2-23
莉子の親父さんは、婿養子として浅野家に入った。
理由は、おばさんが一人娘というのもあり、運送会社を継ぐ人がいなかったからだ。
親父さんは元々、まったく違う業種に勤めていたようだが、莉子が幼稚園に入った頃に跡を継ぐ為に、運送会社に入社したという。
入社したはいいが、その勤務実態は酷いもので、従業員を酷使している環境だった。言ってしまえば、昭和の名残りをそのまま引き摺っているような会社だった。
親父さんが、この時代遅れな体質を改善しようとしていた時に、あのトラック事故が起きてしまった。
社長は倒れて、その責任は莉子の親父さんに向かう。
ここで、おばさんと離婚していれば、借金からは逃げられたかもしれない。でも、親父さんは最後まで責任を持つことを決めた。
これは、残されたおばさんに全責任がのしかかるのを回避する為。
そして、莉子から母親を奪わないようにする為だった。
これまで、二人で必死に働いて弁済して来た。
二人の絆は想像出来ないほど、強固な物だろう。
その絆に、俺は綻びを作ってしまった。
◯
莉子は高校に行く方針で、話は纏まった。
でも、親父さんとおばさんが離婚する。
そんな、後味の悪い終わり方を俺はしてしまった。
「気にしないでくれ。離婚するといっても、離れるわけじゃない。この生活は、このまま続けて行くよ」
「すみません。俺が首を突っ込んだりしたから……」
「莉子を思ってのことだろう? なら、俺達は何も言わない。寧ろお礼を言いたいくらいだよ」
気を遣ってそう言ってくれるけれど、俺がやったのはひとつの家庭を壊す行為だ。
目標は達成出来たけれど、こんな結末を望んだわけじゃない。
前のような、悲劇的な展開は無くなったとしても、これで正解だったなんてとても言えない。
もっと他のやり方があったんじゃないのか……。そう考えずにはいられなかった。
「あとは、うちで話すから」
おばさんに促されて、頭を下げて俺は家を出る。
「大輔待って」
呼ばれて立ち止まると、莉子が追って来ていた。
「莉子、ごめん。まさかこんなことになるなんて……」
きっと責められるのだろう。
それだけのことをやってしまった。
謝って許されるものではない。
そう思ったのだけれど、莉子にそのつもりは無いようだった。
「それはいいから。少し話さない?」
「……ああ、分かった」
団地の中にある公園に移動して、そこにあるベンチに腰を下ろす。
こうして、二人で並んで座るのは久しぶりな気がする。
一月前までは当たり前のような光景だったのに、今では懐かしささえ感じてしまう。
「……ねえ、前にも聞いたけど、どうして私の為にそこまでしてくれるの?」
「俺がしたいから……じゃ納得しないよな?」
「そりゃね。高校行かないで働くなんて、普通言わないよ。それに、あの時、高校がどうのって……」
それは、俺が救急車で運ばれた時のことだろう。
あの時は、気が動転して変なことを口走ってしまった。
何も聞いて来ないから、てっきり忘れているものだと思っていたけど、そうじゃなかったらしい。
でも、ここまで来たら隠す必要も無い。
正直に話そう。
「あのさ、これから荒唐無稽な話をするけど、信じるかは莉子に任せる。俺、この時間を過ごすのは二度目なんだ……」
とても信じられないような話。
喋っている俺でさえ、何を話しているんだろうと混乱しそうになる。
莉子がいなくなって、高校では一人ぼっちで、莉子の両親もいなくなって、ただ空虚な日々が続いて行く。
そんなある日、高校の同級生に過去に戻る方法を聞いた。
二十時に関門トンネルの県境を跨越す。
その時に、電子機器を持っていてはいけない。
戻りたい時の写真を所持しておく。
「あとは、和布刈神社にお詣りしておくことかな」
可能な限り簡単に説明したのだけど、時間を見ると三十分以上経っていた。
説明する中で、どうして莉子が自殺したのかは知らないと誤魔化した。そう言っておけば、今回のような切っ掛けになりそうなことを話してくれそうだから。
「……とてもじゃないけど信じられないよ。私が自殺したって? それ、なんの冗談よ……」
「信じる必要は無いさ。俺も話していて、無理があるなって思ったし」
「嘘だったの? 信じ掛けたんだけど……」
「本当のことだよ。ただ、現実味が無いって話し」
話し方が曖昧で、勘違いさせてしまった。
「その方法教えてくれた人って誰なの? 本当に人だった?」
「人だって、俺にとって高校唯一の友達だし、莉子とも気が合うと思うぞ」
「へー、どんな人だったの?」
「明るくて綺麗な子だったよ。隣のクラスの中心人物で人気もあったみたいだ」
「えっ、女子?」
「女の子だよ、いろいろ抱えてたみたいで、あの……はっ、ん?」
俺にとって唯一の友人の顔を思い出す。
とても美人で、芯が通っている女性だ。
自分を偽るのを辞めて、輝いていたあの子。
それなのに……。
「どうかした?」
「……あいつの名前が思い出せないんだ」
肝心の名前が出て来ない。
どれだけ思い出そうとしても、姿形だけしか記憶に残っていない。他は思い出せても、彼女の名前だけが出て来ない。
嫌な汗が出る。
「大輔、大丈夫?」
一点を見つめて黙ったからか、莉子が心配そうに見ていた。
「あっ、ああ、大丈夫だ……」
嫌な予感がする。
刺された箇所が、ジクジクと痛み出す。
それが、まだ終わっていないぞと言っているようで、薄ら寒い物を感じてしまった。
話は終わりと莉子を送り届けると、俺も家に帰る。
吐き出す息が白くなり、すっかり冬の季節になっていた。
息を吸い込むと、頭の中を冷やされてスッキリとする。
おかげで、嫌な感覚が薄れてくれて、何をするべきなのか考える余裕が出来る。
「やっぱり、放置出来ないよな……」
ポツリと呟くと、俺の中で覚悟が決まった。
◯
期末テストが終わっても授業はこれまで通り続く。
本番は年明けてからの受験であり、そこを乗り越えるまで緊張が途切れることはない。
莉子もこれまでを取り戻すように勉強に集中しており、休み時間も教科書を開いていた。
ただ、友人との交流は再開しており、これまでのように孤独ではなくなっていた。また、以前のように笑えている。
そんな莉子に、ある奴が話し掛ける。
「浅野さん、考えてくれた?」
「北方君……」
北方は親しげに話し掛けるが、莉子はどこか硬い。
友人の元彼で、苦手意識を持っている相手なのだから、こうなるのも仕方ないのかもしれない。
それに気付かない北方は、話を続けていた。
二人を眺めながら、横目で二島と汐井を確認する。
二島は明るく振る舞っているが、二人が話をしているのを見て元気を失っている。
汐井は眉を顰めたあと、見ないようにと机に突っ伏していた。
再び視線を戻すと、北方は莉子から離れて行く所だった。
放課後、席を立つと莉子がやって来た。
「大輔帰ろう」
これには流石に驚いた。
俺達はもう別れていて、用事が無い限り一緒に帰ることはないと思っていたからだ。
そう思ったのは俺だけでなく、隣の席の汐井も同様だった。
「あれ? 二人って別れたんじゃなかったっけ? より戻したの?」
「戻してないよ、勉強教えてもらう約束してただけだから。大輔行こう」
そんな約束していない。と思ったのだけれど、北方がこっちを見ているのに気付いて、俺は了承する。
「ああ、行こう」
教室を出るまでの間、北方は無表情で俺達を見ていた。
学校を出ると、莉子は大きく息を吐き出す。
「何かあったのか?」
「ん? 何でも無いよ……。じゃないよね、何も言わなかったら大輔が心配するんだよね?」
「そうだな、些細なことでも教えてくれ」
北方のことなら特に知りたい。
「北方くんに、勉強会するから来ないかって誘われたんだ。別に悪いことじゃないんだけど、何だか警戒しちゃって……」
別におかしなことではない。
警戒しているのは、元々持っていた苦手意識と俺の話を聞いたからだろう。
「それだけだから気にしないで。あっ、大輔の名前使っちゃってごめんね」
「いいよそれくらい。話してくれてありがとな」
隣を歩く莉子に感謝を告げると、莉子は頷いてある要求をして来る。
「うん。……あのさ、図々しいかもしれないけど、勉強教えて欲しいなぁーって、本気で思ったりするんだけど、これからどう?」
「それが目的だったんだろう?」
そう言うと、莉子は笑って頷く。
「よろしくね、大輔先生」
前は教えてもらっていたのに、今度は俺が教える番か。
そう苦笑しながら、「分かったよ」と頷いて了承した。




