エンジェルリップ
イステリアのメインストリートを少し南に行くと居酒屋や連れ込み宿が密集する地区がある。そこに娼館『エンジェルリップ』はあった。
三階建ての建物は一階がロビーと受付、そしてレストランがあり、二階と三階がそういうお部屋だ。
帝国軍に所属していた時には安いながらも給金が出ていたし、生活費は軍持ちだったので余った金で娼館通いをしていた。通うと言っても休みは週に一日だけだったし、それもゴリラの気分次第で特別訓練などというイカレたカーニヴォーに変わることもあったのでそう頻繁に行っていた訳ではないが。
軍を抜けてからというもの、性欲の解消が出来ずに困っていた。
ソロ活動に勤しんでも良いのだが、折角金があるのだからお店に行こうと思い立ったのだ。
ランドによるとイステリアには娼館が十数軒あり、代表的なのは以下の三軒。
かなり割高だが容姿もサービスも最高峰のエンジェルリップ。
料金は普通、容姿は平均以上でサービスは並みの桃楼郭。
安くて色々期待できないがスッキリするだけならいいのでは?というのがアンダーローズ。
ランドのお勧めは当然エンジェルリップとのことで、早速やって来たのだ。
受付にいるスーツ姿の若い男性に声をかけると、丁寧な口調で対応してくれた。
「こんばんは。予約はしてないんですけどいいですか?」
「いらっしゃいませ。当店をご利用されたことはありますか?」
「はじめてです」
「どなたかのご紹介はお有りでしょうか?」
「万屋カーターのランドさんに紹介してもらいました。これ、紹介状です」
「拝見致します」
ランドから預かった封筒を渡す。
男性が中身を取り出して紹介状を確認すると、対応がより一層丁寧になった。ランド、手広く商売やってるんだなぁ…。
「これはこれは。ランド殿にはわたくし共も非常によくして頂いております。今宵は是非、当店で日頃の疲れを癒してください。――ご指名はもうお決まりで?」
「いえ、でもランドさんからはどの女性も素晴らしいと聞いています」
「おっしゃる通り、当店はイステリア随一、首都の最高級店と比べても引けを取らないと自負しております。しかしその中でもNo1の娘、ミリーシアが幸運にも空いております。決して後悔はないとお約束致しますが、いかがでしょう?」
No1嬢か。
帝都の娼館だと一見さんは上級の嬢を指名出来なかったりしたんだが、ここは違うんだろうか。それともランドの紹介状のお陰?まぁどっちにしても断る理由は――あ、料金を聞いてないや。
「料金はいくらになりますか?」
「下級から中級の娘は一時間銀貨7枚から金貨1枚。上級からは時間単位ではなく一晩となっており、金貨5枚から10枚。お勧めさせて頂いたミリーシアは最上級で金貨20枚でございます。しかしトーカ殿はランド殿の紹介状をお持ちですので、初回に限り半額の金貨10枚とさせて頂きます」
ほほう?一晩で20万円と申すか。
結構強気の値段設定な気もするけど、高級店ならこんなもんなのかな。
払えない額ではないし、半額にしてもらえるのもありがたい。まぁこれで激ハマりして毎日のように通うようになったら不味いけど、そこは自制心に期待しよう。頼りにしてるぞ。
という訳でNo1のミリーシアにお相手してもらうことにした。
◇
受付を済ませてロビーで待っていると淡い青色のドレスを着た女性が近寄ってきた。
歳は20代前半から半ば。僅かに青みがかった白い髪を編み込んで後ろで纏め、前髪の両サイドは長めに垂らしている。背は平均よりやや小柄。グラマラスな体型という訳ではないが出るところは出て、かつ均整の取れた、健康的な色香を纏ったプロポーションをしていた。
その女性が微笑みながら澄んだ声で話しかけてきた。
「トーカ様でしょうか?」
「あ、はい」
「お待たせ致しました。今宵のお相手を務めさせて頂きます、ミリーシアと申します。よろしくお願い致します」
「こ、こちらこそ、お願いします」
思わず声が上擦った。
だってめちゃくちゃ美人なんだもの。
優しそうな顔つきに右目の下にある泣き黒子がセクシーさ抜群だ。
ミリーシアは俺のような反応に慣れているようで、柔らかく微笑んで手を差し出してきた。
「ふふ、ではお部屋へご案内致しますね」
ああもう、ランドには今度良い酒持っていこう。
俺自身は全く気にならないのだが、前の世界で娼婦というのはあまり大きな声で言えないような職業だったと思う。こっちの世界でも基本的な認識は変わらないし、借金なんかで無理やりに娼婦をさせられている女もたくさんいる。ただ、高級店の、それも上級娼婦となると世間の目も変わる。秀でた専門技術を持つ者として扱われるのだ。
高級娼婦たちは給料も高く、貴族などの上流階級の相手をすることも多い。当然、それに見合うだけの容姿、気配り、教養、そして性技が求められるのだが。
ミリーシアその全てをトップレベルで兼ね備えた女性だった。
部屋への案内から緊張を解すための会話、前戯に本番、その後の対応に至るまで完璧だった。
特に、常にこちらを気遣いながらも容赦なく叩きこんでくる磨き上げられた技の数々にはもう感動すら覚えた。感動し過ぎて口で一回、中で二回、胸で一回の計四回も果ててしまった。手も足も出なかったけど全然悪くない。献身的に尽くしてくれる感じが伝わってきたし控えめに言って最高だった。それに感じていない訳ではなく「んぅ…んぁ…!」と快感を堪えるような喘ぎ声が俺的にはブッ刺さった。いずれ声を我慢出来なくなるくらいまで感じさせたいものだ。
しかし溜まっていたとはいえやり過ぎた感はある。中学生かよと反省したが、ミリーシアは嫌な顔一つせずに「私も気持ち良かったですよ」と言ってくれた。リップサービスでも関係ない。好きだ。
というかミリーシアの中はどういう構造になっているのだろうか?
密着してくるのに柔らかく包み込んで、細かく動いて刺激してきたかと思えばダイナミックに扱きあげてくる。名器とはこういうことを言うのか。別の意志が宿っていると言われても信じてしまいそうだ。それほどに異次元の体験だった。
ちなみにこの世界には性魔法というものがあり、これにより妊娠や性病の類はほぼ完璧に防げるので生が基本だ。素晴らしいね。
事後、シャワーを浴びてからベッドでピロートークをしていると、流石に疲れたのかミリーシアが眠ってしまった。その寝顔も究極可愛い。無敵か。
翌朝目覚めたミリーシアは顔を真っ赤にして先に寝てしまったことを謝ってきた。どうやら客より先に寝るのは良くないらしい。全く気にしていないことを伝えると、次も半額で良いのでまた来て欲しいと言われた。うーむ、プロ意識的に挽回したいのか上手く営業かけられているのか分らん。分らんから分るまで通うことにしよう。大丈夫、金なら稼ぐ。
そんな感じで見事どっぷりとハマりそうな予感がしつつも、エンジェルリップを心行くまで堪能した俺は、ミリーシアと共に朝食を一階のレストランで摂り(別料金で一人金貨1枚だったがミリーシアは自分の分は自分で払っていた)、朝霧の立ち込めるイステリアの街に出た。
「うーん」と、伸びをする。
少し冷たい空気が肺を満たす。清々しい気持ちだ。
エンジェルリップは最高だった。
これは生きる活力として申し分ない。
この世界で生き残る以外に目標がなかったが、金を稼いでミリーシアに会いに行くという明確な目標が出来た。我ながら呆れるほど単純な思考回路だが、目標があれば日々に張りが出るのは間違いない。大事なのはそれに溺れないことだ。そこは大丈夫だと思うけど、あの魅力は正直魔性だ。気を付けよう。
身も心もリフレッシュし、晴れやかな気持ちで今日もダンジョンアタック頑張ろうと思っていた矢先、見覚えのある人物と目が合った。
長い金髪に幼さを残しながらもミリーシアに比肩する美貌。そして特徴的な長い耳。冒険者ギルドと通りで見かけたエルフの少女だった。
エルフ少女はこれから仕事に出るのか弓と革鎧を装備しており、娼館から出てきたばかりの俺をまるで汚物でも見るかのような蔑んだ目で見ていた。
伸びていた背中が少し丸まった。




