リディペディア
スカーレットと激しい夜を過ごした翌日。まぁ早朝もエキシビジョンマッチをしたのだけれど、それは置いておいて。
今日は休日にした。ずっとダンジョン漬けだったし、昨夜から今朝にかけてかなり体力を消費したので少し身体を休めたい。
午前中は宿でゆっくり過ごし、午後からはランドの店で溜まっていた素材や魔石の一部を売却して消耗品を補充した。丁度ランドの奥さんであるルシアが焼き菓子を作っていたタイミングだったのでご相伴に預かった。その際に淹れてもらった紅茶も買ってランドの元を辞した。
紅茶は一袋で金貨1枚と高級品だったが香りが気に入った。
次に向かったのは冒険者ギルドだ。
ギルドに足を踏み入れると、俺に気付いたリディアが何か言いたそうな顔をしていたが、別の冒険者の対応中だったので話しかけられることはなかった。
何食わぬ顔でリディアの前を横切る時に「なっ!?」とか声を出していたのだが何かあったのかね?
俺は二階の資料室に入った。
この資料室には冒険者に必要な知識が非常に豊富に詰め込まれている。
イステリア地方の魔物の分布、薬草や毒草の図鑑、魔物の特徴に解体時の注意点、それに岩鬼の洞窟と蟲狼迷宮の資料も沢山ある。今日の目当ては蟲狼迷宮20層のボスの情報だ。もっと言えばその亜種について。
何冊かの本を選んで備え付けのテーブルで目を通す。
資料は全て持ち出し厳禁なのでこの場で読むしかない。入室に銀貨1枚必要なのだが、俺の感覚ではだいぶ安い。情報社会で生きてきた身としては情報の重要さを知らない訳がない。ネットで簡単に調べられない以上、こういった場所で地道に調べるしかないのだ。
しかし冒険者という生き物は己の腕で成果を上げてなんぼ、という風潮があるらしく資料室はいつも閑散としている。ギルド側からは初心者に利用を推奨しているもののあまり効果はないようだ。まぁ冒険者には食い詰め者とか他の職に就けなかった奴が多いのも事実だ。そういった連中にとっては気の向かない場所なんだろう。
「やっぱりないな」
全て読み終えてため息を漏らす。
蟲狼迷宮20層の亜種は過去30年の記録ではキングフレイムウルフ、キングアクアウルフ、キングロックウルフ、キングウインドウルフ、クイーングラスウルフの5種が確認されている。
クイーングラスウルフは属性持ちではないが、指揮系のスキルを持っている。クイーンが出現する時に限っては、取り巻きの魔物も一緒に出現し、しかもかなり高度な連携を取ってくるので危険度が高いらしい。
「何が無いんですか?」
「あ、リディアさん」
声のした方に顔を向けるとなぜかむくれた表情のリディアが腰に手を当てて立っていた。
「『あ、リディアさん』…じゃないですよ!私さっき言いましたよね。ちょっと待っててって!なのに無視してくれちゃって!」
「え?言われた覚えないんですけど…」
「言いました!目線で!」
「えぇ…?」
目線でって。そんなん熟年夫婦でもないんだから分るかい。
初心者である俺を心配してくれたりクルトに的確なアドバイスしてたから出来る人だと思ってたけど、意外とアレな人なのか?
「えっと、気付きませんでした。すみません」
「あ、いえ、こちらこそ言いがかりみたいなことを言ってしまって…。うぅ、素直に謝るとはやりますね…」
なんのこっちゃ。
無茶を言ってる自覚はあったのかリディアは咳払いをして話題を逸らした。
「何を調べてたんですか?」
「蟲狼迷宮20層の亜種についてちょっと」
「…まさか一人で潜ってないですよね?」
「俺、冒険者になったばっかの初心者ですよ。慎重にいきますって」
慎重に判断した上で行ってます。
「それならいいんですけど」
「リディアさんはフレイム、アクア、ロック、ウィンド、クイーンの他に亜種が出たって話は聞いたことないですか?」
「いえ。ギルドが把握しているのもその5種だけです。他の魔物が出たんですか?」
「そういう訳じゃないんですけど」
本当はそういう訳なんですけど。
「参考までに聞きたいんですけど、長い間同じ魔物が出ていたのに突然別の魔物が出ることってあります?」
「うーん、ダンジョンの改変期に当たったら結構変わりますね。あとは魔物の活性化に合わせて出現する魔物が変化したという報告は読んだ覚えがあります」
改変というのはダンジョン内の環境がガラリと変化することを指す。珍しい現象ではあるが、滅多にないというほどでもない。数年に一度はどこどこのダンジョンが改変期を迎えたという情報が回る。その改変期では経路や階層が増えたり、それまで現れなかった魔物が現れるようになったり、出現する魔物が強化されたりする。
だが蟲狼迷宮は20層の亜種以外は事前情報通りだったので改変期という訳ではなさそうだ。
俺が気になったのはもう一つの方だ。
「魔物の活性化とダンジョン内の環境って関係あるんですか?」
「活性化の原因によりますね。天敵がいなくなったり環境の変化で魔物の数が急増、餌が不足したことで縄張りを拡大するといった場合にはダンジョンには影響しないでしょう。ただ、何らかの原因で大気中の魔素濃度が上がったりすれば魔物はもちろん、ダンジョンも影響を受けるはずです。ダンジョンは成長にも維持にも魔素が必要ですからね。魔素が乱れればダンジョンも同様に…という話みたいです。まぁダンジョンに異常が出るほどの魔素濃度変化なんて滅多に起こらないですけど」
魔素は魔力の源みたいなものだったか。
今起こっている魔物の活性化の原因が魔素の乱れだとしたら、ダンジョンで通常出現しないはずの魔物が出現したことの説明はつくか。
だからといってどうという訳ではないんだけど。まぁ原因が分からないと気になるもんな。仮説としては辻褄も合ってそうだ。
「魔素濃度ってどうやって測るんですか?」
「魔道具を使うか、魔法使いなら体感で分るみたいですよ。最近はちょっと魔素濃度が高いそうですけど……」
魔素濃度か。なんかダンジョンの変化と繋がってそうだな。
それにしても…。
「リディアさんは博識ですね。それに説明も上手い」
「え、え?べ、別に受付嬢としてはこれくらい普通ですよ?えへ、そんなに説明上手でした?」
「ええ、要点が纏まっていて分かりやすかったです」
「えへへー、そんなことないですよぅ」
うお、すっげえだらしない顔だ。
この人ちょろくて心配になってくるな。
「他にも聞きたいことあれば訊いてくれていいんですよー?」
これ、何か訊かないといじけるか機嫌悪くなる奴やん。
ついでだし、アレも訊いとくか。
「狼系魔物の属性亜種って他にどんなのがいるんですか?」
「そうですねー、一般的に知られているのは先程の4種、フレイム、アクア、ロック、ウィンドですけど、一応他にもいますよ。ただかなり珍しくて発見例はほとんどないんです。私が知っているのはフロスト、シャドウ、ライトニングの3種ですね」
「ライトニング?」
「古代語で稲妻の意味ですね。ちょっと待ってください、ここに…」
そう言って本棚の上の方に手を伸ばすリディア。
迷わず一冊の本を選んで戻ってきた。
え、どこに何があるか把握してんの?ギルドの受付嬢ってすげー。
「ありました。とあるAランク冒険者の手記の写本なんですけど、これに記述があります。Aランクダンジョン『雲海の霊廟』に挑んだ際に雷魔法を操るキングウルフの群れが出現したようです。狼系魔物の特徴は高い攻撃力と俊敏性を持ち、反対に耐久力が低いことですが、そのキングウルフは特にそれが顕著だったと。身体からは稲妻が迸っていて、稲妻を飛ばしたり、稲妻を纏って攻撃してくるみたいです。それと、仲間に雷魔法の使い手がいたそうですが、彼の雷魔法は効かず、それどころか回復させたように見えたと。おそらく吸収系スキルを持っていたんでしょうね。Cランク判定のキングフレイムなど4種は耐性スキル持ちですから、その上位の魔物とされています。吸収スキルは非常に厄介なのでキングライトニングはBランク中位と高く設定されていますが、吸収スキルを除いた純粋な戦闘力はBランク下位くらいでしょう」
おう、まじかー。
手記に書かれた内容的に俺が蟲狼迷宮で戦ったのはキングライトニングウルフで間違いなさそうだ。電撃吸収スキルも持ってたしな。
それにしてもBランク中位の魔物だったのかよ。良く勝てたな。吸収スキルが強力だからランクが底上げされているとしても戦闘力はBランク下位相当だという。
下手したら冗談抜きで死んでいた。そう思うと今更になって冷や汗が出てきた。
「トーカさん?どうしました?」
「いえ、そんなのに遭ったら殺されそうだなぁと」
「当然ですよ!Bランクの魔物なんて遭遇したら絶対に逃げてくださいね!」
「そうします」
あの時は電気系のスキルが手に入ると思ってテンションがおかしくなってたけど、冷静に考えたらボス部屋から逃げれば良かったんだよな。ダンジョンによってはボス戦中に閉じ込められるところもあるけど蟲狼迷宮はそうじゃない。その気になれば撤退も可能だ。
しかしリディアはなんでも教えてくれるな。
リディペディア先生だな。
「でも良い話を聞けました。ありがとうございます」
「いいんですよ。冒険者のサポートが私たちの仕事ですから」
「そういえばリディアさんはどうして資料室に?」
「あ、そうでした!」
……お茶目さんめ。




