トーカの正体は
トーカとの懇親会兼投げ網の使用許可申請がお開きになった後、蒼天の4人は銀の雀亭の男組の部屋に集まっていた。
「どう思う?」
「主語がないと分からないよ、フェイ」
「だから、トーカのこと。あの場での詮索は避けたけどさ、あんな実力者がDランクってどんな冗談よ。エリックだっておかしいと思ったでしょ?」
「うーん、全く怪しい所がないと言ったら嘘になるけど、提案自体は悪くないよ。と言うか僕らにはデメリットが無い。投げ網に関しても使って良いことになったし。いやぁアレは理に敵っているよね。モスの動きを読む洞察力と的確に回避出来るだけの身体能力は必要だけど、やり方を知っていればCランク冒険者でも充分に実践可能だ。取り入れない手はないさ」
「でもそれはパーティでの話でしょ。状態異常ばら撒いてくるモス相手に最適行動ばかりを取り続けるなんてCランクには無理。というか私だって難しいわ。どこかでミスして毒る…だけならまだしも麻痺ったらソロなんて死ぬ以外にないのよ?そんな綱渡りの戦闘を彼は何時間もやってる。どんな精神よ。頭おかしいんじゃない?」
「それは褒めているのかい?貶しているのかい?……というか論点がずれているよ。彼の実力は問題ではないだろう?」
「ずれてないわよ。Bランクの前衛でも困難な狩りをこなしてるDランクよ?何か裏があるんじゃないかって疑うのは当然でしょ」
「精神力は確かにあるんだろうね。ソロでダンジョンに挑んでるくらいだから。でも注目すべきは別のところだよ」
「……どういうこと?」
エリックはクイっと眼鏡の位置を直して答える。
「彼、どこかの元諜報員じゃないかな」
「諜報員?」
「その様子だとやっぱり気付いてなかったみたいだね」
「勿体ぶらずに教えなさいよ!」
フェイの投げたクッションがエリックの顔面に直撃した。
エリックはずれた眼鏡を無言で直して続ける。
「トーカは毒耐性持ちだよ。うちのウワバミと同じだけ飲んでピンピンしてるんだからまず間違いない」
「言われてみれば……」
毒耐性スキルを獲得すると酒で酔えなくなるというのはフェイも聞いたことがあった。
大の酒好き冒険者が毒耐性を獲得してしまい、酔えなくなって酒断ちをする羽目になったという笑い話もあるくらいだ。
「彼が蟲狼迷宮の24層をソロで生き抜いているのは毒耐性が大きい。あそこに出るモスは状態異常が厄介だけど純粋な戦闘能力は弱いからね。毒耐性持ちなら後は麻痺鱗粉にだけ気を付ければいい。警戒の対象が半分になるんだから情報処理にかかってくる負担もだいぶ軽くなる。それでも常に最適に近い行動を選択しなければならないのは変わりないけど、その前提条件ならCランク並みの身体能力でもなんとか可能な範囲だ。身体能力的にはフェイより少し下、恐らくレベル30後半~40前半。で、毒耐性持ちの優れた洞察力と胆力を持つ冒険者ってのが僕の見立て」
「元諜報員ってのはどこからきたの?」
「彼の戦い方には一定の術理があった。一朝一夕で身に着く類のものじゃないから、それなりの期間訓練を受けていたと推測できる。でも魔物に対処するには僅かだけど合理的じゃない印象を受けたんだ。まるで対人の技術を転用しているような、ね。対魔物より対人戦闘訓練を課されるのは軍人や衛兵、騎士、貴族の護衛、あるいは――」
「諜報員ってことね」
「うん。ついでに言えば毒を利用する諜報員は多いんだ。尋問、交渉、戦闘に逃亡手段と使い道はいくらでもあるからね。その際自分が毒に侵されないよう毒耐性を取るんだって」
「…どうやって?」
「他のスキルと同じ、反復練習だよ。毒を塗ったり、呷ったり。弱い毒から徐々に強くしていくって聞いたな。耐性を得られなかったら死んでしまう過酷な訓練…というかもう選別だね」
うぇっ…、とフェイは少し顔を青くする。
黙って話を聞いていたナタリアがエリックに問うた。
「なんでトーカくんは『元』なのぉ?」
「現役の諜報員が1人でダンジョンに潜る訳ないからさ。何か目的があって潜るにしても一般人には見つからないようにするよ。目立ち過ぎるからね。ランクを上げないのも所属していた組織に見つからないようにしてるんじゃないかな?高ランク冒険者の噂は他国にいても入って来るから。だとすればあまり穏便な抜け方ではなかったんだね。まぁ普通にいけば諜報員なんて生きて引退は無理だろうけど。表に出すと拙い機密を知ってるなら普通に口封じ、良くて飼い殺しかな?」
エリックは知識欲が強く様々な書物を読み漁り、訪れる先々でその地の人間と交流をすることで情報を集積していた。その知識は蒼天を支える柱の一本であった。
トーカに対する推測もその豊富な知識を組み合わせて導き出したかなり妥当なものだと言える。しかしエリックは当然のことながらエナジードレインという規格外のギフトを知らず、またトーカが異世界出身ゆえに突拍子もないよく行動を取ることも考慮に入れていなかった。そのせいで一見妥当に思えるが事実とはまるで異なる結論に至ってしまったのだ。
トーカの過酷な経歴(空想)を知ったフェイは気まずい顔になり、ナタリアはフェイの手を握った。
「私、トーカのこと何か企んでるんじゃないかって疑って…最低だわ。必死に逃げて来てここで再出発しようとしてるのに…」
「大丈夫だよぉフェイ。明日から優しくしてあげよぉ?」
「僕らが気付いたことは黙っていた方がいいかもね。こちらにそんな意図はなくても彼からすれば弱みを掴まれたようなものだ。良い気はしないだろう」
「そう、ね。うん。言葉じゃなくて行動で示すわ」
そう言ってフェイは頷いた。
ちなみにこの話し合いが行われている間、リーダーであるジェイドはベッドで大イビキをかいて寝ていた。




