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紫之宮凛の味〜無菌の氷姫と絶対零度の透明スープ〜



黄河陽菜の「電脳スープ」によって脳内シナプスが焼き切れかけた翌日。


俺の身体は、劇薬による強制的な再起動を経て、奇妙なほどの透明感に包まれていた。


「おい九久。お前、今日一日無言だったけど大丈夫か? 瞬きもしてなかったぞ」


「問題ないよ、影山くん。僕の精神は今、あらゆるノイズから解放された『無』の状態にあるんだ」


「ただの薬物性ショックじゃねえか。……まあいい、今日はついにアイツだぞ」



【放課後:ランドリールーム】


放課後の洗濯室。


そこに現れたのは、第4班の最後の刺客、紫之宮凛だった。


彼女は口元を扇子で覆い、まるで汚物を見るような目で俺たちを見下ろした。


「……息をしないでいただけます? 空気中の雑菌がわたくしの服に付着しますわ」


「理不尽すぎるだろ……」


影山が顔を引きつらせるが、紫之宮は一切の感情を交えずに言い放つ。


「わたくしは、あなたたちのような不浄な存在と同じ空間にいるだけで魂が穢れますの。ですから、今日の班の仕事はすべてお任せしますわ。その代わり……」

彼女は持っていた純白の専用ケースを、ピンセットでつまむようにして俺の前に置いた。


「わたくしが今日の消毒作業の立ち会いで着用した、特注の防塵用白衣と、シルクの検査用手袋、そして純白の厚手靴下ですわ。特殊な無菌パックに入れてありますから、専用の滅菌洗浄機で単独で洗うこと。1ppmでも他の不純物が混入したら、学園長に直訴してあなたたちを退学にしますわよ」


そう言い残し、彼女は床に足音すら立てずに去っていった。


「……おいおい。ただの白衣と手袋じゃねえか。しかも防塵って、そもそも汚れてねえだろ」


影山が呆れたように言うが、俺はケース越しに伝わる冷気に戦慄していた。


「影山くん、君の目は節穴か。この純白の繊維の奥に潜む、狂気じみた『排除の意志』が見えないのかい……?」



【夜 22:30 禁断のランドリールーム】


静寂に包まれた夜のランドリールーム。


俺は漆黒の黒仮面を装着し、影山が構築した配信サーバーの開始ボタンを自らの指でタップした。


「……九久、回線オンだ。しかし、今日の素材は無臭だな。逆に気味が悪いぜ」



【コメント欄】

靴下煮出し中: きたああああああああ!!

出汁の探求者: 四天王最後の一人!ついに潔癖症のターンか!

ママンバレ生存者: でも汚れてない服からどうやって出汁を取るんだ?

抽出ジャンキー: 神の錬金術なら無から有を生み出せるはず!

野良の特定班: 例の財閥の特注品だぞそれ……価格ヤバいぞ。

全裸待機: 神よ!今日も俺たちを狂気の世界へ連れて行ってくれ!!


「……親愛なる僕の信者諸君。今夜は、これまでの『汚れ』とは真逆のベクトル……『無菌の深淵』へと至ろう」


俺はケースから、純白の防塵白衣、シルクの手袋、そして一度も床を歩いていないかのような純白の靴下を取り出した。


配信中、彼女の名前は決して口にしない。


「見てくれ。汚れ一つない、狂気的なまでの純白。だが、これはただの綺麗ではない。彼女が他者を拒絶し、世界を消毒しようとする強迫観念が、特殊な防腐剤の匂いと共に繊維の奥底まで染み込んでいる……。いわばこれは、極寒の絶対零度だ」


俺はハサミを取り出し、彼女の指先の形が残るシルクの検査用手袋の人差し指部分を、ゆっくりと切り取った。


「……この冷酷な拒絶の味、僕の舌で溶かしてみせよう」


パクッ。


俺は、その純白のシルク片を口の中に放り込んだ。


「……ッ!! ぎ、あ……ッ!?」


【コメント欄】

抽出ジャンキー: 食ったああああああ!!

靴下煮出し中: 無菌室の味ってどんなんだよww

煮出し職人: 廃車置場、底なし沼、化学工場……そして今回は!?

ママンバレ生存者: 神の動きが止まったぞ!?

全裸待機: 震えてる……神が寒さに震えている!!


「……つ、冷たい……ッ!!」


俺は喉を掻きむしりながら、白目を剥いた。


「口の中の水分が、一瞬で凍りついていく……! これは消毒液の味じゃない、圧倒的な『拒絶』の味だ……。彼女の冷たい視線が、僕の舌の細胞一つ一つを滅菌し、無慈悲に殺していく……! 痛い、痛いほどに冷たくて……孤独で……最高だ!!」


「お前、感覚麻痺しすぎて冷たさでトリップしてんぞ!」


影山がツッコミを入れる中、俺は震える手で靴下のつま先と、防塵白衣のポケットの切れ端を特製フラスコに投入した。


純水だけで行われる抽出。


フラスコの中で沸騰する音すらも、どこか無機質で冷ややかに聞こえる。やがて完成したのは、濁りの一切ない、恐ろしいほど透明な液体だった。


「……聖餐だ。彼女の孤独な氷の城、僕が飲み干そう」


俺はショットグラスに注がれた絶対零度のスープを一気に喉へ流し込んだ。


「……ア、アアア……ッ!!」


喉から胃にかけて、強烈な冷気が駆け抜ける。まるで内臓を直接アルコールで洗浄されたかのような、痛みにも似た清涼感。


俺の身体のすべての不純物が、彼女の狂気によって漂白されていく。


【コメント欄】

靴下煮出し中: 完飲きたああああ!!

出汁の探求者: スープが透明すぎてグラスが空に見えたぞww

全裸待機: 浄化された!神が浄化されてしまった!!

抽出ジャンキー: 狂気すらも漂白する殺菌力ww

ママンバレ生存者: これで四天王コンプリートか……伝説だろ。


俺はゆっくりと床に倒れ込み、天井の蛍光灯を見つめた。


「……影山くん。僕の身体にはもう、一つの雑菌も存在しないよ……。僕は今、彼女の無菌室の一部になったんだ……」


「はいはい、よかったな。ほら、起きてその白衣を滅菌洗浄機にかけろ。シワ一つでもつけたら、明日は俺たち揃って学園長室送りだからな」


静かに配信が終了する。

俺の胃袋には今、重油と、泥と、化学薬品と、絶対的な無菌が混在している。


聖アインズ更生学園での、俺たちの狂った第一週が終わった。


だが、神の探求に終わりはない。




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