エレナ・シュラーデン
ミリーシアの破壊力を身をもって堪能した翌日、俺はまた蟲狼迷宮に潜っていた。
砂漠熱はほぼ終息し、毒鱗粉の買い取り価格があと数日で元に戻るとの情報をランドから聞いたのでラストスパートとばかりに狩りに勤しんでいたのだ。
名前:トーカ・フジクラ
レベル:24
ギフト:エナジードレイン
戦闘スキル:剣術Ⅱ、体術Ⅱ、身体強化Ⅱ、敏捷強化Ⅱ、剛力Ⅱ
魔法スキル:雷魔法Ⅱ
耐性スキル:電撃吸収Ⅰ、毒耐性Ⅲ、麻痺耐性Ⅱ、火耐性Ⅰ
特殊スキル:アイテムボックスⅡ、遠見Ⅰ、暗視Ⅰ、危機感知Ⅰ
余剰生命力:2403→2741
スキルポイント:2.5→3
所持金:720万8000リラ
レベルの上昇は完全に止まった。
変異体の人面蛾は結構強かったと思うけどレベルアップには足りないようだ。
そしてあれだけモスを倒したにも関わらず毒耐性も麻痺耐性も上がらなかった。毒耐性はまだしも麻痺耐性はレベルⅡだ。上がってもおかしくないと思っていたんだが。
これはいよいよ同じ魔物からはスキル獲得率が下がる説が濃厚だ。
その日、俺は黙々と狩りを続け、気付けば夕食時をとっくに過ぎていた。
「そろそろ帰るか」
そう言えば4~7層は今も冒険者でごった返しているのだろうか?毒鱗粉の買い取り額が上がった当初は酷い賑わいだったが…。
ふと気になったので帰りがけに4層に寄るとほとんど人影はなかった。
冒険者で溢れていたのにどうしてこんなに閑散としてるんだ?…あ、時間か。
現在の時刻は21時を少し回ったところ。こんな時間に潜ってる奴なんてそうそういないわな。
一人で気恥ずかしくなって帰ろうとした時だ。
「―――!」
「―――!」
すぐ近くから言い争うような声が聞こえてきた。
冒険者同士のトラブルには関わりたくないというのが本音だが、聞こえた内容が内容だけに素通りも出来なかった。
◇
エルフの少女、エレナ・シュラーデンは人間が嫌いだった。
森の里にいた頃は他種族に対して特別な感情は持ち合わせていなかったが、人間と関わるようになって考えが変わった。
他者を蹴落とし、騙してでも己の利益を追及する強欲さ。
弱者と見做せば同族であろうと発揮する残忍性。
女を性欲の捌け口としか考えていない畜生以下の獣性。
中には幾分マシな人間もいたが、それで全体の評価を覆すには悪意を持った人間が多過ぎた。
エレナには借金があった。
姉の薬代が払えずイステリアの商人から借りたのだ。
徐々に身体が石になっていく石化の呪い。その治療薬『石化回復薬』は金貨1000枚だと薬師に言われた。
回復薬は高価だが石化から30日以上経過してしまえば石化部位は完全石化状態となり『石化復活薬』が必要になる。復活薬は現在の技術では精製不可能でダンジョンの発掘品頼りだ。それも滅多に出回らないし、数年に一度オークションに出されても落札価格は金貨十万枚は下らないので入手は現実的ではない。それならば金貨1000枚の借金を負ったとしても完全石化前に薬を購入したエレナの選択は正しいと言えるだろう。
だがエレナは信用する相手を間違えた。
いや、商人が巧妙だった。
石化の呪いで四肢の先から徐々に石化範囲が広がる姉を連れてイステリアを訪れたエレナを、偶然知り合ったその商人は快く支援した。部屋を紹介し、薬師を紹介し、当面の生活費も貸した。それ故エレナも姉もその商人がエレナを人として見ていないことに気付かなかった。
エレナが聞かされていたのは金貨1000枚を借り、20年で返済するという条件。利息は全体の10%、つまり返済額は金貨1100枚だ。大金を借りるのだから利息は当然だと思ったし、20年で金貨100枚の利息なら随分と良心的だとさえ思った。
しかし実際の契約は金貨1000枚を借り、返済期限はたったの1年。利息は月に10%の暴利。返済出来なかった場合はエレナを奴隷にするというおまけ付きだった。更に商人に紹介された薬師もグルであり、『石化回復薬』だと説明された薬は『石化抑制薬』だった。抑制薬は石化の進行を緩やかにするだけで回復する訳ではない。症状は徐々に進行していくのだ。普通に買えば金貨50枚くらいの値段だ。
薬が偽物だと分った時、エレナはすぐに商人に相談した。「薬師に騙された」と。
すると商人は契約書がなければ証明出来ないと言った。そんなものある訳がない。商人を通して薬を買ったのだから。
更に商人はエレナの借金に関する契約書を見せて来た。
二つ折りにされた契約書の片方には見覚えがあった。
エレナが提示された条件が書いてあり、エレナのサインもある。
しかしもう片方には1年で返済、月に10%の利息、返済不可能の場合は商人の奴隷どなることを了承すると記載されており、その下に「商人の任意でどちらの条件を選択しても良いものとする」とあった。
当然契約時にそんな文言は聞かされていない。
ここに至ってようやくエレナは騙されていたことを悟った。
商人ギルドや衛兵に訴え出てもサインをした時点で契約が結ばれており、無効には出来ないと言われた。また契約書は魔道具の一種であり、サインをする前から裏の契約内容が記載されていたことが証明されたこともあり、エレナの確認不足であると判断された。
絶望感に打ちひしがれたエレナを、しかし商人は更に追い詰める。
エレナは冒険者として活動することにした。弓の腕前にはそれなりの自信があり、事実短期間でDランクに上がり、Cランク目前とされていた。人間不信によりソロでの活動をしていたが、そのハンデを物ともしない結果を示してみせた。
早朝から深夜、時には日を跨いでダンジョンに潜り続ける日々。
ソロでは蟲狼迷宮の9層までが限界だったが誰かとパーティを組む気にはなれなかった。
それでも休みなく長時間の探索をすることで借金を少しずつ返していった。
だがそんなエレナに月10%の利息が重くのしかかる。
金貨1000枚の借金が次の月には金貨1100枚だ。節制し、睡眠時間を削り、起きている時間のほとんどをダンジョン探索に回しても収入は月に金貨80~100枚が限度だった。
これでは利息分の支払いで終わってしまい、借金自体の返済は遅々として進まない。
加えて商人は追い打ちをかけてきた。
金で雇ったゴロツキ冒険者にエレナの妨害をさせ始めたのだ。
そんなことをせずともエレナが借金を完済する可能性はかなり低かったのだが、商人はその微かな可能性をも潰しにかかった。
お陰でエレナの収入は月に金貨40枚程度に目減りした。
残りの借金は金貨約1500枚。期限はあと4日。
極稀に発見されるダンジョンの宝箱からレアアイテムでも入手しない限り返済は不可能だ。そして金貨1500枚相当のアイテムがCランクダンジョンの上層で発見されたという話は聞いたことがない。
つまりエレナは既に詰んでいるのだ。
それでもダンジョンに潜ったのは一縷の望みに縋ってのことだった。
万が一、億が一高価なアイテムを発見出来れば一気に借金を返済出来る。
半ば諦めながらもそう自分に言い聞かせて探索していた。
そんなエレナに商人の手先である冒険者が接触してきた。
珍しく邪魔をしてこないかと思えばいつもの下品なニヤつき顔はそのまま、男達は言った。
「その身体を一晩使わせてくれりゃあゴートレスの旦那に頼んで返済を待って貰っても良いぜ?ケヒヒ!安心しろよ、俺らも鬼じゃねぇ。本番はしないでやるよ。そのかわりその可愛い口やら胸で楽しませてくれや。旦那には貸しがあるからよ、俺らから口利きすれば少しばかり返済額を減らしてもくれるかもしれないぜぇ」
嘘だ。
なんて分かりやすい。
こいつらは私を性欲の捌け口程度にしか考えていない。弄ぶだけ弄んだら「そんなこと言ったか?」と惚けられるか「騙される方が悪い」と開き直るかだ。
だから言ってやった。
「そんなに溜まってるんならあんたら同士で仲良く〇〇して××してなよ、変態さん」
「……優しくしてりゃつけ上がりやがって。おめぇら、お嬢ちゃんは乱暴なのがお好みみたいだ。咥えさせてくださいって言うまで可愛がってやれ!」
リーダーの男、グスタフが号令をかけると仲間の男達が喝采を上げてエレナに飛び掛かった。
エレナは弓を構えて矢を番える。
一応剣の心得はあるけどこの人数差をどうにか出来るほどじゃない。エルフなのに魔法も上手く扱えない。
唯一得意と言えるのは弓。しかしどんなに手際よく放ったとしても多対一では限界がある。
敵は4人…この距離なら上手くいっても2人が限界か。2人殺した後、自分は恐らく痛めつけられて辱められる。けれど何もせずに自らの尊厳を明け渡すつもりは毛頭なかった。
微かに震える指先を意志の力で抑えつけ弦を引く。
1人目――!
矢を放とうとした、その時。
場に相応しくない能天気な声が響いた。
「あっれー!?センパイ何やってんスかー!?」




