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泥濘の聖母と人間不信のテラリウム(2)


翌日の昼休み。


俺と影山は、再びクラスの洗濯物の仕分けを抜け出し、第4班のサボり魔の1人が潜伏する『大温室』へと足を運んでいた。


「……なぁ九久。昨日の配信のせいで、俺まだ鼻の奥が泥水の酸っぱい匂いで充満してるんだけど。なんで今日も行くんだよ」

「決まっているじゃないか。昨日味わった彼女の『孤独な心の防壁』の奥に、まだ極上の隠しスパイスが眠っている気がしてね」


俺が重いガラス扉を開けると、今日もむせ返るような緑の匂いが押し寄せてきた。


だが、温室の空気は昨日よりもどこか重く、淀んでいるように感じられた。


「……お願い、枯れないで。私には、あなたしかいないのに……ッ」


窓際の席。


四葉結衣は昨日と同じように清楚な黒髪ボブを揺らしていたが、その口からは、切羽詰まったような、ひどく孤独で弱々しい呟きが漏れていた。


俺たちが近づいた気配に気づくと、彼女はビクッと怯えたように肩を震わせ、咄嗟にこちらを振り返った。


「っ……何の、用……?」


彼女の澄み切った瞳の奥には、明らかな『人に対する嫌悪感』と、傷つけられることを恐れる『怯え』がドロドロに混ざり合っていた。


彼女が拒絶の意志を示すかのように口を開いた。


「……洗濯物なら、ない。ここは私の場所……。無闇に入ってこないで……あなたたちの息で、空気が汚れるから」

「四葉さん。その子、随分と苦しそうですね」


俺は彼女の棘のある拒絶を意に介さず、机の上の植物を見下ろした。


昨日まで赤黒く不気味な生気を放っていたハエトリグサの交配種は、見る影もなく萎れ、葉の先端がドス黒く変色してグッタリと垂れ下がっている。


「……見ないでッ!!」

四葉は咄嗟に両腕を広げ、植物を隠すように俺たちの前に立ち塞がった。その必死な姿は、まるで唯一の家族を外敵から守ろうとする傷ついた小動物のようだ。


「ふふっ……少し日光が足りなかっただけで、ご機嫌斜めなだけです。私がちゃんと直してあげるから、放っておいてください……! あなたたち人間なんて、どうせ何も分かってくれないくせに……ッ」


彼女の声は微かに震え、泥で汚れた指先は落ち着きなく自分のスカートの裾を握りしめていた。

そして、その指先には昨日よりも明らかに増えた『真新しい絆創膏』が何重にも巻かれている。


(……なるほど。そういうことか)


彼女の足元には、土いじりの際に使っていたであろう分厚い『園芸用軍手』が脱ぎ捨てられていた。


人間を心底嫌悪しながらも、孤独に耐えきれず、自分だけの拠り所を必死に守ろうとしている。その痛々しいほどの寂しさが、彼女の周囲の空気を重く湿らせていた。


「そうですか。なら良いのですが。……ああ、その軍手、かなり汚れているようですね。昨日回収しそびれてしまったので、今日こそ洗っておきますよ」

「え……? あ、勝手に触らないでッ…!」


四葉が制止しようとするより早く、俺は泥だらけの分厚い軍手を籠の中へ放り込み、影山を連れて温室を後にした。


ガラス扉が閉まる直前。


俺は籠の中の軍手から漂う、強烈な土の匂いに混じった『鉄錆』の匂いを深く吸い込み、口角を吊り上げた。


【夜 22:30 ランドリールーム】


「……回線オンだ。同接26万人。お前、今日はただの汚れた軍手じゃねえか。昨日の泥靴下に比べたらインパクト弱くないか?」

影山がタブレットを見ながら不思議そうに首を傾げる。


俺は漆黒の黒仮面を装着し、カメラに向かって笑みを零した。


「親愛なる共犯者たち。今日の(ぶつ)の表面の泥汚れにだけ目を奪われてはいけない。今夜の素材は、人間を嫌悪しながらも孤独に耐えきれず、自らの身を削って植物に愛を注ぎ込んだ少女の……『泥と血と寂しさが染み込んだ極厚軍手』だ」

俺は籠から真っ黒な軍手を取り出し、カメラに近づけた。


指先の繊維が土で固まっているだけでなく、ところどころに、彼女の指から流れたであろう『赤黒い血の染み』が斑点のようにこびりついている。


「お前っ……それ、血なのか!? なんでそんなの見分けつくんだよ!!」

「今夜の抽出法は『フレンチ・プレス』。コーヒーの粉を押し潰すように、この分厚い繊維の奥深くに染み込んだ彼女の『人間への嫌悪』と『血を分けるほどの孤独』を、熱湯で一気に圧搾して抽出する」


俺はガラス製のプレス器に血と泥まみれの軍手を丸めて押し込み、沸騰したての熱湯を注ぎ込んだ。


ジュワァァッ……という音と共に、強烈な土の匂い、手汗の蒸れた匂い、そして生々しい血の匂いが一気に立ち昇る。


「うわっ……!! なんだこれ、すげえ生臭い!! 土の匂いの中に、サビみたいな匂いが混ざってるぞ!! 換気扇全開にしろ!!」

影山がえずきながら部屋の隅へ逃げ込む。


数分後。俺はプレス器の金属フィルターをゆっくりと押し下げ、分厚い軍手からドス黒い液体を限界まで絞り出した。ビーカーに注がれたそれは、まるで腐葉土と血を混ぜ合わせたような、禍々しい赤黒い琥珀色のスープだった。


「さぁ……。喰らおう…!」


俺はグラスを傾け、その生温かい泥と血のスープを一気に喉の奥へ流し込んだ。


「ゴクッ……ズルッ、ゴクン……!!」


【コメント欄】

抽出ジャンキー: 飲んだあああああ!! 血塗れの軍手エキス!!

靴下煮出し中: 泥と血のブレンドとか狂気すぎるww

ママンバレ生存者: 黒い水が顎から滴ってる……最高にキモい(褒め言葉)

出汁の探求者: 神の顔が……!! 完全にキマってるぞ!!

全裸待機: うぉぉおお!みなぎってきたぁぁああ!


「……ッ!! んあぁ……ッ!!」


舌の上を転がるのは、重く苦い土の味。


そしてその直後、指先から流れたであろう生々しい血の鉄分が、喉をチリチリと焼いていく。

だが、その強烈な鉄の味の奥に、俺の舌は信じられないほど繊細な『甘み』を見つけ出していた。


「……素晴らしい! 人間が怖い、人間が憎い。だから分厚い壁を作って他人を拒絶する。……でも、本当は耐えきれないほど寂しいんだ! 自分の指先を切り、血(DNA)を分け与えてでも、絶対に自分を裏切らない『孤独を埋めてくれる存在』を創り出そうとした……!」


俺は口の周りを泥水で汚しながら、恍惚とした表情でグラスの底に残った最後の一滴まで執拗に舐め回した。


「ズズッ……ジュルルルルルッ……! はぁはぁ……。この血の味には、彼女の狂気的なまでの『人間嫌悪』と、裏腹な『愛への激しい飢え』が溶け込んでいる……ッ! ツンケンした態度の裏で、誰かにすがりつきたくて泣いている……そんな極上の寂しさの味がする……!!」

「おい九久、お前マジでヤバいカルトの儀式みたいになってるぞ!! 血の汁飲んで白目剥くな!!」

影山がドン引きしながら叫ぶが、俺の耳には届かない。


「あぁ美味しいよ、……。君のそのトゲトゲしい拒絶の裏にある、ドス黒くて生臭い孤独の味……たまらないッ!!!明日は、君がひた隠しにしているその『化け物への歪な愛』が枯れゆく原因を、僕の言葉で直接突きつけてあげようッ……!」


俺は舌に残った血と泥のひどく生臭い余韻をくちゃくちゃと噛み締めながら、ただひたすらに、彼女の「孤独の味」を堪能し続けていた。


後ろで影山が「うあぁぁあ気持ち悪いから配信切るぞッ!」という言葉がとこか遠くの方で聞こえる気がした……。





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