覚悟
交戦状態に突入してから一時間弱。すでに部隊の仲間のほとんどは先に逝ってしまった。第四訓練兵団はもう俺とゴリラ、あと数名が残るのみだ。
しかしゴリラの戦闘能力は凄まじかった。
大剣の二刀流という意味の分からない蛮族スタイルだが、両の剣をぶんぶんと振り回す度に敵兵が次々と斬り刻まれて宙を舞う。ヤバすぎる。同じ人類とは思えん。やはりゴリラか。
敵兵からも恐れられてる、というかドン引きされてるな。アレと戦うのかよって顔してる奴ばかりだ。お察しします。
そんな中、敵部隊の指揮官らしき人物が叫んだ。
「あれは帝国の『剛猿』だ!討ち取って名を上げろ!」
おおー!と士気向上する敵兵たち。
え、なに。ゴリラそんな二つ名持ってんの?いいなぁ二つ名。でも猿って。ぷぷ。ぴったりだな。
「声に出てんだよ。お前帰ったら訓練5倍な」
え?あの嘔吐と血尿と血便と気絶をループ再生する地獄を5倍ですって?ははは、冗談きついぜおい。え、なんでこのゴリラ真顔なの。マジなの。死ぬよ?あの地獄の訓練を5倍なんて冗談じゃない。俺は敵指揮官を睨みつけて叫んだ。
「おのれ我が師を猿呼ばわりとは無礼な!」
「無礼はお前だ!」
「あだ!?痛いですよ教官、なんで殴るんですか!そんな暴力的だから奥さん達に逃げられるんじゃないですか!?」
この世界、戦争やら魔物やらのせいで男が結構少ない。そのためほとんどの国は一夫多妻制(厳密には法では一夫多妻が認められているが、ある程度の権力や財力がなければ世間体的に複数の妻を娶ることは珍しい)なのだが、なんとこのゴリラ、奥さんが三人もいるのだ。一人だけ会ったことあるがかなり美人、というか幼な妻系だった。こりゃあれですよ。犯罪の香りだわ。恩師がロリコン誘拐魔だったとは。非常に沈痛なことではあるが戦争が終わったら憲兵に突き出そう。
逮捕間近とは知らずロリコンゴリラが叫ぶ。
「てめ、違ぇよ!俺はあいつらに手を上げたことなんて一度もないぞ!あいつらが出て行ったのは俺のいびきがうるさいから――って言わせんな!」
なんて心温まる師弟関係を披露していると敵指揮官殿は「な、な、舐めおって…!殺せー!」と顔を真っ赤にして突撃命令を出した。ふふ、作戦通りだな。さあ行けゴリラ!怒りで動きが単調になっている奴らなどお前の敵ではない!
とは流石に声に出さないが数分後、ゴリラによって敵の小隊は壊滅したのだった。
敵部隊を文字通り血祭りにあげたゴリラは剣を下げてから言った。
「ここまで敵軍を引きつければ十分だ。お前は戦線を離脱して訓練兵団の本陣へ戻れ」
「え、しかし自分に与えられている任務は魔法砲撃までの時間稼ぎですが…」
「そこまで待ってたら確実にくたばるだろうが。現場指揮官としての判断だ。お前はもう下がれ。仲間と一緒に死にたいなんて馬鹿なこと考えるなよ。奴らはそんなこと望んじゃいねえんだからな」
あらやだ、なにこのイケメンゴリラ。俺がその界隈の人間だったら危うく惚れてるところだったよ。でもごめん。俺は金髪巨乳美人のエルフを嫁にするって決めてるから汗臭い脳筋ゴリラとは付き合えないんだ。俺の知らないところで幸せになってくれ。
「お前、なんか馬鹿にしてるか?」
「いえ、滅相もありません。それよりも教官はどうされるので?」
「俺はもう少しばかり掻き回して時間を稼ぐ。なに、お前とは鍛え方も場数も違う。心配すんな」
心配するに決まってるだろ…。あんたに蹴散らされる敵兵のだけど。
しかし一応神妙な顔をしておくくらいの自制心はある。大人だからね。
「…分かりました。ご武運を」
「おう、お前もな。後方に抜けた敵も幾らかいるみたいだから気を付けろよ。生きてたら後でとっておきの酒奢ってやる」
おいそれフラグって言うんだぞ。マジやめろ。
◇
場面は冒頭に戻る。
後方に下がるために走っていた俺は至近距離に着弾した火弾の魔法に吹き飛ばされた。
軍で叩き込まれたとおり倒れた状態からすぐに中腰になり、ダメージチェックを行う。
意識ははっきりしている。耳鳴りが酷い。キーンって音がうるさい。幸い眼は無事。頭、首、胸は無事。左肩から上腕にかけて中度の裂傷。超痛いが動かせる。肘、手首、手は無事。腰、股関節、息子も無事(マジ良かった…)。膝は無事。左足首に軽度の捻挫。軽度の擦過傷、打撲があちこちに複数あるがこれは無視できる範囲。以上、約2秒でチェック終わり。
捻挫は厳しいな。走るにも剣を振るにも足には力が入る。戦場での足の怪我はかなり不味い。
そして不幸は重なる。
目の前には敵兵が一人、剣を構えていた。
「クソッたれ…」
口から悪態が漏れるがすぐさま思考を切り替えて相手を観察する。
年齢は俺よりも下。二十歳前後か。身長は相手の方がやや高い。腕も長いな。武器は剣。構えはどこか不格好で覚束ない印象だ。実戦経験はなさそうだな。はは、戦争童貞かよ、ダッセェな。
…俺もだった。
こちらの負傷を考慮すると3:7くらいで不利かね。見逃してくれないだろうか。無理だよね。剣先向けてきてるし、眼が殺る気満々だ。
不幸中の幸いか敵は一人だけ。部隊の仲間とはぐれたのかな?間抜けめ。
…俺も一人だけどね!
兎に角、ここを凌げば後は後方に抜けられる。なんとしても生き延びなければ。
◇
先に動いたのは敵兵。
がむしゃらな踏み出しで一気に距離を詰めてきた。そして繰り出される剣戟。速度はそれほどでもないが、ずしりとかなり重い。こりゃレベル10~13くらいか?
負傷した俺には衝撃がきつい。一合で既に剣から伝わる衝撃で手が痺れ、踏ん張った左足首がズキリと悲鳴を上げる。捻挫は明らかに悪化したぞ。
どうする?
二撃、三撃とどうにか捌くがこのままじゃジリ貧だ。遠からず剣を弾き飛ばされるか、足首が限界を迎えるかどちらかだろう。
だったら一か八かの勝負に出るしかない。
俺は覚悟を決めてゆっくりと息を吐いた。
「ふぅぅぅ……」
呼吸と共に頭の芯を冷やすイメージ。余計な緊張も不安も焦りも、今要らない全てを吐き出す。
遅すぎる覚悟だと自嘲してしまうな。
俺は生き延びるために敵を、――殺す。
互いの剣がぶつかりあう瞬間、俺は痛みを無視して足に渾身の力を込めて大地を蹴る。
今まで足の怪我を庇うような動きで防御に徹していた俺の急激な速度変化に、敵兵は少なからず動揺したがどうにか剣を構え直す。
へえ、なかなかやるじゃない。まあいい。もう止まれないし。
急接近した俺に対し、敵兵は滑らせるように剣を振り抜く。雑だな、それに遅い。 急激な速度変化に対応しきれず、中途半端な振り抜きになった剣にこちらの剣を合わせて軌道を僅かに逸らす。技術と身体能力がもう少しあれば弾くことも可能だったろうが、今の俺にはこれが限界だ。その結果、俺を両断するはずだった剣は脇腹をざっくりと削ぐ『だけ』で終わる。そして、ここはもう剣の間合いじゃない。俺は持っていた剣を敵兵に向けて放り投げる。殺し合いの最中に武器を自ら手放すなどという暴挙を目の当たりにした敵兵は驚きに目を剥き、視線が一瞬だけ剣を追う。追ってしまった。その一瞬が致命的だ。
牽制と見せかけた左のジャブを放つ。首を動かして避けられる。ああ、それはダメだよ。どうもありがとう。
握っていた左拳を開いて敵兵の後頭部を鷲掴みにして手前に引き寄せる。そして鼻っ面に右膝を叩き込んだ。「ぶぱぁ」と血と数本の歯を散らして仰け反る敵兵。だがまだ意識がある。戦意もある。仰け反った態勢から苦し紛れに剣を振り降ろして来た。その腕を掴み、背負い投げ。もちろん受け身を取りやすいように優しく落としてあげたりはしない。回転軸を意識して最高速度になる時点で手を放すという鬼畜仕様だ。
もろに頭から着地した敵兵は何とか起き上がったが、ふらふらとしている。
しぶといね。でもこれで終わりだ。
一瞬身体を沈め、全身のバネを利用して掌底を放つ。敵兵の顎先をピンポイントに打ち抜き脳震盪を狙う。
――ドサッと後ろに倒れる敵兵。これは効いたようだ。
ぷはーっと止めていた息を吐き切り、深呼吸を数回。
「キッツ…」
勝った。下っ端兵士としては及第点だろう。訓練でゴリラ教官にやられたことをそのままお見舞いしてやったが上手くいって良かった。俺のボコられ続けた日々は無駄じゃなかったんだな…。
俺が得意なことは剣でも魔法でもない。
俺に出来るのは『視る』こと。それだけだ。
常人離れした空間認識能力。
物体との距離を、方向を、速度を。異常なまでに正確に把握する能力。
それが俺にはある。
先天性の異常で視覚と空間認識能力を司る後頭葉のシナプスが常人よりもかなり多いらしい。お陰で空間を多方向から正確に認識する能力が高かった。その能力を発揮すれば敵の剣と自分との間合いを測り、ぎりぎりで躱すことも、相手の癖を読んで回避不能の攻撃を繰り出すことも可能だ――自身の身体能力が追い付く範囲であれば。
残念ながら俺はこの世界じゃ低レベルの末端兵士だし、元の世界でもスポーツをやるよりゲームに情熱を傾けていた人種だ。訓練兵団で鍛えられたので体力には多少自信があるが、筋力や瞬発力はまだまだ発展途上。つまるところ、目で視えていても身体が反応出来ないのだ。
これぞ宝の持ち腐れ。はは、笑っちまうな。クソッたれ。しかし今回はこの空間認識能力がなければ勝てなかったかもしれない。
だが敵を倒しはしたが代償も大きい。足首の捻挫は悪化して引き摺るようにしか歩けない。走るのは不可能。より深刻なのは脇腹の傷だ。かなり深い。救急キットがあれば止血できるだろうが、生憎と近くには衛生兵どころか友軍の姿がない。このままだと早晩出血多量で動けなくなる、というか死ぬ。
クソ、ここまでか…。
そう諦めかけた瞬間、地に這ったままの敵兵が恨みの籠った呪いを吐いた。
「侵略者共め…。神は貴様らを絶対に許さないぞ…」
まだ生きていたのか。
しかし中々手厳しいことを言ってくれる。レイバス帝国から仕掛けている以上何の弁明も出来ないんだけど。
まぁ割り切ってくれ。俺もそうした。
その言葉を最後に生気を失った敵兵。事切れたようだ。
それにしても痛い。苦しい。美味い物たらふく食って今すぐ寝たい。そうすりゃ傷だって少しは治るのに。
………ん?
あれ、そういやエナジードレインって…。
とある思い付きをした俺は彼の元まで近づき、その首に触れる。
「エナジードレイン」
呟き、ギフトを発動する。
このギフトの効果は『対象の生命力を収奪する』というものだ。今まで俺は生命力=体力だと思っていたが、もし生命力が文字通り生命に必要な力だとするなら…。
「ははっ、嘘だろ」
思わず笑いが込み上げてくる。
捻挫の痛みが引いていく。それなりに深かった左肩の傷も、そして致命傷になりえた脇腹の傷さえも。その他あちこちに有った傷も見る見るうちに癒えていく。そして敵兵はあっという間にカサカサのミイラに。
あれ?おかしいな。生命力を奪えば自己治癒力も上がるんじゃないかと思って試してみたんだが…。
結果としては予想以上。エナジードレインを使えば傷の回復が出来る。しかし収奪の速度が異常だ。速すぎる。以前仲間の連中で試した時は1分もかかってほんの少し体力を回復した程度だった。しかし今回は10秒足らずで全ての生命力を奪い尽くしてしまった。こんなに劇的に収奪効率が上がる原因は…あ、そうか。
俺はエナジードレインの説明を思い出す。
<対象の生命力を収奪する。収奪効率は自身の魔力及び対象の抵抗力に依存する>
まだレベルの低い俺は魔力も弱い。ってことは対象の抵抗力が関係していると見るべきだ。
死んだ相手はドレインに対する抵抗力がゼロ、もしくは限りなく低くなる…?
もしそうなら条件は厳しいがとんでもないチートだぞ?
検証してみたいが、肉体的にはともかく、精神が限界まで疲弊した現状で敵を殺すのは難しいか。
どうしたものかと考えていると敵兵のミイラが視界に映った。
干乾びたってことは当然水分が無くなったってことだよな。その水分はどこに行った?ドレインした俺の中か?人体の70%程度が水だ。そんなに大量の水分が俺の中に入ってきたら膨張して弾けるんじゃないのか?そもそも俺のスキルはエナジードレインであってウォータードレインではない。
ではなぜ敵兵の水分が消えたのか。
「水分をエネルギーに変換した?」
なんとなく口にしたが正しいような気がする。
恐らく水分だけでなく身体を構成する要素、それらを諸々まとめて生命エネルギーに変換してから収奪するのがエナジードレインというギフトの正体だ。
いや、ギフトの考察は今は置いておこう。
重要なのは死体さえあればえあざわざ俺が敵を倒す必要はないということだ。
うん、これは外道の考えだな。死者の冒涜に当たる。それは良くない。良くないから敵兵の死体で試そう。
かなり悪辣な思いつきをしながらも全快した身体で後方へ下がろうとしたその時。
帝国側から魔法部隊による絨毯爆撃が開始された。
結果、捨て駒部隊を蹴散らすために密集していた敵先鋒の大部分を殲滅することに成功。帝国側の被害は練度の低い、補填の利く新人部隊が幾つか。費用対効果としては抜群なんだろう。しかし軍上層部に対する不審と不満は確実に膨れ上がった。
余談であるが、とあるゴリラは絨毯爆撃のまさに中心にいたそうなのだが、その日の戦闘が終わる頃に悠々と本陣に戻ってきた。しかも魔法の被弾ゼロ。躱せるものは躱し、躱せないものは叩き落としたそうだ。化け物か。




