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門司港タイムトラベル  作者: ハマ
1.黒崎香織タイムスリップ

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6/15

6

 世界に色が戻る。


「どう、なったの?」


 本当に過去に戻れたのだろうか?

 とてもじゃないけど、そんな気がしない。


 トンネルの先から、人が歩いて来るのが見える。

 振り返ると、ジャージ姿のお爺さんが歩いていた。


「スマホが無くなってる」


 サーッと血の気が引くのを感じる。

 それは、過去に戻れたとかではなく、単にスマホが手元に無くて不安に感じているからだ。


 まさか、私自身こんなにスマホに依存しているとは思わなかった。


「待って、そうじゃない。そうじゃない……どうなったの?」


 あの青白い世界は、明らかに異常だった。

 もしかしたら、本当に成功したのかもしれない。

 確かめたいけど、スマホを失った私にその手段は無い。

 人に尋ねようにも、不審者と思われるのが怖くて聞けない。


「外に、外に出よう」


 家に帰れば分かるはずだ。


 来た道を引き返して、地上に出る。

 そこで大きな異変があった。


「明るい?」


 外には青空が広がっていて、昼間のように明るかった。

 事務所に飾ってある時計を見ると、十三時十分を指していた。


「本当に、過去に戻れた?」


 喉が渇く。

 望んでいたはずなのに、急に怖くなってしまう。


 本当に? 本当に過去に来た?


 呼吸が荒くなる。緊張と恐怖から、綺麗な景色が滲んで見える。

 立ち眩みがして、立っていられずにしゃがんでしまう。


 まだ戻れたと決まったわけでもないのに、私はこの世界に恐怖している。


「どうかしたの?」


 そんな私に誰かが声を掛けてくれる。


 その声音がどこか懐かしくて、安心出来る物だった。

 誰だろうと見上げて、思わず息を呑んだ。


「あっ……」


「もしかして貧血? 立てる? ベンチあるから、そこまで動ける?」


 私は反応出来ずに、女性の顔を見入ってしまう。


 これまで何度も写真で見て来た顔。

 思い出の中にある、優しく笑う顔。

 どれだけ望んでも、二度と見れないと思っていた人がそこにいた。


「……お母さん?」


「え?」


 お母さんは、背後を見て誰もいないのを確認して、再び私を見る。そして、自分自身を指して、「私?」と尋ねて来る。

 思わず頷くと、お母さんはおかしそうに笑い出した。


「あははっ! まさか母親に間違われるなんて思わなかった。でもごめんね、私もお母さんだけど、あなたの母親じゃないのよ」


 笑っているお母さんは私を立たせると、ベンチに誘導する。

 そこに座らせると、自販機で水を買ってくれた。


「症状は治ってるね、顔色も回復してる。もう少し良くなるまで一緒にいてあげたいけど、娘を迎えに行かないといけないのよ。体調が優れないようだったら、我慢せず病院に行きなさい」


 それだけ告げると、じゃあねと手を振って去って行った。


 私は、離れて行くお母さんの後ろ姿を見ていることしか出来なかった。


「……お母さんだった。あの人、お母さんだった、よね?」


 鞄から写真を取り出して、もう一度顔を確認する。


 見間違えるはずが無かった。

 何度も何度も見て来て、熱望していた人なんだ。


「うっ……ひっく……本当に、お母さんだった……」


 涙が落ちて、写真を濡らす。

 我慢したくても、次から次に落ちて行く。

 あの時は雨が降って助かったけれど、今日は期待出来そうもない。


 でも、今はそれが嬉しかった。



   ◯



 気持ちが落ち着くと、私はお母さんの後を追う。

 とはいっても、それなりの時間が過ぎていてまず追い付けない。


「もう、マンションに帰っているかな? ……あれ、マンションは?」


 家に帰っているかもしれないと向かうのだけれど、そこにマンションは無かった。

 代わりに。建設中の看板と完成予想図のマンションの絵柄が掲げられていた。


 これはどういうことだと考えて、遥か昔の記憶を呼び起こす。


「そうだ、あの時はまだ門司に住んでたんだった」


 門司港に引っ越したのは、お母さんが事故で亡くなってからで、それまでは門司に住んでいた。


 門司は、門司港から二駅離れた所にあって、かなり整備された地域だ。


 門司港駅に向かう為に門司港レトロの中を通って行くのだけれど、そこで現在に無い物を発見してしまった。


「なにあの船?」


 門司港レトロの内海に、木製の船が浮かんでいた。

 幟には焼きカレーの文字と、スキンヘッドの男性の顔が描かれている。


 クルーズ船があるのは知っているけれど、こんな船は見たことが無い。


 そう思ったのだけれど、船に掲げられた店名を見て理解した。


「あのお店って、船でやってたんだ」


 それは、ある芸人の父親が経営する焼きカレーのお店の名前。

 お店の扉付近に、芸人の等身大パネルが置いてあり、経営方針は今も昔も変わらないのだと教えてくれる。


 立ち止まったついでに、一度昔の門司港レトロ内を見回してみる。


 見た景色は、それほど今と変わっていない。

 でも、それが心地良くて、なんだか安心してしまった。


 駅に到着すると、いつも通り改札を抜けようとして、スマホが無いのを思い出す。


 切符を購入したいのだけど、券売機を久しぶりに使うので、どれを購入していいのか分からず迷ってしまった。


 何とか見付けると、お父さんから貰った五千円札を使い購入する。


 危なかった。もしも五千円を貰っていなかったら、徒歩で向かわないといけなくなる所だった。


「お父さんありがとう」


 まさか、あの時使わなかった五千円が、こんな所で役に立つとは思わなかった。


 電車の時刻表を見るに、お母さんが乗ったのは前に出発した電車だろう。

 次の電車が来るまで、ベンチに座って待つ。

 何だか落ち着かなくて、周囲を見渡してしまう。

 スマホが無いというだけで、ここまで手持ち無沙汰になるとは思わなかった。


 駅のホームには何人かいて、半数がスマホを持ち、もう半数は今では絶滅危惧種となったガラケーを使っている。

 柱には金曜日と日付が記されていて、写真を撮った日と同じだった。


 心を落ち着けるように深呼吸をする。

 息を吐き出すと、これからどうするべきなのかを改めて考える。


 ただ、お母さんに会いたい一心で来てしまったけれど、具体的にどうするのかなんて考えていなかった。

 そもそも、成功するなんて微塵も思っていなかった。


 真正面から言っても、タイムスリップして来たなんて言っても誰も信じないだろう。警察を呼ばれて、異常者として捕まってしまう。

 事故から守ろうにも、大型ダンプからどうやって逃げたらいいのか分からない。可能なのは、その道を行かせないことだけれど、信じてもらえるとは到底思えなかった。


 いろいろと考えていると、電車がやって来る。

 門司までは、十分も掛からない距離。

 結局何も思い浮かばずに、目的地に到着してしまった。


 とりあえず、当時住んでいた家に行こう。


 駅を出ると、門司港や小倉とは違った光景が広がる。

 大きなマンションが並び、住宅地も綺麗に整備されている。

 ここのどこかに、私が当時住んでいた家があるはず。


「……待って、私覚えてない」


 住んでいたのは、確かマンションだった。

 内装は覚えているのだけれど、外観や何階に住んでいたのかまるで思い出せない。


 唯一覚えているのは、幼稚園の場所だけ。


 考える必要は無かった。目的地を変えて、幼稚園に向かう。


 時間も時間なので、もう居ないかもしれないけれど、諦めるわけにはいかなかった。


 幼稚園が近くなると、子供達の声が微かに聞こえて来る。

 この道を通ると、どうしてか懐かしくなる。


 子供達が統一された制服を着て、お迎えが来るのを待っていた。


「あれって、私だよね?」


 その中に、幼い私がいるのを発見する。

 自分で言うのも何だけど、とても可愛いらしい。

 鞄に付いた小さなぬいぐるみが気になるのか、しきりに触っており、手を離しては周りをキョロキョロと見回している。


「そういえば、よくやったっけ」


 私は不安になると、人形に触れて気持ちを落ち着かせていた。

 今は、お母さんが迎えに来てくれるのか分からなくて、不安になっているんだろう。


「香織ちゃん、お母さん来たよー」


 幼稚園の先生が、幼い私に呼び掛ける。

 すると、パァーッと笑顔を浮かべて門に走って行く。


「おかあさん!」


「香織、楽しかった?」


「うん! あのね、きょうね、絵をかいたの!」


 幼い私は、絵を広げてお母さんに見せる。


「わあ、上手に描けたね! こっちがお父さんで、こっちがお母さん? それと、真ん中は香織だね」


「みんなでブランコにのってるところ!」


「おお! 本当だ。じゃあ、上手く描けた記念に写真撮っておこうか」


 お母さんはスマホを取り出して、楽しそうに写真を撮る。

 すると先生が声を掛けて、「写真撮りましょうか?」と気を利かせていた。


「あっ、この場面……」


 持っている写真と見比べる。

 目の前では、写真と同じ光景が起こっていた。


 お母さんと幼い私は、先生に挨拶をすると幼稚園から離れて行く。


 私は、二人の後を追った。

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