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門司港タイムトラベル  作者: ハマ
1.黒崎香織タイムスリップ

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3/15

3

 カラオケ店を出ると、北方さんに謝られた。


「黒崎さんごめんね。青葉君に相談されてて、断り切れなかったんだ」


 それならせめて、逃げ道のある場所にして欲しかった。


 私は、青葉君と連絡先を交換して別れた。

 もう時間も夕方六時を過ぎていて、家に帰り着く頃には七時を回っているだろう。

 まだ帰ってないと思うけれど、念の為お父さんに今から帰るからと連絡しておく。


 お父さんが帰って来るのは、大体十九時から二十時の間。

 だから気にする必要は無いのだけれど、もし早く帰って来ていたら、お父さんは心配するだろう。だから念の為。


 帰りの電車の中でも、私はラジオを聴く。

 この時間帯も、男女のパーソナリティが担当している。軽快な会話劇に、笑いそうになるのを必死に我慢して、夜の景色を眺める。

 これだけで、さっきまでの出来事が嘘だったかのように思えて来る。


 だけれどそれも、スマホが震えて現実に戻される。

 少しだけ画面を見ると、青葉君からメッセージが届いていた。

 駅に停まった時に内容を確認すると、それは次の休みの予定を伺う内容だった。


『何も無いよ』


 そうメッセージを送ると、直ぐに返答が来た。


『じゃあ、次の休み門司港で遊ばない?』


 どうして門司港なのだろう? 遊ぶのなら、小倉の方がいいのではないだろうか? それに、門司港で遊ぶとしたら、観光地でもある門司港レトロしか思い浮かばない。

 その思いを告げると、『黒崎さんが暮らしている場所を見てみたい』と、どう捉えたらいいのか分からない返答をいただいた。


「まあいっか……」


 地元を案内するくらいの気持ちでいればいいだろう。そう割り切って、了解のスタンプを送る。


 直ぐに待ち合わせの時間と場所が送られて来て、それもスタンプで対応する。


 メッセージを終えてスマホを戻す。

 また景色を見ようと窓を見ると、そこには笑みを浮かべている私がいた。



   ◯



 高校では、いつも通り笑顔を張り付けて過ごす。

 そこに青葉君という彼氏が加わっても、この習慣は変わらない。


 だって彼が惹かれたというのは、この笑顔を張り付けた私だから。


 別れるその時まで、私はこの笑顔を張り付けていようと思う。


 金曜日が終わると、青葉君と遊ぶ日がやって来る。


 待ち合わせは朝の十時からで、多くの観光客がやって来る時間帯でもある。


 私はいつもはしないメイクをして、季節に合った服装を選ぶ。


「どうしたんだ? 今日は友達と遊びに行くのか?」


 いつもと違う私に気付いたのか、お父さんが聞いて来る。


「うん、ちょっとね……」


 そう言葉を濁すのだけれど、それもいつもと違った反応だったのか、何かに気付いたようだ。


「なんだ、彼氏でも出来たのか?」


「ちがっ……」


 冗談っぽい言い方。

 簡単に返したら良かったのだけれど、少し言い淀んでしまった。

 おかげで、お父さんがうざい反応をする。


「おおっ⁉︎ 香織にもついに彼氏が出来たのか⁉︎ どんな子だ? 同じ高校の男の子か⁉︎」


「うっ、うるさい⁉︎ そんなんじゃないから⁉︎」


 否定してもお父さんは信じない。

 それどころか、自分の財布を取り出して旧札の五千円を渡して来る。

 お父さんは現金主義で、普段からお金を持ち歩いている。というのはどうでも良くて、五千円を無理矢理押し付けられて、私は受け取るしかなかった。


「いってらっしゃい、楽しんで来いよー」


 いつもは見送る側なのに、今日は送り出される。

 私は五千円を小銭しか入ってない財布に納めて、マンションを出た。


 外に出ると、いつもと違うように感じる。

 天気も良くて休日というのもあり、観光で来た人達の姿で賑わっているからかもしれない。


 いつもの慣れた道を行き、門司港駅に到着する。

 そこには、多くの人が駅の写真を撮っており、前にある噴水では子供達が遊んでいた。


 時計を見ると、少し早く着き過ぎたみたいだった、

 駅にあるベンチに座って、スマホを見て時間を潰そうとする。なのだけれど、彼も早目に出ていたのか、もう直ぐ着くと連絡があった。


 電車がやって来る。

 観光客らしき人達に混ざって、青葉君の姿を見つけた。

 声を掛けようかと思ったけれど、彼も気付いたようで私を見て動きを止めていた。


 その顔はどういう意味だろうか?


 驚いた顔と言えばそれまでだけど、私を見てのリアクションとしてはおかしくはないだろうか。


 反応を促す為に手を振ると、青葉君は動き出して改札を出て来る。


「あの、黒崎さん、だよね?」


「どうして疑問系? そうだけど……」


「ごめん! 学校と違っていたから、驚いたんだ」


「そりゃ私だって、休みの日くらいお洒落するよ」


「あっ、いやそうだよね。……じゃあ、行こうか」


 いつもと反応が違うのは、青葉君も同じではないかと思ってしまう。


 私が前に立つと、「こっち」と行き先を誘導する。

 駅を出ると、門司港名物の焼きカレーの匂いが漂って来る。

 この匂いには、分かっていても反応せずにはいられない。それは青葉君も同じで、「お腹空くな、この匂い……」とお店に熱い視線を送っていた。


 私が案内するのは、やっぱり門司港レトロになる。

 観光名所なだけあり、見どころも多いから。

 

 レンガ調の建物に歴史的建造物、ノスタルジックな街並みに、北九州名物などの美味しい物や、海も眺められるこの場所は、他人にお勧め出来る観光名所だろう。

 少し行けば、景色の良い和布刈(めかり)公園もあって、一日は余裕で潰れると思う。


「人多いな」


「観光地だからね」


 青葉君の呟きにそれとなく返す。

 でも、人が多いのには同意する。

 周りを見れば人だらけ。

 花火大会の日ほどではないけれど、休日の日は結構人が多い。


 観光客に混じって、門司港レトロを歩く。


 私にとっては、見慣れた街並みなのだけれど、いつもより綺麗に見えた。


 駅から港まで行き、ショッピングが楽しめる海峡プラザの前を通る。


 そこには、バナナマンとバナナマンブラックという、バナナの格好をした男性の像が立っており、私達を迎えてくれる。


「何これ?」


「バナナマンとバナナマンブラック、門司港の有名なキレキャラ」


「キレキャラ?」


「うんキレキャラ、節電と治安維持が使命なんだって」


「へー……。一緒に写真撮ってもらえないかな?」


「私撮るよ」


「いやいや、黒崎さんも一緒じゃないと意味ないでしょ⁉︎」


 そうだった。

 私は観光名所の案内係じゃなくて、今の所は青葉君の彼女になったんだった。


 誰かにお願いしようとしたら、先に撮影を済ませていた女性が「撮りましょうか?」と気を使ってくれた。


「よろしくお願いします」


「はいはい……はーい撮るよー、二人もっと近付いてー」


 女性に促されると、青葉君が近付いて来て肩を回して来た。

 私は何の抵抗も出来ずに、ただ立っていることしか出来なかった。



 観光地というだけあり、門司港レトロは写真映えスポットが沢山ある。

 午前中はあっという間に過ぎて、『ブルーウィングもじ』というはね橋が上がるのを見学して、食事に向かう。


 門司港に来たということで、焼きカレーを食べるのだけれど、どこも人が多くて並ぶ必要がある。

 その待ち時間は、三十分以上ありそうだ。


「青葉君は、こっちには来たこと無かったの?」


「俺ん家、折尾の方でさ、こっちには花火大会くらいでしか来たことないんだ。それも結構昔だし、和布刈公園の方だったから、ここに来たのは初めてなんだ」


 記憶に無いだけかもしれないけれど、と青葉君はこの話題を締めた。


 他にも、部活や学校での出来事を話題に盛り上がる。


 入った焼きカレー店は、地元出身の芸人の父親が経営するお店。店内にはその芸人のパネルが置かれていて、モニターには芸人の映像が流され続けている。

 焼きカレーの味は、間違いなく美味しい。

 でも、その壁に貼られた芸人の顔が気になって、集中出来なかった。


 午後は海峡プラザの中に入り、いろいろと見て過ごす。

 ここでしか買えないお土産、美味しいスウィーツ、変わった雑貨店、休みの日に行われる各種イベント。

 毎週来ても、飽きることはない。

 全部回るのに、二時間程度と言われている門司港レトロの観光名所だけど、私はここならいつまでもいれる気がした。


「なあ、和布刈公園見に行かない?」


 そう青葉君が言い出したのは、午後四時を回った頃だった。


 まずい、もしかして飽きたのだろうか?

 私は飽きなくても、他の人が飽きないとは限らない。その可能性を考えてなかった。


「……つまんなかった?」


「ああ⁉︎ いや、そうじゃなくて……。前にも行ったからさ、久しぶりに見に行きたいんだよ」


 申し訳なさそうに言う青葉君を見て、私も変な聞き方してしまったと反省する。


「分かった。でも、ここからだと結構歩くよ」


「マジ? バスとか無いの?」


「あるけど、多分、結構待つと思う」


 残念ながら、バスの本数は多くはない。

 待つくらいなら、歩いて行った方が速いだろう。


 どうするのかは、青葉君に任せよう。どちらにしろ、私は青葉君の意見を尊重するつもりだ。だって、今日は私の地元を案内しているのだから。


「歩いて行こうか」


「うん、分かった」


 青葉君の提案に頷いて、早速歩き出す。

 なのだけれど、青葉君は着いて来ない。


「どうかした?」


「あっ、いや、うん行こうか」


 戸惑っていた青葉君は、小走りでやって来た。


 門司港レトロから和布刈公園までは、歩いて二十分と少しの距離。上まで登るとなると、その倍は掛かる。

 この距離をゆっくりと歩いて行く。

 私が意図的に遅くしているとかではなく、青葉君が私に気を使って歩くスピードを落としていた。


 私はそれなりに歩くのは速いのだけれど、それを知らない青葉君は歩幅を短くしていた。


「なんか、道一本挟むだけで、違う世界に来たような感覚になるな」


「そうだね。でも、観光地ってそんな物じゃない?」


 そこにしかない、日常とは違った体験をする。

 それが、観光地に求められている要素じゃないだろうか。


「そっか、それもそうだね」


 青葉君も納得したのか、頷いている。

 でも、何かに気付いたのか、ハッとする。


「でもそれだとさ、ギャンブルもそうじゃない? 競馬とか競輪とかパチンコとかさ」


「行ったこと無いから分かんないけど、そうかもしれないね」


 言われてみれば、確かにそうかもしれないけれど、観光地と一緒にするのはどうだろう。

 それに、青葉君は行ったことがあるのだろうか?


 同意してはみたものの、少し不安になってしまった。


 歩いて行くと、和布刈公園が見えて来る。

 見えて来るとはいっても、それは山の上で、今からこの坂を登らないといけない。


「どうする登る? 関門海峡なら和布刈神社からでも綺麗に見えるけど」


「行く。ここまで来たんだし、あの景色が見たい」


「うん、分かった」


 坂を登って行く。


「黒崎さんって体力あるよね」


「そうかな? 割と普通だと思うけど」


「いやいやこの坂、俺でもきついからね。体力は、ある方だと思うよ」


 どうやら私は、体力があるようだ。


 和布刈公園に到着すると、そこには駐車場がある。更に進むと小さな公園があり、そこでは子供達が元気に走り回っていた。


 私は、その光景から目を逸らして、「こっち」と展望台に向かう。


「……凄いな」


「うん、そうだね」


 第二展望台から見える景色は、とても雄大で美しかった。

 関門海峡に関門大橋を一望出来るだけでも圧倒されるのに、今は昼と夜の境目の時間帯。青と朱と黒が空を彩り、時間が進むに連れてその景色を変えて行く。


「来て良かった」


「うん」


 こんな綺麗な景色を見たのは久しぶり。

 この景色を見せてくれた青葉君には、感謝の言葉しか浮かばない。


 景色を眺めていると、青葉君が私を見ているのに気付いた。


「どうかした?」


「あっ、いや……。綺麗だなって思って……」


 顔が熱くなる。


 この人は、いきなり何を言っているの⁉︎


 戸惑いながらも、何か言おうとして「……ありがと」と小声でしか出て来なかった。


 顔を逸らして、心を落ち着けようとする。

 それだけじゃダメだと、何でもない話をする。


「ここってね、日本夜景遺産にも登録されているんだって。だから、夜景を見に沢山人が来てるんだけど、高所恐怖症の人だと大変だよね」


 自分で何を言っているのか分からなくなる。

 そんな出鱈目な内容なのに、青葉君はちゃんと反応してくれる。


「そうだね、落ちたりとかしたら大変だ」


 反応してくれたのだけれど、そこにどこか余裕があって、何だか悔しかった。


 青葉君はさらに続けて言う。


「でも()()()だよ。落ちたりしたら、俺が助けに行くからさ」


 現実に戻される。


 何を浮かれていたんだろう。


 私に幸せになる資格なんて無いのに。


 仮面のように、笑顔を張り付ける。


「うん、それなら安心だ」


 青葉君に、そんなつもりが無いのは知ってる。

 ただの会話の流れというのも理解している。


 それでも私は、“大丈夫”という言葉が嫌いだった。

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