一条蓮の味〜鋼鉄の乙女と重油の聖餐〜
重厚な鉄の門が閉ざされた「私立聖アインズ更生学園」。
表向きは地獄のスパルタ施設だが、実態は「やる気ゼロの教官」と「やりたい放題の問題児」が共存する、奇妙なパラダイスだ。
俺、九久 心は、この学園での活動拠点となる「第4班・洗濯係」の初仕事のため、放課後のランドリールームへと向かっていた。
【放課後:ランドリールーム】
カビ臭さと洗剤の匂いが混ざり合う広い部屋。そこには、クラス全員分の名前が刺繍された洗濯物(作業服・手袋・靴下)が詰まった巨大な布袋が山積みにされていた。
「……うげぇ、何だよこの量。クラス40人分の汚れ物とか、もはや兵器だろ」
隣で影山 瞬が、山積みの袋を見て顔を引きつらせる。
「……素晴らしい。40人分の生活、40人分の情熱、40人分の『汚れ』という名の情報がここに詰まっている……」
「九久、頼むから女子たちの前でその顔すんなよ。マジで通報されるからな」
そこへ、残りの班員である女子4人が、これ以上ないほど「やる気ゼロ」のオーラを纏って現れた。
「ちょっと、いつまで突っ立ってんのよ」
先頭に立つのは、重厚なオイルの匂いをさせた一条 蓮だ。手には巨大なレンチ。
「いい? あたしたちは今から大事な用があるの。実習棟のエンジンのオーバーホールが山積みなのよ。洗濯なんてチマチマしたこと、やってられるかっての」
「そうそう! 私も新しい爆薬……じゃなかった、洗剤の調合で忙しいしねー!」
黄河 陽菜が、虹色の液体が踊るフラスコを振り回しながら笑う。
「男子二人いれば十分でしょ? 協力して更生する……っていう建前なんだから、協力しなよー。あ、私たちが『協力させてあげてる』ってことね!」
「私も……ヴィクトリアちゃん(ハエトリグサ)の植え替えをしないといけないので……。土を触った手で洗濯物を触るのも、良くないですよね? 男子さんたちがやったほうが、きっと清潔です……ふふふ」
四葉 結衣が、泥だらけの手をひらひらとさせて首を傾げる。
「……当然ですわ。わたくしが他人の衣類を直接触るなど、魂が削れるほど悍ましいことですの。不純物が1ppmでも混入していたら、即座に賠償していただきますから。わたくし、忙しいので失礼しますわ」
紫之宮 凛が、扇子で鼻を覆いながら冷徹に言い放った。
影山がやれやれと肩をすくめる。
「要するに、お前ら全員サボりたいだけだろ。これクラス全員分だぞ? 班の仕事なのに男二人になすりつける気かよ」
すると一条 蓮が、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべて俺の胸ぐらを軽く掴んだ。
「話が早いじゃねぇか。いいか、名簿にはちゃんと『全員で協力してやりました』って書いとけよ。教官が来たら、あたしたちは洗濯機の裏側を精密点検中だったことにしろ。わかったな?」
「……え、あ、はい。僕たちだけでやるんですか?」
俺がわざとらしく困惑したフリをすると、一条は満足げに笑い、手に持っていた汚れ物の塊を俺の胸に叩きつけた。
「当ったり前だ!あたしの今日のツナギと、使い込んだ軍手。……アインズ一の腕利き整備士の装備だ、丁寧に洗えよ。柔軟剤なんて使ったら、次はお前の喉首を規定トルクで締め上げてやるからな」
「……最高だ」
「あ?」
「……あ、いえ、最高に大変ですが、全力で務めさせていただきます、と言ったんです」
俺は内心でガッツポーズを決めていた。
女子たちが「サボるための建前」として、洗濯作業を俺達に一任するという。これはもはや、流刑地における最高級の特権だ。
「決まりね。じゃあ、重い袋の移動とか、洗濯、一人一人衣服の仕分け、全部任せたわよ。不手際があったら……覚悟しなさいね?」
「…は、はいッ!!(愉悦)」
そして4人は嵐のように、軽やかにランドリールームを去っていった。
【夜 22:30 禁断のランドリールーム】
学園が静まり返る午後10時30分。
影山のハッキングによって「完全な空白地帯」となったランドリールームで、俺は自分の荷物から『黒仮面』を取り出し、顔に装着した。
「九久、準備はいいか。教官は酒瓶抱えて爆睡中だ。……さあ、アインズの夜を狂わせてやれ」
俺は歓喜に震える手で「LIVE」ボタンを押した。
画面には、かつて30万人が熱狂した伝説の配信者『クック神』の配信ページが開かれ、久しぶりの配信に即座に反応した常連たちの名前が次々と躍り出た
【LIVE配信画面:コメント欄】
ソックス大師: きたああああああああああ!!伝説の再臨!!
極上出汁の探求者: 黒仮面!そのお姿、半年ぶりか…!ママンの乱入を乗り越えてよくぞ戻った!!
抽出ジャンキーA: 監獄配信きた!これだよ、この殺風景な場所から漂う狂気がクック神よ!
ママンバレ生存者: 特定班から聞いて飛んできた。アインズの洗濯室ってマジ?神、身体張りすぎwww
煮出し職人: 今日は何を「調理」するんだ?神の選ぶ素材に間違いはない。
クック教筆頭信者: 跪け愚民ども!神の、神による、神のための抽出が始まるぞ!
全裸待機: 神!俺です!あの伝説の「靴下回」からずっとついてきてます!今日も舐めるように見せてくれ!!
「……親愛なる僕の信者諸君。今夜も、このアインズ監獄から『深淵』を届けよう」
俺は黒仮面の奥で瞳をギラつかせ、今日、あの整備少女・一条蓮の名前が刺繍されし三種の神器を並べた。
配信中、彼女たちの名は決して口にしない。それが俺の流儀だ。
「見てくれ。今夜の素材はこれだ。鋼鉄の乙女が一日中重機と格闘し続けた結果、その繊維の奥底まで染み込んだ『ツナギ』、彼女の握力を支え続けた『軍手』、そして……一日の熱狂を閉じ込めた『厚手の靴下』だ」
「……お前、女子がいないと語彙力がさらにアクセル全開だな」
影山がカメラ外で操作しながら突っ込む。
「まずはこの軍手だ。指先の油汚れと、滑り止めのゴムが摩擦で溶けかかった質感を……ダイレクトに味わう」
俺は迷わず、軍手の指先、最も黒光りしている部分を口の中に放り込んでむしゃぶりつくした。
「ジュルポッ!ジュルッッツ……ッ!!?? ぐ、ごふっ……!!」
【LIVE配信画面:コメント欄】
クック大師: きたああああああああ!神の「直」だ!!
煮出し職人: 軍手を食う男、それがクック神。
ママンバレ生存者: 廃油まみれの繊維を咀嚼する音、たまらん。
抽出ジャンキーA: 食え!食ってその廃油の魂を飲み干せ!!
全裸待機: 神の喉が鳴る……ッ!至高の瞬間だ!!
「おい九久!! マジかよ!! 吐き出せって!!」
影山が慌てて俺の背中を叩く。俺は喉を鳴らし、涙目になりながらも、その「鉄油の塊」を強引に飲み下した。
「……ふぅ。……喉越しが硬い。彼女が今日、どれだけ困難なボルトを緩めたかが、この繊維の反発から伝わってくる……。口の中に、広大な廃車置場と、彼女の怒声が響き渡るようだ……!」
「……さあ、影山くん。ベースは整った。仕上げにこの靴下を煮出し、ツナギの真髄を抽出する」
俺は恍惚とした表情で、指先がほのかに黒ずんだ靴下と廃油まみれの軍手を家庭科室から影山が調達した小鍋(備品)に放り込み、抽出を開始した。
やがて完成したのは、ドロリとした、光を一切反射しない漆黒のスープ。
「……聖餐だ。彼女の『一日』を、僕が受け止める」
俺はそれをショットグラスに注ぎ、一気に飲み干した。
「……ああああっんッ!!ああ!! 視界が、視界が真っ黒に染まるよ!!」
「お前の胃が真っ黒なんだよ!! ほら、配信切るぞ!!」
【LIVE配信画面:コメント欄】
極上出汁の探求者: 完飲wwwwwww
ソックス大師: 「重油と汗のハーモニー」wwwww
クック教筆頭信者: これが伝説の「重油泥スープ」の系譜か。
ママンバレ生存者: 神、明日も生きて配信してくれよ!!
影山が配信を切ると、俺はその場に膝をついた。
「……影山くん。一条蓮の……あの鉄の意志が、僕の中で暴れている……」
「自業自得だわ! ほら、さっさと全部洗えよ。女子たちにバレたら、今度は俺たちが抽出される番だからな!」
俺はフラつく足取りで一条蓮の洗濯物を入れ、大型洗濯機のスイッチを入れた。
一条蓮、黄河陽菜、四葉結衣、紫之宮凛……彼女たちがサボってくれたおかげで、この「聖域」は守られたのだ。
俺たちの狂気と共犯生活は、まだ、幕を開けたばかりだ。




