星乃ルカの味〜偽りの歌姫と承認欲求の蒸し餃子〜
「……胃腸炎と謎のバクテリア感染で保健室のベッドを三日間も占拠した分際で、よくもまあそんな涼しい顔ができるな」
昼休みの教室。影山は、胃薬をボリボリとラムネのように噛み砕く俺を、心底軽蔑したような目で睨みつけていた。
先日の日曜日、四天王たちの生出汁を刺身としてダイレクトに食らった俺の胃袋は、未加熱の泥と重油とオゾンが見事に建国を果たし、三日三晩、生死の境を彷徨うことになった。
「素晴らしいデトックスだったよ、影山くん。生食の暴力性は僕の細胞に深く刻まれた。だが同時に理解したんだ。神たる者、やはり文化的な調理の工程を放棄してはならない、とね」
「どの口が言ってんだ! 頼むから次はちゃんと火を通してくれ! 俺、お前が死んだら死体遺棄の共犯にされるんだからな!」
「安心してくれ。今夜は、最高に上品で温かい点心をいただこうと思っている」
俺の視線の先、窓の下の中庭では、清掃係の腕章をつけた一人の少女が、竹箒をマイクスタンドに見立てて、誰にも見られないように小さくステップを踏んでいた。
彼女の名前は、星乃ルカ。
かつては熱狂的なファンを抱える地下アイドルだったが、SNSでの深刻な炎上騒動を起こし、このアインズ更生学園へ送られてきた。今はただの清掃係として扱われているが、彼女の奥底で燻る「もう一度ステージに立ちたい」という承認欲求の炎は、決して消えてはいない。
「影山くん、発注していたアレは届いているね?」
「あぁ。ルカがいつも制服の下に隠して履いているラメ入りタイツと全く同じ柄の、特注ダミーだ。デニール数まで完璧に合わせて、柔軟剤でフェイクの香り付けもしておいた。……で、いつすり替える気だ?」
俺は不敵に笑い、時計を見た。
【放課後:体育館裏】
放課後の体育館裏。誰もいない旧更衣室から、微かにアップテンポな曲の重低音が漏れ聞こえてくる。
俺と影山が息を潜めて覗き込むと、そこには清掃服を脱ぎ捨て、アイドル時代の衣装の残骸のようなフリフリのキャミソールと、ギラギラと光を反射するラメ入りタイツ姿で、汗だくになって激しいダンスの練習をするルカの姿があった。
「……ハァ、ハァ……! まだだ、もっと高く……私を見て……!」
誰もいないコンクリートの壁に向かって、彼女は必死に笑顔を作り、ステップを踏み続ける。床のホコリが舞い上がり、彼女の汗と安っぽい香水の匂いが空間を満たしていく。
やがて曲が終わり、ルカは床にへたり込んだ。
「……あっつ……」
彼女は荒い息を吐きながら、汗で肌に張り付いたラメ入りタイツを脱ぎ捨て、傍らのタオルの上に無造作に放り投げた。そして、清掃服に着替えるために水道へと顔を洗いに行く。
彼女が背を向け、水の音が響いた瞬間。
シュバッ!
俺は音もなく更衣室に滑り込み、彼女の脱ぎ捨てたばかりの生温かいタイツを回収し、影山が用意した完璧なダミーのタイツと0秒スワップを完了させた。
「……ふぅ。今日も疲れた」
顔を拭きながら戻ってきたルカは、タオルの上のダミータイツを不思議に思うこともなくリュックに詰め込み、去っていった。
「……完璧な仕事だ、影山くん」
俺の手の中には、彼女の汗とホコリ、そして執念が限界まで染み込んだ、重く湿ったタイツが握られていた。
【夜 22:30 禁断のランドリールーム】
「……回線オンだ。おい九久、マジでヤバいぞ。同接人数、いきなり20万人だ。先週の生食ショックから、お前の狂気を求める奴らが大挙して押し寄せてる……」
影山の声は、歓喜よりも恐怖に震えていた。
俺は漆黒の黒仮面を装着し、カメラの前に立った。用意したのは、ランドリールームに備え付けられている超強力な業務用スチームアイロンと、耐熱性のアイロン台だ。
【コメント欄】
靴下煮出し中: 20万きたああああああああ!!
出汁の探求者: 神が帰ってきた!胃腸炎から復活おめでとう!!
ママンバレ生存者: 今日はアイロン!?また新しい機材が出てきたぞww
抽出ジャンキー: 20万人が他人の洗濯物を見る謎の配信ww
野良の特定班: ターゲットはあの元アイドルか……炎上の味がしそうだぜ。
全裸待機: 早く神のディナーを見せてくれ!!
「……親愛なる僕の共犯者たち。先週は僕の野蛮な姿を見せてしまい、心配をかけたね。今夜は、文化と熱が融合した至高の点心……蒸し料理でおもてなししよう」
俺はカメラに向けて、汗とホコリにまみれたラメ入りタイツを掲げた。配信のルールに則り、彼女の名前は出さない。
「これは、かつて光の当たる場所から追放され、今は泥に塗れながらも、再びスポットライトを浴びることを渇望する少女のタイツだ。彼女のステップによって、体育館の床の不浄なホコリと、安っぽい香水、そして何より『私を見て』というドス黒い承認欲求が、繊維の奥深くまで練り込まれている」
俺はタイツを丁寧に折りたたみ、まるで餃子の皮で餡を包み込むように、丸くコロンとした形状に整えてアイロン台に乗せた。
「これを、アインズの誇る業務用スチームアイロンで、一気に蒸し上げる」
俺はアイロンの温度を最高に設定し、スチームボタンを全開にして、丸めたタイツの上から押し当てた。
プシュアァァァァァァァァァァッ!!!
凄まじい蒸気がランドリールームを白く染め上げる。
100度を超える高圧スチームがタイツの繊維を貫通し、内部に閉じ込められていた汗と香水、そしてホコリの匂いが、爆発的な勢いで気化して部屋中に充満した。
「うおっ、熱っ!! 部屋がサウナみたいになってるぞ!! しかも匂いがエグい!! 化学薬品よりある意味キツいぞこれ!!」
カメラの裏で影山がむせ返る。
【コメント欄】
抽出ジャンキー: 蒸したああああああああ!!
靴下煮出し中: スチームアイロンで点心作るなwwww
煮出し職人: 画面が真っ白だぞ!!蒸気で何も見えねえ!!
ママンバレ生存者: 香水と汗の匂いが気化してるとか致死量の毒ガスだろww
全裸待機: 神の錬金術がまた一段階進化した!!
「……シューマイや小籠包のように、蒸気で旨味を閉じ込めるんだ。見てくれ、スチームを吸い込んで、タイツがふっくらと艶を帯びている」
アイロンをどかすと、そこには熱気とラメの輝きを放つ、凶悪な布の蒸し餃子が鎮座していた。俺は火傷も気にせず、素手でその熱々の塊を摘み上げる。
「さぁ……喰らおう」
俺は大きく口を開け、ホカホカに蒸し上がったタイツの塊に噛み付いた。
ムギュッ……!! ジュワァァァァッ……!!
強烈な弾力を持つナイロン生地が歯を押し返し、その隙間から、高温のスチームによって液状化した極濃の出汁が口内へと溢れ出す。
「……ッ!! ぐ、ふぅ……あぁ……ッ!! おえっ……最高だッ!!」
蒸されたことで、安っぽい香水の甘ったるい匂いが数倍に膨れ上がり、鼻腔を無慈悲に殴りつける。そこに体育館の床のホコリの粉っぽさと、汗の強烈な塩分が混ざり合い、言葉にならない不快な味が舌を蹂躙した。
「口の中に、安っぽい自己顕示欲がへばりついてくる……! 鼻を突く香水とホコリの不協和音! 喉の奥で、私を見てというドス黒い執念がヘドロのように渦巻いている……! この胸焼けするほどの気持ち悪さ……極上の猛毒だ!!」
俺は涎とスチームの水分で顔をドロドロにしながら、狂ったようにタイツを咀嚼し続けた。
「おい九久!! 完全に白目剥いてるぞ!! お前またお腹壊す気か!?」
「ハァ、ハァ……! ラメのザラザラした食感が、僕の胃壁を引っ掻いていく……! もっとだエゴイストよ……もっと僕にその醜いエゴを吸わせてくれ……ッ!!」
【コメント欄】
靴下煮出し中: 神がラメ食って狂喜乱舞してるww
出汁の探求者: うわあああ口から香水混じりの涎垂らしてるぞ!!
ママンバレ生存者: 承認欲求の味が重すぎて神の脳がバグったww
抽出ジャンキー: 気持ち悪すぎる!!(最大級の賛辞)
全裸待機: 同接21万突破!!神の狂いっぷりに皆が引き寄せられている!!
「あーもうダメだ!! アイロンの熱と蒸気で火災報知器のセンサーが赤く点滅し始めてる!! 警報鳴るぞ!!」
影山の悲鳴がランドリールームに響き渡る。
俺はドロドロになった顔でタイツを咥えたまま、カメラに向かってウインクを投げかけた。
「……アンコールは、また明日。共犯者たちよ」
ブツン、と影山が電源を引き抜き、配信が強制終了される。
真っ暗になったランドリールームの中、胸焼けするほどの甘ったるい毒を口に含みながら、俺は歓喜の歌声の如く咳き込み、さらなる狂気の底へと沈んでいった。




