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門司港タイムトラベル  作者: ハマ
1.黒崎香織タイムスリップ

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5/22

5

 ずぶ濡れの姿で電車に乗るけれど、時間帯が良かったのか乗客は少なかった。


 スマホを見ると、北方さんから連絡が来ているけど、無視してラジオを付ける。

 昼間のラジオを聴くのは、初めてかもしれない。


 どんな人達なんだろうと耳を澄ませていると、小倉駅である光景を目の当たりにする。


「お父……さん?」


 帰りが遅くなると言っていたお父さんが、駅のプラットホームにいた。

 それはいいのだけれど、隣に女性の姿があった。

 会社の同僚かもしれないけれど、その距離感がおかしい。

 とても近い位置に立って笑顔で会話をしており、二人の世界に入っているかのようだった。


 二人は、隣の車両に乗り込む。


 心が冷えて行くのが分かる。

 体が反応して、寒いと震えてしまう。


 嫌なことが頭の中を駆け巡る。

 考えないようにと意識しても、いろんなことが浮かんでしまう。


 もし、お父さんがあの人と結婚したら?

 私がいたから、お父さんはこれまで一人だったの?

 私がいなかったら、お父さんは次に進めてたんじゃ?

 私がお父さんから、お母さんを奪ったから。

 私がいるから、みんな不幸になる。


 私は立っていられなくて、誰もいない車両の隅で蹲ってしまった。


 動けるようになったのは、終点に着いた頃だった。

 お父さんと女の人は、門司港駅にはいなかったから途中で降りたのだろう。


 マンションに着くと、濡れた制服を脱いでぼうっと過ごす。


 スマホには相変わらず着信とメッセージが来ている。

 見る気も起きなくて、スマホの電源を落とす。

 薄暗い部屋で、何も出来ずに涙だけが溢れて来る。


 視線を動かすと、写真立てが映る。

 それは玄関にある物と違っていて、幼い私が下手くそな絵を広げて、お母さんと二人で写っていた。

 お母さんが亡くなる三日前の写真。

 二人とも、幸せそうに笑っている写真。


 もし、お母さんが生きていて、こんな私を見たらなんて言うだろう。


「お母さん……」


 会いたい。

 お母さんに会いたい。


 成長した鏡に映る姿が、なんて言う人もいるけれど、そんな下らないまやかしはいらない。


 ただ、お母さんに会いたい。


 でも、それは許されない。


 本当に?


「……過去に戻れる?」


 荒唐無稽な作り話として切り捨てた噂話。

 浅野さんが言っていた過去に戻る方法。


 きっと、この時の私はおかしくなっていたんだろう。


 こんな夢物語に縋ろうとしているのだから。


 起き上がると、シャワーを浴びて準備を始める。


 今晩は満月。

 過去に戻れるという条件に合致する。


 頭の中で、他の条件を確認して行く。


 戻りたいと思う過去の写真を持つ。

 二十時ちょうどに、関門トンネルの中央を通過する。

 電子機器を持っていてはいけない。


 満月の日と合わせて、四つの条件を満たさないといけない。

 

 難しい条件もあるけれど、不可能とも言えない条件。


 リビングの写真立てから、私とお母さんが写った写真を取る。


「……これって、お父さんとお母さん」


 取った写真の裏には、若い頃の二人の写真が潜められていた。


 窓から陽が差し込み、写真を照らす。


 どうして、お父さんがこんな隠し方をしているのか知らない。だけど、写真に写る二人はとても幸せそうに見えた。


 外に視線を移すと、雨が上がり晴れ間が見え始めていた。



   ◯



 マンションを出ると、門司港レトロの近くを通って和布刈公園に向かう。

 直接行かないのは二十時まで時間があって、不審に思われると困るから。


 夜、一人で出歩くのは初めてかもしれない。

 門司港レトロとは違って灯りが乏しく、別世界のように思える。

 夜景を目的にしているのか、車両が和布刈公園の坂を登って行く。


 前は二人で登った道を一人で歩く。


 息が切れる。

 この前は平気だったのに、どうしてか今はこの坂が辛い。

 やっとの思いで登り切ると、駐車場には少なくない車が止まっていた。

 それだけの人達が、夜景を見る為にやって来たのだろう。


「……綺麗」


 その景色に圧倒される。

 暗い海の上に、ライトアップされた関門橋。その先に見える下関市の光は、心を掴まれるほどに美しい。

 流石は、日本夜景遺産といったところだろう。

 昼と夜の境目の景色も、とても綺麗だと思ったけれど、夜景はまた一段と心を奪われる。


 私は、この夜景を初めて見る。

 近くにあるというのもあって、いつでも見れるからと、これまで行くのを拒んでいた。

 この景色を見て、とても勿体無いことをしていたんだなと後悔してしまう。


 これまでの損失を取り戻すように、私はこの景色を胸に刻み続けた。



 スマホが鳴る。

 着信は止まっていて、最後のは二時間前の物になる。

 メッセージも無視して時間を確認すると、十九時を回ろうとしている所だった。


 公園から降りると、今度は和布刈神社に向かう。


 夜というのもあり人の姿はなく、代わりに神聖さと不気味さが混在した空間を作り上げていた。


 祭る神様は、月の女神である『瀬織津姫』。

 潮の満ち引きを司る、導きの女神様なのだそうだ。


 波の音を背にして、社の前に立つ。

 財布から小銭を取り出すと、賽銭箱にそっと入れて願う。


「……どうか、お母さんに合わせて下さい」


 無理なのは知っている。それでも、願わずにはいられない。


 もしも、お母さんに会えるのなら、私は消えてしまってもいい。お母さんを助けられるのなら、私は死んでしまってもいい。


 必死に願っていると、波の音が突然消えた。


「え?」


 目を開けると、世界が青白くなっていた。


 思わず後退ってしまい、階段から落ちそうになる。

 何が起こっているのか分からず、辺りを見回すけれど、色と音意外に変化は無い。

 海を見ると、波は立っているしタンカーも動いている。

 橋を見れば、車両の明かりが動いており、世界が動いているのだと教えてくれる。


 明らかに異常なことが起こっている。


 それなのに、私自身がこの変化に恐怖していない。


 初めこそ驚きはしても、怖いとどうしても思えない。


 理由は分からない。でも、向かうべき場所は分かっている。


 関門トンネルの人道に向かう。

 建物には灯りが点いているけれど、人がいるような気配は無い。

 エレベーターのボタンを押して乗り込むと、トンネルのある地下六十メートルまで下降する。


 エレベーターを降りても、世界は青白いままで、まるで夢の中にいるような感覚に襲われる。


 エレベーターを降りて右手には、門司港を紹介するパネルが並び、下関からやって来る人達を歓迎している。

 きっと向こう側にも、下関を紹介するパネルが並べられているのだろう。


 時計を見て時刻を確認すると、十九時五十四分を回ろうとしていた。


 二十時まであと五分。


 トンネルの距離は七百八十メートルあり、中央に到着するのはちょうどいいか、やや早いくらいだろう。


 浅野さんは、中央を通る時に電子機器を持っていてはいけないと言っていた。なら、途中まではいいはずだ。


 誰もいないトンネルを歩く。

 私の足音だけが、トンネル内に異様に響く。

 壁に描かれた海の絵は、愛嬌があって可愛いく、余裕があるのならゆっくりと見て行きたかった。


 しばらく歩いていると、境目の印でもある白い境界線が見えた。


 逸る気持ちを抑えて、私は境界線の前に立つ。


 境界線の壁には、本州『下関』と九州『門司』が矢印と共に記されており、ここが県の境目だと教えてくれる。


 スマホと腕時計を外すと、壁際に置いて深呼吸する。


 過去に戻る。

 それは、荒唐無稽でしかない。

 でも、この異常な世界でなら、出来るんじゃないかと思ってしまった。


 鼓動が早くなる。

 横目でスマホを見ると、五十九分を表示していた。


 でも、あと何秒なのか分からない。

 誤差はどれくらいまでいいのだろう?

 少しでも許されるなら、二十時に変わった瞬間に越えよう。


 そう思っていたら、着信が鳴った。

 時計は消えて『北方』の文字が表示されている。

 着信を消そうにも、距離があって届かない。

 その間に時間が過ぎてたら、ここまで来た意味が無い。

 こうして迷っている間にも、二十時を過ぎているかもしれない。


「もうっ⁉︎」


 私は境界線を跳ぶ。

 

 次の瞬間、世界が元に戻った。

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