炎狼の牙
ソロで岩鬼の洞窟20層のボス部屋手前まで行った俺は、結局ボス部屋には入らずに引き返してきた。
岩鬼の洞窟に出現する魔物にも、ランドと俺を攫った違法奴隷商達にも大して苦戦することがなかったので気が緩んでいたかもしれないが、この世界では人は簡単に死ぬのだ。初めてのダンジョン攻略だしのんびり安全にいこう。
そんなわけでボス部屋に挑まずに帰ってから2日後の今日、俺はパーティを組んで岩鬼の洞窟に戻って来た。パーティの仲間はギルドの受付嬢に紹介してもらった。『私の助言に従うとは中々見込みがありますね』なんて得意気に言っていたのでデコピンをお見舞いしてやった。それはともかく――
「よっしゃあ、ガンガン行こうぜ!」
「ちょっとクルト、まずは連携を確かめるために浅い層で戦うって話したでしょ?一人で突っ走って行かないでよ」
「分かってる分かってる。けどトーカさんだって20層のボス部屋前まで行ったんだろ?だったら11層から探索始めても大丈夫だろ。な、トーカさん」
「ああ、問題ないよ。いきなりボスに挑むとか提案されたら流石に困るけど」
「よっし、じゃあ決まり!シーナもそれで良いだろ?」
「分かったわよ。でも無理はしないからね。私達はDランクに上がったばかりだし、トーカさんはEランクなんだから…あ!その、違うんです!トーカさんを馬鹿にした訳じゃなくて!」
「大丈夫だよ。『慎重に行こう』ってことだろ?馬鹿にされたとも思ってないから」
「すみません…」
シーナはホッと胸を撫で下ろして頭を下げた。
それを見たクルトが言う。
「シーナって本当心配性だなぁ」
「アンタが能天気過ぎるからでしょうがッ!!」
◇
『炎狼の牙』はイステリアを拠点に活動しているDランク冒険者二人組のパーティだ。
リーダーは赤髪の少年クルト。片手剣に軽鎧を着込んだ剣士。明るく行動力があるがあまり深く物事を考えるタイプではないようだ。
そんなクルトをサポートしているのがもう一人のメンバーである茶髪の少女シーナだ。彼女は魔法使いである。魔法の触媒となる杖を持ち、魔法を阻害しない特殊な糸で織られた布の服を着て、急所である胸や腰回りを革製の防具で守っている。クルトが単純な分、そのサポートで気苦労が絶えないようだ。しかし考え過ぎるきらいがあるシーナを時にはクルトが引っ張るようなこともあるようなので、中々いいコンビなのではないかと思う。
15歳と若い二人だが冒険者としての活動は3年目であり、依頼の達成率が高く、評判も良い。ギルドでメンバー募集をしているパーティではイチオシだと受付嬢が言っていた。
「そう言えば二人はなんで『岩鬼の洞窟』に潜ってるんだ?わざわざ臨時メンバーを募集してまで」
転移陣で岩鬼の洞窟11層に降りたところで俺は二人に尋ねた。
岩鬼の洞窟はゴブリン種しか出現しない上、宝箱も滅多に出ないため不人気のダンジョンだ。俺のように冒険者ランクを上げたいなら潜るメリットもあるが、クルトとシーナは既にDランクなので、Dランクダンジョンである岩鬼の洞窟を攻略してもランクは上がらない。
「俺達は特訓だよ、特訓!」
「特訓?」
「クルト、それだけじゃ分からないわよ。トーカさんは最近魔物が活性化してるって噂を知ってますか?」
「魔物の活性化…。そう言えば知り合いがそんなことを言ってたな」
丁度この前ランドにそんな話を聞いた。
なんでも大人しい種類の魔物が凶暴化したり、普段は遠くの場所に生息している魔物が現れたりと、そんな事件が最近多いそうだ。
「私達はイステリアの少し南にある小さな村の出身なんですけど、隣の村が魔物の襲撃を受けて半壊したんです。弱い魔物しか出ない場所なのにずっと南の方に生息しているデザートフロッグの群れが襲って来て…。私達の村には騎士の方が駐在してくれているけど人数は多くなくて」
「だから俺達が強くなって村を守るんだ!ロックゴブリンは攻撃が通る場所が限られてる分、攻撃の精度を上げるにはもってこいだし、ボス部屋の上位種達は連携を使ってくるから、こっちの連携の練習にもなるしな!ただ俺達2人だけだとここのボスはちょっと厳しいから追加メンバーの募集を出したんだ」
へぇ、クルトも結構考えてるんだなぁ、と感心したのも束の間。
「それ全部リディアさんの受け売りなんですけどね」
「ばっ、バラすなよ!恥ずかしいだろ!」
◇
「クルト、右のロック押さえて。小さめの個体だから的が小さい。岩の隙間狙えたら狙って。難しそうならシーナの魔法が完成するまで牽制。大振りはしない」
「おう!同じ間違いは繰り返さないぜ!シーナ、援護頼む!」
「分かったわ!…トーカさん、そっちは?」
私が風魔法の準備をしながらトーカさんの方をちらりと見ると、ロックゴブリンを二体斬り伏せている姿が目に映った。二体をいとも容易く、息を乱すこともなくだ。こともなげに彼は答える。
「こっちは大丈夫」
「みたいですね…」
まるで作業のようにロックゴブリンを仕留める姿に少しため息が出る。
ロックゴブリンに斬撃は通りにくいからDランク剣士でも倒すのが大変だ。
クルトは私からみても才能があるし努力も惜しまない。ちょっと単純すぎるところはあるけれど、それを差し引いても同年代では良い線行ってると思う。そんなクルトでもロックゴブリンは1対1でなんとか倒せるか、というところ。
それなのにトーカさんは片手間のようにロックゴブリンを狩っていく。
この人、なんでEランクなの?
実力に見合わないランク。もしかするとEランクというのは嘘で本当はもっと上のランクだったりするのだろうか。低ランクを装ってダンジョンで新人狩りをする冒険者がいるというのは聞いたことがある。でもトーカさんがそんなことするとは思えない。指示は的確だし、優しいし、こちらをよく観察して気遣いもしてくれる。それに、トーカさんがその気なら私たちはとっくに殺されてるだろう。
それとなくクルトに相談してみると「山奥とかで修行してたんだろ。だからまだランク低いんだよ」なんて言っていた。
もう少し危機感というか、人を疑うことを知ってくれると助かるんだけど。
でもトーカさんについてはクルトの言っていることが正しいのかもしれない。
こんなに強い人がずっとEランクなわけないから、最近冒険者登録したばかりなのは間違いない。本人もDランクに上がるためにこのダンジョンを攻略したいって言ってたし。
うん、トーカさんと一緒ならここで危険な目に遭うこともなさそうだ。安全に特訓が出来ると思えば、トーカさんとパーティを組めた私たちは幸運だった。紹介してくれた受付嬢のリディアさんには感謝しないと。
そんなことを考えながら、完成した風の魔法をロックゴブリンに放った。




