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黄河陽菜の味〜虹色の爆燃娘と電脳オゾンの聖杯〜



四葉結衣の「深淵の泥スープ」を飲み干した翌日。


俺の胃袋の中では、微生物たちが母なる大地の開拓を終え、奇跡的なまでの平穏が訪れていた。


「……九久。お前、さっきから呼吸するたびに微かに森の匂いがするんだが、人間辞めたのか?」


「失礼だな影山くん。僕の細胞が、大自然の抱擁を受け入れて最適化されただけさ」


昼休みの教室で、俺は呆れ顔の影山に不敵な笑みを向けていた。だが、安息の時間は短い。



【放課後:ランドリールーム】


「ヤッホー! 洗濯の神様たち、お仕事の時間だよー!」


放課後のランドリールームに、ポニーテールを跳ねさせてスキップで現れたのは、第4班の歩く火薬庫、黄河陽菜だった。


「今日はね、研究室で絶対に混ざり合わない液体を無理やり混ぜる実験をしてたんだ! おかげで私の白衣もゴム手袋も、あと踏ん張った時の汗が染み込んだ靴下も、見たことない色のシミがついちゃった!」


彼女がドサリと押し付けてきた衣類からは、プールの消毒液を100倍濃縮したようなツンとする匂いと、駄菓子のラムネのような甘ったるい香りが混ざり合って漂ってくる。


よく見れば、白衣のポケット付近から微かにパチパチと火花のような音が鳴っていた。


「陽菜さん……これ、明らかに布地の中で化学反応が続いていますが」


「あ、それ? 繊維の中で静電気と薬品が小規模な核融合起こしてるんだと思う! 洗濯機で爆発したらデータ取りたいから教えてね!」


「死人が出る実験をなすりつけるなよ!」

影山が引きつった顔で距離を置くが、俺は逃さなかった。


白衣の袖口に付着した蛍光ピンクの結晶。

そして、ゴム手袋の指先にこびりついた、ヌルリとした謎のジェル。


「……わかりました。あなたの知的好奇心の果て、僕が責任を持って精査しましょう」


陽菜が嵐のように去った後、俺は確信した。今夜の素材は人工の狂気だ。



【夜 22:30 禁断のランドリールーム】


月明かりが窓の鉄格子を青白く照らす22時30分。


ランドリールームの床には、例の白衣から落ちたピンク色の結晶が、不気味な蛍光を放っていた。


「……おい九久、マジでやめとけ。その服、置いてあるだけで床のワックス溶かしてんぞ」


影山が本気のトーンで制止するが、俺は無言で黒仮面を装着した。


「影山くん、カメラのピントを合わせてくれ。……今夜は、少し飛ぶかもしれない」


俺自身の指が、運命の配信開始ボタンをタップする。

画面に光が灯ると同時に、狂信者たちのコメントが濁流となって押し寄せた。



【コメント欄】

靴下煮出し中: きたああああああああああ!!

出汁の探求者: 今日も神が生還した!連日配信感謝!!

ママンバレ生存者: 待って、背景の布が光ってないか!?

抽出ジャンキー: 神!その仮面の照り返しがエロいぞ!

肥料マニア: 昨日の土からの化学か……振れ幅で死ねる。

野良の特定班: 化学棟の薬品庫から未確認の反応アリwww

全裸待機: 早く!早く神の舌で合成してくれ!!


「……親愛なる僕の信者諸君。今夜、僕は自然を捨て、人工の極致へと至る」


俺はカメラに向けて、あの白衣と、表面が溶けかかったゴム手袋、そして薬品と汗が混ざり合った靴下を掲げた。配信中、彼女の名前は決して口にしない。


「今夜のテーマは『虹色の特異点』。……これは、爆発と合成に魂を売った化学少女が、理性の境界を越えて生み出した不浄の結晶だ。繊維の奥には、揮発性溶剤、オゾン、そして彼女の弾けるような熱い汗が、人工的な甘香を放っている」


俺はハサミを手に取り、ゴム手袋の指先――薬品と摩擦で最も変質し、虹色の光沢を放っている部分を数ミリ切り取った。


「……この極彩色、ダイレクトに僕のDNAに書き込もう」



パクッ。


俺は、その薬品まみれの合成ゴム片を、躊躇なく口の中に放り込んだ。


「……ッ!! ぎ、ギィィ……ッ!!」

ジュワァァァッ!


俺の口元から、あり得ない音と共に、ショッキングピンクの微細な泡が吹き出した。


「おい九久!? 口から変な色の泡出てるぞ!! 吐け! 今すぐ吐け!!」


影山が顔面蒼白で叫ぶが、俺は白目を剥きながら、それを咀嚼し、飲み下した。



【コメント欄】

抽出ジャンキー: 泡吹いてるううううううう!!!

靴下煮出し中: ゴムだぞ!?溶けてるゴムだぞ神!!

煮出し職人: エイリアンの体液みたいな色の泡出たぞww

ママンバレ生存者: アカン、これガチの放送事故や!!

出汁の探求者: この狂気……やはりクック神はこうでなくてはな!

全裸待機: 神の舌が溶けている!俺の脊髄も痺れてきた!!


「……ハァ、ハァ……! ピリピリ、する……! 圧倒的な、電子的刺激だ……」


俺はピンク色の泡を拭いもせず、カメラを真っ直ぐに見据えた。


「口の中に、電子レンジと駄菓子屋が同時に爆発したようなカオスが広がっていく……! 薬品の不自然な苦味の後に、彼女の、明日をも恐れぬ無邪気な好奇心が、オゾンの香りと共に鼻を突き破る……!! 最高だ!!」


俺の狂気は加速する。


例の靴下と、白衣のポケットの破片をフラスコに放り込み、抽出を開始した。


ブクブクと沸騰する湯。やがてフラスコの中では、青、紫、緑と目まぐるしく色を変える、サイケデリックな発光するスープが完成した。


「……聖餐だ。人工の楽園、僕が飲み干そう」


俺はそれをショットグラスに注ぎ、一気に喉へ流し込んだ。


「……アハッ、あはははははは!!!」


俺の喉が、胃が、食道が、ネオンサインのように熱を帯びる。俺は倒れない。むしろ、劇薬によって未知のシナプスが繋がり、身体が異常なほどの高揚感に支配されていた。


「おい……九久? お前、マジでヤバいクスリでもキメた顔してんぞ……。もう配信切るぞ!」

影山が端末に手を伸ばそうとするが、俺はそれを片手でピタリと制止した。


「待て、影山くん。……信者たちへの、言葉がまだだ」

俺はカメラに顔を近づけた。黒仮面の奥の瞳は、間違いなく常軌を逸してギラついていた。


「……諸君。聞こえるか。僕の血管の中を、化学少女の情熱が、光の速さで駆け巡っている。この痺れ……これこそが、人間の探求心の到達点だ。僕は今、彼女の生み出した虹色の狂気と完全に同化した。……僕は、アインズのランドリールームに君臨する、電脳の神だ」



【コメント欄】

靴下煮出し中: 神いいいいいいいいい!!!

肥料マニア: 覚醒した!!神がケミカルの力で覚醒したぞ!!

全裸待機: 俺たちを導いてくれクック神!!!

抽出ジャンキー: 今夜も最高のトリップをありがとう!!

ママンバレ生存者: 歴史的瞬間に立ち会えた……泣きそう。

野良の特定班: アインズの夜空に虹色の星を見た……。


「……明日。僕たちはついに、あの無菌の深淵へと至る。……飢えたまま、待機していろ」

俺は完璧なトーンで言い放ち、自らの指で、配信の終了ボタンをタップした。


プツン、と画面が暗転する。


「……」

「……」


ランドリールームに、静寂が戻った。


影山が、信じられないものを見るような目で俺を見つめている。


「……お前、マジで、化け物かよ」


「ふふっ。さて、と」


俺は黒仮面を外し、口元に残ったピンク色の泡をタオルで拭いながら、何事もなかったかのように洗濯機の扉を開けた。


「教官が起きる前に、白衣を洗ってしまおう。爆発しないように、慎重にね」


「……お前のその、急に素に戻るサイコパスっぷりが一番怖いんだよ」


胃の奥で微かにパチパチと弾けるオゾンの余韻を感じながら。


アインズの夜は、俺の狂気を静かに飲み込んでいった。




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