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転移先で最初の職業選択を間違えてもリカバリーは効く  作者: 葵あさ
1章

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29/86

砂漠熱

 蟲狼迷宮21~29層は1~19層で出現した虫系魔物と狼系魔物がごちゃ混ぜに出現する。

 それだけ聞けば「ふーん、そうなんだ」って感じだが、1~19層と比較してエンカウント率が倍以上。更に一度に出現する魔物の数も1.5倍~2倍になる。1~19層と同じ心構えでいると簡単に圧殺されてしまうのだ。


 現在俺がいるのは24層。

 ダンジョンは下層に進むほど広くなるのが一般的で、蟲狼迷宮もその例に漏れない。

 24層はかなり広大な迷宮になっている。

 その一角。いくつかの通路が合流して大広間になっているここはモス系だけが出現するポイントだった。


「そい!」


 掛け声とともに新調した投げ網を放る。

 キングライトニングウルフに使って燃えてしまった物は植物繊維を編んだものだったが、今使っているのは植物繊維に少しの鉱物糸が混ざっているので強度が各段に強い。


 網に絡めとられたレッサーポイズンモス達が「ギィー!ギィー!」と喚く。

 キモい。けど気にせずに剣でサクサクと仕留めていく。

 その作業中に投げ網を回避したレッサーポイズンモスが羽ばたきと共に毒鱗粉を飛ばしてくるが、毒耐性Ⅲを持つ俺には無意味だ。ちょっと目に沁みて口の中が粉っぽくなるのが不快だけど。

 投げ網で捕まえたレッサーポイズンモスを全滅させ、再度投げ網を放って残りの奴らも絡めとる。サクサクとやる。放る。サクサク。放る。サクサク…。


 なぜ俺がレッサーポイズンモス殺戮マシーンと化しているのか。

 話は少し遡る。



 万屋に案内された俺を待っていたランドは挨拶もそこそこに切り出した。


「トーカくんは砂漠熱という病を知っていますか?」

「いえ、聞いたことないです」

「砂漠熱は南方、アルヘイム王国の更に南、砂漠の国ガルバハン王国の風土病です。高熱が数日続き、身体の痺れ、意識混濁などを引き起こします。治療薬さえあれば一晩で治るのですが、治療が遅れると最悪死に至ることもあり、命が助かっても手足に強い麻痺が残る厄介な病気です」


 へぇ、そんな病気が。

 でも風土病ってことはそのガルバハン王国以外では見られないってことだよな?

 なんでそんな病気の話を?

 俺の内心の疑問に答えるようランドが続ける。


「実は数日前からこのイステリアで砂漠熱とみられる患者が何人も発見されているのです」

「イステリアで?」

「はい。本来であればずっと南の地方にしかない病気ですから、たまたま患者を診た医者の中にガルバハン出身の者がいたのは不幸中の幸いでした」


 確かに、その医者がいなければ砂漠熱と診断されることも治療法も分からなかっただろう。様々な人種が集まる交易都市の強味だよな。


「その砂漠熱は感染力は強いんですか?」

「そこまで強くはないと聞いています。元々は魔物が持っている病気で、それが人間にうつるそうです。魔物から感染した人間から次の人間、次の人間からまた次になるごとに感染力が落ちていくそうで」


 なるほど。

 魔物から人間への感染を一次感染とすると、二次、三次と世代を経るごとに感染力が落ちるのか。それならあまり爆発的には広まらないか。

 けど南方の魔物…?

 最近そんな話聞いたような…。


「特効薬もあるで早期に発見できれば後遺症もなく完治できます」

「そうですか…」


 ホッとひと安心、という訳にはいかない。

 俺を呼び出した理由がまだだ。

 珍しい病気が流行ってるから気を付けてね、ってことであれば宿に伝言を頼めば良いだけだ。


「俺に依頼というのはその特効薬に関してですか」


 一緒に話を聞いていたシュスカがハッと目を開き、ランドは「やはり…」と僅かに笑みを浮かべて頷く。

 いや、感心するようなことじゃないだろ。流石に分かるわ。


「その通りです。特効薬の精製には『毒鱗粉』が必要なのですが、イステリア周辺で毒鱗粉を回収できる魔物は蟲狼迷宮のレッサーポイズンモスだけ。しかし冒険者の多くはレッサーポイズンモスを避けます。厄介な相手ですから。一応冒険者ギルドにも依頼が出ていますが、不慣れなことになりますしどれだけ集まるかは…」


 その点、俺は結構狩ってきたからお鉢が回って来たってことか。

 毒耐性がⅢに上がってから麻痺耐性も上げようとしてモス達は狩りまくっていたからな。

 レッサーポイズンモスはドレインする必要がなかったから素材の毒鱗粉も随分ランドに売却していた。

 ギルド経由での依頼にしなかったのは俺のランクを考慮してだろう。ソロのDランクのじゃ蟲狼迷宮の依頼を受けるのにひと悶着ありそうだもんな。リディアとか烈火の如く怒りそうだ。


「俺が前に売った分じゃ足りないですか?結構な量だったと思いますけど」

「特効薬の精製には大量の毒鱗粉が必要なんです。もちろんトーカくんから買い取った分も特効薬に使っていますが、これからどれだけ感染者が出るか分からない以上は出来るだけストックもしておきたい。そう考えるとまだまだ足りません。治療が遅れて身体に麻痺が残る者が溢れると都市としても困りますから、今回の件は都市から補助金が出ます。なので普段の2倍での買い取りになります。…どうでしょうか」


 毒鱗粉一瓶が金貨1枚だったから、この依頼中は金貨2枚。

 レッサーポイズンモス10匹で一瓶分くらい。10匹で2万円か。のんびりやっても一日40匹くらいは倒せるから、4本、日給8万円か。魔石や他の魔物の素材も合わせると10~15万くらいか?悪くないね。


「やります」

「おお!ありがとうございます!良かった…」


 ランドの喜び方がすごい。

 商機だからって感じでもなさそうだ。


「何かあったんですか?」

「実は……」



 ランドは語った。

 罹患者に対して薬が不足している状況であること。

 そして以前から取り引きのある娼館、エンジェルリップの娼婦たちが砂漠熱に罹っているということ。

 

 初めからそれを言わなかったのは命を賭けてダンジョンに潜る冒険者に対して、同情を誘って依頼を受けさせるのは商人としての誇りが許さなかったのだという。

 律儀な男だ。情に訴えれば簡単に話が進んだだろうに。

 だがそれ故に好感が持てる。信用も出来る。ランドは良い商人だ。


 そんな訳で俺は蟲狼迷宮でモス狩りをやっていたのであった。

 ミリーシアやスカーレットだって感染しているかもしれない。他の娼婦たちも心配だけど、実際に肌を重ねたあの二人が悲しいことになったら俺もやり切れない。というか昨日ミリーシアが体調不良で休んだのって砂漠熱が原因じゃね?

 それならマジで頑張らないと。砂漠熱マジ許すまじ。駆逐してやる!

 あの絶技を喪うのは世界の損失だ。


 ところで、レッサーポイズンモスが出現するのは4~7層と21~29層だ。

 なぜ俺が24層にいるのか。

 それは4~7層が冒険者でごったがえしていたからだ。

 ギルドの依頼を受けてD~Cランク冒険者(イステリアにBランクはほとんどいない)が4~7層に殺到したのだ。そして連中、普段モス狩りなんてしないから狩り方がめちゃくちゃ下手だった。魔法で鱗粉ごと吹き飛ばしたり、近接戦を挑んで状態異常に陥ったり。誤ってフレンドリーファイアする奴まで出る始末。それは阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 そんな状態では邪魔されかねないと思い、レッサーポイズンモスとレッサーパラライモスだけが湧く24層の大広間にやって来たのだ。ここは一度に出現する数が多いしリポップも早い。毒・麻痺耐性持ちでもなければここで狩りをする奴なんていないだろう、そう思って試しに来てみれば大正解。俺の他には誰もいなかった。

 狩り場独占じゃー、と狩りまくった。


 昼から夜中まで狩り続けて毒鱗粉は15瓶ほど集まった。

 150匹以上は倒した計算だ。レッサーパラライモスも含めると300匹。結構頑張ったんじゃないか?

 そろそろ眠いし、今日はこのくらいにしてまた明日から頑張るか。


 翌朝、万屋に寄ってランドに昨日の戦利品を渡す。


「こ、こんなに…!?もしかしてアイテムボックスに残っていた分とか…?」

「昨日一日で集めた分ですよ」

「そ、そうですか…」


 だいぶ驚かれた。

 話を聞くと、他の冒険者は碌に毒鱗粉を集められなかったらしい。

 まぁあの惨状じゃ仕方ないよな。唯一、弓使いが2人いるBランクパーティが7瓶ほど集めてきたらしいけど。


「今後も同じくらい集められそうですか?」

「これから行くつもりなんで、昨日よりも時間取れます。もう少し多めに集められると思いますよ」

「そんな、連日ダンジョンに潜るのは疲労が溜まって危険では?」

「もっと下層ならそうかもしれませんけど、モスの出る層なら全然大丈夫ですよ」

「おお…!それはありがたい!ですがくれぐれも無理はしないでください」

「ありがとうございます。ランドさんも()()()()よろしくお願いしますね」

「もちろんですとも!」


 ランドから空の瓶を受け取り、俺は蟲狼迷宮へ向かった。 


 投げ網を放って、サクサクサク。

 投げ網を放って、サクサクサク。

 投げ網を放って、サクサクサク。


 順調だ。

 朝からやって今は昼過ぎ。

 この世界には腕時計や懐中時計など、小型の時計は流通していない。もしかしたらあるのかもしれないが、俺は見たことがない。

 あるのは大型の魔道時計。

 イステリアの中心にある塔に設置されているやつだ。

 ああいうのが大きな街には存在する。レイバス帝国の帝都にもあった。


 ダンジョン内には魔動時計の鐘の音も届かないので、冒険者は腹具合とか経験で時間を測る。俺も軍時代にそんな訓練をしたので腹時計はかなり正確だったりする。


「13時過ぎくらいか…。そろそろ飯にするか」


 毒鱗粉を回収し、敵がリポップする前に大広間を出る。

 向かうのは少し離れた場所にある安全地帯だ。

 ダンジョンには時折魔物が出現しない、侵入して来ない安全地帯なる場所が存在する。

 冒険者が一息つける数少ない場所だ。

 ただし、長い時間安全地帯にいると安全地帯だろうが関係なく侵入してくる馬鹿強い変異体が生まれるそうなので、長居は推奨されていない。まぁ半日程度なら全然問題ないそうだ。


 宿で作ってもらったサンドイッチを頬張る。

 食パンを使ったものではなく、サブ〇ェイで出てくる感じのあれだ。

 厚く長いパンに薄切りの肉、たっぷりの野菜、自家製の甘辛いソース。うん、美味い。

 ぱくぱくと二つ食べ、30分ほど仮眠。起きてからは少し魔力制御の練習もしておく。

 魔力感知は常にしているけど魔力制御も一緒にとなるとかなり集中力が必要なので落ち着いた環境じゃないと難しい。

 休憩兼訓練を終えて再び投げ網の人となる。


 投げ網を放って、サクサクサク。

 投げ網を放って、サクサクサク。

 投げ網を放って、サクサクサク。


 しばらく淡々とその作業を続けてふと気付いた。

 モスの身体が淡く光っている…?


「……っ!」


 これ、もしかして魔力か!

 『猿でも分かる魔法基礎』に書いてあった魔力探知ってこれか!

 あ、見えなくなった。

 むむ、普通の魔力感知よりは難易度高いな。

 けど集中して感覚を研ぎ澄ませば戦いながらでも出来そうだ。 

 難しいけど、これはいい練習になる。投げ網サクサクも単純作業と化してちょっと苦痛だったから丁度良い。これからは魔力探知で敵の魔力を視つつ毒鱗粉集めをしよう。


 その日の収穫は25瓶。

 朝から潜っていたからもう少しいけるかと思ったが、魔力感知で精神力が削られてペースが落ちた。それでも後半は慣れてきて今までのペースに戻ってきていたから、明日はもっと効率的に狩れるはずだ。今日の損失は明日取り戻す。下手なギャンブラーみたいなセリフだが気にしない気にしない。

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