明日に迫っている。
出来ればボルケーノトータス討伐後すぐに動くつもりだったが意識を失っていたせいで猶予がほとんどない。急がなければ。
俺が梃子でも言うことを聞かないと判断したのだろう。騎士長は小さくため息を吐いた。
「事情を話してくれ。何か力になれるかもしれない」




