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門司港タイムトラベル  作者: ハマ
1.黒崎香織タイムスリップ

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10

「カナってどうやってこの時代にやって来たの?」


 下関から帰る車内で、お母さんから聞かれた。


 私は、関門トンネルで過去に戻って来たと隠すことなく教えた。その前に、和布刈神社でお詣りしたことも含めて説明した。


「じゃあ、どうやって戻るの?」


「……分かりません」


「そっか……。カナから話し聞いた時さ、映画みたいだなって思ったんだ」


「映画? こういう映画ってあるの?」


「そりゃたくさんあるって。タイムトラベルなんて、使い古された題材なんだしさ。あっ、でも私からしたら、ファイナルデスティネーションみたいな内容なのかな?」


「ファイナル?」


「今の私に似たような境遇の映画よ。まあ、カナみたいなタイムトラベラーは出て来ないけどね」


「そうなんだ。映画とかだと、タイムトラベラーはどうなるの?」


「大抵の場合、元の時間に戻るかな。言っておくけど、当てにしないでね。そんなに映画見て来たわけでもないから」


 関門トンネルを抜けて、門司港に出る。

 あまり気にしていなかったけれど、お店が変わっていたりと、わずかな景色の違いに気付く。

 開発中のマンションの前に差し掛かると、「あそこに住んでるんだ」とお母さんに報告する。すると、「新築じゃん」と呑気そうに笑っていた。


 車を運転する、お母さんの横顔を見てしまう。


 戻りたくない。

 それが許されないことだとしても、そう強く思ってしまった。



  ◯



 次の日、小倉に向かうことになった。

 朝早くに、お母さんが「買い物に行こう」と言い出したのが切っ掛けで、わざわざ出て来ている。


 食品や日用品なら近場で済むし、それ以外の物も大抵あるのだけど、どうしてかお母さんは小倉に行きたいと言うのだ。


「何かあるの?」


「だから買い物だって、香織に必要な物とか買いに行きたいの」


「いきたい! えほん買っていい?」


 買い物と聞いて、幼い私が反応する。


「いいよ、カナも欲しい物があったら言ってね」


「えっ、でも……」


 欲しい物なんて無い。

 それよりも、明日何があっても無事でいられるように、備えておいて欲しい。


 私が一番欲しいのは、お母さんなのだから。


 そんな私の思いなんて気にしていないのか、お母さんは準備を始める。

 仕方ないと、私も昨日と同じように準備をする。


 やって来たのは、小倉駅前にある『コレット』という商業ビル。

 私の時代では、セントシティと呼ばれている複合商業施設だ。

 実は、ここにはちょくちょく来ている。目的は、十階にあるサテライトスタジオで行われているラジオの放送を見に行くため。


「この時間ってやってるのかな?」


 ここをメインに活動しているDJさんは、北九州出身の女性だ。この時代でも活躍していたはずなんだけど、日曜日にやっているのか分からない。

 タイムスケジュールが分かればいいのだけれど、私はスマホを持っていない。なので、調べるには借りるしかない。


「お母さんスマホ借りていい?」

 

「どうしたの?」


「ラジオやってるか知りたくて……」


「え? カナってラジオ聴くの?」


「うん、どのチャンネルがっていうのは無いけど」


 基本的にFMラジオを巡っていて、たまに県外のラジオを聴いたりもする。


「変わった趣味だね」


「好きなんだから良いでしょ」


 馬鹿にされたようでムッとしてしまう。


 それに、変わった趣味じゃない。私がラジオを聴き始めたのは、クラスメイトが聴いているというのを聞いて興味を持ったからだ。決して私だけじゃない。


 お母さんは苦笑しながらスマホを貸してくれる。

 検索すると、残念ながら今日の収録は無いようだった。


 十二年前のDJの姿を見てみたかったのだけど、それも叶わないようだ。


 気を取り直してコレットの中に入ると、店内の内装が微妙に変わっていた。

 ビル自体は変わっていないので、構造に違いはないのだけれど、テナントが変わっている所もあって新鮮に感じてしまう。


「いろいろ見て回ろうか、香織はどこ行きたい?」


「ほんやさん!」


 本屋は七階にある書店になる。フロアの半分近くを占めていて、子供向けの絵本なんかもたくさん置いてある。


 この日、私はどの絵本を選んだんだろう?

 まるで思い出せない。

 今では、棚の奥に仕舞っている絵本。捨てるに捨てられなくて、ずっとそのままにしている。


 エスカレーターに乗って、上階に向かう。

 多くの人が乗っていて、ついその服装に目が行ってしまう。

 これまで、あまり気にしていなかったのだけど、周りの若い人達の服装が少し古く感じる。

 チェック柄のシャツに膝丈より少しだけ長いスカート。あとは白パンや靴紐の無いスニーカーを履いている人が多い。

 この時代の若い人達には、この服装が流行っていたのだろう。

 それほど変わっていないのに、微妙な違いが時代を感じさせてくれる。


 本屋にたどり着くと、まず本屋大賞ノミネート作品が並べられていた。その横を通り過ぎて、絵本コーナーに向かう。


「なんこいいの?」


「何冊でもいいよ、好きなの選んでみて」


「いいの⁉︎」


 幼い私は、絵本を選んで行く。

 特に絵柄が可愛い物を手に取っていて、内容よりも絵で選んでいるようだった。


 それよりも、何冊もって……。


「お母さん、いいの?」


「いいの、たまにはこれくらいして上げないとね」


 お母さんの優しい顔を見て、私は何も言えなかった。



 幼い私が選んだのは、一冊だけだった。

 たくさん選んでいたけれど、その中でもこれという物を厳選していた。


「一冊でいいの?」


「うん、またきたときに買ってもらうから」


「……そっか、じゃあ今度はお父さんとも一緒に来ようね」


「うん! ……おねえちゃんは?」


 幼い私が、心配そうな顔で私を見上げて来る。

 私はしゃがむと、目線を合わせて告げる。


「私はお買い物にはいけないけれど、香織ちゃんと一緒にいるから。だから、安心していいよ」


 よく分かっていないという顔をするけれど、これ以上言いようがない。

 私は、私を見守って上げられない。

 もしお母さんのいう映画のような展開になるのなら、私は元の時間に戻ることになる。


 きっとそれは、遠くない。


 どんなにここにいたいと願っていても、終わりはきっとやって来るから。



   ◯



 コレットでの買い物は、結局絵本だけになった。


「本当は、いろいろ買うつもりだったんだけどね。それは旦那が帰って来てからでいいや」


 お母さんは残念そうにしていたけれど、私は安堵していた。


 買おうとしていた物が何となく想像出来たから。


 家に帰って来ると、お母さんと二人で台所に立つ。

 幼い私は、今日買って来た絵本に夢中になっている。最近、ひらがなが読めるようになって、楽しくなっているみたい。


「へー、結構料理やるんだ」


「うん。普段はお父さんがやってくれるけど、帰りが遅くなった時は作るようにしてるんだ」


「あの人、料理上手だもんね! 昔、調理師やってたって知ってる?」


「うん、少しだけ聞いた」


 その内容が、お父さんとお母さんの馴れ初めだったから、それは何となく覚えている。


 お父さんが働いているレストランに、お母さんがアルバイトで入って来てとか何とか。

 ビールを飲みながら語っていたから、正確な内容は定かではないけれど、お母さんの胃袋を掴んだとお父さんは自慢していた。


 そう言うだけあり、お父さんの料理は美味しい。

 お父さんも、自分の料理の腕前に自信を持っていて、私に料理を教えてくれた。


「私より手際良くない?」


「そんなことないよ、お母さんの方が切るの早いし」


 ただ段取りを上手くやっているだけで、料理自体はそれほど美味しいわけではない。

 お母さんが作ってくれた物の方が、何倍も美味しいのだから。


「たまごやき、おとうさんのと同じ味だ⁉︎」


 幼い私が卵焼きを食べて驚いている。

 キョロキョロと見回しているのは、お父さんが帰って来たと思ったからだろう。


「あっ本当、しかも美味しい。カナ、あなた良いお嫁さんになれるよ」


「はいはい」


 適当に流して食事を続ける。


 晩御飯を食べると、三人でお風呂に入った。

 そんなに広いお風呂ではないけれど、幼い私を膝の上に乗せれば問題無い。

 のぼせる前にお風呂を上がると、並んで髪を乾かしていく。


 残りの時間をゆっくりと過ごす。

 何をするでもなく、テレビを見ながら雑談をして、当たり前にあるような時間を過ごす。


 やがて幼い私は寝てしまい、明日から仕事があるからと私達も布団に入る。


 照明を落として、豆電球くらいの明るさまで落とす。


「……明日だね」


「うん、お母さん真っ直ぐ帰って来てね」


「うん、分かってる。カナも香織をよろしくね」


「うん……。お母さん、今日の買い物って、私に何か残そうとしてたの?」


「……もしもの時は、これくらいしか出来ることがないからね」


「昨日、お祖父ちゃん家に行ったのも、お別れのつもりだったの?」


「そのつもりはなかったんだけどね。そう見えたかもしれないね」


 体の向きを変えて視線を変える。

 お母さんは天井を見ていて、こっちを見る気は無いみたい。


 それが悲しくて、泣きそうになる。


「お母さん」


「ん?」


「私ね、お母さんが居なくなってから、自分の幸せを考えられなくなったんだ。私のせいで、お母さんが死んじゃって、そんな私が幸せになる資格は無いって思うようになったの……」


 布団の擦れる音がすると、お母さんと目が合う。

 その目はショックを受けて、悲しそうに見えた。

 私はお母さんに身を寄せる。

 その体温を少しでも感じようと、服を掴む。


「お母さん、絶対居なくならないで。私、お母さんと一緒に幸せになりたいよ……」


 そう言うと、お母さんは笑い出した。


「あははっ⁉︎ あっごめんね、いきなりプロポーズみたいなこと言うから驚いちゃった。心配にさせてごめんね、私だって死ぬつもりないから安心して」


 お母さんの手は私の髪に触れて、優しく撫でてくれる。

 笑いが収まると、一拍置いて優しい声で告げる。


「でもね、どんなことがあっても、香織は幸せになって。どんなことがあっても、私は香織の側にいるから、幸せになることを諦めないで。香織は絶対幸せになるんだよ、これはお母さんとの約束だからね」


「……うん」


 お母さんを抱き締めて、顔を隠す。


 この顔は誰にも見られたくないなと思いながら、いつの間にか眠りについていた。

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