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運命の日の朝は、これまでと変わらないスタートだった。
朝起きて、顔を洗ってお母さんと一緒に朝食の準備をする。幼い私はとっくに起きていて、朝の子供番組を見ていた。
ベーコンエッグを焼いているフライパンを操りながら、お母さんに手を伸ばす。
「目玉焼き出来たからお皿取って」
「はいよ」
切り分けたベーコンエッグをお皿に返すと、サラダを盛り付ける。あとは、ご飯とお味噌汁をよそって食卓に並べる。
「カナに台所取られちゃったね、朝が楽ちんで助かるよ」
「これくらいはするよ。香織ちゃん、ご飯出来たよ」
「はーい!」
食卓を囲んで、三人で朝食を摂る。
何気ない日常の一幕。
いつまでも続くと信じて疑わない日常。
それが崩れるかもしれない日が、ついにやって来てしまった。
「じゃあ、香織のことよろしくね。香織、お姉ちゃんの言うことちゃんと聞くんだよ」
「はーい」
幼い私が返事をすると、お母さんはハグをする。
いつもと違う様子に気付いたのか、「おかあさん?」と幼い私は困惑していた。
しばらくして離れると、目を合わせて、「行ってくるね」と微笑んでいた。
「お母さん……」
「心配しないで、これまで通り仕事に行くだけだから」
「でも、やっぱり休んだ方が……」
それが無理なのは理解している。
それでも、言ってしまう。
そんな私に、お母さんは安心させるように告げる。
「大丈夫よ、周りには気を付けるから。じゃあ、行って来るね」
お母さんは、玄関の扉を開いて出て行く。
その姿が、どこか遠くへ行くように見えてしまった。
◯
お母さんが仕事に出て行くと、幼い私は幼稚園の制服に着替えようとする。
「香織ちゃん、今日は幼稚園行かなくていいんだよ」
「えっ? でも……」
「今日はお姉ちゃんと遊ぼうね」
「……うん」
しょんぼりとする幼い私は、テレビの前に座って教育番組にチャンネルを合わせる。
こんな時はスマホで動画を見せたらいいんだろうけど、私が持っているのは連絡用のガラケーだけ。いつ居なくなるのか分からないのに、わざわざ購入するのも勿体無いと断ってしまった。
今はそれが悔やまれる。
私は、幼い私の隣に座って遊びに誘う。
スマホは無くても、ガラケーで調べられるサイトで面白そうな物は見つけている。
「香織ちゃん、謎々やる?」
「なぞなぞ? うん、やる」
「じゃあ一問目、イスはイスでも、冷たいイスってな〜んだ?」
「つめたいイス? イスイス……アイス⁉︎」
「正解! 凄いよく分かったね!」
「うん、つぎは?」
「おっ、自信満々だね。じゃあ二問目ね、いつも冷蔵庫に隠れている動物はな〜んだ?」
「ゾウ!」
「凄い正解! 三問目行くね、パンはパンでも食べられないパンな〜んだ?」
「フライパン!」
次々と問題を出して、退屈させないように心掛ける。
謎々が終わると、おままごとやしりとりをやってみたりする。
オセロは出来るかなと教えてみると、ちゃんと理解していたので、何度か遊んでみた。
一通りやってみると、お昼の時間になっていた。
昼食にナポリタンを作って食べる。
「美味しい?」
「うん、おいしいよ」
ニンマリと笑みを浮かべて、美味しそうに食べている。
とても幸せそうに食べるから、つい聞いてしまった。
「香織ちゃんは幸せ?」
「しあわせ〜」
「そっか、お母さんが言ってたけど、香織ちゃんは幸せにならないといけないんだって。だからさ、どんなことがあっても、幸せになるのを諦めないでね」
「うん?」
どの口が言っているのだろう。
それに、自分自身に向かって言っている。
どうしてそんなことを言ってしまったのかと考えて、自嘲してしまう。
ああそうか、私は幸せになりたいんだ。
不思議そうに見る幼い私に、「何でもないよ」と言ってナポリタンを平らげた。
お腹いっぱいになって眠くなったのか、香織ちゃんは舟を漕ぎ始めた。
ベッドに寝かしつけると、昼食の片付けをする。
「何しよう……」
全部終わらせると、途端にやることが無くなった。
ガラケーをいじってみても、画面の小ささと操作の不便さに直ぐに辞めてしまう。
この時代のラジオを聴きたいけれど、寝てる子を起こしてしまうかもしれないので諦める。テレビも同じ理由で辞めておく。
部屋の中を見てみると、隅にパソコンが置かれているのを発見した。
多分お父さんの物だけれど、使わないのか布が被せられている。ケーブルは繋がっているので、スイッチを入れたら直ぐに使えるだろう。
試しにスイッチを入れると、問題なく起動した。
パスワードは入れなくていいようで、直ぐにウインドウ画面にたどり着く。
インターネットを開いて、この時代の流行やイベントなんかを調べてみる。
すると、『笑っていいとも放送終了』というトピックが上がった。日本屈指の長寿番組でお昼の定番番組終了ということで、大きく話題になっているみたいだ。
「見たこと無いな……」
動画で流れては来るけれど、こんなことしてたんだ、くらいで流していた。
時間を見ると、十二時四十分でまだ放送しているようだった。
テレビを点けて音量を最小に絞る。
チャンネルを合わせると、有名なお笑い芸人やタレントが生放送の場に集まっていた。
「凄い人達なんだよね?」
その凄さは分からないけれど、みんな私でも知っているような芸能人だ。
これだけ話題になっているのだから、一つの番組に集まるというのは異例なのかもしれない。
エンディングでは、映画の宣伝かパネルも掲げられていて、とても賑やかな終わり方をしていた。
「映画か……」
そういえば、タイムスリップする映画をお母さんが言っていたなと思い出す。
タイムスリップ、映画で検索すると、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や『ターミネーター』がヒットする。でも、お母さんが言っていたファイナルデスなんとかというタイトルが出て来ない。
次はファイナルデス、映画で検索を掛けてみる。
「……逃れられない、死の運命?」
喉が渇く。
嫌な予感がして、どうしようもなく不安になる。
お母さんに電話をしようかと携帯を取るけど、まだ何も起こってないと自分に言い聞かせて、何とか止める。
落ち着こう。
これは映画で、私達に当て嵌まるものではない。
そもそもこれは夢を見ただけで、タイムトラベルじゃない。
同じフィクションのような現象が起こっていても、これは別物だ。
「違う、これとは違う」
自分に言い聞かせるように呟いて落ち着かせる。
今日、事故現場に行かなければ、何も起こらないはずだ。運命なんて関係ない。変わらないのなら、私が過去に来た意味が無くなってしまう。
眠る子供の頭を撫でる。
「大丈夫、私は幸せになるんだから」
いつの間にか、大嫌いな言葉を吐いていた。
◯
「おかあさん、いつかえってくる?」
目覚めた幼い私が聞いて来る。
「そうだね、あと二時間くらいかな」
時計を見ると十五時を回っていて、もう少しでお母さんも帰って来るだろう。
「にじかん?」
「この長い針が二周したら二時間だよ」
時計をジッと見ると、次に外を見た。
「おそとであそびたい」
きっと、家の中にいて不満だったのだろう。
いつもは幼稚園で友達と遊んでいるから、体力が有り余っているのかもしれない。
「ごめんね、今日はお家で過ごさないといけないんだ」
「んー……、じゃあ、ベランダいきたい」
まあ、それくらいならいいかな。
私は幼い私を抱っこしてベランダに出る。
曇天の空で景色は微妙だけど、開放感があって気持ちが良い。
これで、不安な気持ちも無くしてくれたらいいのだけれど、そうはならなかった。
寧ろ悪化してしまった。
「焦げ臭い?」
景色を眺めていると、どこからか焼けるような臭いが漂って来た。
どこからだろうかと下を覗き込むと、階下の方から煙が上がっているのが見えた。
血の気が引く。
「火事だ」
呟いいて、頭が真っ白になる。
逃げないと、消防に連絡しないと、他の人達は気付いていない? あの部屋の人は? それよりも警報器を鳴らさないと。でも、外に出るの?
「おねえちゃん?」
その声にハッとする。
「けっ携帯⁉︎ 香織ちゃん、外に出る準備して!」
部屋に戻って携帯を取ると消防に連絡する。
どうやら、他にも連絡があったようで出動しているという。それと同時に、マンションに警報が鳴り響く。
携帯と鞄を持つと、幼い私に靴を履かせて外に出る。
そこには、他のマンションの住人も避難の為に階段に向かっている。
煙は上がっているけれど、まだそこまで広がってはいない。
これなら、避難には十分に間に合う。
並んで階段を降りていると、消防車が到着するのが見えた。
私が通報して五分と経っていなかった。
「ねえ、なにがあったの?」
「下の階で火事があったんだ、今は避難してるんだよ」
外に出たくはなかったけれど、こればかりはどうしようもない。
マンションを出ると、避難した人達が見上げていて、四階の一室で火の手が上がっていた。
幼い手が、私の手を強く握る。
不安そうな表情を浮かべていて、非日常の出来事に恐怖しているのだろう。
私は目線を合わせて、「大丈夫だよ」と言って安心させると、母さんに電話を掛ける。
「お母さん、マンションで火事があって今外に出てる」
『火事⁉︎ 大丈夫なの⁉︎』
「避難してるから大丈夫、近くの公園にいるから」
『分かった。私も直ぐに帰るから、二人でいてね!』
「うん、お母さんも気を付けてね」
「おかあさん、はやくかえってきてね!」
幼い私の声に、お母さんは『直ぐ帰るよ!』と反応していた。
電話を切ると、私達は道の先にある公園に向かう。
同じ方向にある、商業施設に向かう人達は、みんな不安そうな表情を浮かべていた。
直ぐに鎮火すれば問題なく家に戻れるのだろうけど、もし燃え広がったら帰る場所が無くなってしまうのだから、それは不安にもなるだろう。
公園に到着すると、幼い私は割と元気だった。
これまで家の中にいたというのもあるけれど、外で遊ぶのが結構好きだったのかもしれない。今の私からは、想像も出来ない活発さだ。
「もっとおして!」
「行くよ!」
背中を押してブランコを揺らす。
楽しそうにはしゃぐ幼い私を見ていると、このまま何事もなく終わるのではないかと思えて来る。
運命なんて嘘。
そんな物、あるはずがない。
公園で遊んでいると、曇天の空から雨が落ちて来た。
タイミングが悪いなと思いながら屋根のある場所に移動すると、あっという間に土砂降りに変わってしまった。




