騎士長の実力
ジェイド達のいる攻撃部隊から合図の魔法が空へと打ち上がったのを目視し、騎士長が号令をかける。
端的に。
けれど力強く。
「蹴散らせ!!」
突撃を敢行する冒険者と騎士。
魔法、遠距離攻撃が可能な者はほとんどが攻撃部隊に配置された。
つまり囮部隊は近接職ばかりということになる。
その中にいる唯一の遠距離職が桃紅果のモニカだ。
「味方に当てるなんてヘマはしないので気にせず戦ってください!」
後方から的確に弓で援護射撃をしている。その精度は恐ろしいほど精密で的確に魔物の急所を穿っていく。弓術か、あるいは別のスキルを使っているのか凄まじい威力だ。それでも攻撃力が足りない時は寸分違わず同じ場所に二本目、三本目を命中させて確実に始末している。
「俺もやるか」
呼吸を整えて意識を集中する。
魔力探知も同時に行い死角を消す。こんな乱戦じゃどこから攻撃がくるか分からないからな。
一応危機感知スキルもあるけど、今はボルケーノトータスに反応しているのかずっと警報が鳴りっぱなしでウザいので切っている。スキルレベルが上がればもっと融通が利くようになるのかね?
力強く地面を蹴り、飛び出した先にいた赤い肌をした2mの大蜥蜴、フレイムリザードの前に躍り出た。臨戦態勢の敵が大きな口を開けて噛みついてくるのを弧を描くように回避。
側面から斬りつけるも皮膚が硬く致命傷にはならなかった。
「…これならどうだ!」
振り下ろした剣をそのまま加速させ、その場でくるりと回転。円運動のエネルギーを使って突きを繰り出す。
ズシュ!と喉笛を一突きにしてフレイムリザードを沈める。
「その動き、なんですか?見たことないですけど」
「え?ああ、これは…ええと」
今の戦闘を見ていたモニカが質問してきた。というか質問しながらも弓を射る手は止めない。達人かな?
しかし今のはゴリラ教官に教わった歩法なんだけど、素直に言うのはどうなんだ?ということでちょっとぼかした。
「これは野生のゴリラが使ってた歩法でして。円運動を操ることで連続攻撃を可能に、更に回転するほど威力を上げる技です。バランスを取る左手の位置と軸足の柔軟性が大切なんですよ」
あんまりやると目が回るし隙も大きいからあまり連続では出来ないけど。
「ごりら…?というのが何か分からないですけど、凄い技ですね。筋力が足りなくても装甲の硬い敵を倒せるんですね」
いやぁ、間接的にあのゴリラを褒められてる感じがして良い気はしないなぁ。
けどあの鬼ゴリラの筋力で使うと正しく暴風って感じだから凄い技ではある。俺の力じゃ精々蜥蜴を仕留める程度だ。
囮部隊が魔物を駆逐し始めると、食事場を荒らされたボルケーノトータスがのっそりと動き出した。その目は苛立ちを宿しているように見える。
「威圧来るぞ!総員警戒!」
「キイイイイィアアアアアア!」
騎士長の警戒の直後、ボルケーノトータスが吠えた。
ぐあ!?
なんだこの身体が芯から凍えるような声は!?
「気を強く持て!腹に力を籠めろ!動けなくなればそれまでだぞ!」
んなこと言われても。
さっきのは何だったんだ?声に乗って魔力が波状に広がったと思ったら…。
魔力?
そうか!
俺は魔力感知で自身の魔力を観測した。
すると普段は一定のリズムで循環している魔力があり得ないほどに乱れていた。
さっきのは魔力に干渉して強制的に恐怖を引き起こす攻撃だったのか?
デカい図体してデバフまで使ってくるのかよ。RPGのボスみたいで大変結構なことだ。
蟲狼迷宮のキンググラスウルフも威圧を使ってきたけどその比じゃないぞ。
取り合えず魔力操作で体内魔力の乱れを抑え込む。ついでにアイテムボックスから気付け薬を取り出して噛み砕いた。
「動けるか、トーカ君!?」
「大丈夫です!」
口の中は地獄だけど!涙目だけど!
「攻撃来るぞ!気を付けろ!」
「はい!」
ボルケーノトータスが首をこちらに向け、近付いて来る。
長い首を振るう。ただそれだけの攻撃。それだけで数名が吹き飛ばされた。
その動きは緩慢に見えるがとんでもない巨体なのだ。相当な速度がある。吹き飛ばされた者たちはその動きの緩やかさに騙されて回避行動が遅れたようだ。
続いて腰を抜かしている冒険者に狙いを定め、その口を開け――
「させません!『貫通強化』ッ!」
食らいつこうとしたところでモニカの弓矢がボルケーノトータスの眼球に命中した。
よし、流石に眼球に当たれば…。その常識は非常識な化け物の前では通用しない理屈だった。
矢は頑強な角膜に弾かれて落ちる。
そんなのありかよ!?
いや、遠視スキルで見ると眼球が細かい鱗で出来ている。確かジンベエザメだったか、楯鱗とかいう鱗で目を守ってるって聞いたことあるけどこいつは亀だぞ!
矢など意に介さないと言わんばかりにボルケーノトータスは冒険者を丸呑みにした。
「そんな…」
モニカが失意を覚える中、俺はボルケーノトータスの右後方、攻撃部隊のいる辺りから魔力の高まりを感じた。準備が整ったようだ。
より一層の魔力の高まり、そして爆発音と共に背の火山が震えた。
「ガアアアアアア!!!」
効いてる!
けど倒すまでには至っていない。
ここからが踏ん張り所だ。攻撃部隊に矛先が向かないように俺達がヘイトを稼ぎまくる。
幸いと言っていいのか、ボルケーノトータスの首は先程冒険者を食った状態で地面の近くにある。これなら近接職でも攻撃が届く。
「総員、攻撃!!奴の首を落とすつもりで行くぞ!!」
まだ戦える全員が一斉に攻撃に移った。
「であああ!」
「くたばれ、亀野郎!」
しかし――硬い。
本来は生物の急所である眼球ですら矢を通さない強度。
それが首や頭ならばどれほど硬いのか。
剣も、槍も、大槌も、すべてが弾き返される。
「「「うおおおおお…!!」」」
それでも止まらない。
俺が、俺達が手を止めればボルケーノトータスは攻撃部隊を狙うから。
そうなればイステリアは滅ぶから。
だから止まらない。
止まれない。
踏まれ、吹き飛ばされ、圧し潰される。それでも――、
「「「おおおおおお!!!」」」
一心不乱に、我武者羅に全力を絞り出す。
「グガアアアア!?」
その最中、ボルケーノトータスが再び悲鳴を上げた。
攻撃部隊の魔法が放たれた気配はない。再充填中だろう。
ならば攻撃部隊の近接職がやったのか。
攻撃目標は背に乗った火山にある傷口だと聞いている。高さは約15mほど。そこまでどうにかジェイド達は辿り着いて攻撃を加えているのだ。
亀型の魔物の魔石は甲羅の中心にあることが多い。恐らくボルケーノトータスも同様だろう。この状態が続けば、いずれジェイド達は魔石に辿り着く。希望が見えた。
ボルケーノトータスは堪らずといった様子で攻撃部隊へ向きを変えようとする。
俺達の猛攻よりも露出した傷を攻撃される方が痛いのだろう。
だが、ここには無視出来ない存在がいた。私を無視していいのかと全身の闘気が語っている。
イステリアの騎士を統率するその男は静かな声で呟いた。
「『瞬鋭刃・八連』」
消えた。
俺の目は空間把握の延長で物体の移動予測は可能だが、動体視力が特別優れている訳ではない。それでもレベルの恩恵があるため一般人よりは見える。
しかし何の前触れもなく高速移動を行った騎士長は、俺の目には消えたように映った。
キィン!と硬い物を斬りつける音が一度。
しかしボルケーノトータスの首筋には八つの傷がアスタリスクを描くように付けられていた。その中心が割れ、血が噴き出る。
「ゴアアアア!?」
「連れないことをするな、化け物。まだ私に付き合ってもらうぞ」
「グ…ガアアアアアア!!」
騎士長の気迫に圧されたように一瞬怯んだボルケーノトータスだが、すぐに敵意を剥き出しにして吠えた。取るに足らない存在だと思っていた人間に気圧されたことが奴のプライドを傷つけたのかもしれない。
咆哮と共に火山上空に小型の赤い幾何学模様――魔法陣か?――が無数に展開し、
「させると思うか?『瞬鋭刃・八連』…! ぐぅっ!?」
再び神速の斬撃を繰り出し、先程と寸分違わぬ場所を斬りつける。
傷が広がり、ドバっと勢いよく血が吹き出す。
痛みに集中を欠いたのか上空の魔法陣は砕けるように霧散した。
すごい。いける。
この場にいる誰もがそう思った。
騎士長が注意を引き付け、攻撃部隊が魔石を砕く。それで勝ちだと。
しかし俺の目には視えてしまった。
騎士長の剣が刃毀れしているのが。
騎士長の魔力がほとんど尽きているのが。
騎士長の腕が僅かに不自然な方向に曲がっているのが。
ここが正念場と判断した騎士長は渾身の力をふり絞って、文字通り限界以上の力で今の連撃を繰り出したのだろう。
その結果、ボルケーノトータスのヘイトを買うことに成功した。だが限界を超えた代償は大きく騎士長はこれ以上は戦えない。
それでも微塵も揺るがぬ闘気は敬服に値する。
「攻撃来るぞ!警戒!」
そう声を張る騎士長は腕が上がっていない。
やはり折れているようだ。回避行動を取ってはいるが、その動きも鈍い。
首が振り落とされる。
「だらああああああッ!!!」
「ぐっ!?」
騎士長を突き飛ばし、振り下ろし攻撃を躱す――つもりが右足を潰された。痛ってえええ!
「ぐううう!?」
「貴様、騎士長に何を!?」
「馬鹿野郎!騎士長は怪我してんだよ!死なせたくなかったら下がらせろ!」
「!?」
文句を言って来た騎士に乱暴に応える。余裕なくて悪いね。
「トーカ君!なぜ!?」
「身体が勝手に動いたんですよ!つかアンタ家族も部下もいるのにそれを守って死ぬなら仕方ないとか考えてませんでしたか!?失礼を承知で言いますけどね馬鹿ですか!待ってる人がいるなら大怪我しても、生きて、這ってでも帰ってやれよ!もう戦えないなら後ろで指示だけ出しとけ!さっきの光景見たんだ、他の連中だって限界の一つや二つぶち破ってくれるだろうさ!――そうだろ、お前ら!?」
騎士長の折れた腕、消耗した姿を見て現状を理解した面々は俺の言葉に同意した。
「そうです、騎士長!私達には貴方が必要です!」
「後方で指示をお願いします!」
「ここから先は俺達に任せて下さい!」
「諸君…。すまない、私はもう戦えない。この先は諸君にかかっている。全力を…いや、全力以上を期待する!」
「「「はッ!!」」」
「まずはトーカ君を――」
俺の救出を命じてくれたのだろう。
しかしその声は届かなかった。
俺がボルケーノトータスに喰われたからだ。




