職業選択は超重要
よろしくお願いします
飛び交う怒号と剣戟の音。鼻をつくのは血と汗と土埃の混じった嫌な臭いだ。足元を見ればいくつもの死体死体死体…。
ここはとある戦場。
そして俺は元会社員の現下っ端兵士。
大した力もない俺は敵の剣や《《魔法》》を掻い潜りながら戦場を逃げ回る。
「なんでこうなった…」
何度目かの呟きは至近距離に着弾した火弾の魔法によって掻き消された。
◇
藤倉灯火、28歳。会社員。趣味ゲーム。
仕事して、残業して、コンビニで弁当を買って、家でテレビ見ながら食って、風呂上りにビール片手にゲームを楽しむどこにでもいる小市民だ。
そんな俺は現在、異世界に来てしまったらしい。
ふと気が付くと中世ヨーロッパ的な街並みの中にぽつんと立っていた。魔法陣的なものがあったり、俺を召喚した魔法使い的な人達がいたりもしない。どちらかと言えば神隠しみたいな感じだろうか。
兎も角、俺は白いシャツにグレーのチノパンという休日スタイルで異世界に放り込まれてしまったわけだ。
なぜここが異世界と判断したのか。それは道行く人が純粋な人間だけではなかったからだ。獣人、竜人、ドワーフっぽい種族もいる。加えて言葉が日本語ではない。 全く知らない言語なのだが、不思議と理解できる上に俺が話そうとすると勝手にその言語を発するようになっていた。文字も同様に未知のものだったが読み書きはできるようだった。
ここまで材料が揃ってしまえば現代日本の若者の大半は察しがつくだろう。
あ、これ異世界転移やん、と。
突然の非日常に頭がついていかなかったのか猛烈な吐き気に襲われ蹲っていたが、しばらくするとスッとその吐き気も引いた。背中をさすってくれた熊みたいな人、ありがとう。最初食われるかと思って悲鳴上げてごめんな。
さて、異世界ならば定番があろう。そうステータスだ。
異世界転移、異世界転生モノの主人公は大抵何か特別な力を持っているものだ。それを期待して呟く。
「ステータス」
<ステータス>
名前:トーカ・フジクラ
レベル:1
ギフト:エナジードレイン
スキル:なし
おお、見れた!
脳裏に自身のステータスが浮かび上がった。そうか、ステータスが存在する世界なのか。
で、俺のステータスは…。
レベルは初期設定なのか1。まあこれはいい。
スキルは無しで、ギフトってのがある。エナジードレイン?
イメージが掴みにくかったためエナジードレインの文字を凝視していると、追加の説明文が表示された。詳細表示みたいなものか。
エナジードレイン:対象の生命力を収奪する。収奪効率は自身の魔力及び対象の抵抗力に依存する。
スキルと何が違うんだろうな?しかしあんまりパッとしないよなぁ。遠距離で使えて一瞬で相手の生命力を奪う、とかならとんでもないチートなんだけど…。その内試してみるか。
さて、ここは異世界ということで喫緊に必要になるのは生活基盤、金を稼ぐ手段だ。となればこれまた異世界の定番がある。
◇
露店を開いているおじさんに田舎から出て来た体で質問すると、目的の場所は快く教えてもらえた。
「ここが冒険者ギルドか」
時間帯的に空いていたのか、大きな建物の割に人は少なく数分待つと犬獣人っぽい受付嬢に呼ばれた。ケモ耳、いいよね。
「ご用件はなんでしょう」
「あ、えっと、冒険者になりたいんですけど」
ケモ耳に気を取られて少しどもってしまったが、受付嬢は気にせず用紙を取り出す。
「ではこちらに必要事項をご記入ください。代筆は必要でしょうか」
「大丈夫です」
紙をみると名前、年齢、レベル、戦闘スタイル、戦闘用スキルといった項目があった。記入して受付嬢に渡す。
「ええと、お名前がトーカ様。28歳、レベルが…1?え、1?あ、失礼しました。戦闘は未経験でスキルもなしですか…」
ふむ、これはどうも雲行きが怪しいぞ。
この歳でレベル1はおかしいのだろう。しかも戦闘経験なし、戦闘スキルなしだからなぁ。
「トーカ様、ご存知とは思いますが冒険者は街の外での採取や魔物討伐、護衛などの依頼を受けることからある程度の戦闘能力を求められます。そのため兵士や傭兵など戦闘職の経験があるか、あるいは戦闘用スキルをお持ちであったり、それなりにレベルのある方でなければ冒険者登録ができない決まりになっておりまして。残念ながらトーカ様はいずれにも該当しませんので…」
「そうですか…」
俺はがっくりと肩を落とす。異世界の定番職業、冒険者にはなれないのか…。
「試験官との模擬戦で実力を示して頂くという方法もあるにはあるのですが」
「あぁ、無理ですねぇ…」
ぼっこぼこにされる未来しか見えない。これがチート転生モノなら「レベル1なのに何なんだあいつは!?」って一目置かれるイベントなんだけどね。俺がやったら身の程知らずの血祭りショーに早変わりよ。
しかし困った。俺はこの世界に何の伝手もない。身元も不確かな俺を雇ってくれるところがあるだろうか?
駄目もとで受付嬢に聞いてみると「それなら」と案外簡単に解決策を提示してくれた。
「兵士になってはいかがでしょう」
「兵士って戦闘経験がなくてもなれるんですか?」
「はい。もちろん戦闘経験のある方が優遇されますけど、軍は大所帯ですから雑用をする人員も必要ですし、他にも戦闘以外の得意分野があれば重宝されますね」
「そうですか…。しかし兵士かぁ」
あまり気乗りしないな。魔物相手の冒険者ならやってみたい気もするが、兵士となれば戦う相手は同じ人間だろう。現代日本でぬくぬくと生きて来た俺に耐えられるのだろうか。
「ちなみにここ最近で戦争とかって」
「おや、ご存知ありませんか?《《しばらく》》はどことも戦争していないですよ」
「そ、そうですか。なら兵士やってみようかな…」
「兵士は健康体であればレベルは関係なくなれますよ。軍の募集案内所への道は分かりますか?」
「すみません、分からないです」
「では簡単な地図を描きますね」
さらさらーと淀みなく冒険者ギルドから案内所までの地図を描いて渡してくれた。
「ありがとうございます」
「いえ、ではお気をつけて」
受付嬢の丁寧なお辞儀を受けて冒険者ギルドを後にする。目指すは軍の募集案内所。受付嬢の言葉からこの国は平和なようだし、すぐに実戦投入されるということはないだろう。取りあえずは兵士になって稼ぎつつ、この世界のことを学んでいこう。そんな風に思っていた。
◇
灯火は気付いていなかったが受付嬢とのコミュニケーションに齟齬があった。
灯火のいるレイバス帝国は元は小さな国だったが、100年ほど前に現在の皇帝が即位してからは周辺国に戦争を仕掛けては領土を奪い拡大の一途を辿る侵略国家となっていた。そしてレイバス帝国はここ3年間どの国とも戦争を行っていない。これはほぼ常に戦争をしている現在の帝国にとってかなり長期的な平和であった。つまり受付嬢からすると3年の休戦期間は非常に長い停戦期間との認識。しかし灯火の本来の質問意図「この国は平和で兵士が戦争に行くことはあまりないのか」という問いが正確に伝わっていれば返答はこう返ってきたはずだ。
「早ければ明日にでも宣戦布告があるかもしれませんね」と。
レイバス帝国とはそういう国なのだ。
そして灯火が無事に兵士となった1年半後、レイバス帝国は南西に位置する大国、アルヘルム王国へ宣戦布告を行い、灯火は最前線へ送り込まれることになった。




