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門司港タイムトラベル  作者: ハマ
1.黒崎香織タイムスリップ

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4/15

4

 いつも通りの日常に戻る。

 朝起きて準備をして、お父さんが仕事に出るのを見送る。


 一人になったリビングで朝食を食べて、家を出る。


 真っ直ぐ門司港駅に向かい、ぼうっと電車を待つ。


 電車に乗ると、ラジオを聴きながら時間を潰す。


 教室に着くと、顔に笑顔を張り付けて挨拶をして行く。


 青葉君とも、それとなく会話をしてやり過ごす。


 これまで通り、何も変わらない。

 他人とは程よい距離感を保ち、深くは入り込まないようにする。そして、私にも入り込ませないようにする。


 こんな面白味のない私からは、青葉君もいずれ離れて行くだろう。


 それでいい。

 その方がいい。


 そんなことを思いながら、日々を過ごす。


 付き合って二十六日が経った頃、青葉君はあることを言い出した。


「黒崎さん、俺のこと輝樹って呼んでいいから、俺も香織って名前で呼んでいい?」


「うん、いいよ」


 軽く了承するけれど、私が彼を名前で呼ぶことは無いだろう。


 青葉君が「香織」と親しげに呼んきても、「青葉君」と呼び返す。

 彼は不満そうな顔をするけれど、まだ慣れていないだけだと言い訳をする。


 そんな私達の下に、北方さんが興味津々といった様子でやって来る。


「名前で呼び合ってるの? 羨ましい〜。でも青葉君ってさ、輝樹っていうより、青葉君だよね?」


 それには激しく同意する。

 青葉君は、かっこいいというより可愛い系。

 申し訳ないけれど、輝樹というイメージではない。


「何だよそれ、ちょっと酷くない? 俺の名前だよ、親にもらった大切な名前なんだよ」


「あははっ、ごめんごめん。まっ、黒崎さんが慣れるまで待ってあげなよ。彼氏なんでしょ?」


「うん、まあ……。次の休み、デートしてくれるなら許す」


 青葉君が真っ直ぐに見て来る。

 先週はテスト期間というのもあり、遊びに行けなかった。

 その為のお誘いなのだろう。


「まあ、それくらいならいいかな……」


「んじゃ決まり」


 こうして次の週末の予定が決まった。




 午後の授業が始まる前に、お手洗いに向かう。


 用事を済ませて出ようとすると、話し声が聞こえて来て、出るに出られなくなった。


 その女子達の声には聞き覚えがある。

 同じクラスの子達で、青葉君に告白された時に、一緒にいた人達でもある。


 私は、息を顰めて出るタイミングを窺う。

 だけど、そんなタイミングなんてやって来なかった。


「ねえ、青葉っていつまで続けんのかな?」

「ああ、あれっしょ、黒崎と付き合ってるやつ」

「そうそう、遊びなんだから、さっさと別れたらいいのにね」

「いや、あれ案外マジになってるかもよ」

「そんなわけないっしょ。黒崎ブスだし、見る目無いって」

「あー、あんた青葉のこと好きなん? だから嫉妬してんだ」

「んなわけないっしょ。いつまで続けるか気になっただけだし」

「はいはい、もうバレバレ。そんなに好きなら、告ればいいじゃん」

「だから違うって⁉︎」

「ムキになって怪しい。まっ、罰ゲームなんだから、そのうち別れるっしょ」


 しばらくの間、彼女達の会話は続き、チャイムが鳴る少し前に出て行った。


 チャイムが鳴り響く。

 私は出るタイミングを見失ってしまって、いまだに動けずにいた。


「…………馬鹿みたい」



   ◯



 よくよく考えてみると、別に落ち込むようなことではなかった。

 私も早く別れようとしていたのだから、お互い様だろう。


 これまで通り、顔に笑顔を張り付けておけば、これまでと何も変わらない毎日が待っている。


 そうだ。何も変わらない。それで良い、もうそれで良い……。


 一限サボってしまったけれど、先生に体調が優れなかったと伝えたら、すんなりと受け入れてくれた。


「香織、何かあったのか?」


「別に何もないよ、ただ気分が悪くなっただけだから」


 私が知らないと思っている青葉君は、これまで通り彼氏らしく心配した振りをする。だから私も、それらしく振る舞う。


 笑顔で、誰も不快にさせないように注意して、ただやり過ごす。


 何も変わらない、いつも通りのやり取り。


 そのはずなのに、他人の機微に敏感な人には気付かれてしまうのだろう。


「……黒崎さん、誰かに、何か言われたりした?」


 それは、北方さん。


 同性なだけあって、少しの変化にも気付くのだろう。

 でも、それがなおのこと、私の感情を揺れ動かす。


 あなたも知っていた癖に。

 それどころか、私を嵌めた張本人。

 睨みそうになるのを必死に我慢して、笑みを浮かべる。


「本当に何もないよ、気にしないで」


 浮かれている私を見て面白かったか?

 そう聞きたかったけれど、私には許されない。

 これからは、極力関わらないようにしよう。この人達は、人を馬鹿にして遊ぶ最低な人種なのだから。


 今日の授業も全て終わり、家に帰る。


「香織、一緒に帰ろ!」


「ごめん青葉君、今日用事があって急いで帰らないといけないんだ」


「えっ、そうなん?」


「ごめんね」


 鞄を持つと、足早に教室を後にする。

 誰かの笑い声が聞こえた気がするけれど、そんなのどうでもよかった。

 今はとにかく、あの空間にいたくなかった。


 電車に乗ると、気持ちを落ち着けるようにラジオを付けて景色を見る。

 軽快なトークは相変わらずで、とても聞き取りやすいのだけど、何故だか頭の中に入って来ない。


 悔しいと思うべきじゃない。

 お互い様なのだから、私に怒る権利は無い。


 ただ、下らないことに巻き込まれてしまったと思うべきだ。

 それだけの出来事だったと、思っておけばいい。


 深呼吸をして心を落ち着かせる。


 空を見ると、白い月が浮かんでいた。



   ◯



 淀んだ空の色。

 今にも雨が降って来そうで、私は傘を持って家を出る。

 電車を待つ間に天気予報を確認すると、夕方まで雨予報だった。

 せめて、学校に着くまで持ってくれたらなと思うのだけれど、途中から雨が降り始めてしまった。


 電車の扉が開く度に、雨の匂いが入って来る。


 この匂いにも名前があって、ペトリコールと呼ばれている。

 確かギリシャ語の言葉だったはずだ。

 そんな名前があるなんて素敵だなと、一人で感動したのを覚えている。


「……誰に教えてもらったんだっけ?」


 幼い頃に教えてもらったのは覚えているけど、その人物が思い出せない。

 両親でもなくて、幼稚園の先生でもない。

 祖父母だろうかと考えるけれど、どうにも違う気がする。


 誰だっただろうかと思い出そうとしていると、浅野さんと目が合った。

 私は即座に笑顔を張り付けて、会釈をする。


 すると、浅野さんは近付いて来て、私の前に立つ。


「ねえ、そんなに自分を偽って楽しい?」


 最初、何を言われたのか分からなかった。

 それもジワジワと理解すると、いつの間にか私の盾は外れていた。


「楽しいわけないじゃない」


 そう冷たく言い放つと、浅野さんは驚いた顔をする。


 一体何を言っているんだろう。

 こんなの、ただの処世術でしかないのに。

 そこに、楽しいなんて思いは無い。


「そう、無理はしないでね」


 浅野さんはそう言うと、私から離れて行った。


 私は再び笑顔という名の盾を張り付けて、学校に向かう。



 午前中の授業を終えて昼休み、これまで通り青葉君と教室で昼食を取る。

 雨というのもあり、半数は教室に残っていた。


「今度の休み、どこ行こうか?」


「どこでもいいよ」


「それが一番難しい。どこでもいいなら、俺の家になるけど、それでもいい?」


「それは嫌かな」


 身の危険を感じるような場所には行きたくない。


「映画でもいい? 何か好きなのある?」


「最近のは分からないから、話題のでいいんじゃない?」


「話題のね……どれ系がいい?」


「何でもいいよ」


「だから、それが難しいんだよなー」


 頭を抱える青葉君。

 一体何に頭を悩ませているのだろう。

 適当に選んで、時間を潰せばいいのに、わざわざ悩む理由が分からない。


 青葉君を見ていると、スマホがメッセージが届いたと知らせて来る。

 それはお父さんからで、帰りが遅くなるという内容だった。


 画面を消して黒くすると、そこに私の顔が映った。

 口は弧を描いているのに、目が笑っていない。

 まるで、能面のようだと思ってしまった。


 ふと、浅野さんの言葉を思い出す。


『自分を偽って楽しい?』


 大きなお世話だ。

 でも、ここで本心を話せたら、どんなに楽になるだろう。


 そんなことを考えてしまったせいだろう、衝動的に口が動いていた。


「ねえ、この遊びいつまで続けるの?」


「……え?」


 青葉君は、何を言われたのか理解出来ていない顔をする。

 私も下手なこと言ってしまったなと後悔するけど、もういいかと開き直ってしまった。


「話し聞いたよ。カラオケで私に告白したの、あれ、遊びだったんでしょ? みんなでグルになって、酷いよね」


「えっ、いや、違っ……」


 青葉君は、気まずそうに視線を逸らす。

 もしかしたら、違ってたのかもと思ったけれど、どうやら本当だったらしい。


「それで、どうするの? このまま、恋人ごっこ続けた方がいい?」


 いつの間にか、私達に視線が注がれている。

 大きな声で言ったつもりはなかったけれど、よほど人の興味を引く話題のようだった。


「もう終わりでいい?」


「それは……」


 早く答えてほしい。

 私としても、そんなに注目を浴びたくはない。


「……ごめん」


「いいよ、気にしてないから。……最低」


 最後の言葉は、私に向けた言葉。

 被害者ぶっている自分に対する嘲笑。


 青葉君はそう受け止めなかったかもしれないけれど、もうそれもどっちでもいい。


 私は鞄を持って席を立つ。


「気分が悪くなったから、私帰るね」


「あっ、待って……」


「なに?」


「いや、俺は……」


「用が無いなら話し掛けないで」


 しばらく待っても、何も言って来なかった。

 それが青葉君の答えで、今のが私の返事。


 もうこれで、青葉君との関係も終わり。

 クラスメイトにも知られてしまったから、明日には笑い話として広まっているだろう。


 教室を出ると、北方さん達とすれ違うけれど、無視して通り過ぎる。

 

 どうやら今の私には、笑顔を張り付ける余裕も無いらしい。


 外は雨が降っているのに、傘を教室に忘れて来てしまった。


「最悪……」


 でも、顔を隠すのには、ちょうど良かった。


 

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