四葉結衣の味〜泥濘(ぬかるみ)の聖母と生命のテラリウム〜
一条蓮の「漆黒のスープ」を胃袋に流し込んだ翌日。俺の消化器官は、奇跡的に一条の強靭な意志(と工業用オイル)に打ち勝ち、無事に朝を迎えていた。
「……お前、マジで腹壊さなかったのかよ。人間やめてんな」
「失礼だな影山くん。僕の細胞が、未知の香気への渇望によって強制的にアップデートされただけさ」
昼休みの教室で、俺は呆れ顔の影山に不敵な笑みを向けていた。
【放課後:ランドリールーム】
放課後、俺と影山は再びランドリールームで、クラス40人分の洗濯物の山と対峙していた。そこへ、今日も今日とて「サボる気満々」の女子四天王がやってくる。
「よぉ、男子共。今日も元気に洗濯係やってるか?」
一条蓮が、昨日よりさらに油にまみれたツナギ姿でニヤリと笑う。
「ねえねえ、今日の私の白衣、ちょっと変な色の煙が出てるんだけど、気にせず洗ってね! 水と反応したらごめん!」
黄河陽菜が、物騒すぎる発言を笑顔で投げかけてくる。
「……あの、九久さん、影山さん」
ふんわりとした声と共に前に出たのは、清楚な黒髪ボブの少女、四葉結衣だった。
「本当にごめんなさいね、班の仕事を押し付けちゃって……。でも、今日はヴィクトリアちゃん(ハエトリグサ)の機嫌が悪くて、温室の土を全部入れ替えないといけなくて……」
四葉が差し出したのは、深緑色の園芸用エプロン、肘まで覆う厚手のアームカバー、そして……泥と肥料の匂いが強烈に染み込んだ厚手の靴下だ。
「これ……泥だけじゃなくて、特殊な有機肥料もたっぷり付いちゃってるんです。私のだけ、念入りに手洗いしてもらってもいいですか……? ふふふ」
上目遣いで微笑む四葉。その指先には、今日も新しい絆創膏が貼られている。
「……手洗い。ええ、もちろん。指の第一関節から手首まで、丹念に揉み洗わせていただきます」
俺は瞳を深淵の色に染め、恭しくその「泥の塊」を受け取った。
「気持ち悪い答え方すんなよ……。まぁいい、俺たちでやっとくから、お前らは早く行けよ」
影山がシッシッと手を振ると、4人は足早に去っていった。
「……よし、影山くん。今日の『主菜』が決まったね」
「あのさぁ九久。土だぞ? 肥料だぞ? つまりバクテリアと微生物のハッピーセットだぞ。お前、今日こそ死ぬぞ」
「生命の根源だよ、影山くん。僕の胃袋は今、広大な大地を求めている」
【夜 22:30 禁断のランドリールーム】
監視カメラの赤いランプが偽の映像を流し続ける中、俺は再び『黒仮面』を装着した。
影山がセットした端末の前に立ち、俺は自らの指で配信開始のボタンをタップする。
「回線オンだ。……しかし、そのエプロン、マジで臭ぇな。森の奥深くで何かが発酵してる匂いがするぞ」
「静かに。彼女の愛した土の匂いだ」
画面が明るくなると同時に、待機していた信者たちのコメントが滝のように流れ始めた。
【コメント欄】
靴下煮出し中: きたあああああ!今日も生きてたか神!!
出汁の探求者: 胃洗浄を乗り越えての連日配信!これぞプロ!
汁マニア: 画面越しでも分かる、今日の素材は「土」だな!?
ママンバレ生存者: 昨日の重油からの振れ幅www
抽出ジャンキー: 神!俺だ!今日も狂気を見せてくれ!!
全裸待機: その黒仮面の奥の瞳で、俺を蔑んでくれ!!
野良の特定班: アインズ学園今夜解析完了予定ww
「……親愛なる僕の信者諸君。今夜も、このアインズの地下から『深淵』を届けよう」
俺はカメラに向けて、四葉結衣から預かった深緑のエプロンと、泥だらけのアームカバー、靴下を広げた。
「今夜のテーマは『母なる大地の抱擁』。……これは、人喰い植物を愛でる植物少女が纏っていた装備一式だ。繊維の奥には、黒土、腐葉土、そして未知の有機肥料が、彼女の慈愛に満ちた汗と共に発酵している」
「……相変わらず、食欲を徹底的に減退させる食レポだな」
影山が横で顔をしかめる。
俺はハサミを手に取り、エプロンのポケットの底、最も泥が分厚くこびりついた部分を数ミリ切り取った。
「……頂くよ」
パクッ。
俺は、その有機肥料まみれの布片を、躊躇なく口の中に放り込んだ。
「あッ……んんんッ!! ぐ、あ……ごふっ……!!」
【コメント欄】
汁マニア: 食ったあああああああああ!!
靴下煮出し中: 土だぞ!?それはただの土だぞ神!!
抽出ジャンキー: 迷いがない!神に一切の迷いがない!!
ママンバレ生存者: バクテリアの直食いwww狂いすぎwww
煮出し職人: 「広大な廃車置場」の次は「底なしの沼」か!?
全裸待機: 喉鳴ってる!神の喉が、大地の恵みを吸収している!!
「おい!! 吐け!! それマジの泥だろ!」
影山がドン引きしながら俺の背中を叩く。
俺は喉の奥でジャリッという不穏な音を響かせながら、強引にそれを飲み下した。
「……ふぅ。……深い。圧倒的な、森の深淵だ。……口の中に、鬱蒼と茂る熱帯雨林が広がっていく。腐葉土の濃厚な発酵臭の後に、彼女の、ねっとりとした愛情が、舌にまとわりついてくる……! まるで僕の口の中が、一つのテラリウムになったようだ……!!」
「お前の胃袋がテラリウムだよ!!」
俺は恍惚とした表情で、靴下のつま先とアームカバーの破片を特製フラスコに放り込み、抽出を開始した。
やがてフラスコの中には、アマゾンの沼地のような、深く濁ったスープが完成した。
「……聖餐だ。彼女の育てた命の雫、僕が飲み干そう」
俺はそれをショットグラスに注ぎ、一気に喉へ流し込んだ。
「……あああああああ!! 根が!! 僕の胃壁に、植物の根が張り巡らされていくよ!!」
「それは単に泥と繊維が胃袋にへばりついてるだけだ!! ほら、もう配信切るぞ!!」
【コメント欄】
靴下煮出し中: 完飲wwwwwww
汁マニア: 神が植物に侵食されている!!
全裸待機: 俺も……俺も神の胃壁に根を張りたい……!!
抽出ジャンキー: 今夜も最高の狂気をありがとう!!
ママンバレ生存者: 神、明日も生きて配信してくれよ!!
クック神信者: 土と油のハイブリッド、これぞアインズの洗礼。
影山が配信の終了ボタンを叩くと、俺はその場にゆっくりと仰向けに倒れ込んだ。
「……影山くん。……僕は今、母なる大地に還る……」
「還るな! 起きろ! さっさとその泥だらけの服を洗うんだよ!」
俺は大地(コンクリートの床)の冷たさを感じながら、ふらふらと立ち上がった。
四葉結衣の、生命力と土の匂い。それは間違いなく、僕の「抽出リスト」の新たな傑作となった。
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