2-21
あの噂は、嘘じゃなかった。
そして、莉子が俺と価値観が合わないと言った理由も分かった。
あの時の俺の言葉は、莉子にとって親父さんを貶されているのと同義だった。
俺は、とんでもないことを言ってしまった。
あの人達を、必死に働いている人を否定するような言葉を吐いてしまった。
「でもさ……そんなの、分かるわけないだろう!」
言われなきゃ分かんないよ! だから、教えてくれって言ったんだ!
悔しくて拳を握ろうとする。
でも、折れた腕が痛んで、それも出来ない。
「母さん、知ってたならどうして教えてくれなかったんだよ⁉︎」
「莉子ちゃんには関係の無い話だからよ。あの子の人生に、親の罪なんて関係ないでしょう? もし何かあったとしても、大輔なら大丈夫だと思ったんだけどね……」
「無茶言うな! くそっ、莉子に連絡しないと……」
謝らないと。
ごめんって、親父さんのこと悪く言ってごめんって……。
スマホを持って、発信ボタンを押そうとして手が止まる。
謝ってどうするんだ?
なんて言い訳するんだ?
俺は許されたいのか?
許されてどうする? もし、まだ付き合っていると勘違いされたら、また莉子が狙われるんじゃないのか?
「……くそっ!」
スマホの画面を消して、どうするべきなのかを考える。
俺が最優先すべきは、莉子の安全だ。
自殺するほど追い詰められる理由を排除すること。
それは、不良グループを退けたことで大半は達成出来た。もう一つの懸念も、どうにか出来るかもしれない。
このまま別れていれば、莉子が再び狙われることは無いはずだ。
そのはずなのに、まだ何か見落としている気がする。
何か、何か……。
「……母さんさ、もし俺が死んだりしたらさ、俺の後を追ったりする?」
「……あんた、いきなり縁起でも無いこと言うね」
「たとえばだよ。もし、何かを理由に自殺なんかしたら、どうする?」
たとえ話だけど、母さんは真剣に考えてくれているのか、目を瞑って無言になる。
しばらくすると、目を開けて答えてくれた。
「理由によるかな。原因が外にあるなら、徹底的に追求して責任を取らせる」
「……じゃあ、後を追ったりする場合は?」
そう尋ねると、俺は足を蹴られてしまった。
「それは、お母さんに原因がある時よ。ほら、下らないこと考えてないで、明日にでも莉子ちゃんと話して来なさい。まだ好きなんでしょ?」
「おう」
母さんの言葉で、見落としていた可能性に気付けた。
この予測は外れて欲しいけれど、莉子が言っていたことと過去の話を聞くと否定出来なかった。それに……、
「あっそうだ。莉子ちゃんのお母さんが言ってたんだけど……」
考えを裏付けるように、母さんから話を聞いてしまった。
それを先に言ってくれと思ったのはいうまでもない。
◯
翌日、教室に入ると、莉子は北方と話をしていた。
俺は空気を読まずに近付いて、二人の前に立つ。
「莉子、悪いんだけど放課後家に行っていいか?」
「え? いきなりなに?」
「親父さんに用事があるんだ。出来たら、莉子も一緒にいて欲しい」
一方的に要求を告げる。
受け入れられるかは分からないけれど、これが俺に出来ることだ。
会話の邪魔をしたからか、北方は不機嫌そうに睨んで来る。
「中川、いきなりなんだ。もう浅野さんとは別れたんだろう? いつまでも、浅野さんに迷惑をかけるな!」
「お前には関係ないだろう。俺は莉子に聞いているんだよ」
「だから、それが迷惑だって⁉︎」
「待って⁉︎」
北方が俺を遠ざけようとするが、莉子が北方を止める。
「ごめん北方君、大輔と話しさせて。ねえ、一体何の用で、お父さんに会いたいの?」
「これからについてだ」
「これからって言われても、お父さんと何かしてたの?」
「何もしてない。ただ俺が、親父さんと話がしたいだけなんだ」
決してふざけていない。
真面目に、莉子を見て告げる。
俺の思いが届いたのか、莉子は「分かった」と了承してくれた。
直ぐに親父さんに連絡をしてくれて、夕方には家にはいると教えてくれた。
「じゃあ、帰りに」
そう言って二人から離れるのだけど、会話の邪魔をされたからか、北方はずっと俺を睨んでいた。
◯
放課後、約一ヶ月ぶりに莉子と帰る。
十二月というのもあり、日が暮れるのが早くなっている。
夕暮れ時はあっという間に過ぎて空は暗くなり、街灯が俺達が歩く道を照らしてくれる。
日中はまだ暖かいのだけど、陽が無くなると途端に寒くなる。
俺はポケットに手を突っ込んで、莉子の隣を歩く。莉子はマフラーと手袋をしていて暖かそうにしており、そこまで寒くはなさそうだった。
莉子の様子を見ていると、不意に目が合う。
「……」
「……」
でも会話は無く、お互いそっと目を逸らした。
別に仲が悪くなったわけではないのだけれど、別れたというのもあり、どう接していいのか分からないのだ。
話したいことは沢山ある。
でもそれは、今するべきことじゃない。
だから、このまま何も話さずに団地に着くのだろう。そう思っていたのだけど、沈黙に耐えられなかったのか、莉子が話掛けて来た。
「今日さ、北方君に小倉高校受験しないかって誘われたんだけどさ、どう思う?」
「うん? 莉子の成績なら狙えないことはないんじゃないか」
「いやいや、無理でしょう。もし受かっても、下の方だよ。授業に付いていけるか不安だし、無しでしょう」
どうやら、莉子の中ではすでに答えは出ていたらしい。
なら、何で聞いたんだよという話しなのだが、ここは聞き直したら駄目な所だろう。
莉子が言いたかったのは、高校に付いてじゃなくて、別のことだろうから。
「どうして北方に誘われてたんだ? 心当たりとかあるのか?」
「……一つだけある。けど、もう終わった話だから」
「そこまで言われたら気になるって。終わってるなら、教えてくれてもいいだろう?」
そう言うと、ん〜と悩んでから教えてくれた。
「中学一年の時に、北方君から告白されたことがあるんだよね。その時は、北方君のことよく知らなかったから断ったんだけど……」
「……マジか? じゃあ、今は?」
「え? 無い無い! 北方君、チサと付き合ってたでしょ。友達の元彼とか無理だよ。それに……」
「それに?」
言い淀む莉子は、前後を確認して誰もいないのを確認してから答えた。
「北方君って、なんか怖いんだよね。内側に何かあるような気がしてさ、余り近寄りたくないんだ……」
こんなこと言ったら怒られちゃいそうだけど。そう言って莉子は言葉を締め括った。
北方はパッと見ではそうは見えない。
勉強も出来て、運動もそこそこで、容姿も整っており、吹奏楽部の部長をするくらい責任感のある人物。というのが、学校での印象だ。
だからこそ、結構な数の女子が北方に告白していた。
全部断っているという情報もあるけれど、二島と汐井の事例もあり怪しくなっている。まあ、それはそれとして、学校では多くの支持を集めているのは事実だ。
そんな人物に第一印象で恐怖を感じるというのは、普通無いだろう。
その恐怖を感じたという莉子の直感に興味が湧いた。
「じゃあさ、俺はどうだったんだ? 言っちゃ何だが、結構厳ついぞ」
「あはは、自分で言う? そうだね……怖いって感じはしなかったけど、大きいな、くらいは思ったかな。あと、強引だなってなった」
「強引は後からだろう? でも、確かに強引だったかな……」
莉子と付き合う為に、いろいろやったからそれは認めざるを得ない。
そんな強引ついでに、無理矢理話を変えて、学校でのことを聞いてみる。
「なあ、どうして二島とか友達と関わらないようにしたんだ?」
「……いいじゃん、私の勝手だし」
「良くないだろう。みんな心配してるのに……」
そう言うと、莉子は俯いて歩く速度が落ちてしまった。
もう団地の敷地に入っていて、莉子の家まで後少しだ。
莉子は住む棟を前にして、足を止めてしまった。
「お父さんに話すのって、それ?」
「違う」
「じゃあ、何の用?」
もうここまで来たら、話してもいいだろう。
「莉子を高校に行かせて下さいって、お願いしにだよ」
そう言うと、驚いたように莉子は顔を上げる。
「……知ってたの?」
「昨日知ったんだよ。ほら、行くぞ」
足を止めている莉子を放置して、俺は階段を上がって行った。




