硝煙のアルケミストと劣等感の漂白(1)
四葉結衣の『激重の泥濘』を胃袋に収め、彼女を完全な依存状態へと陥落させてから数日後。
俺と影山は、第4班(洗濯班)の管轄エリアのさらに奥、厳重な防爆扉で仕切られた『特殊化学漂白室』の前に立っていた。
「……おい九久。ここから先、ガチで防毒マスクとか要らないのか? 扉の隙間から、プールの消毒液と火薬を混ぜたようなヤバい匂いが漏れてきてるぞ」
影山が鼻をつまみながら、ドン引きした顔で後ずさりする。
「問題ないよ、影山くん。僕の嗅覚によれば、致死量には達していない。それに……このツンと鼻を突くオゾンと硝煙の匂いこそが、次なるメインディッシュの極上のスパイスだからね」
俺は躊躇いなく、分厚い鉄扉のハンドルを回した。
プシューッ、という圧縮空気が抜ける音と共に扉が開くと、中はまるでマッドサイエンティストの実験室だった。無数のガラス管、フラスコ、ビーカーが並び、謎の液体がボコボコと沸騰している。
「あーもうッ! 違う、この結合式じゃない! なんで共有結合がここで崩れるのよッ! 『あの子』の論文通りになんて、絶対にやらないんだからッ!!」
部屋の中央で、防護ゴーグルをおでこに引っ掛けた少女が、髪を振り乱しながらフラスコを睨みつけていた。
黄河陽菜。
かつて名門校の理科棟を3つ吹き飛ばした『爆弾魔』であり、この更生学園の化学担当。彼女が羽織っている白衣は、度重なる薬品の跳ね返りと小規模な爆発で、ところどころが茶色く焦げ、酸で穴が空いている。
「こんにちは、黄河さん。洗濯物の回収に来ましたよ」
俺が声をかけると、黄河はビクッと肩を震わせ、振り返りざまにチッと舌打ちをした。
「……あ? なによアンタたち、私別にサボってるわけじゃないからね?見て分かんないの? 私は今、『究極の漂白剤』の化学式を合成するのに忙しいの。凡人が私の聖域に土足で踏み込んでこないでくれる?」
彼女はツンケンした態度で胸を張り、傲慢な笑みを浮かべる。
だが、その強気な態度の裏で、彼女の額には滝のような汗が滲んでいた。天才の姉へのコンプレックス。絶対に自分の方が優れていると証明しなければならないという、極限のプレッシャーと焦燥感。
(……素晴らしい。強がりの裏で分泌される、ひどく酸っぱい『劣等感の汗』の匂いが充満している)
「凡人ですみません。ですが、黄河さん。そのフラスコ内の反応……少し発熱が急激すぎませんか?」
「はぁ!? 素人が口出ししないでよね! これは意図的な吸熱反応のプロセスで――」
黄河が言い返そうとした瞬間。
ボフゥゥッ!!
フラスコの中のピンク色の液体が突如として急激に膨張し、小さな爆発音と共に、ピンク色の刺激臭を放つ煙と泡を部屋中に撒き散らした。
「きゃあっ!?」
「うおぉっ!? 爆発したぞ!!」
影山が悲鳴を上げてしゃがみ込む。
黄河は咄嗟に腕で顔を庇ったが、彼女の着ていた白衣は、ピンク色の謎の化学泡とススでドロドロに汚れ、さらに彼女自身がパニックでかいた大量の冷や汗を吸って、ひどく重い異臭を放ち始めた。
「……ッ、また、失敗……。なんで、どうしてよッ! 私は、あんな姉よりずっと……ッ!!」
黄河はギリッと唇を噛み締めると、イラ立ちに任せて、薬品と汗でドロドロになった白衣を乱暴に脱ぎ捨て、床に叩きつけた。
「……出てって! 今日はもう実験中止! その辺のゴミ(白衣)でも拾って、とっとと消えなさいよ!!」
彼女は背中を向け、悔しそうに肩を震わせた。
俺は静かに歩み寄り、床に叩きつけられた焦げ跡だらけの白衣を、丁寧に拾い上げた。
「……承知いたしました。この『失敗の証』は、僕が綺麗に漂白しておきましょう」
俺は白衣を籠に収め、優雅に一礼して実験室を後にした。
硝煙と薬品、そして彼女の強烈なコンプレックスが染み込んだその布地の重さに、俺の胃袋は歓喜の産声を上げていた。
【夜 23:00 禁断のランドリールーム】
「……回線オンだ。同接30万。お前、今回は白衣かよ。薬品まみれで、どう考えても人体に入れたらヤバい物質が染み込んでるぞ……」
影山がタブレット越しに、本気で命の危険を感じているような顔をする。
俺は漆黒の黒仮面を装着し、カメラに向かって高らかに宣言した。
「親愛なる共犯者たち! 今夜の素材は、天才の姉への強烈なコンプレックスを抱き、焦燥と嫉妬に狂う少女の……『劣等感の冷や汗と硝煙が染み込んだ特製白衣』だ!」
俺は用意した大きな金属製のボウルに、焦げ跡と薬品のシミだらけの白衣を無造作に放り込んだ。
「今夜の抽出法は『ケミカル・フランベ』だ! 彼女の白衣に染み付いた有害な化学薬品の成分だけを、高濃度のアルコールと共に一気に燃やし尽くし、奥底に染み込んだ純粋な『嫉妬と劣等感の汗』だけを、香ばしいソースとして焦がし出す!」
俺は度数90%を超えるスピリッツを白衣全体にドボドボと浴びせかけ、そこにマッチの火を投げ込んだ。
ボワァァァッ!!
青白い炎が、金属ボウルの中で一気に燃え上がる。
「うおぉッ!? 火柱立ってんぞ!! ランドリールームで火事起こす気か!?」
炎が布の表面についた化学薬品を焼き切り、バチバチと火花を散らす。プールの消毒液のような塩素の匂いが燃え飛び、その後に残ったのは……極度のプレッシャーの中で彼女が分泌した、ひどく酸っぱくて、胃がキリキリと痛むような『焦燥の汗』の強烈な香りだった。
数分後。
アルコールが飛び、鎮火したボウルの底には、化学薬品と汗が熱でカラメル状に焦げ付いた、真っ黒で粘り気のある極上の『嫉妬のソース』がこびりついていた。
「さぁ……喰らおう…」
俺は熱を持ったその真っ黒なソースをスプーンで削り取り、一気に口の中へと放り込んだ。
「ジュッ……ズルルッ、チュパァッ……!!」
【コメント欄】
抽出ジャンキー: 舐めたあああああ!! 劣等感のフランベ!!
靴下煮出し中: 薬品ごと燃やして食うとか胃袋が鉄壁すぎるww
ママンバレ生存者: 黒いソースが糸引いてる……神の顔がヤバい!!
出汁の探求者: 酸っぱそうな匂いが画面越しに伝わってくるぜ……!!
全裸待機: ぎゃぁぁああ!!嫉妬のエキス!!
「……ッ!! あぁ……ッ、苦い、酸っぱい……だがそれがいいッ!!」
舌の上で爆発するのは、焦げた薬品のビリビリとした刺激。だがその直後、分厚い白衣の繊維から滲み出した彼女の『冷や汗』が、強烈な酸味となって脳髄を突き刺す。
「……素晴らしい!! なんて尖った味だ! いつも姉と比較され、見下され続けたことへの強烈な嫉妬! 自分を天才だと偽り、虚勢を張るたびに分泌される、焦りとプレッシャーの冷や汗!! それらが炎で凝縮され、胃壁を溶かすほどの『濃密な劣等感のソース』に仕上がっている……ッ!」
俺はスプーンを投げ捨て、ボウルの底に顔を突っ込み、こびりついたソースを直接舌で舐め回した。
「ズズッ……レロォッ、ジュルルルッ……!! あぁ、たまらない! 君のプライドが高ければ高いほど、失敗した時のこの『自己嫌悪の酸味』が極上のスパイスになる! もっとだ、陽菜! 君のそのドス黒い嫉妬心を、残さず僕の胃袋で化学反応させてくれ……ッ!!」
俺の狂気に満ちた笑い声が、深夜のランドリールームに響き渡る。
泥濘の聖母に続き、硝煙のアルケミストの攻略。
彼女の分厚いプライドの防壁をどうやって打ち砕き、俺の胃袋へ依存させるか。
その狂ったレシピの構想に、俺の舌は歓喜の涎を垂らし続けていた。
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