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門司港タイムトラベル  作者: ハマ
1.黒崎香織タイムスリップ

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 私は“大丈夫”という言葉が嫌いだ。


 お母さんが亡くなった日、私に大丈夫と誰かが告げていた。

 大丈夫じゃなかった。

 お母さんは、私を庇って死んでしまったのだから。


 幼かった私は、何が起こったのかも理解していなくて、ただ誰かに縋り付いていた。

 その人が、私に大丈夫だと言っていた。

 それだけは覚えている。


 ……違う、私はそれだけしか覚えていない。


 事故に遭ったというのも、お母さんが私を庇ったというのも、当時のことはまったく覚えていない。それだけじゃなくて、その前後数日の記憶もほとんど無い。

 カウンセリングでは、お母さんを亡くしたショックだろうと言っていたけれど、それが私は許せなかった。


 お母さんを殺したのは私だ。

 私がちゃんと逃げられていたら、お母さんは今も生きているはずだった。


「香織、父さん仕事行くから、ちゃんと学校に行くんだぞ」


 お父さんは朝食を作ると、鞄を持って家を出て行く。


「うん、行ってらっしゃい」


 笑顔を浮かべて、お父さんを送り出す。

 お父さんは決して私を責めなかった。私が、黒崎香織がちゃんとしていたら、お母さんを失わなかったのに、大丈夫だからと言って、私に優しく接しようとする。


 それが、とても苦しかった。


 だから、私は“大丈夫”って言葉が嫌い。


「大っ嫌い」


 無音の玄関で、言葉が跳ね返って来る。

 しばらく立ち尽くしていると、玄関にある家族写真と目が合う。

 下関で関門海峡を背景に撮った写真。

 幼い私がいて、お母さんとお父さんと一緒に撮った写真。


 私が壊してしまった幸せな時間。


 罪から目を逸らすように写真立てを倒すと、リビングに戻る。お父さんが用意してくれた朝食を一人で食べて、制服に着替える。

 鏡に映る姿はどこか暗くて、笑顔を作ってみても陰がある。見た目はお母さんに似て来ているのに、あの明るかったお母さんとはまるで違う。


 笑顔を引っ込めると、鞄を持ってマンションを出る。

 時間はまだ早いけれど、遠回りをしたくなった。

 朝というのもあって人通りが多く、一部には観光客らしき人の姿も見える。


 少し歩くと目に飛び込んで来るのは、海。

 観光名所というのもあって展望台や、綺麗な建物もあるのだけれど、それよりもやはり海に引き込まれる。どれだけ素晴らしい建築物でも、大自然の魅力には勝てないのかもしれない。


 関門海峡の先には、山口県下関市がある。

 母の実家が下関にあるというのもあって、幼い頃はよく関門トンネルを通っていたのを覚えている。


 橋を一人で渡って、門司港駅に到着する。

 門司港駅は、門司港のシンボルらしい。

 ルネサンス式木造建築とか何とか聞いたことあるけど、詳しくは知らない。ただ、夜景が綺麗なのは知っている。


 駅にはそれなりに人がいて、同じ学生服の姿も見える。

 その中には、同じクラスの子もいるのだけど、お互い積極的に話すタイプじゃないから、話し掛けることはない。


 いつもなら、電車がスマホを開いて時間を潰すが、今日はそんな気分じゃなかった。

 ただ駅に広がるノスタルジックな景色をぼうっと眺める。

 線路があって、背の高い屋根、このがらんどうの空間が時代に取り残されたかのようで、知りもしない昭和の時代を彷彿とさせる。


 私は、この景色が苦手だ。

 幼い頃に、どこかに連れて行かれそうで怖いと思ってしまい、そのまま今日まで来てしまっている。

 でも、お母さんはこの景色が好きだと言っていた。

 何が良いのか分からなくて、早く帰ろうと我儘を言うと、

 

『ここが良いって思えるようになるのは、香織も大人になった時かな』


 そうお母さんは苦笑を浮かべていた。

 当時は、この言葉の意味が分からなかったけれど、今は何となく分かる。

 昔を、懐かしいあの頃を思い出せるから、好きだと言っていたのだろう。


「でも、私は苦手だな」


 あの頃に戻りたいとは思っても、この景色は好きじゃない。

 きっと好きになる時は、お母さんが言っていたように大人になってからだろう。


 電車がやって来る。

 これに乗ったら、どこか遠くに連れて行ってくれないだろうか? なんて、そんなあるはずないことを考えならが、私は日常に足を踏み入れた。



   ◯



 私は電車の流れる景色を見て時間を潰す。

 電車内を見ると、大抵の人はスマホを扱っているけど、私は乗り物に酔ってしまうから無理だった。

 耳にイヤホンをつけると、スマホでラジオを流して目を瞑る。

 FMラジオから男女のパーソナリティの会話が流れて、新曲から古い曲まで流してくれる。私は、スマホの代わりにこうやって時間を潰していた。


 私が通う高校は、北九州市の中でも都会の小倉にある。

 南小倉駅から歩いて十分くらいの距離にあり、電車の待ち時間も合わせると、片道だけでも一時間近くも掛かってしまう。


 教室に到着すると、努めて明るい笑顔を浮かべて「おはよう」と友人達に挨拶して行く。


 これは私の処世術。


 本当の私を見せれば、きっとみんな離れて行く。

 無口で、俯いたままの暗い私。

 周りの目が怖くて仕方ない私。

 それが、本当の私。


「ねえ、香織って門司に住んでるんだよね?」


「うん、そうだけど」


 クラスメイトが聞いて来るのだけど、それが一体どうしたのだろうか?


「関門トンネルの噂って本当にあるの?」


「関門トンネルの噂? ごめん、何のことか分かんない」


 いきなり何だろうか?

 私がそう返したからか、クラスメイトは「何だ、やっぱり嘘か」と興味を失ったかのように離れて行く。


 せめて説明してくれない?


 そう思っても、引き止めることはない。


 気にはなるけれど、誰かの時間を犠牲にさせてまで聞きたいというほどではない。


 だから、その噂話を私が知ることはないだろう。

 そう思っていたのだけれど、時間が経つに連れて、噂話の中身が聞こえて来てしまった。


『関門トンネルを通ると、過去に戻れる』


 このような荒唐無稽な噂話が耳に入って来た。


 ルールみたいな物もあるようだけど、それが本当なのかも分からない。というより、そもそもの噂が信じられるような内容ではないので、全てが嘘だと断言できる。


 ただ、誰がこんな噂を流したんだろうと気にはなる。


「ねえ、門司の噂って誰が言い出したのか知ってる?」


 そう何人かに尋ねても、返って来るのは「知らない」という回答だった。

 噂話なんて、所詮こんな物。いつもなら、それで諦められるのだけれど、過去に戻れるという言葉に引かれてしまい、出所を探してしまった。


 噂話を聞いたという人を辿り、ある人物に行き着く。


「私は浅野さんから聞いたよ」


「浅野さん?」


 浅野さんは、門司港駅で一緒になったクラスメイトだ。


 彼女は私に似ている。

 ただ、私と違って自分を偽らず、笑顔を振り撒いたりしない。誰かが話し掛ければ会話はするし、用事があれば話し掛けにも行く。


 でも、他人の顔色を窺うことはしない。


 そんな人だ。


「浅野さん、関門トンネルの噂話って知ってる?」


「ええ、私が流した噂だから」


「そうなんだ……。それって作り話だよね?」


 落胆した。意図的に流された噂話なら、もうそれは信じるに値しない。そもそも荒唐無稽な内容だった。信じる方がどうかしている。

 そう思ったのだけれど、浅野さんの返答は意外な物だった。


「黒崎さんは、中川大輔を覚えてる?」


「なかがわだいすけ? ごめん、知らない」


 中川という苗字には覚えはあるけれど、大輔という名前には心当たりが無い。


「そう……。私は、大輔からこの話を聞いた。条件も聞いてるけど、それが成功したことはない。出鱈目な話しだけど、それでも聞く?」


 明らかに嘘。


 でも、嘘でも知りたかった。


「教えて」


 そうお願いすると、浅野さんは淡々と喋り始めた。


「過去に戻るには、満月の夜二十時ちょうどに、関門トンネルの中央を通過しないといけない。その時に必要なのは、戻りたい時の写真。あと、電子機器は持ってたらいけない。この三つの条件で、過去に戻れるらしいよ」


 とても簡単な条件だ。

 そう思ったのだけれど、二つの条件が不可能だと気付いた。


 関門トンネルは基本的に、車両しか通行出来ない。

 電子機器が無ければ、正確な時間が分からないから、二十時ちょうどに通過するなんて不可能だ。


 やっぱり、嘘の話だなと諦めた。

 浅野さんが試したというのも、ただの嘘だろう。


「教えてくれてありがとう」


 心にもない感謝の言葉を告げて、私はこの噂話を終わりにした。

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