俯くな
西区は建物がごちゃごちゃとしていて迷路みたいになっている。
そのお陰でエレナに追いつくのに手間取ってしまった。最後は屋根の上を直進してきたしな。
俺が到着したのは結構ギリギリだったみたいだ。
エレナは満身創痍、両手は血まみれ、髪はなぜか短くなっているし、あちこち服が破けて痛ましいやら目のやり場に困るやら。そんで今にも鞘に入った剣で脚をブッ叩かれそうになっている。逃げないのはもう逃げるだけの体力が残っていないからか。
グスタフはまだいるが、他は剣を振りかぶっている奴しかいない。
少し離れたところに倒れている男が2人。おお、エレナがやったのか。Cランク相手に凄いな。
っと、感心してる場合じゃなかった。
俺は振り下ろされた剣に向かって飛び出し、それを弾いた。
こいつら馬車まで用意して狙いはエレナの誘拐かな?物騒なことだ。
「センパイ方。相変わらずド屑ッスね」
軽口を叩きつつ、視線は眼前の男から外さない。
そのまま背後にいるエレナに話しかける。
「立てる?」
「なんで…」
「?」
「なんで来たの、馬鹿!」
「なんでって、そりゃお前を助けに……」
「誰が助けてって言ったんだよ!【私は一人でも大丈夫だった!】【助けて欲しいなんて思ってなかった!】私、わたしはっ……!」
「わかったわかった。わかったから泣くな」
「【泣いてない!!】」
契約魔法のせいで全部筒抜けなんだよなぁ。
「馬鹿ぁ、トーカまで死んじゃうじゃんかぁ…」
「大丈夫だ。もう全部大丈夫だからそこで待ってろ。俺の言葉に嘘がないって、エレナなら分かるよな?」
「…ぇ」
俺はグスタフともう一人の仲間に宣言した。
「センパイ方、悪いけど退場してもらおうか。あんたらがいるとこの子泣いちゃうからさ」
「くっ!」
言うが早いか目の前の男に斬りかかる。
男は剣を捨て、短剣の二刀流に持ち替えて攻撃を防ぐ。短剣がメイン武器だったのかその動きは練達していた。
だが――、
「なにっ!?」
「甘々だよ。そんなんじゃゴリラの攻撃は防げないし、防御も崩せない」
レイバスのゴリラ教官の元で、あらゆる武器の敵を想定して模擬戦を繰り返してきた俺には稚拙な技術にしか思えない。踏み込みも、力の移動も、呼吸の読みも、まるでなっていない。こんな素人がCランク?
ああいや、違う。今に至って俺はようやく思い違いに気付いた。
冒険者の技術は基本的には対魔物用だ。俺のように対人戦の技術を詰め込まれた奴の方が少ないんだ。
レベル差があれば単純な腕力で押し負けることもあるだろうが、こいつはさほどレベルが高くないようだ。流石に俺よりはいくらか上っぽいけど、スキルを考慮すれば筋力は若干届かない程度。俊敏性に至ってはこっちの方が二枚くらい上手。うん、これでは負けようがない。
キィン、キィン!と短剣を2つとも相手からおさらばさせてやり、がら空きになった胴へ膝。くの字になり打ってくれと言わんばかりの延髄に剣の柄を叩きこむ。
男は「ぐあっ!?」と捻りのない呻きを上げてノックアウトした。
「後はあんただけッスね、グスタフセンパイ」
「調子に乗るなよ、『ごっこ野郎』が!」
「あー、金でランクを買うやつだっけ?俺が『ごっこ野郎』なら俺に負けるあんたは『ごっこ以下』だな。新しい肩書を俺が考えてやろうか。そうだな…『負け犬糞太郎』か『弱虫雑魚之介』。どっちが良い?」
「舐めるなァー!」
グスタフが二本の得物を抜いて斬りかかってきた。
大きく湾曲した曲刀で、刃先には返しが付いている奇妙な剣だ。
「ケヒヒ!コイツは罪人を拷問するために生まれた剣でな!上手く避けねえと肉を抉られて無様な骸骨になっちまうぜぇ!俺はコイツから必死で逃げ回る野郎が大好きなんだ。これだけ俺を虚仮にしてくれたんだからよぉ、その償いにテメェも無様に踊ってくれるよなぁ!?」
ヒュンヒュンと曲刀を振り回す様は確かに堂に入っている。きっと何人もがあの曲刀の犠牲になったのだろう。
グスタフは短剣使いよりは対人戦の経験が多いみたいで、剣を振るう左右のリズムを微妙に変化させたり目線や爪先でフェイントを入れてきたりと中々やり辛い。
けどジェイド達みたいな歴戦の圧は感じない。どこか薄っぺらだ。Bランク並みの実力者じゃなかったのか?
その違和感の正体が明らかになったは、数度の攻防の後、惚けていたエレナが教えてくれたからだった。
「気を付けて、そいつ毒使いだよ!」
「毒?」
「もう遅ぇ!」
剣戟を交わし合う最中、不意にグスタフが双剣の柄の底同士をぶつけ合わせた。
柄の底から紫色の煙が吹き出し、だが数秒で霧散した。
「トーカ!」
「ケヒヒ!どうだぁ、ヘルポイズンスライムから精製した毒霧の味はよぉ?コイツは俺のお気に入りでなぁ、馬鹿みたいに値が張る上に空気に触れるとすぐに効果が消えちまうんだが、その毒性はピカイチよ。触れたが最後、体中の穴という穴から血を吹き出してトマトみたいになってくたばっちまう。ケヒヒ、どうだ?体中に激痛が走ってるんじゃないか?そりゃ血を吹き出す寸前の合図だぜぇ?」
「……お前だって毒霧に触れてただろ」
「バァカ!解毒剤飲んでる決まってるだろうが!じゃなきゃこんな毒使えるわけねぇだろうが!」
そりゃそうか。しかし毒ね。俺、毒耐性Ⅲ持ってるけどそれでなんとかならんか?
――――うん、なんか大丈夫っぽいぞ。
肌がピリピリしてるから完全に無効化は出来ていないようだけど、強めの日焼けくらいの痛みだ。血が噴き出る様子もない。
「………」
「………」
「………ハァ?」
全く問題なさそうな俺を見てグスタフが間抜けな声を上げる。
あ、隙ありですわ。
剛力スキル、発動。
「おらああああ!」
「ぐああああ!?」
袈裟懸けに斬りつける。寸でのところで防御されたが受け止めようとした剣は止まらず、勢いをそのままに振り下ろされた。グスタフの剣とそれを握ったままの右手ごと。
グスタフからゴキっ、という嫌な音が響く。肩が脱臼したみたいだ。
返しとか余計なものつけてるから受け流しが出来ないんだよ。間抜けめ。
吹っ飛ばされて這いつくばったグスタフがわけが分からないといった顔をしている。
「な、なんなんだよテメェ!どうして毒が効いてねぇ!まさか毒耐性持ちか!?それにその馬鹿力はなんだ!くそ、なんだってその女の肩を持つ!?そいつはもう終わってんだよ!借金漬けの女なんぞ庇って何がしてぇんだ!?もうすぐ奴隷になるんだぞ!?何が目的だ!」
一度に沢山質問するな。最初の質問忘れちゃうだろ。
大学時代の性格悪い教授のこと思い出したわ。くっそ、あのハゲデブメガネ。5つも6つも同時に質問しやがって、学生が困ってるのを見て快感を覚えるクソサドが。お前がこの世界に来たら残り少ない毛根根絶やしにしてやるから覚悟しとけよ。……いや、待て待て俺も良い大人だ。寛大になれるはずだ。もう過去のことだろう。そろそろ水に流してもいいのかもな。そう、今なら――
「地面に頭擦り付けて「申し訳ございませんでした。私は愚かで醜い豚です。人間だと勘違いして偉そうなこと言ってしまったんです。反省してますブヒー」って言えたら許してやるか…」
「!?…貴様ァー!」
「?……あっ」
待って違うんだ。お前に言った訳じゃない。
「ケヒ、ケヒヒヒ!どこまで俺をおちょくれば気が済む!?くそがあああ!」
ゴキブリ並みの速さで起き上がったグスタフはなぜか停めてあった馬車の荷台に近寄り、荷物…じゃない、女性を引っ張り出して地べたに転がした。
「ね、姉さん!この卑怯者っ!」
あれエレナのお姉さんなの?
だいぶやつれているけど血縁だけあって顔の造形はよく似ている。外見年齢は20歳前後くらい。長い髪をシニヨンにして纏めているのと、主張の激しいバストが特徴的だ。エレナは平均的。年齢を考慮すれば少し大きい方か。お姉さんを見ると成長の余地は充分にありそうだな。
そしてもう一つ、どうしても目を引くのは半ばまで石化した手足だ。
どうしてあんなことになっているのか分からないが、あれでは逃げも抵抗することも出来ない。
ここからグスタフまでの距離は30m程度。スキル全開で駆ければ2秒とかからないが、その間にエレナの姉の首筋に当てられた刃がその命を奪うだろう。
悔しがるエレナの様子をグスタフは下品に笑う。
「ケヒヒ!エレナ!テメェは一度、姉ちゃんを見捨てたよなぁ?だがそりゃテメェも死ぬ覚悟をしてたからだ。心中っつー免罪符で言い訳してたんだよ。私も死ぬから許してねーってよぉ!ケヒケヒ!ところで今はどうだ?お強い王子様が助けに来てくれて、もしかしたら全部上手くいくかもしれない。ハッピーエンドを迎えられるかも?とか思ったか?」
ん?んん~?とエレナを煽る。
「ぶぁ~か!現実がそう上手くいく訳ねえんだよ!いいか?その男が今からちょっとでも妙な真似しやがったらコイツは殺す。だがただ殺すだけじゃねぇ。肺をズタズタに引き裂いて息が出来ないようにしてやる。ゆっっっくりと苦しみながら死んでいく様を拝ませてやるぜぇ?」
「くっ、うぅっ…!」
エレナは嗚咽が零れないように口を押さえている。
姉を助けられない非力が悔しいのだろう、涙がぽろぽろと落ちる。
「ケヒヒ、そうだ。覚悟なんざ後がない奴の感じる一時の錯覚。ちょいと冷静になりゃ感情に振り回される。それは人間もエルフも変わりゃしねぇ。――おい、テメェ」
グスタフは勝ち誇ったように俺に告げる。
「俺ごとコイツを殺して愛しのエレナを助けるか?出来ねぇよなぁ、テメェみたいな正義漢ぶった勘違い野郎にはよぉ。まさかテメェが毒耐性持ちとは驚かされたがこれで勝負は決したぜ。武器を捨てて失せな。それで《《今は》》誰も死ななくて済む」
別に正義感でエレナに肩入れしたわけじゃないんだけどな。単純に大人が子供を虐めてるのが気に食わなかっただけで。
そして「今は」ってことはその内報復に来るってことかな?
「わたしのことは…気にしないで…」
「ちっ、黙ってろカスが!」
「姉さんっ!」
エレナ姉は足手纏いになるくらいなら死んでも良いって感じみたいだ。随分と思い切りの良い性格みたいだ。妹のことを思えば自分を犠牲にする決断もできるのか。純粋に尊敬するよ。
そんな姉を足蹴にしているグスタフの腐った性根も際立つな。
「おらどうした!ちっとは肉を削がねぇと決められねぇってか!?」
「やめて、グスタフ!やるなら私を――」
「分かった」
俺は剣を置き、一歩下がる。
エレナが諦めたように目を伏せた。
「トーカ…」
「ケヒヒ!賢い判断だなぁ!それでいい!エレナ、テメェはこっちに来い!」
「………今、行く。――巻き込んでごめん。来てくれて嬉しかったよ。ありがとう」
すれ違いざまにエレナがそう呟いた。
俺はその呟きには返さず、小声で言う。
「俯くな。敵から目を逸らすな」
「え…?」
それ以上は何も言わずエレナを見送る。
エレナがグスタフまでもう数歩の距離に近付いた時、俺はグスタフに声をかけた。
右手を向けながら…
「なぁ、センパイ。これ見てくれよ」
投槍は使えない。
持っていた槍は人面蛾との戦いで壊れてしまったし、壊れていなかったとしても予備動作に入った瞬間にグスタフはエレナの姉を傷つけるだろう。
だから――。
「ああん?いつまでいるんだよテメェは。さっさと失せろよ――ガアアアッ!?!?!?」
グスタフの絶叫が響き渡る。
俺の掌から迸った雷光がグスタフの身体を貫いたのだ。
雷魔法、ぶっつけ本番だったけど上手くいって良かった。
魔力を練る時間もイメージを固める時間も充分にあったからな。
イメージしたのは直線に飛ぶ落雷。速度200km/s、1億ボルト、範囲は直撃した相手のみ。エレナ姉に被害が行かないよう多少弄ったが、その性質は正しく雷。
魔法構築が不十分だったのか、魔力制御が甘かったのか。理由は分からないがイメージ通りの魔法にはならなかった感触がある。雷にはほど遠い、直感で実物の1/1000程度の速度と威力の出来損ない。だがそれでも充分だろ…っと、まだ意識あんのかよ。タフだねぇ。
でも詰みだ。
「エレナ!」
「ッ!あああああ!」
俺の声に反応したエレナが一気に距離を詰め、拳、肘、拳、回し蹴りと全てグスタフの顔面に叩き込んでいく。弓使いの割に良い動きだ。躊躇いが皆無なのも素晴らしい。
意識はあっても抵抗する力は残っていなかったのだろう。グスタフは何も出来ずに打撃を受け入れ、どさりと倒れた。うむ、顔の形が変わってんな。エレナもだいぶ鬱憤が溜まっていたものと見える。
「はぁ、はぁ…!見たか、クズ野郎!」
これこれ、女の子がファ〇クサインなんてするんじゃありません。
グスタフは…まだ辛うじて息があるな。どうしよ、止め刺しとくかな?
そんな風に迷っているとエレナが姉に飛びついて抱き起こした。あの手足じゃ一人で立ち上がることも出来ないもんな。
「姉さん!」
「エレナ…」
「ごめ、ごめんなさい…。私、姉さんを…!」
「エレナは優しいから、色々考えちゃったんでしょう…?分かるわよ。お姉ちゃんだもの」
「姉さん…」
「でもね、ひとつだけ忘れないで。私の幸せは、あなたが幸せになってくれることなの。私が重荷になるなら、そんな荷物捨てて欲しいのよ…」
「出来ないよ、そんなこと…。姉さんを見捨てて私だけ幸せになんてなれない…」
「……仕方のない子ねぇ」
美人姉妹2人が抱き合っているのは非常に尊い光景なんだが、あまりここでゆっくりもしていられない。
「姉妹の会話に割り込んで悪いけど、ここから離れよう。エレナ、お姉さんを休ませるのに良い場所あるか?」
「家は扉が壊れてるしゴートレス商会の人間が来るかもしれないから…」
「そうだよな…。じゃあ――」
「ちょっとちょっと、エレナ。さっきから気になってたんだけどこの方は?もしかしてエレナの良い人?」
「なっ!?ち、違うよ!そんなんじゃないから!」
「えぇ?怪しいわねぇ…。エレナ、初恋もまだでしょう?お姉ちゃん相談に乗るわよ?」
「やめてってば!この人はトーカ!冒険者で、えと、色々助けてくれたの!あんまり変なこと言わないで!」
「あらあら、そうなの。こんにちは、トーカさん。こんな恰好でごめんなさい。エレナの姉でエレノアと申します。この度は私達姉妹を助けて頂き本当にありがとうございます」
「いえ、俺が勝手にやったことですのでお気になさらず。しかしその格好は少し目の毒ですから良かったらこれを」
俺はアイテムボックスからローブを取り出してエレノアに掛けた。
だってエレノアは石化した手でも脱ぎ着できるように貫頭衣みたいなものを着ているだけなんだもの。女性的な身体つきに貫頭衣ってなんか怪しい魅力があるよね。刺激的過ぎるのでちょっと隠しておこう。
「…っ、ありがとうございます」
「ちょっとトーカ、そのローブどこから出したの?っていうか姉さん何で顔赤くしてるの!?」
「だって、うふふ。トーカさんとっても紳士じゃない。こんな私に親切にしてくれるなんて。ねぇ?」
「ねぇ?じゃないから!トーカもなんで満更でもないって顔してるの!?私の姉さんなんだよ!?」
「エレナのお姉さんである以前に、一人の魅力的な女性なんだ。仕方ないだろ」
「何が仕方ないんだよ!?」
エレナをからかって遊ぶのはこのくらいにして、安全な場所に移動しようかと思ったその時だ。
ドガァン!と街中に響くような音がしてイステリアの街壁の一部が砕けた。
音のした方に目線を向けると、巨大な岩が衝突して街壁を食い破ったようだった。
大岩と砕けた街壁の瓦礫が降り注ぎ、もうもうと土煙を上げている。
「あれは南門の方?なに、あれ…」
「土魔法…とか?ともあれあんな大技を街に向けて撃ってくる心当たりは現状ひとつしかないけどな」
「ボルケーノトータス…。抑えきれなかったの…?」




