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硝煙のアルケミストと劣等感の漂白(3)



翌日の昼休み。


俺と影山が『特殊化学漂白室』の分厚い鉄扉の前に立つと、隙間からは昨日までとは全く違う、ひどく淀んで腐敗したような、重い化学薬品の匂いが漏れ出していた。


「……おい九久。今日はマジでヤバい匂いするぞ。有毒ガス発生してんじゃねえか?」

「ガスじゃないよ、影山くん。これは……彼女の『プライドが腐り落ちた匂い』だ」

俺が重い扉を開けると、実験室の中は惨憺たる有様だった。


机の上には、どす黒く変色し、ブクブクと不気味な泡を立てるヘドロのような液体が溢れたビーカー。そしてその前に、黒のスポーツブラにハーフパンツという格好の黄河陽菜が、床にへたり込んでいた。


「……あ、あぁ……。また、失敗。何度やっても、結合が崩れる……」


虚ろな目。ボロボロになった指先。


彼女が徹夜で組み上げた『姉を超えるための究極の漂白剤』は、漂白どころか、すべてを黒く汚染する有毒なヘドロと化していた。

「私には、才能なんてない……。姉さんの理論を否定して、自分だけのオリジナルを作ろうとしたのに……出来上がったのは、こんな……真っ黒なゴミ……ッ!」


ポタッ、ポタポタッ……。


陽菜の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。それは彼女の足元に広がる真っ黒な化学ヘドロの上に落ち、ジュワッと虚しい音を立てて混ざり合っていった。


天才の姉に追いつけない絶望。

虚勢を張り続けてきた分厚いプライドが、ついに音を立てて崩壊した瞬間だった。


「……もう、嫌だ。私は、ただの出来損ないの、凡人……ッ」


「出来損ない? 凡人? ……とんでもない。あなたは間違いなく、天才ですよ」

俺が声をかけると、陽菜はビクッと肩を震わせ、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。


「……九久、アンタ……。見に来たの? 私の、惨めな失敗を……ッ。笑えばいいじゃない! 姉さんの真似事すらできない、愚かな妹だって……ッ!」

「笑うはずがない。あなたの姉が『純度100%の無味乾燥な天才』だとするなら……陽菜さん。あなたは『不純物トラウマを極上のスパイスに変える、泥濘の天才』だ」


俺は彼女の隣にしゃがみ込み、机から溢れ出し、彼女の涙と冷や汗がたっぷりと混ざり合った『真っ黒な化学ヘドロ』を、直接指ですくい上げた。


「……ッ!? な、何して……それ、有毒な廃棄物よ! 触ったら皮膚が……ッ」


陽菜が悲鳴を上げるが、俺は構わず、その毒々しい黒いヘドロを、そのまま自分の口の中へと放り込んだ。


「ジュバッ……ドロルッ、ムチャッ、ゴクリ……!!」

「ウ、ウワアアアッ!? お前、ついにガチの化学廃液喰ったぞ!!」

背後で影山が絶叫する。


「……ッ!! あぁ……ッ!! なんて、なんて複雑で芳醇な味だ……ッ!!」


口の中で爆発するのは、失敗した化学薬品の舌が痺れるような苦味と刺激。

しかし、それ以上に強烈なのは、ヘドロに溶け込んだ陽菜の『絶望の涙』と、プライドが折れた『挫折の冷や汗』の、ひどく塩っぱくて酸っぱい味だった。


「美味しいよ、陽菜……ッ! 完璧な姉には絶対に作り出せない、劣等感と嫉妬でドロドロに濁った、この最高に人間臭い劇薬の味! 君の挫折は、失敗なんかじゃない! 僕の胃袋にとっては、ミシュラン三ツ星すら凌駕する究極のフルコースだ!!」


俺は口の周りを真っ黒なヘドロで汚しながら、恍惚とした表情で彼女の失敗作トラウマをくちゃくちゃと噛み締めた。


「……あ、あ、あなた……私の失敗ゴミを、食べて……美味しいって……なんで……」

陽菜が呆然と俺を見上げる。


誰からも認められず、姉と比べられ、自分自身すら忌み嫌っていた『劣等感の塊』。

それを、目の前の狂人は「姉より優れている」「極上の味だ」と肯定し、喜悦の表情で喰らっているのだ。


「陽菜。もう虚勢を張る必要はない。姉を超える必要もない。君のそのドス黒い劣等感も、失敗作も……全部、僕の胃袋という『絶対的なビーカー』の中で、美味しく中和してあげるから」

俺は、ヘドロまみれの口元で、彼女に紳士的な笑顔を向けた。


「……九久くんの、胃袋……」

陽菜の瞳孔が、大きく見開かれる。


ずっと欲しかった「ありのままの自分(失敗作)」を肯定してくれる存在。分厚いプライドの殻が破れ、その隙間に、俺の狂気が『依存』という名の強烈な触媒となって流れ込んだ瞬間だった。


「……九久くん。もっと……もっと、私の失敗を、私の汗を、食べて……くれる……?」

「ええ。あなたが流す劣等感のエキスなら、最後の一滴まで」


陽菜は熱に浮かされたように立ち上がると、徹夜の作業と絶望の涙、そして極度の冷や汗で限界まで重くなった、黒の『スポーツブラ』のホックに手をかけた。


「じゃあ……今の私の中で、一番濃くて、一番酸っぱい『失敗の汗』が染み込んでる、これ……食べて……?」


彼女は羞恥心など微塵も見せず、自分の胸を締め付けていた汗だくのスポーツブラを外し、俺の胸へと押し付けた。


「……素晴らしい。絶望と依存が入り混じった、最高の重みだ。ありがたく頂戴しますよ」


俺は一礼し、彼女のコンプレックスが染み込んだ布地を籠へと収めた。


【夜 23:00 禁断のランドリールーム】


「……回線オンだ。同接33万。お前、ついに劇薬飲んだ挙句、女の子のスポブラ剥ぎ取ってきたな……。もう更生施設じゃなくてお前の異常犯罪記録になってるぞ」

影山が頭を抱えている。


俺は漆黒の黒仮面を装着し、カメラの前で高らかに宣言した。


「親愛なる共犯者たち! 今夜の素材は、プライドが完全に決壊し、僕の胃袋というビーカーにすべてを委ねた天才少女の……『絶望の冷や汗と劣等感が極限まで染み込んだスポーツブラ』だ!」


俺は用意した耐熱性のガラスボウルに、陽菜の汗だくのスポーツブラを放り込んだ。


「今夜の抽出法は『超音波温水抽出ソニック・バス』だ! 繊維の奥深く、彼女の心臓に最も近い場所で分泌された『劣等感の汗』と、僕への『依存の兆候』を、超音波の微細な振動で細胞レベルまで分解し、極上のスープとして抽出する!」


俺はボウルに熱湯を注ぎ、工業用の超音波洗浄機をセットした。


ビーーーッ……という甲高い音と共に、お湯が微細に泡立ち始める。スポーツブラの繊維から、徹夜の脂汗、絶望の涙、そして焦げた化学薬品の匂いが混ざり合った、白濁した濃厚なエキスがジュワジュワと溶け出していく。


「……うおぇッ。なんだこの匂い。酸っぱい汗の匂いに、変に甘い匂いが混ざり始めてる……。昨日のツンケンした匂いとは別物だぞ……」


数分後。


俺は洗浄機を止め、完全に白濁した琥珀色のスープを、テイスティンググラスに注ぎ込んだ。


「さぁ……喰らおう」


俺はグラスを傾け、その濃厚な劣等感のスープを一気に喉の奥へ流し込んだ。


「ゴクッ……ズズズッ、ジュルルルッ、ゴクン……!!」


【コメント欄】

抽出ジャンキー: 飲んだあああああ!! スポブラの超音波スープ!!

靴下煮出し中: トラウマを音波で分解するとか発想がマッドすぎるww

ママンバレ生存者: 神の喉仏がゴクゴク鳴ってる……!

出汁の探求者: スープの色が白濁しててヤバい!!

全裸待機: くぅ〜!絶望と依存の味……ゴクリ。


「……ッ!! あぁ……ッ、ハァッ……素晴らしいッ!!」


口の中を満たした瞬間、昨日のような刺すような「虚勢の酸味」は消え失せていた。


代わりに押し寄せるのは、プライドが折れたことで溢れ出した、生々しいほどの『敗北感の塩気』。

そしてその奥にべっとりと張り付いているのは……「自分を肯定してくれた男」に対する、ひどく甘ったるく、粘り気のある『依存の蜜』の味だった。


「……極上だ!! 『私は凡人だ』と認めた絶望の底で、僕という劇薬に出会ってしまった彼女の、ぐちゃぐちゃに溶けた感情の味!! 汗の酸味と涙の塩気が、依存という名の甘い触媒と完全に結合し、僕の胃壁を最高に心地よく溶かしていく……ッ!」


俺はグラスの底に残った白濁したエキスを、ズズゥッといやらしい音を立てて舐め回した。


「美味しいよ…。君の劣等感は、僕の胃袋で完璧な化学変化マリアージュを起こした。明日は、完全に防壁を失った君の『最も深くて甘い化学反応』を、最後の一滴まで堪能させてもらおうか……ッ!」


俺は舌に残った酸っぱくて甘い余韻をくちゃくちゃと噛み締めながら、明日、彼女のすべてを完全に喰らい尽くすための『究極のレシピ』に想いを馳せていた。



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