イステリア防衛戦
南門には冒険者と騎士が集まっていた。
全体で約300人。内訳は冒険者が200人、騎士が100人ほどだ。
イステリアの騎士は約200人だから半数がこの場にいることになる。残りの騎士達は衛兵と共に治安維持や避難誘導をしているのだろう。
冒険者は軽く見渡した感じDランク以上の者が集められたようだ。
「蒼天!来てくれたか!」
上等な服を筋骨隆々な身体でパツパツに引き攣らせた50代の強面男がこちらを、というかジェイド達を捉えて声を張った。紫紺の髪をオールバックにしたその男はイステリアの冒険者ギルドマスター、元Aランクのガンドルフだ。
彼の声を聞いた冒険者たち、更に騎士達も「蒼天!?」「蒼天が参加してくれるのか!」と俄かに色めき立った。
「ガンドルフさん、俺らは今し方ダンジョンから戻ったばかりで状況が掴めてねぇ。詳しい話を頼めるかい?」
「当然だ。丁度高ランクパーティのリーダー達と騎士達で作戦会議をするところだった。そこで詳しく話す」
ガンドルフが簡易テントを指し、ジェイド達を連れて行く。
俺はどうしようか。これだけ冒険者がいる中でグスタフ達が襲ってくることもないだろうし待っていよう。お偉方ばっかの会議に参加する訳にはいかないからな。
そう思っていたのだがフェイに腕を引っ張られた。
「なにしてるの?行くわよ」
「え?」
「護衛依頼中だからねぇ」
エレナもナタリアに背中を押されている。
俺達も行っていいのだろうか。
ガンドルフが怪訝な顔をしてるぞ?
「そいつらは?」
「今の雇い主だ。護衛依頼の途中だから同席させてもらうぜ?」
「緊急事態だ、構わねぇよ」
「あんがとさん。それと、こっちの嬢ちゃんはおたくの冒険者に粗相をされた身でな。保護と犯人への制裁も頼みたい」
そうか。ギルドまで行かなくてもここに責任者がいるんだから用件を伝えてもいいのか。
ナイスだジェイド。
「なんだと? ……分った。だが悪いがこの件が片付いてからだ。なにしろ俺達の手腕如何ではイステリアが消えるんだからな」
重い地響きはゆっくりとイステリアに近づいていた。
◇
簡易テントにいたのはBランクパーティ『黄金の乙女』のリーダー、マスケルス。同じくBランクパーティ『桃紅果』のリーダー、モニカ。そしてイステリア騎士団を纏める騎士長と副騎士長だ。
イステリアにAランクパーティはおらず、Bランクも前述の2組だけなので最高戦力が集まっていることになる。
「おう、待たせた。早速対策会議を始めたいが、その前に蒼天に説明させてもらう。こいつらはダンジョンに潜っていたから事態を把握してねぇんだ」
「あらぁ、そうなの?と言ってもアタシ達も良く分ってないけどねぇ」
青髭に手を当てながら首を傾げるのはガンドルフに劣らないほど見事な筋肉を持ち、格闘家の装束に身を包む40代の男…マスケルスだ。
マスケルスにジェイドが訊ねる。
「分ってないってどういうことだ?つかあんなデカブツがここまで接近するまで誰も気付かなかったのか?」
「今朝、突然現れたそうよぉ。ね、ローレンツ騎士長さま?」
話を振られ答えたのは鈍色の髪の男性。
ガンドルフと同年代に見えるが、野性的なガンドルフとは正反対の堅物然とした雰囲気を持った騎士だ。
「そのようだ。奴は前触れなくイステリア南方の村に現れ、出現場所の村から約4km離れたイステリア南部の森まで直進、現在はイステリアから約500m離れた地点で停止している。ボルケーノトータスは遠く南西、ルカ共和国、グランフォレスト王国、ガルバハン王国の三国が国境を接するフィールド型ダンジョン、ジオラム火山に生息する《《主》》の一体だ。そこから移動して来たのであれば発見次第遠話水晶で報告が届く。しかしそんな報告はなかった」
遠話水晶は遠距離通話が可能な魔道具だ。かなり貴重なものだが国の要所には配置されており、有事の際は素早く情報共有が出来るようになっている。
「それに都市議会所有の遠話水晶で国境の町ジオールに連絡を取ったが、向こうではボルケーノトータスの移動は観測されていない」
「つーことは、あのデカブツはイステリアの近くに湧いて出たってことか?ダンジョンの決壊とかは?」
長年放置され、ダンジョン内の魔物が飽和した場合、ダンジョンの外に魔物が溢れることがあり、それを『決壊』と呼んでいた。本来の生息域とは異なる場所に魔物が現れたということはダンジョンが決壊を起こした時にも発生する現象だ。
しかしジェイドの言葉をガンドルフは否定した。
「あの近くにダンジョンはねぇよ。偵察隊を送ったが未確認ダンジョンも発見されなかった」
「マジかよ。何が起こってんだ?」
「気味が悪いが、どこから現れたのか一切不明だ」
「……エリック、どう思う?」
こういう場ではリーダーを立てるためか黙っていたエリックは、水を向けられて「確証はないけど」と話始めた。
「地脈を辿ってきたんじゃないかな」
「ちみゃく?なんだそりゃ」
「大地の下には大量の魔力が大河のように流れていると言われているんだ。それが地脈。魔物の中には地脈を一瞬で移動するようなのがいるらしい。ジオラム火山とイステリア南部は地脈で繋がっていたはずだから、現状僕が思いつく可能性はそれだけだよ」
「……とんでもねぇ話だな。あのデカブツが一瞬で移動してくるなんざ。ぞっとしねぇよ」
「それともう一つ」
「まだなんかあんのか?」
「ボルケーノトータスが地脈を利用できるって話は聞いたことがない。それにジオラム火山はフィールド型とは言え歴としたダンジョンだ。その外に出て来たということは、あれは変異体の可能性が高い」
「………」
空気が凍り付く。
Aランク上位ですら正真正銘の化け物だ。その変異体となれば…。
20代前半で赤い髪を後ろで束ねた弓使い、モニカが乾いた声を出す。
「Sランク、ってことですか…?」
「確証はないよ。どうですか、ローレンツ騎士長。貴方ならSランクと交戦した経験もあるのでは?」
「……私の経験で言わせてもらえば、アレはSランクではない。そこまでの絶望的な力は感じない」
騎士長の言葉に皆一様に安堵する。
というかこの人Sランクの魔物と戦ったことあるのかよ。
「ただ、化け物であることに違いはない。他種族の魔物を従えているという報告も入っている。地脈の利用と同様、これも通常の魔物ではあり得ないことだ。ともすればそういった特殊能力に特化した変異体なのかもしれない」
ごくり、と唾を飲み込んだのは誰か。
ただでさえ尋常ではない力を持つ化け物が軍団を率いてやってきているのだ。加えて変異体ともなれば他に隠し玉があってもおかしくはない。
騎士長、ギルド長、マスケルスなど数名の他は明らかに委縮していた。そんな重い空気を破壊したのはジェイドだった。
「つーことは、だ。あのデカブツを倒せば大手柄ってわけだ。なんせSランク並みだもんな。Aランク昇格も見えてくるかね?」
「……まったく、君は」
自然体で能天気な発言をしたジェイドに対しエリックは呆れと共に信頼の笑みを浮かべる。
「言っておくけれどあくまで仮説だよ。あまり信用されるのも困る。アレが通常個体だって可能性も充分にある。ただ、万が一変異体だったら特殊な挙動をするかもしれない。そうなった時に心構えがあるのと無いのとでは取れる選択肢が変わる。だから念の為に言ったんだ。躍起になって倒して『やっぱり通常個体でした』なんてことになっても文句言わないでくれよ?」
「へっ。その時はその時だ。Aランク上位討伐だって功績としちゃ大したもんだ。悪かねぇよ」
恐れ知らずなジェイドの発言を聞いて、何かを思い出したかのように冒険者達は目が据わった。
そう、冒険者とは元来そういう生き物だ。
金、栄誉、功績。何かを得るために命を張るのが冒険者で、ここにいる上級冒険者達はイステリアの中でも取り分けその欲が強い。そうでなければBランクになど辿り着けない。
モニカが尋ねる。
「地脈を使えるとして、あの魔物は今この時にも、ここに現れることも出来るんですか?」
「ここに地脈が通じていれば、理論的には可能のはずだよ。ただそれをしないってことは恐らく地脈は通じていない、あるいは制限があるんだと思う。どちらにせよここに突然現れる可能性は低いと思う」
「なるほど。それなら戦いようはありそうですね」
そこで若い、20代半ばの副騎士長がエリックに食ってかかった。
「『らしい』とか『思う』ばかりじゃないか!もっと確定的な情報はないのか!」
「ないよ、そんなものは。そもそも未知の物事を確定させるためには大量の情報が必要なんだ。玉石混交の情報から必要なものを精査する時間もね。現状はどっちもまるで足りない。これで何かを確定させる人がいたらそれは短慮としか言いようがない」
「貴様!私が短慮だと言うのか!?」
唾を飛ばす副騎士長にジェイドが割って入る。
「んなこと言ってもよ、副騎士長さん。俺らはダンジョンから出てきたばっかなんだから聞いた話から推測するしかねぇだろ。それとも騎士さんの方にはもっとマシな話はあんのかい?」
「ぐっ!なんだと!?」
「あらぁ~、だめよカリカリしちゃ。お姉さんが落ち着くように熱ぅいキッスゥ!してあげようかしらぁん」
「「うっ!」」
マスケルスのウィンクにジェイドと副騎士長が青褪める。
「すまない、ジェイド殿、エリック殿。こいつは剣も魔法も確かなんだが、まだ考え足らずでな。指導不足を許してほしい」
そう言って騎士長が頭を下げる。
「ろ、ローレンツ騎士長!?なぜ冒険者に頭を…」
「馬鹿者!この緊急事態に騎士も冒険者もあるかっ!ギルバート、貴様も頭を下げろ!」
「くっ、申し訳なかった…」
「あー、気にしないでくれ。俺らは気にしてない。な、エリック」
「ええ」
「ありがとう。では話を進めさせてもらう。これから我々騎士団100名とDランク以上の冒険者200名で奴を食い止める。奴の周囲には約300体ほどの魔物がいる。偵察隊によるとDランク下位のファイアスライムが200、Cランク中位のフレイムリザードが80、Bランク下位のマグマゴーレムが20ということだ」
Bランク下位ってことはキングライトニングウルフと同等の強さってことか?
そんなのが20体もいるのかよ。
騎士長が全員を見渡して続ける。
「我々騎士と冒険者諸君で連携が取れれば良いのだが、生憎とそんな訓練はしていない。下手な連携はかえって足並みを崩すだろう」
その言葉に各リーダー、そしてガンドルフが頷く。
「故に部隊を分けて殲滅に当たりたい。Dランク冒険者にファイアスライム。Cランク冒険者にフレイムリザード。そして諸君らBランクパーティにマグマゴーレムを担当してもらいたい」
「するってーと、騎士さん達があのデカブツかい?化け物狩りは俺らの領分だと思うがね」
「無論、我々だけで討伐出来るとは思っていない。あれだけの巨体だ。我々の装備、スキルで削りきることは難しいだろう。そこで諸君らBランクパーティにはもう一つ追加で仕事を頼みたい。我々騎士隊が囮になりボルケーノトータスの注意を引く。マグマゴーレムの討伐後、その側面、背後から攻撃をしてほしい。Bランクの諸君は高レベルとは言えAランク上位の魔物相手に半端な攻撃では通らないだろう。だが反撃を気にせず全力の一撃を入れられるなら有効打を与えられると考えるが、どうだろうか?」
騎士長の言葉にリーダー達は息を吞む。
それは騎士隊を囮にすると言っているようなものだ。
命を懸けて都市を、イステリアの民を守ろうとする断固たる覚悟が伝わってくる。
モニカが戸惑うように訊ねた。
「それが一番討伐の可能性は高いと思いますけど、いいんですか?騎士団はかなりの危険に晒されますよ?」
「危険の及ばぬ者などこの場にはいなかろう。我々は民の盾であり剣だ。民が傷つこうとしている時に我が身可愛さを優先していては騎士の名が泣く。どうだろうか、ガンドルフよ」
「異論ねぇな。DランクとCランクの指揮は俺が執る。お前たちはどうする?緊急依頼扱いとしてマグマゴーレム1体につき金貨300枚、ボルケーノトータス討伐時には各パーティに金貨2000枚、貢献度により追加も検討するぜ。俺は強制依頼が嫌いでな。命が惜しいのなら降りても構わんぞ」
ガンドルフはジェイド達Bランクのリーダー3人を見下ろしながら問うた。
「はっ、引退したあんたが前線で命張るっつーのに俺らがトンズラこく訳にはいかねぇだろ。実入りも悪くねぇしな。蒼天はこの依頼受けるぜ」
「部外者の蒼天が受けるのにホームのわたし達が降りるなんて出来ませんよ。桃花紅も受けます」
「あらぁ~、アタシ達は報酬なんてなくてもガンちゃんのお願いなら聞くわよぉ~。当然黄金の乙女も参加するわぁ。アタシ達の家に土足で踏み込もうとしてる悪い子にはお仕置きしなくちゃねぇ」
それぞれリーダー達が立ち上がって宣言する。
ガンドルフは頷きを返して言う。
「Bランクのお前たちはマグマゴーレムを撃破後、ボルケーノトータス討伐に当たれ。いいか、お前たちが如何に迅速にことを成せるかが作戦の肝だ。だろうと変異体だろうと関係ねぇ!の称号が伊達ではないことを証明しろ!冒険者なら稼ぎ時を逃すな!」
「おう!」
「はい!」
「了解よ~」
こうしてイステリア防衛戦が始まった。




