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夢野ねむの味〜保健室の怠惰姫とクレゾール香る包帯の麺〜


放課後のランドリールーム。


俺たちがクラスの洗濯物を仕分けていると、重々しい足音と共に鉄扉が荒々しく開いた。


立っていたのは、2年A組の風紀委員長、やいばだった。


「……あなたたち。わたくしのジャージと小手、異常なほど完璧に仕上がっていたわね」

鋭い眼光が俺たちを射抜く。影山がビクッと肩を揺らした。


「あれほどこびりついていた汗の匂いが、まるで新品のように消え去っていた。普通の洗濯機であそこまで落ちるはずがないわ。……何か、特殊な薬品でも使ったのかしら?」

刃が一歩踏み込んだその時、彼女の視線が部屋の隅に置かれた段ボール箱の隙間で止まった。


そこには、昨夜の「フリフリ・フリッター」で使ったカセットコンロと小鍋が隠しきれずに覗いていた。


「……なぜ洗濯室にコンロがあるの?」

竹刀の切っ先が、カセットコンロに向けられる。


空間が凍りついた。


「あ、あれはですね委員長!」

影山がパニックになりかけるのを手で制し、俺は恭しく一礼した。


「……高熱深淵煮沸法、という古の技術です。がんこな汚れは、洗剤ではなく熱湯で直接煮込むことで、繊維の奥の不純物を極限まで昇華させることができるのです。そのための機材ですよ」

「……煮込む? 洗濯物を?」

「ええ。あなたの強靭な武の汗に敬意を表し、特製の鍋でじっくりと煮立たせていただきました」


刃は胡散臭そうに俺とコンロを交互に見ていたが、やがてフンと鼻を鳴らした。


「……奇人ね。まあいいわ、結果は出しているのだから。だが、少しでも風紀を乱す真似をしたら、そのコンロごとあなたたちを叩き斬るわよ。……見張っているからね」


彼女が去った後、影山は床に崩れ落ちた。


「死ぬかと思った……! マジでこれからは機材の隠蔽も完璧にやれよ!!」


そこへ、「ふぁあ……」と気の抜けた欠伸と共に、一人の少女がフラフラと入ってきた。

保健委員の夢野ねむだ。


彼女はかつて、一般の進学校で「全校生徒集団昏睡事件」を引き起こした伝説のトラブルメーカーだ。

試験前、あまりに自分が眠りたいがために、校内の空調システムに独自の調合で作った強力な睡眠導入ガスを注入。

全生徒、全教師、果ては校門前の警備員までを48時間ぶっ通しで爆睡させ、「夢の国」へと強制連行した。その「あまりに平和的で徹底的な業務妨害」が危険視され、このアインズ更生学園へ送られたのだ


「あー……洗濯係さん……。これ、お願い……」

ねむは目を半分閉じたまま、衣類の塊を俺に押し付けると、そのまま立ったまま寝落ちしそうになりながら去っていった。


手元に残ったのは、薬品臭いガーゼ白衣と、どす黒いシミのついた長い包帯。

強烈なクレゾール(消毒液)の匂いが鼻を突く。


「……最高だ。今日のメニューが決まったね」

「おい、また切る気か!? 医療用ガーゼの修繕がどれだけ面倒か分かってんのか……!」



【夜 22:30 禁断のランドリールーム】


俺は漆黒の黒仮面を装着し、自らの指で配信開始ボタンをタップした。


「……回線オン。同接、一気に16万人。昨日の四天王MIXの切り抜きがSNSで回ってるみたいだぞ。共犯者が増え続けてる」

仮面の奥で、俺はモニターを見つめた。



【コメント欄】

靴下煮出し中: きたああああああああ!!

出汁の探求者: 今日も生きてたかクック神www

ママンバレ生存者: なにこのコンロw 洗濯室で自炊してんの?w

抽出ジャンキー: 昨日のやつマジで体調悪くなった(褒め言葉)

野良の特定班: アインズ学園の洗濯室だろここ。背景に女子の制服映ってね?

全裸待機: 今日は何食うんだよ!早くしてくれ!!

通行人A: おすすめから来たけど何これ……放送事故?


「……親愛なる僕の共犯者たち。今夜のテーマは『圧倒的怠惰と消毒の麺』だ」

俺はカメラの前に、強烈な薬品臭を放つ白衣と包帯を掲げた。


「見てくれ。これは常に夢の世界を彷徨う怠惰な乙女が、眠りの中でかいた濃密な寝汗と、他者の傷口を拭った痕跡が混ざり合う不浄の布だ。今夜はこれを……極上の麺としていただこう」


俺は沸騰した小鍋に、ハサミで30センチほど切り出した包帯を投下した。


「あああっ!! 長えよ!! 俺が同じ長さの包帯を紅茶で染めて血糊をつけて巻き直す手間を考えろ!!」

枠外で、悲鳴を上げながら針と糸を準備する裏方の声を無視し、俺は包帯を煮込む。


「……いい茹で加減だ。。いざ…喰らおう!」

俺は菜箸で熱々の包帯を掬い上げると、そのまま勢いよく口に運び、麺のように啜り上げた。


ズルルルルルッ!! ジュルッ!! ズズズズズッ!!


【コメント欄】

抽出ジャンキー: 吸ったああああああああああ!!!

靴下煮出し中: 嘘だろwwwそれ包帯だろ!?

煮出し職人: すげえ音wwwラーメン食ってる時より美味そうな音出すなw

ママンバレ生存者: 待って、これ血だよね?シミ、血だよね?

名無しさん: 17万人見てる前で何してんのww

出汁の探求者: クレゾールの匂いがこっちまで来そうだ……

全裸待機: 啜り方きもすぎて草。最高だわ。

保健室通い: その包帯、うちの学校のに似てて吐きそう。


「……ッ!! ぐ、ふ……あぁ……」


強烈なクレゾールの刺激が鼻腔を突き抜け、直後に鉄サビのような生々しい味が舌を支配する。だが、その奥から滲み出すのは、彼女が眠りの中で分泌した、ねっとりと甘く、脳を麻痺させるような濃密な寝汗の風味だ。


俺は包帯を口から垂らしたまま、虚ろな目でカメラを見つめた。


「……口の中に、静まり返った病室が広がっていく……。全身の筋肉が溶けていくようだ……。あぁ……このまま、彼女の微睡みの海で……永遠に眠りたい……」

「おい!! 寢るな!! 配信中に寝落ちするな!! 同接18万目前だぞ!!」


裏方が必死に俺を揺さぶるが、俺の体はスライムのように床へと崩れ落ちていく。


「……ふふ、共犯者たちよ……。最高の子守唄だ……。みんなも……一緒に、堕ちよう……」


【コメント欄】

靴下煮出し中: 神が寝たwwwwww

出汁の探求者: 薬物中毒の現場かよwww

ママンバレ生存者: 18万人に見守られながら雑魚寝www

抽出ジャンキー: 画面越しに睡魔が伝染してくるんだが……

全裸待機: 起きろ神!!俺はまだ全裸なんだ!!

名無しさん: これガチで寝てね? 警察呼んだほうがいい?


「あーもう! 強制終了!! お前が寝てる間に、俺はこの包帯の補修と、コンロの隠し場所の変更をしなきゃいけねえんだよ!!」


裏方の怒号と共に、画面が唐突に暗転した。


クレゾールの香りが充満する冷たい床で、俺は至福の眠りへと落ちていった。


アインズの闇は深く、そして極上に甘い。






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