ずっと味方で
「じゃあ俺達はここで別れるよ」
会議を終えたジェイドにそう告げると、彼は苦い顔をした。
「すまん、都市防衛とは言え一旦引き受けた依頼を途中放棄することになっちまった」
「ここまで連れてきてくれただけで充分助かったよ。ありがとう」
「トーカ…」
「気が咎めるなら生きて帰って来いよ。また飲もう。Aランク討伐祝いに今度は俺が奢るよ」
「ばぁか!Dランクに奢られて堪るかよ!報奨金で前の10倍は飲ませてやるから覚悟しとけ!」
そう吐き捨ててジェイドは踵を返して他のBランクパーティがいる方へと向かっていった。
他の蒼天のメンバーもそんなジェイドの態度にやれやれと呆れながらもついて行く。
「みんなも気を付けて」
「そっちもね、トーカ。あんたがいくら強いって言っても無茶は駄目よ」
「また後で会いましょうねぇ」
「こんな状況だし件の冒険者も手を出して来ないとは思うけど、トーカも気を付けて。あと分ってると思うけど、ジェイドのアレは照れ隠しだから」
蒼天を見送ると残ったのは俺とエレナだけだ。
ここにいるのは全員が都市防衛をするために集まった者たちだから護衛を頼むことは出来ない。2人で冒険者ギルドまで行く必要があるのだが、唐突にエレナが単独行動を申し出て来た。
「ごめんなさい、トーカ。用事が…あるんだ。ここからは別行動にしよう」
「それは冒険者ギルドで安全を確保してもらうことよりも大切なのか?」
「そうだよ。トーカには感謝してる。トーカがいなければ、私はあそこで慰み者になっていた。本当にありがとう。でも、この用事は私一人で片付けたい」
こいつ、今がどれだけ危うい状況なのか忘れたのか?とは思わない。
エレナが何を考えているのか理解できるからだ。
さっきの会議中、誰かに手紙を渡されてたよな?魔力探知で近付いて来る奴がいたのは気付いていたし、そいつから受け取った手紙を読んでから落ち着きがなくなったのも分かったよ。
手紙を渡しに来たのは見たことないない奴だったけど、どうせグスタフの仲間か使いっ走りだろ。だったら手紙の内容だっておおよそ見当がつく。
エレナは俺に嘘が吐けない。だから違和感のある言い回しになる。
素直に助けてくれって言えばいいのに。
自分のせいで誰かが傷付くのを恐れている。
それ以上に、誰かを頼って裏切られるのことを恐れている。
「エレナ――」
「ごめん。トーカはちゃんとギルドに行ってね」
話は終わりだ、とでも言うようにエレナは南門へと走っていった。
その背中を見ながら内心嘆息する。
垣間見た彼女の過去を考えれば、他人に頼ることへの抵抗が生まれるのは仕方がないと理解できる。
エレナの思考には楔が打ち込まれている。
嘘を吐けない契約をしてもなお、手の平を返されるんじゃないかと恐怖している。
だから縋るような目をしながらも何も言わない。言えない。
いいよ。
お前が言えないなら、それでもいい。好きにしろ。
俺も好きにする。
エレナが南門を抜けた後、万が一魔物が突破してきた場合に備えて門を閉じ始めた。
俺は門へ急ぎ、衛兵に声をかけた。
「悪い、通らせてもらうよ」
かなりの速度が出ていたからか、衛兵は驚いた様子だったが門をくぐることはできた。
エレナの姿はもう見失っている。
しかし魔力探知では捕捉したままだ。普段は俺を起点として全方位を探知しているが、今は一直線に伸ばしてエレナだけを探知している。他の方向から攻撃されると対応できないものの、これならかなり遠くまで探知可能だ。
とは言えあまり離されると探知範囲から抜けてしまうので急ぐとしよう。
俺はエレナの向かう先、イステリアの西区へと駆けだした。
◇
イステリアの街は騒然としていた。
普通に暮らしていれば一生関わることのない化け物、Aランク上位の魔物が街のすぐ傍まで接近しているのだから無理もない。イステリアの中枢、都市議会は情報隠蔽を早々に諦めて市民に避難勧告を出した。迫りくる巨体を前に誤魔化しは無駄だと悟ったのだ。
通りは逃げ惑う者、それを宥める衛兵、粛々と避難する者などで溢れている。
そんな彼らを尻目にエレナは走る。
(トーカ、怒ってるよね…)
巻き込んで、助けられて、最後には何も告げずに去ったのだ。
とんでもない不義理。恩知らずと罵られて当然だ。
(でも、ごめん。私は、こうするしかない)
手紙を握る手に力が入る。
それはつい先程、見知らぬ冒険者に手渡された手紙だった。
差出人はグスタフ。
内容は『お前の家で待っている。男と一緒に来い。ギルドに報告したり、他の誰かを連れて来たら姉を殺す』というもの。
男とは当然トーカのことだ。
(きっとグスタフはトーカを殺すつもり。そんなのは駄目)
違う。
もう一人の冷静な自分がそれは違うと言う。
(本当は怖かっただけ。助けを求めて、トーカに拒絶されるのが。罠だって分かり切っている。護衛してくれる人もいない。そんなところへ一緒に来てなんて言って、頷いてくれる訳がない。どうせ一人で行かなきゃいけないなら何も言わずにいた方がマシ。だって、それならトーカはずっと味方だもの。私を見捨ててなんていないもの)
ふっ、と自嘲が零れる。
(自分の弱い心を守るため。身勝手だって分ってる。でも、ごめんなさい。トーカにはずっと味方でいてほしかったんだ。そういう人がひとりでもいたんだって、思いたかった)
イステリアの西区、街壁に程近い一角は貧困街だ。
エレナの借りているのはそんな貧困街でもとりわけみすぼらしいバラックだった。
ゴートレス商会の仲介で借りていた家は、借金のことで言い争った後に賃料を大幅に引き上げられたため引っ越した。
息を切らして自宅へと戻ったエレナの目に映ったのは扉の壊された家と、グスタフ達によって荷馬車に乗せられそうになっている姉の姿だった。
「姉さん…!」
「よぅ、意外と早かったな、エレナぁ」
「グスタフ!姉さんを放して!」
「駄目に決まってんだろぉ?こいつは人質だよ。じゃじゃ馬のテメェが大人しく言うこと聞くわけがねぇからな。未来のご主人様からのお召しだ。イステリアを離れるからテメェも連れてこいだってよ。ケヒヒ!愛されてて良かったなぁ!」
「黙れ!」
グスタフと仲間達は激高するエレナを見て下品に笑う。
「ケヒヒ、ゴートレスのジジイは薬も玩具も大好きなド変態だからよ、テメェがイカレちまう前に味見しときたかったんだがツイてなかったぜ。あんなバケモンが出てくるなんてよ」
「ったく勿体ないよな。爺さんから降りてくる頃には絶対ガバガバで頭もイッちまってるもんなぁ」
「安心しろよエレナぁ。俺はお前がどんなにユルガバになっても愛してやれるぜぇ?」
「「ぎゃははは!」」
グスタフの部下三人の内二人が盛大に笑う。もう一人は何を考えているのか無表情だ。
女を性欲解消の道具としか見ていない男達に、エレナは不思議と何の感情も抱かなかった。無償で命を懸けて助けてくれたトーカや、Aランク上位の魔物に立ち向かうためことを決意した蒼天をはじめとするBランクパーティを見た後では、あまりにも取るに足らない下等な存在に思えたのだ。
エレナの反応が予想と違うことを怪訝に思いながらグスタフは訊ねた。
「そういやあの男はどうした?連れて来いって書いておいたよな?」
「ここには来ない」
「……それがどういう意味か分かってんのか?」
姉の首元に剣が当てられる。
少しでも力を籠めれば簡単に動脈が切れるだろう。
だが両手足のほとんどが石化している姉に逃れる術はない。
「分かってるよ」
矢を番え、グスタフに狙いを定める。
彼らの言いなりになってこの場を凌いでも、エレナが奴隷になれば姉は一人では生きていけない。ゴートレスの会長は石化を治すつもりなど端から無いのは分かり切っている。だとすれば姉は石像となって永遠を過ごすことになる。
ゴートレスの屋敷にオブジェとして飾られるか、趣味の悪い好事家に売り払われるか、あるいはどこぞに廃棄されるか。少なくとも救いのある末路など考えられない。
しかしどうしても最後の一歩。
姉の命に手ずから見切りをつけることが出来なかった。
息が荒くなり、手が震える。
その様子を見てグスタフが見透かしたように笑う。
「口では一丁前のこと言ってても現実はどうだ?そんなザマじゃ10回射ってもあたらねぇよ。なぁエレナぁ、俺もテメェのことは気に入ってるんだ。面は良いし何よりクソみたいな逆境にも噛みつく根性がそそる。だからよ、俺から提案だ」
グスタフは濁った目を弓のように曲げる。
「ゴートレスのジジイが飽きて捨てたら俺が飼ってやる。もちろんこいつも一緒にだ。そうだな、テメェの態度次第じゃ石化復活薬もどうにかして手に入れてやるよ。これでも長い事冒険者をやってんだ。コネはある。悪くないだろ?姉妹そろって暮らせるんだ。な、穏便にいこうぜ?取り合えずあの男連れて来てくれや。乱暴なことはしねぇよ。ちょっと話してギルドに報告しないでもらうだけだ。そうしねぇと俺はお尋ね者だ。それはテメェも困るだろ?」
(こいつは何を言ってるの?懐柔しようとしてる?あれだけのことをしておいて、姉さんに酷いことをして、私を奴隷にする手伝いをして、私を犯そうとして、そんな奴がどういう神経で?)
怒りに目の前がチカチカと明滅した。それでも戦うことも服従することも決断できない自分が惨めだった。
「……なさい」
「え……?」
そんなエレナの背中を押したのは、馬車の荷台に押し込められそうになっている姉だった。彼女は衰弱し、乾いた声でエレナに言った。
「やりなさい、エレナ」
その瞳は真っ直ぐにエレナを見つめていて…。
「エレナ…愛しているわ。ずっと……」
「ありがとう、姉さん。私も愛してる」
矢は放たれた。
「馬鹿が!!」
エレナの行動に憤怒を撒き散らしながらグスタフは剣を抜いた。
エレナの姉を捕らえていた仲間は喉元を撃ち抜かれて死んでいる。
「優しくしてやったらつけ上がりやがって!ドミトリ、ヘインズ!手足の二、三本へし折ってやれ」
「このクソガキが!アッシュをやりやがって!」
「ヘインズ、殺すなよ。このガキを殺ったらジジイも黙ってないだろう」
「分ってる、痛めつけるだけだ!行くぞドミトリ!」
短剣使いのドミトリと長剣を持ったヘインズが迫る。
エレナが牽制に矢を放つが2人はものともせずに向かってくる。
(強い…!あれをやるしか…)
間違いなく性根が腐っている碌でなしの類だが、その実力はエレナよりも上だ。
距離を取りつつどうにかドミトリの利き腕に矢を当てたものの、抵抗もそこまでだった。
(……だめ、出来ない!どうして!?)
密かに狙っていた切り札も不発に終わり、手が尽きたエレナは追い詰められる。
「ぐっ!」
「ドミトリ!?クソガキィ!」
「っ、きゃあ!」
弓での迎撃は間に合わない。
再び距離を取ることも出来ないと判断したエレナは細剣を構えたが、あっさりとヘインズに腕を捻じり上げられた。
「好き放題やってくれたな、エレナぁ」
「くっ!放せ!」
「ヘインズ、時間がない。さっさと移動するぞ」
傷口を押さえながらドミトリが馬車に急かすが頭に血が上ったヘインズは酷薄な笑みを浮かべて頭を振った。
「こいつはアッシュの仇だ。ここで償いをさせる」
「駄目だ。姉の方なら良いが、それもグスタフに言って馬車でやれよ」
「ちっ、わかったよ」
ヘインズに押さえつけられてドミトリに武装を外される。
怒りと欲望を宿した目でヘインズが言う。
「お前の姉ちゃん、手足が動かないなんて可哀想だよな。自分でマン〇リも出来ねぇだろうから俺がぶち犯してやるよ。お前の目の前でな!良いよな、グスタフ!」
「あんな呪われた女に食指が動くってんなら別に何をしてもいいぞ。ジジイから手ぇ出すなって言われてんのはエレナだけだ。…たく、面倒かけさせやがって。テメェはもっと賢い女だと思ってたぜ」
姉を荷台に乗せたグスタフも近付いてきてエレナを見下ろす。
呪いの類はその不確かな性質から他者に感染するのではないかと考えられていた時期があった。現在では否定されているものの、そういった歴史から呪われた者に忌避感を抱く者は未だに多い。絶世の美女であるエレナの姉に対してグスタフ達の情欲が向かないのはそれが理由である。――しかし、ヘインズは違うようだった。
リーダーから制裁の許可を得たヘインズはニンマリと口を歪ませ、エレナの髪を掴んで引き摺る。
「ヒヒ、エレナよぉ、すぐにお前の家族を作ってやるからな。でかくなったらそいつもお前の目の前で犯してやるよぉ!ヒヒヒ!」
「――――」
「ああん?なんだって?」
エレナが何事か呟く。
それは風に消えるほどか細い声で、ヘインズは思わず顔を寄せた。寄せてしまった。
一瞬の油断。それがヘインズの運命を決めた。
「なっ、がっ!?」
エレナは隠し持っていた弓の弦でヘインズの首を締めた。
ヘインズに捕まれたままだった自身の髪ごと巻きつけ、目一杯の力で締め上げる。
虫系魔物の甲殻すら貫く威力を出す弦はCランク上位のグレータートレントの蔓を加工したもので、細く、よくしなり、非常に強靭だ。こうまで綺麗に巻きつけばエレナが力を緩めない限りは外れない。
しかしエレナは絶対に緩めない。
巻き込んだ自身の髪が半ばから切断されようと。
弦を握る手から血を流そうと。
絶対に緩めない。
エレナはヘインズの背後から告げる。
「聞こえなかった?可哀想、って言ったんだよ。妄想ばかりで何一つ叶えられずに死ぬんだから」
「ぐうあああ!」
最後の力でヘインズが身体を振り回して抵抗するも、エレナはその手を離さなかった。
その反動でより一層弦が首に食い込み――ヘインズが落ちた。
「はぁ!はぁ!…ふふ、ふふふ!さぁ、2人殺したよ!次は――ぎッ!」
グスタフに殴り飛ばされ地べたに転がった。
頭がくらくらして口から鉄の味がする。
「調子に乗り過ぎだぜ。くそが、2人も殺しやがって。ドミトリ、両脚を折れ。抵抗するなら腕もだ。ヘインズみたいな間抜けは晒すなよ」
「ああ、分ってる」
(ここまでか…。もう武器になりそうなものはない。頭を殴られたせいか視界が歪んでまともに立ち上がれもしない)
ドミトリが油断なく近寄る。
手には鞘に入ったままの剣。ヘインズの持っていた剣だ。
「そんなもので女の子を叩くの?モテないよ」
「仕事に私情は挟まない。恨むなら恨め」
「…私が死んだら、お前たちみんな呪い殺してやる」
「そうか」
振り下ろされる剣をエレナは目を逸らさずじっと睨みつけていた。
剣は狙い違わずエレナの脚を強かに打ち据え、その華奢な骨を易々と折る――はずだった。
キィンと甲高い音を立てて弾かれたのはドミトリの持っていた剣だった。
ドミトリが邪魔者に目を向けると、その男はエレナの前に立って言った。
「センパイ方。相変わらずド屑ッスね」




