蒼天
毒鱗粉集め三日目の午後。
魔力探知がだいぶ様になってきた。
レッサーポイズンモスとレッサーパラライモスは羽根に魔力を纏って飛んでいるみたいだった。
考えてみれば50cmの巨大な蛾が自在に飛び回るんだから魔力によるサポートは必要なんだろう。
目を瞑ってでも敵の場所が分るし途中で魔力探知が途切れたりもしない。流石に戦闘中に瞑ったりはしないけど。
魔力探知の優れた点は、敵の魔力がどこに、どの程度あるのかを感覚的に知ることが出来るということ。そして敵が魔力持ちなら背後や頭上などの死角もカバー出来るということだ。
俺の眼は割と高性能だが、流石に背後や頭上を視るにはそちらに顔を向ける必要がある。
しかし魔力探知なら別の方向を視ながらあらゆる方向を警戒することが出来るのだ。
魔力が極端に少ない相手だったり、魔力を隠すアイテムやスキルがあれば無効化されるかもしれないので過信は出来ないが、それでも全方位を索敵出来るのはかなりのメリットだ。
そんな感じで今まで以上の効率で狩りまくっていると背後から接近する魔力反応をキャッチした。
人型の魔力。数は4人。1人は魔力がだいぶ多いから魔法使いか僧侶系かな。残りの3人はほとんど魔力を感じないので物理職だろう。
4人は大広間の入口でこちらを伺っているようだ。
俺は絡めとったモス達に止めを刺さしてから振り返った。
剣を構えるのを忘れずに。
盗賊や同業者殺し、獲物の横取りなんかの可能性もあるからな。
「何か用ですか?」
「っ!気付いてたのか。いや、邪魔して悪かった。敵対するつもりはねぇんだ。剣を下ろしてくれないか」
「……いいですよ」
あからさまな敵意はなさそうだ。腹の奥までは分からないから油断はしないけど。ダンジョン内での犯罪はほぼ発覚しないから自衛が大事なんだよ。リディペディア曰く。
4人は20代前半から後半くらい。
俺に話しかけて来た男は大剣使いでリーダーのようだ。
他には槍と盾持ちの男、双剣の女、上部に大きな赤い宝石が嵌められた杖の女…恰好的に魔法使いっぽい。何がとは言わないが双剣さんは平たく杖さんは豊かだ。格差社会か。
装備は…結構良さそうだけど詳しくは分らないな。今度ハゲマッチョ武器屋のゴーシュに教えてもらうかな。装備の格が分れば相手の力量や地位も推測出来そうだし。
俺が油断なく4人に(特に杖さんは胸元に何か隠し持っていそうで怪しいので重点的に)視線を向けていると、大剣の男が敵意無しと両手をひらひらさせた。
「いきなり初対面で警戒すんなっつーのも無理だろうけどマジで喧嘩売るつもりはねぇ。ただちょっくら世間話っつーか、交流でもどうかと思ってな」
「ここがダンジョンじゃなきゃ歓迎なんですけどね」
「あー、まー、そうだよな」
取り付く島もない塩対応に大剣の男は頭を掻いて苦笑いを浮かべる。
大剣の男も逆の立場なら「仲良くおしゃべりしましょう」とはならないのだろう。
他のメンバーも「まぁそうだよな」という顔をしていた。
「ならこうしよう!もうすぐ晩飯時だ。これからイステリアの街で一杯奢らせてもらう。それで親睦を深めようぜ」
「タダ飯タダ酒は大好物ですけど、なんで俺と?」
「そりゃあんな変なもの使ってる冒険者がいたら気になるでしょ」
答えたのは双剣の女だ。動きやすいように軽装で露出も結構あるので高得点である。
というか変なものって投げ網のことか?
大剣の男が続ける。
「そういう訳だ。異論もないようだし俺達は先に戻るぜ。あ、言い忘れてたが俺達はBランクパーティ『蒼天』。宿は『銀の雀亭』だ。そこで蒼天のジェイドを呼んでくれって言えば良い」
そう言いながらBランクと記載されたギルドカードを見せてくるのは詐称ではないと示したいのだろう。
「はぁ、わかりました」
「おう!じゃあまた後でな!」
そう言って蒼天とやらは元来た道を戻って行った。
何がしたかったんだ?
◇
三日目の収穫は35瓶。一日で毒鱗粉だけで70万、諸々合わせて100万近い利益だけど、その影で砂漠熱に苦しんでる人がいると思うと素直に喜べない。
俺は日が沈む前にイステリアに戻り、ランドの万屋に寄った。
毒鱗粉を納品して金を受け取る。
その際に砂漠熱の感染具合や特効薬の精製状況についても教えてもらった。
砂漠熱の感染者は今の段階で60人ほど。体調不良を訴えている住人全員が医者の診察を受ける訳ではないので実際にはもっと多いだろうし、これから増えるはずだ。幸いにも砂漠熱のウィルスだか細菌は世代交代で人間への感染性が弱まる性質があるので感染爆発ってことにはならないだろうけど、発見が遅れて後遺症に苦しむ人はいくらか出るだろう。
特効薬の量産体制は薬師ギルド主導で整っており、現在把握できている感染者分の特効薬はもう少しで用意できるとのことだった。ランドから俺の採取した毒鱗粉がなければもっと時間がかかったはずだと感謝された。
ようやく良いニュースが聞けて俺も安心した。
しかしこの街の衛生観念というか、感染症に対する都市運営側の行動の早さは予想以上だと感じた。一介の医者からの情報を取り入れ、対応策を検討し、各ギルドに指示、補助金まで拠出してみせた。それもたった数日の出来事だ。
ランドの話ではイステリアは各国から様々な人間が集まる性質上、今回のような他国の風土病が持ち込まれることが過去にもあったそうだ。その時の訓戒が活きているのでしょうと誇らしげに語っていた。
感染経路についても判明したことがある。
半月ほど前にイステリアの南にある小さな村を見慣れない魔物が襲ったのだが、どうやらその魔物が砂漠熱を媒介したらしい。その村は半壊して人が住めるような状態ではなくなったので放棄されたものの、南方からイステリアへ向かう商人はその村を通ることもあったそうだ。魔物が焼却処分されていれば何も問題はなかったのだが、村人の半数以上が魔物の犠牲となって這う這うの体で逃げ出した村人たちにそこまでの余裕はなかった。結果、魔物の死骸から病原体が放出され、商人に感染。イステリアに持ち込まれた。
イステリアでの感染者に娼婦や商人が多かったようだが、南方から来た商人と接触のある者たちがほとんどだったそうだ。
現在はその村に魔法使いが派遣され、魔物の死骸は燃やされたようだ。
「トーカくんの情報通りでした。特効薬の素材提供に加えて感染経路の特定まで。きちんと都市議会に伝えますので褒賞は期待していてください」
そう。実は半壊した村が怪しそうだという情報を伝えたのは俺だったりする。
以前『炎狼の牙』のクルト少年が言っていたことを思い出したのだ。彼によると故郷の隣村が普段見かけないデザートフロッグによって甚大な被害を受けたという話だった。《《砂漠》》熱に、《《デザート》》フロッグ。関連を疑うのも当然だ。イステリアの都市運営側が気付いてもおかしくないと思ったが、やや離れた場所にあったこと、そして規模が非常に小さな村だったせいで、その村が半壊した事実はほとんど知られていなかったようだ。ネットも電話もない世界じゃ情報の伝達は驚くほど遅いみたいだ。
「たまたま噂を聞いただけだし、確証があったわけじゃないので。別に褒美なんて…」
「今回の功績なら金貨200枚は下らないと思いますよ?」
「にひゃく…!?」
情報提供だけでそんなに貰えるのか。
「ここで褒賞を辞退したら次に同じようなことがあった時に情報提供が円滑に行われないかもしれません。事実は違っても都市側から辞退を打診したとも思われかねないですから」
「けど俺のランクはDだから、あまり目立つと面倒になりそうで」
「確かに、低ランクの者が功績を上げるとやっかみも大変でしょうな。表彰はされないにしても名前は公表されるはずですし」
「うげ…」
そんなことされたら冒険者ギルドでどんな因縁を付けられるか。
低ランクが名を上げてお行儀良くしていられる奴ばっかりじゃないんだよね、あそこの連中って。「賞金貰ったんだって?俺らダチだろ、ちょっと分けてくれや」って何人の自称お友達に絡まれることか。
「うーん、高ランクの人に功績譲るとか出来ないですかね?賞金は俺が欲しいですけど」
「それは可能でしょう。Cランク以上になると指名依頼が入ることもあります。実績のある冒険者に仕事を頼みたいという依頼主は多いですから、引き受けてくれる可能性は高いと思いますよ。今回の功績から見てBランク以上の冒険者が適当かと思いますが、どなたか心当たりはありますか?」
「Bランクですか…」
あれー?運良く心当たりありますねー。




