変異体…?
次に向かったのは冒険者ギルドだ。
岩鬼の洞窟で拾っておいたいくつかの魔石を売り払って出ようとしたところで例の受付嬢に引き留められた。確かリディアだったか。
「あ、トーカさん!今までどこにいたんですか。心配してたんですよ!?」
「心配?何かあったんですか?」
「もう、やっぱり知らなかったんですね!岩鬼の洞窟で変異体が現れたんですよ!」
変異体は極稀にダンジョンに生まれるイレギュラー的な魔物だ。
その階層に、あるいはそのダンジョンに存在しないはずの強さを持つ。更に普通の魔物は自分の生まれた階層から移動することはないが変異体は別だ。気ままに階層を移動し、あまつさえセーフティゾーンにすら侵入してくる。それだけでも厄介だが、もう一つ変異体は看過出来ない性質を持っている。
ダンジョンの外に出てくるのだ。
通常の魔物は『決壊』が起こらない限りダンジョン外に現れることはない。
しかし変異体はその制約がない。出ようと思えばいつでも出られる。
変異体の出現はギルドにとって、近隣の街にとって一大事である。
ただダンジョン内で活動し続ける変異体もいるらしいのですぐさま街に危険があるかと言えば、そうとも限らない。まずは目撃情報を元に調査隊が送られることになる。
リディアの話によると岩鬼の洞窟にロックゴブリンを瞬殺して回る黒い影のような魔物が出たそうだ。剣で斬り殺していることから人型の魔物のようだが、死体が干乾びたミイラのようになっているそうで、そんな魔物はギルドの資料にも載っていないことから変異体である可能性が高いのだと。
Dランクのロックゴブリンを殺し回っていることから強さはCランク以上、好戦的な性格と思われるため暫定的にBランクの魔物と認定され、現在Bランクパーティが調査に入っているらしい。
……ふむ。何やら心当たりがないでもないが、馬鹿正直に言う訳にもいかないな。そもそも信じてくれないだろうし。うん、ここは何も知らないことにしておこう。あと、しばらくは岩鬼の洞窟には近寄らんぞ。黒ローブもアイテムボックスに封印だ。
「それは怖いですね。岩鬼の洞窟には近寄らないようにしますよ」
「そうしてください。変異体が外に出ないよう入口にも人員を配置していますが万が一ということもあります。別にDランクへの昇格はダンジョンをクリアしなくても出来ますし、地道にやっていきましょう」
「……? Dランクにはなりましたよ?」
「ヴァ?」
ヴァ、て。
「え、ちょ、なに言ってるんですか?もう岩鬼の洞窟を攻略したんですか?この前冒険者登録したばかりなのに?」
「そのために炎狼の牙を紹介してくれたんでしょう?ありがとうございました。二人とも本当に良い子達でした」
「あの、失礼ですがギルドカードを拝見してもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
登録時に貰ったギルドカードは前回更新してDランクとなっている。
そう言えば前来た時にリディアは居なかったんだったか。
リディアはギルドカードをじっと見てからこちらに返した。その後カウンター裏で何やら書類を確認してからまた戻ってきたかと思うと、俺を人のいない隅まで引っ張って行き小声で言った。
「高レベル冒険者の方に引率してもらってのダンジョン攻略や、ボス討伐証明品を購入してのランクアップは違法ではないですけど『ごっこ遊び』や『冒険者ごっこ』と揶揄されて余計な軋轢を生みます。だから小さな依頼でもコツコツとこなしていくことをお勧めします」
あー、なるほど。
俺が不正を働いたと思っていらっしゃる。そして、それを咎めようとしていると。
悪い人ではないんだろうなぁ。他の冒険者に聞かれないように配慮してくれてるし。
ただちょっと早とちりというか、決めつけがちなだけで。
「俺、この前まで炎狼の牙と組んでたんですけど、彼らはパーティメンバーがそういった裏技をしようとした時見過ごすタイプでしたか?」
「い、いえ…。良くも悪くも真っ直ぐな子達なので…」
「じゃあそれが答えじゃないですかね」
「で、でも炎狼の牙とはもう臨時パーティを解除してますよね?それって――」
「確かに不正が原因で仲違いした可能性もありますね。けどギルドに岩鬼の洞窟のボス達の魔石を持ち込んだ時も俺達は一緒にいましたよ。その時対応してくれた職員さんに聞けば分かると思いますけど」
「それじゃあ本当に…?」
「はい。炎狼の牙と一緒に倒しました」
「……」
リディアはしばらく沈黙したかと思うと、突然頭を下げた。
どうやら俺の言い分を信じてくれたみたいだ。
「申し訳ありません!その、レベル的にトーカさんと炎狼の牙が組んでも岩鬼の洞窟を攻略するにはしばらく時間がかかると思っていたので…」
そう言えば冒険者登録の際にレベルを申告したな。
あの時は確かレベル5とかだったか。Dランク冒険者は大体レベル10以上だから、リディアの疑念も理解できる。けど俺はスキルのお陰でレベルに見合わない戦闘力になってるっぽいんだよなぁ。クルトはレベル11だったけど、身体能力的には俺の方がだいぶ高かったし。
「なんとお詫びして良いか…」
詫びなら身体で、とか言わない。
それは俺が紳士だからで決してリディアがぺったんだからではない。俺はぺったんも好きだ。大きいのはもっと好きだけど。
「そんなに気にしないでください。俺は運が良かっただけで、リディアさんは至極真っ当なアドバイスをくれたと思いますよ。どうしても気に病むと言うなら蟲狼迷宮の情報を教えてもらえませんか?」
「蟲狼迷宮ですか?あそこは暫定Cランクですよ。まさかソロで探索しようなんて思ってないですよね…?」
うっ、鋭い…。
しかしここで馬鹿正直に答えて情報を得られなくなるのは困る。
「まさか。今後のために知っておこうと思っただけですよ」
「…わかりました。でも蟲狼迷宮に行くならまたパーティを紹介しますから、ちゃんと言ってくださいね?」
「まぁまだ先の話ですよ」
そう、明日とかね。
リディアは「それなら…」と説明してくれた。
蟲狼迷宮は10層までは虫系、11~20層までは狼系、21~30層まではその両方が出現する。30層で行き止まりとなっており、ボスの待ち受ける正規ルートがどこかに隠されているはずだが、未だに発見されていない。
虫系魔物から取れる素材は薬の材料になったり染め薬になるためそれなりに売れるし、狼系魔物からは武器や防具に使える素材が取れるため、稼ぎとしてはかなり良い。しかし魔物の強さは岩鬼の洞窟の数段上であり、更に殆どが2体以上の群れで行動していることから攻略難度はだいぶ高い。岩鬼の洞窟を攻略したばかりの新人が受付嬢の忠告を無視して突撃し、毎年それなりの数が帰らぬ人となってしまうほどらしい。怖いねぇ。
特に注意が必要なのは20層に稀に出現するボスの亜種だそうだ。なんでも50回に1回くらいの確率で属性付きのボスが出るとか。何の属性かはランダムらしいけど、そんなの聞いたらちゅーちゅーしたくなっちゃうじゃないか。
「そっかー、属性付きの亜種ですかー、怖いですねー」
「なんでちょっと嬉しそうなんですか!駄目ですよ、絶対一人で行っちゃ駄目ですからね!?」
「うふふぅ」
「聞いてますか!?」
◇
三十代半ばで無精髭を生やした男、グスタフ・ドートは冒険者ギルドに併設された酒場で上機嫌に酒を呷っていた。
仲間の一人が赤ら顔で言う。
「昼間っから酒飲んで真面目に働いてる連中には申し訳ねぇなー」
「ケヒヒ!なぁに言ってんだ。俺達だって一生懸命働いてるだろ?お陰であのエルフももうすぐ奴隷堕ちだ。金がありゃ俺が買うんだけどな。いや、返済を待ってやる代わりとか適当言ってあいつの身体を楽しめばいいのか」
「そりゃいい!冴えてるぜグスタフ。ちゃんと俺達にも回せよ?」
「俺も頼むぜ!まだガキだがそそる身体してやがるからな!」
「ケヒヒ!まぁ依頼主様次第だぁな。商品価値考えりゃ初物を食っちまう訳にはいかねぇだろうから、精々口と後ろの――んん?」
グスタフの視界に黒髪の青年が映る。
青年が受付嬢のリディアと親し気に会話をしているのを見て不愉快そうに舌打ちをした。
「あの野郎、まだ生きてやがったのか」
「ん?ありゃお前が唆してた新人じゃねーか。まだ生きてるってことは岩鬼のボスには挑まなかったのか。折角お前が助言してやったのになぁ?」
「ごっこ野郎なんざ目障りなだけだ。さっさと退場してくれりゃいいのによぉ…」
グスタフたちは今までも金で素材を揃えてランクアップを果たす、所謂『ごっこ野郎』を唆して自滅させたり、金に物を言わせた装備を揃えた新人をダンジョン内で狩ったりなどを繰り返していた。
長い間Cランクから上に昇格出来ずにいる彼らにとって、前途ある新人達が呆気なく死んでいくのを眺めるのがたまらない娯楽になっていた。
「ダンジョンで殺しても良いんだが、岩鬼は変異体が出てるらしいから新人は寄りつかないだろうしな」
「蟲狼迷宮に誘うか?」
「流石に新人を蟲狼に誘ったらギルドに睨まれるだろ」
どうしたものか、と考えているとギルドに若い冒険者達が入ってきた。
Dランクの男三人組で、それなりに実力があるが自制心が弱く粗暴な態度が目立つ連中だった。
「あいつら、使えるな」




