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最近の満月は昨日だった。
次の満月の日まで、あと二十八日。
「なにやってんだろう……」
嘘の噂話のはずなのに、私は満月の日を確認してしまった。
あと、関門トンネルには車両とは別に人道があるのを思い出した。
お祖母ちゃんが来なくなって、まったく利用していなかったから、すっかり忘れていた。
浅野さんが試したと言っていたのも、恐らく人道の方だろう。
「でも、こんなことあるはずないよね……」
過去に戻れるなんて思えない。
浅野さんも何度も試したけど、成功していないと言っていた。だから、これは嘘だ。
そもそも、過去に戻ったとして、どうやって元の時間に戻って来るのだろう? 一方通行なのだろうか? 過去に戻って、ルールとかは無いのだろうか?
何もかもが曖昧で、現実味の無い話。
私は無理矢理この話を忘れて、元の日常に戻る。
笑顔を作って、人に嫌われないように気を付けて過ごす。
「ねえ香織、帰りにカラオケ行かない?」
ある日、クラスメイトの北方紗奈さんが遊びに誘ってくれた。
北方さんは、とても明るくてクラスの女子の中心的人物だ。この人に嫌われたら、クラスの中では浮いてしまう。
だから私は、
「うん良いよ」
そう笑顔で了承するしかなかった。
学校が終わると、これからカラオケに行く人達で集まって移動する。その中には男子の姿もあり、私は笑みを浮かべて武装する。
笑みを浮かべて媚を売るのではなく、相手を不快にさせないようにして、話を聞き流す為の武器だ。
「黒崎さんって、彼氏いるの?」
移動していると、男子の一人である青葉輝樹君が話し掛けて来る。
しかも、その内容はかなり失礼だ。
「いないよ、青葉君だって私なんかと付き合いたくないでしょう?」
そう嫌味を返すのだけど、青葉君には通じなかったようだ。
「そんなことないって。黒崎さん可愛いから、結構人気だよ」
「本当! ありがとう、嬉しいな!」
そう喜んで見せると、青葉君は「ほんとほんと」と冗談ぽく言う。
実際、今の言葉は冗談なのだろう。
私は、クラスの中での立ち位置を理解している。
顔立ちはお母さんに似て綺麗だとは言われるけれど、目立たないように化粧はほとんどしていない。ここにいる子達の中では、一段落ちる見た目だろう。
友人関係も幅広く仲良くはするけど、踏み込んで誰かと仲良くなることはない。今回誘われたのも、人数合わせなのは理解している。
カラオケ店は、小倉駅近くのアーケード街にあった。
北九州でも一番栄えた場所なだけあり、多くの人が行き交っている。
以前、この近くで火事があったらしく、多くの商店が被害に遭ったようだ。その区画は白いパネルで覆われており、工事を進めているみたいだった。
「黒崎さんこっちだって、早く行こう」
「うん」
何故か青葉君がよく話し掛けて来る。
もしかしたら、気を遣わせているのかもしれないと不安になる。
お互い、無難に笑顔を浮かべているから、青葉君は嫌々この遊びに参加しているのかもしれない。
そう考えると、少しだけ親近感が湧いた。
みんな好きな歌を入れて行き、間が空いた時に私が短い曲を入れる。
流行りの歌が流れる中で、青葉君は地元出身のアーティストの曲を入れる。
「何それ? 古い曲だよね?」
そう女子の一人が指摘するのだけれど、青葉君は自信満々に言い放つ。
「俺のソウルミュージック! 『空に唄えば』聞いて下さい」
私はこの曲を知っている。北九州出身のバンドグループの曲だったはずだ。お父さん達世代に流行ったそうで、家にポスターが飾ってある。
ただ、今も活動しているかまでは知らない。
青葉君の歌は上手かった。
きっとたくさん練習したんだろう。
それに、とても楽しそうに歌っていた。
それからも順繰り歌って行き、二時間ほど過ぎた頃だろうか。
一人、また一人と減って行く。
トイレかな? と思うけれど、どうにも違う気がする。
北方さんが部屋を出て行くと、いよいよ嫌な予感が増してきた。
部屋に取り残されたのは、私と青葉君。
「私、お手洗い行って来るね」
「待って!」
青葉君に引き止められる。
トイレに行きたいと言ったのに、そんな私を止めるとはどういうつもりだろうか。いや、そんなことを考えている場合ではない。
何せ、青葉君はとても真剣な表情をしているのだから。
「ごめん、実は北方にお願いして、この場をセッティングしてもらったんだ」
「……どうして?」
その理由は察してしまった。でも、それを認めるのが怖くて聞いてしまう。
「俺、黒崎さんのことが好きなんだ! お願いします! 俺と付き合って下さい‼︎」
「うえっ⁉︎」
動揺し過ぎて、口から変な声が漏れてしまった。
こういうのは、てっきりメッセージをやり取りして、流れで自然となるものだと思っていた。まさか、こんな真っ正面から告白されるなんて、思いもしなかった。
きっと、勇気を振り絞ってくれたのだろう。
でも、悪いけれど、私は誰とも付き合うつもりはない。
だから断ろうとした。だけど、扉の向こうでこっちの様子を窺っている人達に気付いてしまった。
「……どうして私なの? 可愛い子なら、他にもいるでしょう?」
「黒崎さんがいいんだ。どうしてって言われても、好きになったからじゃダメか?」
「それは……」
顔が熱くなるのを自覚する。
誰とも付き合わないって、好きにならないって決めていたのに、単純な私は今の言葉に喜んでいる。でも……。
「でも、青葉君には、私なんて似合わないよ。もっと良い彼女が出来るよ」
青葉君は、クラスでも人気の男子だ。
私なんかといると、きっと不幸になる。
だから、それとなく一歩下がって距離を取る。
諦めてくれと、みんなの前で恥かかせてごめんと謝りながら、私は目を伏せた。
でも、それも無駄だった。
青葉君は逃がす気がないのか、距離を詰めて来る。そして、
「なら俺は、黒崎さんがいい。お試しでもいいから、俺と付き合って下さい!」
目の前で、そう告げられてしまった。
近くの扉が少しだけ開く。
そこには、北方さん達の顔があり、私達の結末を見届けるつもりのようだ。
こうなったら、もう諦めるしかなかった。
そもそも、こんな密室では逃げることなんて出来なかった。
「……よろしくお願いします」
私は、なし崩し的に青葉君と付き合うようになってしまった。




