2-24
莉子に勉強を教えるようになって一週間が過ぎたが、残念ながら彼氏彼女の関係には戻らなかった。
受験生というのを考えると、これが正解なのだけれど、少し寂しいと感じてしまう。
これからどうするかは、受験が終わってから考えよう。
それよりも今は、やるべきことがある。
スマホを開いて、例のSNSを確認する。
すると、俺に関する情報が流れていた。
「……間違いないか」
流れていたのは、俺が警察に捕まった過去があるというもの。
内容は、暴行を働いて二人を病院送りにしたという物だ。
この情報は、莉子と汐井しか知らない内容だ。
そもそも、俺は注意は受けても逮捕されていない。
もしそう勘違いするとしたら、先日汐井に流した『実は逮捕されていた』という情報を聞いたからだろう。
正直、汐井は口が硬いとは言えない。
それでも、自分が関わった事件で、おいそれと他人に話すような奴ではない。
もし話すとしたら、心を許した相手だろう。
だったら、もうあいつしかいない。
学校に到着すると、クラスメイトからの視線が突き刺さる。
それを気にせずに、俺は汐井の元に向かう。
「なっ、中川君?」
「汐井、話がある」
語気を強めて声を掛けると、ビクッと震えた。
申し訳ないと思っているのか、汐井は立ち上がって俺の後をついて来る。
その様子を見ていたクラスメイトは、誰も止めない。
それも、まだ半数しか来ておらず、止めてくれそうな莉子や北方がいないからだろう。
「話したいことって分かるよな?」
「ごめんなさい! まさか、拡散されると思わなかったから……」
「それはどうでもいい。で、誰に話した?」
「……」
「喋らないなら、汐井がパパラッチだってバラすぞ」
「ちがっ⁉︎ 私じゃない⁉︎」
分かってるよ、それくらい。
「じゃあ答えろ、誰に話したんだ?」
上から睨み付けるように汐井を見下ろす。
すると、俺が恐ろしかったのか、視線を彷徨わせて諦めたように教えてくれた。
「……充君」
「まあ、そうだろうな」
「知ってたの?」
「汐井も巻き込まれてんだ。話すとしたら、彼氏くらいしかいないだろう」
これで確認は取れた。
あとは、北方を追求するだけだ。
「ねえ、充君をどうするつもり? 喧嘩とかしないよね?」
「それはあいつ次第だ。何が目的で、あんなデマ流しているのか知りたいだけだ」
ただの愉快犯、なんてことはないだろう。
何かしら目的があっての行動と見るのが妥当だ。
俺は汐井から離れて、一つだけ忠告する。
「ああそうだ、北方とは別れた方がいいぞ。二島と北方が付き合ってた時期と被ってるからさ」
「は?」
汐井の表情が怒りの形相へと変わる。
直ぐにでも詰め寄って、怒りをぶつけてしまいそうだ。
汐井は振り返ると、そのまま教室に戻ってしまう。
俺よりも先に喧嘩になりそうだな。
余計なことを言わないように、釘を刺しておくべきか。そう悩んだのだけれど、心配する必要は無くなった。
それは、この日から北方は学校を休んでしまったからだ。
◯
冬休みまで残り一週間とはいえ、北方は学校に来なくなった。
理由はインフルエンザに罹ったそうだ。
本当に病気になったのか定かではないが、親から連絡があったそうなので信じるしかない。
これが仮病なら、俺が追求するのを想定していたようで、恐ろしさすら感じる。逆に、何らかの手段で知ったとしたら、どこかに盗聴器でも仕掛けているんじゃないかと不安になる。
それと、二島と汐井の間でも騒動があった。
いつから付き合っていたのか、どのくらいの期間被っていたのか、口止めされたのか。その話し合いをする過程で、二人とも泣き出してしまい収拾がつかなくなってしまった。
二人とも、北方には追求するつもりのようで、話をしたいとメッセージを送っていた。
俺もその場に同席したいと伝えていたのだが、残念ながら北方からの連絡はなかった。
最も影響が大きかったのは、クラスの中心人物だった北方がパパラッチであると知り、みんなショックを受けていた。
北方が来ないまま二学期が終わり、冬休みに突入する。
クリスマスは家族と一緒に過ごす。
「莉子ちゃんがいてくれたら良かったのにね」
そう母さんが愚痴るが、別れてしまっているのだからどうしようもない。
俺は不貞腐れながらチキンを食べて、ケーキをあっという間に平らげる。出来たらワンホール頂きたい所だけど、流石にそれはまずいなと自重する。
そして次の日の夕方、自宅に予想外の人物が尋ねて来た。
「久しぶり、少し話さないか」
「……北方?」
余りにも唐突で、直ぐには反応出来なかった。
パパラッチが北方だというのは、クラスのみんなに知られており、もう学校どころか俺達の前には現れないと思っていた。
それなのに、こうも堂々と俺の前に立っている。
笑顔を浮かべている北方は、とても好青年に見えて警戒心が薄れてしまう。その空気に飲まれてか、俺は「直ぐ準備する」と言ってしまった。
部屋に戻ると、深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
ただ何があってもいいように、気持ちだけは引き締めておく。
北方と訪れたのは近所のコンビニで、その駐車場で立ち話をするつもりのようだ。ここには防犯カメラが設置されていて、暴力対策のつもりで選んだのかもしれない。
「学校でさ、俺がパパラッチだって広まってるよね?」
「ああ、事実そうなんだろ?」
「まあね。最後に流した情報が、旭だけしか知らないって聞いて焦ったよ。まさか、中川に罠を張られているなんて思わなかった」
どういうことだと話を聞くと、俺が捕まった経験があると流した直後に、汐井から連絡が来たらしく問い詰められていたそうだ。
「話を聞いて時間も経っていたから、てっきり他の人にも話をしているものかと思ってた。予想外過ぎて、あの時は流石に焦ったね」
そう面白そうに笑う北方。
学校の時と違って、流暢に喋る。
クラスではあまり喋らなくても、自然と人が集まって来る奴だったが、こっちが本来の北方なんだろう。
「なあ、二島と俺が写っていたのって、お前が撮ったんだろう?」
「そうだな。チサが中川と話を付けようとか言い出したから、何かアクション起こすんじゃないかって見てたら、案の定だったよ」
「二島が俺を嫌い初めてのは?」
「さあ……あっ、中川は危ない奴で、浅野さんが危ないかもって話をしたからかな? それで、勝手に想像を膨らませてたのかもしれないな」
「止めなかったのか?」
「止めないさ。人の意見は尊重する主義だからさ」
まるで、悪戯が上手く行った子供のように、無邪気な笑顔を浮かべていた。
「じゃあ、どうして不良グループに俺のことを教えた? 主義主張なんて関係無い話しだろう」
「旭が中川に助けてもらったって聞いて、嫉妬したんだよ。それで、ついさ」
笑みは相変わらず浮かべていて、まるで人を小馬鹿にしているようだ。
それだけで、この内容が嘘だと分かる。
「それ嘘だろう? ついで二回も教えないだろう、目的は何なんだよ? 俺を襲わせたって意味ないだろう? テストで負けた腹いせか?」
「それもあるかな……」
そう言いながらも、北方の顔から笑みが消えて行く。
それは無表情のようで、怒っているようにも見えた。
だから、一つ尋ねる。
「莉子か?」
北方の反応は劇的だった。
血が出るのではないかと思うほど唇を噛み、拳を握る。
それは悔しさから来ており、怒りとなって俺を睨み付ける。
「全部お前だ! 中川が浅野さんと付き合いさえしなければ良かったんだ! 全部お前のせいだ! こうなったのは、全部全部お前が悪いんだよ‼︎‼︎」
余りにも理不尽な怒り。
おかげで、俺も怒りが湧いて来てしまう。
「っざけんな‼︎ こうなったのは、お前のせいだろうが! 莉子を人殺しの子供とかデマ流しやがって! あの人達がどんなに苦労していたのか分かってんのか⁉︎」
他にも言いたいことは山のようにある。
二島を弄んだことや、汐井をいいように利用したこと。不良グループに襲われたときなんて、莉子まで巻き込まれてしまった。
それに、それにだ。
もし、もし前の時も、こいつが動いていたとしたら、どこまで関わっていたんだろう?
あいつらは、頼まれたと言っていた。
それが北方だったら?
こいつの目的は一体なんだ?
莉子は告白されて断ったと言っていた。
なら、手に入れる為に行動するんじゃないのか?
俺と莉子を別れさせる為に動いてたんじゃないのか?
……もし、その考えが間違いだとしたら?
「全部お前のせいだからな! 浅野さんが俺を拒絶するから悪いんだ‼︎」
「おい、さっきから何を言っているんだ……?」
そう聞くと、北方は口元を歪めて告げる。
「不良グループの奴らに、中川の弱点を教えた。今頃、浅野さんを……」
反射的に拳を握り、振りかぶって顔面に叩き込んだ。
「莉子⁉︎」
莉子が危ない。




