【神の共犯者】私立聖アインズ更生学園
新章開幕(本編)
重厚な鉄の門が、背後で断罪の鐘のような音を立てて閉ざされた。
山奥の深い霧に包まれた「私立聖アインズ更生学園」。
スマホの電波は完全に圏外。
外界から遮断されたこの隔離施設が、今日から俺、九久 心の新しい学び舎であり、ママンから言い渡された事実上の流刑地だ。
表向きは、手に負えない問題児を叩き直す「鉄の規律」を謳うスパルタ校。
しかし、一歩足を踏み入れれば、その実態はあまりにも拍子抜けするものだった。
「あー、新入生? 九久くんね。一応これ、校則。……まぁ、僕の目の前で法律を犯さなきゃ適当にやってていいから。親が来た時だけ『更生してます!』って顔しといて。お互いコスパ良く行こうよ」
入寮手続きを担当した教官は、デスクの下でスマホゲームを操りながら、こちらを見もせずに吐き捨てた。
ここは「更生」という名目で厄介払いされた生徒たちと、そんな彼らに深く関わりたくない教員たちが作り上げた、「親を騙すための巨大なハリボテ」なのだ。
俺は指定された2年3組の教室へと向かう。
廊下を歩く間も、俺の頭にあるのは失った配信での「地位」だった。
昨夜まで、俺はネットの深淵で『クック神』と崇められる抽出の神だった。
それが今や、ただの流刑囚だ。
落胆しながら2-3と書かれた教室の扉を開けると、そこにはこの学園唯一の「守られている建前」があった。
床に太いガムテープで引かれた「国境線」。
男子と女子の席が完全に左右に分断されている。
俺は男子側の、窓際から二番目の席に腰を下ろした。
すると、隣の席で机に突っ伏していた男子が、顔も上げずにこちらを見て小さく笑った。
「……よう。予想より早く着いたな、『神』さんよ」
ビクッ!!と俺の肩が跳ねた。
なぜその名を?
少し癖のある茶髪を揺らし、鋭い瞳をした男子がゆっくりと顔を上げる。
彼は教官がこちらを見ていないことを一瞬で確認すると、頬杖をつきながら、唇の動きだけで囁いた。
「……何でバレたかって顔だな? 教えてやるよ。俺は影山 瞬だ。この学園のネットサーバーにハッキングしてネットが使える。昨日の配信でママンが「ここ」へ編入させるって言ったろ?そんで教師の名簿漁ったら、そこに『九久心』の名前を見つけた瞬間、ピンときたのさ」
影山は手元のスマホを操作する。
画面には、昨夜の俺の「伝説の配信」の静止画が映し出されていた。
「昨夜の配信、ママンが乱入してカメラが倒れただろ? あの時0.2秒、お前の『素顔』がバッチリ映ってたんだよ。ネットじゃ特定班が動く前に動画が削除されたが、俺の自動スクレイピング・ツールは逃さなかった。……名簿の顔写真と、配信の神の顔が一致。確定だ。30万人の信者が泣いたあの処刑劇、俺は特等席で見てたぜ」
「……っ、そんなところまで見ていたのか。君は何者だ?」
「ただの退屈したハッカーだよ。お前みたいな『本物の狂気』を待ってた。いいか、九久。俺はこの学園の監視網をすべて掌握してる。カメラの死角、ネットの制限解除、物資の密輸ルート。お前がここでまた『抽出』をやるなら、俺が最高の環境を用意してやる。……もちろん、この秘密を共有するのは俺とお前だけだ。誰にもバラさねーよ、共犯者さん?」
影山はニヤリと笑い、俺の足元をチラリと見た。
「安心しろ。ここにはお前が喉から手が出るほど欲しがる『極上の素材』が転がってるからよ」
その時、やる気のないチャイムと共に、教官が入ってきた。
「おー、席につけ。見てわかる通り転入生が来た。特に挨拶は必要ないぞ。適当ーに仲良くなってくれ。それに伴って生活班を発表する。特に『洗濯班』。うちは男女共同作業が禁止だが、ランドリールームの管理だけは男女混成で行う。まぁ、適当に揉めんなよ」
そうして名前が読み上げられる。俺と影山の運命が決まった。
「えー第4班の『洗濯班』。男子は九久心、影山瞬。女子は一条蓮、四葉結衣、黄河陽菜、紫之宮凛。の六人だ。名前呼ばれたやつは起立してくれ」
俺と影山は立ちながら、また声を潜めて笑った。
「……ククク、引いたな、九久。女子寮でも有名な『こだわり強すぎ四天王』だぜ」
教官の呼びかけに応じ、女子側の席から4人の少女が立ち上がった。
その瞬間、教室の空気が、まるで別々の銀河が衝突したかのような異質な熱量に包まれた。
一番後ろの席で、長い金髪を荒々しく弄っていたのは、一条 蓮。
彼女が立ち上がった瞬間、周囲に重厚なエンジンオイルと金属が焼けた匂いが立ち込めた。制服の袖口には、どれだけ洗っても落ちないであろう黒い油汚れがこびりついている。
「……チッ、野郎と洗濯なんて反吐が出る。あたしの服に余計な柔軟剤とか使ったら、その頭をレンチで回してやるからな」
窓際の席では、清楚な黒髪ボブの少女――四葉 結衣が、机の上に置いた不気味なトゲを持つハエトリグサに霧吹きをかけていた。
「よろしくお願いしますね?」
ふんわりと微笑む彼女の指先は、湿った黒土で汚れ、爪の間には植物の繊維が入り込んでいる。彼女の周囲にはどこか雨上がりの湿った大地のような、生命の土臭さが漂っていた。
その前の席で、色とりどりの液体が入った試験管を振り回していたのは、ポニーテールの黄河 陽菜。
「わーい、よろしくー! 私、洗濯洗剤の成分分析とか超興味あるんだよねー!」
彼女の制服のスカートには、怪しげな薬品によって脱色された白い斑点が散らばっている。彼女が動くたびに、オゾンのようなツンとした刺激臭と、甘ったるいフルーティーな化学薬品の香りが鼻を突く。
そして一番前の席。背筋をピンと伸ばし、静かに会釈をしたのは紫之宮 凛。
彼女は、異常なほどの光沢を放つ銀色の糸が刺繍されたハンカチを広げていた。その周囲だけは不自然なほど塵一つ落ちていない。しかし、その静寂の裏側に、どこか「生物的ではない」謎の保存用香料の匂いが潜んでいるのを、俺の嗅覚は見逃さなかった。
影山が口元を隠し、再び囁く。
「一条は油まみれ。四葉は泥まみれ。黄河は薬品臭。紫之宮は異常な保存剤付き。……洗濯係としては、間違いなく『ハズレくじ』だろ?」
俺は震えていた。
恐怖ではない。
未だかつてない歓喜だ。
ありがとうママン。俺をここに連れて来てくれて。
「……いや。影山、君はわかっていない」
俺はクックックと声を殺して笑い、瞳を深淵の色に染め影山を見る。
「これほどまでに純粋で、濃密な『生きた証』が染み込んだ布地こそ、僕が探し求めていた至高の1つ『原体』だ。これらを抽出し、一つの器で融合させた時……一体、どんな究極の『スープ』が完成すると思う?」
「……お前、マジで言ってんのか? 最高に狂ってやがるな、神様(笑)」
影山は今日一番の悪い笑みを浮かべて、俺の肩を叩いた。
「いいぜ。この聖アインズのランドリールームを、お前の『禁断の聖域』に作り替えてやる。女子寮からの衣類回収ルートは俺がハックして独占する。お前はただ、その異常な情熱で世界を驚かせる抽出物を作れ」
「……望むところだ、影山。君という最高の『共犯者』を得て、僕の研究はこれまでに無い程「加速」する」
窓の外では、深い霧が学園を完全に覆い隠そうとしていた。
親の目を欺くための偽りの更生施設、聖アインズ。実際は自由奔放な偽りの施設で、そして誰にも知られてはならない「秘密の共犯関係」が、今、熱烈に産声を上げた。
四人の少女たちが纏う、強烈な個性という名の汚れ(旨み)。
それを合法的に回収し、管理し、そして――その魂の髄まで「抽出」する。
僕の、新たなる聖域での戦いが、今ここに幕を開けた。
「さあ、抽出の時間だ……影山、手伝ってもらうよ」
「応よ。最高のショーを見せてくれよ、『クック神』」
俺たちの「悪だくみ」は、この白亜の監獄の中で、誰よりも熱く、静かに加速していく。
評価・ブックマークよろしくお願いしますm(_ _)m




