ほんとはビビり倒してる
蒼天が六体目のマグマゴーレムを撃破した直後、威圧の籠った絶叫が響き渡り、戦況が引っ繰り返された。
多くの修羅場を潜ってきた蒼天は威圧にも耐性があり、それほど影響は受けなかったが、周囲の冒険者達は悲惨だった。ガンドルフがどうにか立て直したものの戦える冒険者は元の半分ほど、100名足らずに減ってしまった。
そして間を置かずに岩塊が飛来し、また数十名が戦闘不能に陥った。
敵味方を問わずに爆撃したお陰で魔物の数もだいぶ減ってはいるが、冒険者でまともに戦えるのはBランクパーティとCランクが10名程度。しかもBランクの桃紅果は4人中2人が先程の爆撃で仲間を庇って負傷し戦闘不能だ。これでは魔物の群れを殲滅することは出来ない。
いや、Bランクパーティが魔物の殲滅に専念すればそれは可能だ。
しかしその間にボルケーノトータスがイステリアに辿り着いてしまう。それでは意味がないのだ。
フェイが舞って顔に付いた土埃を拭い、口にも入ったようで吐き出す。
「ぺっぺっ。……どうすんの、ジェイド」
「どうするって言われてもなぁ。マグマゴーレムは今の爆撃で二体吹き飛んだから残り一体。片付けるのにそう時間も掛からねぇ。けど俺らが作戦通り本丸に攻め込んだら残りの魔物がイステリアに行く。他の冒険者は命辛々ってのばっかだし迎撃は荷が重いだろ。街壁にどでかい穴まで開けやがって、ここを突破されりゃそのまま街中に侵入される。――詰んだか?」
「うーん、まだ詰んではいないみたいだよ。ほら、あれ見て」
エリックの指す方に視線を向けると魔物達が一斉にボルケーノトータスの元へ向かっていた。その手や口には抵抗出来ない冒険者を捕らえて。
ナタリアが顔を引き攣らせてドン引きする。
「うわぁ、今度は魔物ごと食べてるぅ…きもー」
「あれだけ食べるってことはどこか負傷しているのかもしれない。さっき騎士隊が右後方から攻撃してたからそっちかな。それを食事で回復しようとしてるんじゃないかな。それとさっきの魔法爆撃にもだいぶ力を使っただろうし補給も兼ねてるのかも」
「となると、今がチャンスか?」
「こっちはだいぶ数が減っちゃったから正直魔物の数が減ってくれるのは有難いよ。このまま静観もありだと思う。ただそうなるとボルケーノトータスが回復して更に厄介になるかもだけど」
「あの爆撃はまともに喰らったらマズイしな…」
「あらぁん、蒼天は様子見かしらぁ?」
妙にしなのある野太い声は黄金の乙女のリーダー、マスケルスのものだ。
「黄金の姐さんか。どうだい調子は」
「うふっ、絶好調よん。アタシの筋肉もようやく準備運動が済んでこれからってと・こ・ろっ!」
「そいつは重畳。で、黄金はこれからどうするつもりだい?」
「そうねぇ、ボルちゃんが怪我をしてて、冒険者や魔物を食べて回復してるっていうのはアタシ達も同意見よん。だから食事の邪魔をしつつお仕置きをしたら良いんじゃないかしら」
「あの魔物の群れとボルケーノトータスのいる場所に突っ込むのか?まだ50体はいると思うが」
「あらぁ、アタシ達ならDランクやCランクがいくらいても問題ないわよん?この魅惑のボ・ディ!は鉄より硬いもの!」
そう言ってマスケルス以下五名の淑女はそれぞれマッスルポーズを取る。
ちなみに黄金の乙女は全員マスケルス並みの肉体を持つ淑女(男性)である。
「ジェイちゃん達もまだまだイけるでしょ?」
「ま、まぁな。けどボルケーノトータスも同時に相手をするとなると、流石にキツイ」
ひしめく淑女の筋肉に圧されながらもジェイドが答えると、背後からまた声がかかった。
「二手に別れるのはどうでしょう。片方が魔物の群れを攻撃して、食事の邪魔をされて怒ったボルケーノトータスをもう片方のグループが攻撃する」
「桃紅果のモニカか。騎士団と最初にやろうとしてたプランを俺らだけでやるってことか?」
「いえ、もちろん騎士団も一緒にです。ボルケーノトータスは見た目以上に頑丈そうですからこちらの最大火力をぶつける必要があると思います。騎士団の精鋭とBランクパーティの全力攻撃。その他の騎士と私達桃紅果で餌となっている魔物を攻撃して注意を引きます。こちらは先程の爆撃で2人負傷者が出て戦線を離脱していますし、その内の1人がパーティ唯一の魔法使いです。現状ボルケーノトータスに有効打を与えられる攻撃手段がありませんので」
「……分かった」
桃紅果はこの場にいるBランクで唯一イステリア出身の冒険者達だ。
故にこの防衛戦にかける必死さはひとしおである。イステリアの守護を司る騎士隊にも引けを取らない強い覚悟がある。己の利を追及することが常である冒険者ならば逃げてもおかしくない場面で危険度の高い囮役を買って出たのはその覚悟の現れだった。
「じゃあまずは騎士長殿と合流するか。ちんたらしてたら食い終わっちまうから急ぐぜ」
全員が移動を開始した。
騎士隊の元へ移動しているとナタリアがジェイドに報告を上げた。
「あれぇ、なんか後ろからすごい速さで近付いてくるよぉ?」
「魔物か?」
「うぅーん?たぶん、違うかな?イステリアの方から来たみたいだし」
「ナタリアの魔力探知は大雑把だもんな」
「むぅー!魔力探知使える魔法使いってほとんどいないんだからねぇ!それにわたしは広域探知型だもん。個体識別なんて専門外ですぅー」
ナタリアの言葉から背後にも気を配っていると、どうやら後ろの人物はジェイド達を追ってきているらしかった。ジェイドは目配せをして一旦止まり、後方に向き直る。
目を凝らして接近する人影を見たジェイド達は、見覚えのある人物に驚く。
「トーカ…!?」
◇
エレナ達は俺の使っている宿『緑の小竜亭』に置いて来た。
流石は高級宿と言うべきか、この非常事態でも従業員が残っていた。
避難しないのかと訊ねると、宿に恩があるから逃げないという。しかもあの猫獣人ちゃんをはじめ元Cランク冒険者が数名いるようで「魔物でも火事場泥棒でもドンと来いにゃ。身包み剥いでやるですにゃ」と頼もしいことこの上なく、安心してエレナ達姉妹を預けてきた訳だ。
移動しながらジェイドに今までのあらましを説明してもらった。
割とピンチというか、大勝負直前に来てしまったようだ。逃げ出したい気持ちもあるが、あの街には知り合いが増えてしまった。見捨てる判断は難しい。
「なるほど…。なら俺は囮役の方に加勢するよ」
「良いのか?言っちゃなんだがそっちのが危険だぞ」
「攻撃隊に加わっても出来ることがないからな」
一応雷魔法を使えばダメージは与えられると思うけど、一斉砲撃となれば話は別だ。俺は他人と合わせられるほど魔法に自信がない。多分、いや確実にタイミングがずれる。そのせいで作戦を台無しにする可能性もある。
「まぁトーカがそっちに居てくれるなら心強いぜ」
「Dランクに何期待してんだか。俺が食われないうちに早めの討伐を頼むよ」
「最善は尽くす。間に合わなくても恨むなよ?」
「年一回、俺の墓に酒と肉と美女を。それで許す」
「なら大丈夫だ。うちには綺麗どころが2人もいるからな。酌もさせるぜ」
「なにアホなこと言ってんのよ、あんたたち。ほら、もう合流するわよ」
フェイの呆れ声に視線を前に向けると、先行していたBランクパーティと騎士隊が集まっていた。手短に情報交換したが、エリックの予想通りボルケーノトータスは負傷をしており、その回復のために冒険者や魔物を食っているようだった。
Bランクのリーダー達と騎士長が話し合い、即決と言っていいくらいすぐに作戦に移ることになった。
断続的に浴びせられた熱波や、ボルケーノトータスが歩く際に弾き飛ばされた石礫、また威圧の咆哮で落馬したことにより戦闘不能になった騎士が20数名。殉職も数名出ている。残りを二班に分け、魔法スキル持ちと高レベルの者30名が攻撃隊、他30名が囮部隊になった。
「ここが分水嶺だ!騎士諸君、冒険者諸君!家族を、友を、恋人を、故郷を守れ!散っていった仲間の為にも意地を見せろ!征くぞ!」
「「「はっ!」」」
「「「おう!」」」
騎士長の号令の元、二手に分かれ一斉に動き出す。
囮部隊の指揮官はなぜか騎士長だ。レベルも高いだろうにこっちにいるのはちょっと解せないが、より危険なこっちで指揮することで被害を抑えようってことかな?
「そう言えばギルド長の姿が見えないな」
「彼は冒険者ギルド責任者だからな。負傷者が大勢出たこの状況では救助と立て直しに注力せざるを得ないだろう」
「確かに…って騎士長さん!?」
いつの間にか横には騎乗した騎士長がいた。
つか自然に独り言に入って来たな、この人。
「ふむ、肩に力も入っていない。随分と自然体だ」
「内心ビビり倒してますよ。どうにか表に出さないようにしてますけど」
これはマジ。
切実におしめが欲しい。
こういう戦場みたいな空気トラウマなんだよ。
「それが肝要で、難しいのだ。己が生命の危機。大切なものを、愛する人を喪う恐怖。それら根源的恐怖を宥め誤魔化し、飼い馴らす。言葉にするには容易く、出来ると嘯く者も多い。されど現実にその恐怖を前にして、立ち向かえる者がどれだけいようか。聞いていた通り、良い冒険者だな。君は」
「俺のことを…?」
「ランド殿から聞いている。砂漠熱のことでは世話になった。私の娘もあの病に冒されていたのだが、誰に似たのか頑固でな。充分な量の薬が用意出来るまで飲まんと部屋に立て籠もりおった。自分に飲ませるくらいなら市民に渡せ。それが騎士道だろう?とな」
「それはなんとも…豪快な娘さんで」
どこかで聞いたような話だな。
イステリアにはこういう性質の女性が多いのだろうか。
「はっはっは!言葉を選んでくれてありがとう。そしてもう一つ、娘が騎士の道を断たれずに済んだのは君のお陰だ。本当にありがとう」
騎士長は50代前半くらいの年齢だ。それにイステリアの騎士を纏める立場でもある。
そんな人が俺みたいな若造に頭を下げている。
……なんか、この人が騎士長で良かったって思えるな。誠実な人柄の正統な騎士って感じだ。
「依頼を受けただけなので、感謝されるとちょっと困ってしまいます。でも、娘さんが無事なら良かったです」
「娘の恩人を死なせる訳にはいかんし、立ち向かえぬようなら引いてもらおうかと考えていたのだが、それも取り越し苦労であったな。トーカ君、イステリアを守るため君の力を貸してくれ」
「心得ました。全力にて」
っと、思わず帝国式の敬礼をするところだった。慌てて頭を下げる。叩き込まれた習性って怖いね。というか騎士長が理想の上司過ぎて無意識に敬意を払いたくなるんだよ。
しかしランドって何者なんだ?
高級娼館のエンジェルリップに続いて騎士団(騎士長個人かもしれないけど)にも伝手があるなんて。店はめちゃくちゃ大きいってわけじゃないんだけど。
あの狸腹のおっさん、実はかなり凄い人なんじゃ…?
そんな思考が頭を過ぎったが、すぐに頭を切り替えた。
ボルケーノトータスの食事場はもう目の前に迫っていた。




