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メイクの仕方は、動画を見ながら覚えた。
最近の流行とか、季節に合わせたやり方とかを見ながらやってみている。
「学校行く時はナチュラルメイクでいいけど、休日はしっかりとしてなさい。カナは美人なんだし、顔を活かさなかったらもったいないでしょ」
そう言いながら、お母さんは私の顔にメイクを施して行く。
要所を説明しながら、私の顔に合っているというメイクを教えてくれる。
「ねえ、わたしもやって!」
「お姉ちゃんが終わったらね」
幼い私がお母さんに縋り付くけど、気にした様子はなくアイラインを描いて行く。
全てが終わると一時間近く経っていたけれど、そんなに長いとは感じなかった。
「はい完成。これで、意地悪な奴らを見返してやれ」
「これが、私……」
綺麗になった私を鏡に見る。
改めて、メイクの存在は偉大だと実感させられる。
でも、そのお母さん譲りの顔立ちな上に、お母さん直伝のメイクというのもあって、
「おねえちゃん、おかあさんみたい」
この顔がお母さんに似てしまった。
そういえば、写真立ての中にあった若い頃の二人の写真、あの時のお母さんにそっくりだ。
いつか私も、お母さんのようになるのだろうか?
幼い私に、お母さんは大人しめの口紅を塗っている。
それだけで、とても嬉しそうにしている小さな子がいた。
◯
私達は今、お母さんが運転する車に乗って下関市に来ている。
ここにやって来たのは、幼い私がお母さんと水族館に行くと約束していたから。私にその記憶は無いのだけれど、実際にあったのだろう。
一番近場の水族館が、下関市にある海響館。初めて見た時は、海ってフグばっかりなんだ、なんて勘違いしたのを覚えている。
「フグってどくがあるんだよ」
そう幼い私が物知り顔で言う。
「そうなんだ。香織ちゃんはよく知って偉いね」
褒めると、嬉しそうに笑顔を見せてくれる。
自分で言うのも何だけど、とても素直で良い子だ。
海響館にはフグ以外にもちゃんと海の生き物はいる。多くの魚に、ペンギンや触れ合いコーナーなんかも見て周り、イルカショーに足を運ぶ。
「カナは、こっちに来たりしてた?」
「小学校中学年くらいまでは、お祖父ちゃん家に行ってた。でも、高学年になると、余り行かなくなったかな」
「どうして?」
お母さんの疑問に、私は曖昧に答える。
「……もう一人でもお留守番は出来るって、言いたかったんだと思う」
本当は、責められているんじゃないかと怖くなったから。
お祖母ちゃんは、お母さんの仏壇の前で涙を流す。私に気付かれないようにしていたけれど、つい見てしまって、急に怖くなってしまった。
私のせいでお母さんは死んでしまった。
今はこの事実を受け入れているけれど、あの時の私はまだ幼かった。
思えばあの時から、私は自分が幸せになろうと考えなくなっていた。
ぼうっと眺めていると、イルカのショーが開催される。
前の方に座っていたのもあり、水飛沫が飛んで来るので、幼い私が私を盾にしようと後ろに入ろうとする。
素直でいい子だと思ったけれど、少し違っていたのかもしれない。
水族館を出ると、近くにある唐戸市場に向かう。
唐戸市場は周辺の沿岸で採れた魚を、新鮮なままで食べられる絶好の市場。中には物販の他に、食堂や寿司店もあり、昼食時は大勢の観光客で賑わっている場所だ。
席に着くと、お店の名前を冠した定食を選ぶ。お母さんも私と同じ物で、幼い私は子供用の海鮮丼になった。
出来上がった料理を食べると、ここまで人気になるのが納得の味だった。
食べ終わると、お母さんが提案する。
「お祖父ちゃん家行く?」
私は直ぐには頷けなかった。でも代わりに、
「いきたい!」
幼い私が答えてくれた。
お祖父ちゃんの家は、ここから離れてはいない。
広い庭付きの一軒家に住んでいて、休みの日は親戚一同集まって庭でBBQをやっていた。
お母さんが運転する車が走る。
お祖父ちゃん家に続く道。
何度も通った道なのだけれど、この景色が少しだけ不安になってしまう。
お母さんは、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんにどう紹介するつもりだろうか?
正直に告げるとは思わないけれど、それだと、私はただの無関係な人になってしまう。
それに、どうして急に帰ろうと思ったのか、この時の私はまるで理解しようとしていなかった。
お祖父ちゃん家に着くと、まず驚かれて、「来るなら先に連絡してよ」とお婆ちゃんに言われていた。
「ごめんごめん、近くに来たから顔見とこうと思ってさ。あっ、この子、カナちゃん」
「カナです。よろしくお願いします」
どう紹介するのかと思ったら、どこの誰かは触れずに、ただ名前だけを紹介していた。
私を見たお婆ちゃんは、驚いた表情で私の顔を見る。
「ありゃ、学生時代のあんたにそっくりじゃないか⁉︎」
お婆ちゃんは、お母さんと私を交互に見つめる。
「そうでしょう? 私もそう思う。それに、香織と並べると成長した姿みたいじゃない?」
「本当だね、何だか姉妹みたい。お父さーん! ちょっと来て!」
お婆ちゃんは家の中に呼び掛けると、お祖父ちゃんがやって来た。白いモモヒキの姿で、一昔前のテレビに出て来そうな格好だった。
「どしたー?」
「ほら見てよ、学生の頃の沙織にそっくりじゃない?」
同意を求めるお婆ちゃんだけど、お祖父ちゃんの返答は違っていた。
「……似とりゃせんよ。こっちの子の方が別嬪さんだ」
お祖父ちゃんは笑いながら言う。
それは、私に気を遣ってくれているのだと分かる。
「違うって、似てるかって話しをしてんの」
「んー……、似とるかって言われたら似とるな。それよか、家に入らんね。外で話しても疲れよろうもん」
それもそうだと、お祖父ちゃんに促されて家にお邪魔する。
「香織ちゃんよく来たねー」
そう優しく告げるお婆ちゃんの言葉に、思わず反応しそうになる。
幼い私は、「うん!」と返事をして、家に上がる。すると、ポメラニアンのアズキが走って来て、幼い私に纏わり付く。それを嬉しそうに撫でると、アズキはお母さんに向かう。
懐かしい。
私の中でアズキは、数年前に亡くなっている。
お母さんが居なくなって、お祖父ちゃんの家で泣いてる時に、いつも側にいてくれたのはこの子だった。
私はしゃがんで、「アズキ」と呼び掛ける。
すると、興味深そうにやって来て、手を舐めて嬉しそうに戯れる。
その姿を見て、お婆ちゃんは少しだけ戸惑っていた。
「ありゃ? もしかして、前にも家に来たことあったかね?」
「そうですね……、前に少しだけ……」
アズキは人を攻撃しないけれど、慣れるまでにはそれなりに時間がかかる。
それなのに、私に懐いているのが気になったのだろう。
リビングに行くと、お菓子と飲み物を用意してくれる。
手伝おうとしたけれど、お祖母ちゃんから「ゆっくりしてなさい」と止められてしまった。
待っていると、幼い私が船を漕いでいた。
「香織ちゃん、眠い?」
「……うん」
「横になっていいよ」
そう言うと、私の膝の上に頭を乗せて来た。
きっと、水族館で歩き回って疲れたのだろう。
頭を撫でると、ここにこうしているのが不思議な気がする。
「お布団敷こうか?」
「タオルケットだけ貰っていい? カナ変わろうか?」
「このままで良いですよ、動かすのも可哀想だから」
お母さんにいいよと断ると、お婆ちゃんが持って来てくれたタオルケットを受け取る。
幼い私に掛けると、深く眠ってしまった。
お祖父ちゃん家では、お母さんが積極的に話をしていたような気がする。
結構な時間を話していて、夕食を頂くことになった。
その頃には、幼い私も起きていて、いつもと違う味に戸惑いながらも食べていた。
「じゃあ、また来るから。二人とも元気でね」
「なに改って? またいつでも帰って来なさいよ」
お母さんは最後に、二人に笑いかけていた。
これが、最後のお別れの挨拶だったのだと、全てが終わってから気が付いた。




