合流と異変
20層を越えた後、転移陣付近で蒼天を待っていようかとも思ったのだが、万が一グスタフ達が転移陣を使って来た場合一発で見つかってしまうため23層に移動することにした。
21層からは魔物の出現頻度や数が増えるためより慎重に進む。
俺1人なら何度も来ているが、今回はエレナが一緒だからな。彼女の弓の腕は確かで、狩りに近い戦い方をする。息を殺して遠くから一撃で仕留める感じだ。命中精度が非常に高い。が、狙いを定めるのにやや時間がかかり連射は難しい。ソロで少数を相手にするならリスクが低い適した戦い方だと思うが、多数を相手にするには不向きだ。
森で動物を狩ったりして磨いた技術なのかもしれない。
23層に下りてから戦闘を振り返すこと数回、俺達は大き目の通路に出た。
そこでは蒼天の4人が投げ網を使ったモス狩りをしていた。他に冒険者の姿はないようだ。狩りが一段落つくのを待ってからジェイドに声をかける。
「調子良いみたいだな」
「お?よう、トーカじゃねぇか!お前ほどじゃねぇけど結構サマになってきただろ?最初は試行錯誤だったけどな、ようやっと上手い立ち回りが出来るようになって来たわ。そういやお前さん、昨日飲みに誘おうと思って宿まで行ったけど不在だったよな……なんか訳ありか?」
視線は俺の後ろにいるエレナに向けられている。
Bランク冒険者だけあって眼光が鋭い。エレナがびくっとしたぞ。怖がらせるなよ。
「ああ、頼みがある。ここじゃ落ち着かない。悪いけどセーフティゾーンで話せるか?狩りを中断させる分の金は補填する」
「気にすんな、俺らの仲だろ。――おおい、お前ら!ちょい早いが休憩だ!」
「すまん、助かる」
近場にあるセーフティゾーンで蒼天の4人に今の状況を説明した。
ジェイドが顎のさすりながら言う。
「なるほどなぁ。そっちの嬢ちゃんが襲われてるとこをトーカが助けた。ギルドに報告したいがダンジョンの入口を押さえられて脱出できない。他の冒険者に助力を頼もうにも、向こうさんはルカのデカい商会と繋がってて地元の奴らは頼りにならねぇ。で、外様の俺らに協力してくれってことか」
「連中はエレナを捕まえるか後3日ダンジョンに閉じ込めておけば良いと思ってる。ゴートレス商会との契約で3日後にはエレナは自動的に奴隷だからな。その後ならエレナが告発することはないし、俺がギルドに報告しても被害者であるエレナに否定させて無かったことに出来る」
「ダンジョン内の出来事は証拠が残らねぇから目撃情報が重視されるもんな。当事者の片方が否定してんなら良くても《《疑い》》程度だろ」
「そう、だからなんとか3日以内にギルドに行きたい。蒼天に護衛を頼みたいんだが相場が分からない。相手はCランク4人で、その内1人はBランク並みの実力があるそうだ。おまけにイステリアでかなり力のあるゴートレス商会を敵に回す可能性もある。それを考慮した上での適正価格を教えて欲しい」
「エリック、いくらだ?」
問われたエリックは眼鏡のブリッジを上げ、しばし思案してから答えた。
「ギルドで受けるとしたら金貨1500枚、かな」
「そうか。じゃあ金貨1枚でいいぜ」
「…は?エリックの話聞いてたか、ジェイク」
「おうよ。お前こそ聞いてたか?エリックは『ギルドで受けるとしたら』って言ったんだ。俺らの信条は『可能な限りダチは助ける』だ。俺らはもうダチだと思ってたが、違うか?」
「いや、違わないけどさ」
「それにお前にゃ借りもある。ちょっとは返させろや」
「良いのか?大商会から睨まれたらこっちで商売しづらくなる。そのリスクも含めて金貨1500枚ってことだろ?」
それに答えたのはエリックだった。
「ゴートレス商会に睨まれるリスクはあるけど、僕らは元々別の商会との繋がりが強いからほとんど影響はないよ。同じ内容でギルドから指名依頼が来たらリスク云々と渋って値を吊り上げるけどね。それが金貨1500くらいってこと」
「そういうこった。第一、そっちのお嬢ちゃんを襲おうとした連中と、騙して借金負わせた商会だ。んな腐った奴らに目の敵にされるならむしろ誇れるってもんだ。そうだろ?」
「そうねぇ、冒険者の方はギルドから制裁を加えてもらおうねぇ。たぶん鉱山奴隷行きかなぁ?」
「私は商会も許せないんだけど。エリック、なんとかならないわけ?」
「なんとかって言ってもね。詐欺の証拠がある訳でもないし、手が出せないよ」
フェイもナタリアも異論ないようだ。むしろ義憤を覚えてくれている。
エリックはやはりと言うべきか冷静で、重要事項を確認してきた。
「問題はそちらのエレナ嬢の言葉が真実かどうかだけど」
「それについては俺が保障する。彼女は今、魔法契約で俺には嘘を吐けない状態だ」
「なら問題ないね。ジェイド」
「おう!じゃあ決まりだな。グランフォレスト王国所属Bランクパーティ『蒼天』、護衛依頼を受諾した。腐れ野郎共がちょっかいかけて来ても蹴散らしてやるから安心しな!」
男前やなぁ。惚れてまうやろ…。
急展開した話について行けないのかエレナがアワアワとしてこちらを見てきた。
「び、Bランクパーティ?なんでトーカと知り合いなの?え、い、いいの?」
「聞いてただろ。良いんだって。ジェイド達にお礼言っとこうか」
「そ、そうだね。あの、ありがとうございます…」
「俺からも、ありがとうみんな」
「おう!」
「トーカにはお世話になったからね」
「気にしないで!」
「安心してねぇ」
俺達が礼を言うと蒼天が応えてくれた。
気の良い奴らだ。
さて、ギルドまでの安全は確保出来た。でもこれで終わっては片手落ちだ。商会の方はどうしたものか。
エレナを中心に隊列を組みながら、俺は今後について考えていた。
◇
蟲狼迷宮を出ても襲撃はなかった。
エレナを蒼天が囲っているのを見て断念したのか、別の場所で狙ってくるつもりなのかは分からないが、蟲狼迷宮からイステリアまでは見通しの良い平原になっているので襲撃があればすぐに分る。
辺りを見回してから呟く。
「見える範囲には居ないみたいだな」
「…そうだね。あの、トーカ?私色々と失礼なこと言っちゃったけど「妙だな」――え?」
エレナの言葉を遮るように言葉を発してしまったが、どうも空気がおかしい。
ジェイド達も気付いているようで警戒レベルを上げてピリピリしている。
「トーカも気付いたか。どうなってる?俺はこんなプレッシャー久しぶりだぞ」
初めてと言わない辺り蒼天は結構な修羅場を潜っているのだろう。頼もしいことだ。
エレナも少し遅れて異様な空気に違和感を覚えたようだ。息苦しそうに胸を押さえている。
「なにこれ…。空気が重い。それに、誰もいない?」
エレナの言う通り周囲には人影が全くなかった。
蟲狼迷宮とイステリアを繋ぐ道だ。余程ずれた時間でなければ冒険者や商人を何人かは見かける。
警戒を強めながら進んでいると小高い丘を越えたところでイステリアが見えた。
そして、少し離れたところに巨大な山があった。
「……なんだ、あれ」
掠れた声は誰のものだったか。
その山は動いていた。腹まで響く重低音の足音を鳴らし、イステリアに向かって。
「ボルケーノトータス…!なんでAランク上位の化け物がこんなところに!」
ジェイドが叫ぶ。
Aランク上位。
達人。超一流と呼ばれるAランク冒険者、その複数パーティでの討伐が推奨される危険度。
本来なら人里から離れた秘境や高難度ダンジョンの深部にのみ生息する正真正銘の化け物だ。
イステリアを囲む街壁は高さ8m強。周辺に強力な魔物はいないが交易都市としての安全性を喧伝するためにイステリアの街壁は首都や国境の重要都市次ぐ高さと頑強さを有している。
対してボルケーノトータス。冷えて固まった溶岩のように黒い肌を持ち、背には甲羅の代わりに赤々とした溶岩を垂れ流す小さな火山を乗せた、生物の常識とはかけ離れたそれは倍以上大きい。全高約20m、もはや怪獣だ。
そんな怪獣がゆっくりとだがイステリアに進路を取っている。
あまりにインパクトのある光景に全員が息を吞んでいると、イステリア方面から馬に乗った男が現れた。
怪我が原因で引退した元Cランク冒険者だ。ギルド職員として働いていて、何度か話したこともある。名前はギーヴだったか。
ギーヴは俺達の前で馬を止めて前置き無しに言った。
「ここにいたか蒼天!今すぐ南門まで行ってくれ!ボルケーノトータスが出たんだ!」
「見りゃ分るが、なんだってあんな伝説級のバケモンが?どうしてこんなに接近されるまで放置してた!」
「分らん!急に現れたと聞いている!南門にギルドマスターがいるから聞いてくれ!俺は今から蟲狼迷宮に入って中の冒険者達に協力を要請しに行く。『蒼天』にとっては命を賭けてまでイステリアを守る理由もないだろうが頼む。俺達には帰る家なんだ。報酬も弾むと聞いている。どうか協力してくれ!」
ギーヴはそれだけ言うと馬を駆って蟲狼迷宮に向かった。
残された俺達は顔を見合わせ、南門へ急ぐことにした。逃げるにしても防衛に加わるにしても情報が必要だ。




