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転移先で最初の職業選択を間違えてもリカバリーは効く  作者: 葵あさ
1章

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2/86

ゴリラの背中は頼もしい

 大陸歴1468年、初春。


 レイバス帝国とアルヘルム王国の国境に位置するルーン平原。そこが今回の戦場だ。

 冒険者ギルドで軍への入隊を勧められ、軍の募集案内所へ向かった俺は簡単な入隊希望の書類を書いた後、身体能力検査を受け、無事レイバス帝国軍第四訓練兵団へ所属することが決まった。階級は一番下の2等兵。

 しかしこれで生活には困らなくなった。早朝からの厳しい訓練や座学は辛いが飯は三食出るし(大量に。少しでも残すと教官に殴り倒される)、寝床もある(10人一部屋の大部屋だ。古いが綺麗にしてある。少しでも汚れていたら教官にシバキ回される)。それに訓練兵団での2年の任期を終えたら1等兵へ昇進出来て給料も上がるから頑張ろう――、

 そんなことを同期の仲間と話していたかと思いきや、突然の宣戦布告。

 しかもレイバス帝国側から。

 マジか、聞いてた話と違うじゃないか。あの犬っころ受付嬢騙しやがったな!と憤慨していると同期達は「今回の休戦は長かったなぁ」などと平静な様子ではないか。話を聞いてみるとこの国が戦争大好き侵略国家であることが判明。戦争大好きな割りに3年も戦争してなかったら「しばらく戦争してない」という受付嬢の言葉も間違いじゃないのか…。

 ちくしょう!詳しく確認しなかった俺が悪いのか!

 と、激しく後悔しながらも開戦が決定した後での除隊など認められないし、戦時の逃亡は死罪だ。そんなわけで泣く泣く最前線であるルーン平原までやってきたのであった。


 平原の両端で睨み合う両軍。

 レイバス帝国軍3万5千に対してアルヘルム王国騎士団は3万弱。しかし同盟国からの友軍が参加しており合計はレイバス帝国側をやや上回る3万7千ほど。戦争の規模で言えば小競り合い程度らしいが、実際にこれだけの人数が殺し合うとなるとぞっとする。

 この世界ではレベルの概念が存在していることから突出した強さを誇る個人もいるが、だからといって高レベルの者だけが前に出れば勝てるというほど戦争は単純ではない。

 科学が発達しておらず銃や爆弾などは存在しない代わりに魔法やスキルが幅を利かせているのがこの世界だ。魔法は単純な火力としても有用であるし、集団にバフ、デバフをかける魔法も戦争では猛威を振るう。スキルも単純に力が増すものだけではなく、剣や槍の扱いが上手くなるもの、気配を断ったり、反対に遠くの相手を見つけたりと様々。そのように様々な手札を持つ「軍」という怪物に、いかに高レベルであるとはいえ少数で突撃するのは流石に無謀が過ぎる。貴重な高レベルの兵や冒険者をみすみす死なせることは軍事力の低下に直結するため使いどころは非常に難しい。詰まる所、この世界でも戦争は数が力になるのである。


「――故に諸君ら訓練兵団所属の兵士といえど、誇り高き帝国の剣としてかの野人共を斬り伏せることは可能である! そして! 志半ばで果てようとも、その屍が後に続く友の、同胞の進む道となるのだ! レイバス帝国に栄光あれ! レイバス帝国万歳! 皇帝陛下万歳!」


 以上、訓練統合兵団長の有り難い訓示でした。

 意訳すると次のような感じ。高レベルの奴の方が活躍するけど戦争は数だから。君ら低レベルの雑兵でも数集まればそこそこ戦えるって。もし死んでも相手の消耗にはなるし、次の部隊突入させるから気にすんなよ。じゃ、逝こうか。


 逝こうか、じゃねえ!

 俺達に下された作戦内容は早い話が囮役だ。敵を釘づけにして時間を稼ぎ、敵軍をまとめたところで魔法使いが進軍、魔法砲撃を行い敵を殲滅する。無論俺達ごと。

俺達は所謂捨て駒部隊。生き残る可能性があるとすれば、友軍の砲撃が開始された直後に戦闘区域から逃げること。砲撃前に逃げてしまえば敵前逃亡で確実に処刑される。だが砲撃後の混乱に乗じればワンチャンあるかもしれない。

 ただ戦線離脱も簡単ではない。頼みの綱は俺に与えられたギフトのエナジードレイン、と言いたいところだがこのギフトはまぁ役に立たん。発動には相手に直接触れる必要があるし(布の服程度なら大丈夫だが鎧なんかを挟むと発動しない)、1分ほど発動し続けて体感で栄養ドリンク1本分くらいの生命力を奪うというクソ使えない子なのだ。説明欄に俺の魔力と相手の抵抗力で効率が変わるみたいなことが書いてあったので老人や子供に使えばもっと高効率で生命力を奪えるのだろうが、流石に試そうとは思わない。それにこの戦場にそんなカテゴリの人間はいない。

 つまり俺は軍で支給された量産品の剣と盾だけで逃げ延びなければならないのだ。

 マジでやってられん。しかし一応生き残れば俺達捨て駒部隊には報奨金が結構な額出るし、武功を立てれば士官に取り立ててもらうことも可能だ。軍士官ともなれば帝国では花形職業だ。ご婦人方からの人気も高いから若くて美人でボンキュッボンの妻を持つことだって夢じゃない。それに高給取りだから帝都の高級娼館にだって週一で通えちゃう。

 まぁ、武功以前に生き残る確率が極小なのだが。一応戦死したら遺族年金も出るので士気はそこそこだが、こっちの世界に身寄りのない俺にとっては関係のない話だ。


 ちなみに今の俺のステータスはこんな感じ。


<ステータス>

名前:トーカ・フジクラ

レベル:1→3

ギフト:エナジードレイン

スキル:なし


 厳しい訓練のおかげでレベルが少しだけ上がった。身体能力も上昇を実感している。体感としては100m走が14秒から13秒になった感じ。微妙か。そうだな。まあでも筋力とか体力は訓練の成果もあってかなり向上した。40kmくらいならフル装備で完走できるぞ。それくらい出来るようにならないと教官に以下略。

 この世界には魔物も生息しており、魔物討伐の方が訓練よりも遙かに経験値がうまうまなのだが、魔物討伐の任務に就けるのは1等兵からなので俺はまだ魔物を見たことがない。いずれは軍が管理しているダンジョンでレベル上げもするんだろうが、それもこの戦争を生き残れたらの話だ。

 そう言えばギフトというのは先天的なスキルのことだった。かなり珍しい上に強力なものが多いらしいのだが、俺のエナジードレインは前述の通り微妙だ。どうなってんの?責任者出て来いよ。


 さて、ステータスやら装備の確認をしているとあっという間に部隊長から突撃準備の命令だ。

 俺は深くため息を吐きつつ、皆がそうしているように捨て駒部隊に支給された興奮剤入りの薬瓶を呷る。こいつは恐怖や痛みを緩和し、攻撃本能を引き出すというブラック寄りな超ブラックの薬だ。捨て駒部隊が十分に役割を果たせるように開戦直後の服用が厳命されていた。上官が監視してるから飲まない訳にもいかない。

 頭がちかちかする。アルコールより数倍強烈な酩酊感。しかしすぐに意識ははっきりとしてきて、神経は過敏に。今なら身体の限界など無視して何でも出来そうだという全能感。これヤバいな。興奮剤というより麻薬に近いんじゃないか?使ったことないけど。

 周りを見ると同じ部隊の仲間が飢餓状態の野犬のようにギラついた目で唸っている。

 俺もあんな風になってんのかね。あ、ヤバい。思考力が急激に落ちてきた…。

 ただただ敵兵を殺すことしか考えられなくなる。

 そして下される突撃の号令。

 俺達は鬨の声(奇声)を上げながら敵軍へ突撃した。

 ぅひゃっはァー!!皆殺しだ!!



 興奮剤の効果はおよそ3時間程度持続すると説明を受けていた。その程度の時間があれば俺達の部隊も十分にお役目(捨て駒としての)を果たせるだろうと。

 しかし幸か不幸か誤算が生じる。俺は10分もしない内に効果が切れてしまったようなのだ。周りの仲間は未だに狂戦士バーサーカー状態にも関わらず、だ。俺の強靭な肝臓が興奮剤を解毒してしまったのか、或いは異世界人の俺には効きが悪かったのか。

 どちらにせよ興奮剤の効果が切れてしまえば俺は単なる戦争童貞の下っ端兵士。しかも日本産の温室ぬくぬく育ちだ。仲間が次々と狂ったように無謀な突撃をかましては簡単に死んでいく姿を見て平静でいられるはずもなく――、


「う゛ぅえぇ…」


 吐いた。

 病気の妹の治療費を稼ぐんだと言っていた好青年のカイン。田舎から出て来たばかりで帝都の人の多さに驚いていた純朴少年のリッツ。賭けカード(なぜかブラックジャックやポーカーなどがあった)でカモにしていた自称ギャンブル王のダル。女性将校の着替えを覗いて前歯を蹴り折られたエロ餓鬼ヒュース。他にも苦しい訓練を共にした仲間達が斬られ、刺され、魔法で焼かれ、虫けらのように死んでいく。

 興奮剤が切れたことで進軍速度が緩んだ俺は、仲間が無残に殺されていく様をまざまざと見せつけられた。そのせいで激しく動揺していたからだろうか、気づくのが遅れた。

 顔を上げると仲間達を容易く蹴散らした騎馬兵のうちの一騎が俺の前に飛び出し、槍を突き出していた。


 しまった。肉迫する矛先。距離はあと10cm弱。これは流石に躱せない。

 

 もう駄目かと諦めかけた瞬間、槍が横から振るわれた剣に弾かれる。


「どらぁっ!」

「教官!?」


 バリウス・ドルトン教官。40歳手前のニシローランドゴリラとマウンテンゴリラのハーフのような男だ。その屈強なゴリ…教官が敵騎馬兵を斬り伏せて俺に向き直る。てか騎馬兵を一撃かよ。強えぇ…。さすがゴリラ。


「何をしている、間抜け!興奮剤を飲まなかったのか!」

「いえ、飲んだんですが効果が切れてしまったみたいで…」

「ちっ、粗悪品でも混ざってたか?運の悪い奴め。素面でこんな作戦に臨まねばならんとはな。いいか、死にたくなければ俺の後ろをついてこい」 

「え?」


 教官の言葉に驚き間抜けな声が出てしまう。

 上の連中は俺達を捨て駒にしたんだからそんな言葉をかけられるとは思ってもみなかった。

 しかし教官は憎々しいと言わんばかりに表情を歪めて言う。


「言い訳にしかならんがな。俺も、他の教官連中だってこんな訓練兵を使い捨てるような作戦に賛同している訳じゃない。参謀本部には何度も作戦変更を具申したが聞き入れてはもらえなかった。今回の作戦はファブラス侯爵家の跡取りが立案したものだとかふざけたことぬかしやがってな。だが俺達は軍人だ。命令が下ったのならそれがどんなに阿保らしいものでも従わねばならん」

「そう、だったんですか」


 帝国軍にあるまじきクソお粗末な作戦だと思ったら貴族様が絡んでたのか。戦争で手柄立てて箔付けたいとか色々あるんでしょうね。貴族様は大変だなぁ。全員心臓麻痺で死んでくれないかな。

 ゴリラは悔し気に表情を硬くしていたが、俺を真っ直ぐ視線を向けて続ける。


「しかし効果が切れてしまったのなら仕方ない。お前ははしっこいからな。もしかしたら生き残れるかもしれん。いいな?全力で生き残る努力をしろ」

「…はい!」


 なんだ、こいつ結構いいゴリラじゃん。汗臭い脳筋暴力ゴリラとか思っててごめん。

 

 レベルを上げると強くなれる。それはこの世界のルールだ。

筋力、魔力、瞬発力、持久力、動体視力、肉体強度、回復力などおよそほとんどの能力がレベルアップによって上昇する。

 ただ肉体強度が上がると言っても鋼鉄のように硬くなるわけではない。故にレベル60以上という噂の中々にレベルの高いゴリラと言えども油断してると呆気なく死んでしまうはずなのだが、なんでだろうね。このゴリラが死ぬところが想像できない。そんな安心感のある背中だった。

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