2-20
ふざけた情報がSNSに投稿された。
【浅野莉子の親は人殺し】
出鱈目な情報を流したのは、『パパラッチ』というふざけた奴だ。
何が目的でこんな出鱈目な情報を流しているのか知らないが、少なくとも俺を怒らせるという効果はあった。
「おい! 誰がこんな噂流しやがった‼︎」
怒りが湧いて、クラスにいる奴らに怒鳴ってしまう。
パパラッチという奴が、うちのクラスにいるいう確証は無い。だが、過去の投稿を見ると、このクラスでしか撮れない写真を多数掲載していた。
ほぼ間違いなく、ここにいる。
パパラッチを特定したいが、俺にはその手段が無い。
開示請求してもらおうにも、直接批判されたことは無くて頼むことも出来ない。
その権利は莉子にあるのだけれど、当の本人は無反応で自分の席に座っているだけだった。
「莉子、どうして黙ってるんだ。親を悪く言われてるんだぞ⁉︎」
「……」
そう訴えても、莉子は無反応だった。
認めるでも否定する訳でもなく、興味無さそうにしていた。
それが、無性に腹立たしかった。
俺は莉子の両親を知っているし、一緒にご飯を食べたこともある。とても優しくて、仕事に真面目で尊敬出来る人達だ。そんな人が、人殺しなんてする訳ないだろう⁉︎
感情を爆発させている俺に対して、莉子はようやく口を開く。
「大輔、もう私に関わらないで。お願い」
「っんだよそれ……」
ふざけるな⁉︎ そう言おうとして、莉子の悔しそうな顔を見て言葉を引っ込めた。
怒っているのは莉子も同じだった。
でも、それだけじゃないような気がしてしまう。
何か秘密があるような、そんな気がした。
この日を境に、莉子はクラスの中で孤立するようになる。
クラスの女子を始め、友人だった奴らも段々と話し掛けなくなった。
それは、二島や汐井も例外じゃなかった。
それを咎めることは俺には出来なかった。
しなかったのではなく、出来なかった。
離れるのを選択したのが、莉子自身だったから。
避ける範囲は友人だけでなく、俺まで避けるようになっていた。
莉子は、自ら一人になるのを選んでしまった。
◯
期末テストの答案が戻って来る。
テストの問題は前と同じで、俺に取っては二度目のテストになってしまった。
中間テストに続き、かなりの高得点を取ってしまい、少しだけ申し訳ない気持ちになる。
とことん利用すると覚悟をしておきながら、矛盾した嫌悪感を抱いてしまう。
そんな俺に話し掛ける奴がいる。
「中川君、今回も成績良かったみたいだね」
声を掛けて来たのは汐井だった。
「まあな……」
「私も、結構良い点だったんだ」
汐井もテスト結果が良かったのか、その結果に満足している様子だ。
点数を教えてくれるので、「凄いな」と素直に称賛する。しかし、「点数が上の人から言われてもね……」と天邪鬼のようなことを言われてしまった。
「でもさ、どうやってそんな高得点取ったの? 塾通ってないよね?」
「何だよ、中間テストの時みたいに疑うのか? 単に勉強してただけだよ」
「違うって、どういう勉強法をしているのか気になっただけ。別に、中川君がカンニングしたなんて思ってないから。そういう人じゃないって知っているから安心してよ」
そう言われると、逆に罪悪感が生まれる。
「まっ、まあ、また山が当たっただけだよ」
適当に誤魔化すと、話を変えようと続いて質問をする。
「汐井はどこの高校受験するんだ? 成績も良いし、上の方目指せるんじゃないか?」
「私? んー……これ秘密ね。小倉高校目指してみようかなって思ってるんだ」
「マジか、凄いな。でも何で?」
てっきり、私立の特待生一本で行くのかと思っていた。
俺の知る進路と違っていて、どうして目指すのか聞いてしまう。
「これも秘密ね。……彼氏が小倉高校目指してるから、私もチャレンジしようかなってなったの」
「……彼氏?」
小声だったから、つい聞き返してしまった。
聞き間違いかと思ったけれど、汐井は頷いて肯定するので間違いではないらしい。
「えっ? でも、汐井は北方が……」
「ちょっ⁉︎ 名前出さないでよ⁉︎ 一応秘密なんだから、誰にも言わないでよ」
今の反応からして、彼氏は北方なのだろう。
この前、二島と別れて、そんな直ぐに他の女子と付き合うのか? しかも、この大事な時期に。
「……いつから?」
「えっ? 知りたい?」
「何で嬉しそうにしているんだよ? いいから教えてくれよ」
秘密と言っていたから、これまで誰にも話したことがなかったのか、ニンマリと笑みを浮かべている。
俺が促すと、付き合い始めた時期を教えてくれた。
それからもう一つ質問をすると、授業開始のチャイムが鳴った。
頭の中で情報を整理しながら、俺は頭を抱える。
そして、ある情報を汐井に与えた。
◯
ある予想が立って、人間不信になりそうになりながら家に帰る。
家に到着すると、神妙な面持ちの母さんが待っていた。
どうしたんだろうかと鞄を椅子の上に置きながら、「何かあったのか?」と尋ねる。すると、睨み付けるような目で見られてしまった。
「大輔、学校で莉子ちゃんイジメられてるの?」
「それ、誰から聞いたんだ?」
「莉子ちゃんのお母さんからよ。最近様子がおかしいから、イジメられているんじゃないかって心配してたよ」
家でも様子がおかしくて、心配されているじゃないか。
それなのに、どうして人を遠ざけようとするんだよ。
「イジメられてはない、と思う。でも、莉子の親の噂が流れているんだ……」
「噂って、どんな?」
「出鱈目な噂だよ。莉子の親が、人を殺したって……」
そう告げると、母さんは座りなさいと目の前の椅子を指差す。話が長くなるのか、無言でお茶を用意してくれる。
お茶を一口飲むと、母さんは悩みながら口を開いた。
「どこから話したらいいか……。あのね、莉子ちゃんのお父さんが、人を殺したっていうのは出鱈目だから安心して」
「そんなの分かってるよ。じゃあ、やっぱりあの噂は嘘なんだよな?」
「落ち着きなさい。大輔には悪いけど、全部嘘ってわけでもないのよ。あのお家はね……」
母さんの話しは、衝撃的な内容だった。
でも、納得もしてしまった。
運送業の親父さんと、看護師のおばさん。
二人の収入を考えると、団地に住むというのは違和感があった。
もちろん、いないわけじゃないだろう。でも、あの質素な生活は、二人の収入とは見合っていなかった。
◯
莉子のお祖父は、その昔運送業を経営していた。
経営は順調で、多くの従業員を抱えており、中小企業の中でも成功していた方だった。
そこに、跡継ぎとして莉子の父も役員として勤務する。
経営は順調だった。
ただそれは、従業員の犠牲の上に成り立っていた。
長時間労働、低賃金、多数の罰則。
今では考えられないような条件で、従業員を働かせていた。
これに反発して辞めて行く者はまだいい。だが、いろんな物を背負った氷河期世代の人達は、仕事を辞めることが出来ず、この仕事に縋り付くしかなかった。
連続した長距離運転。
削られる睡眠時間。
そんな状態で、事故が起こらないはずがない。
今から十年前、ある事件が起きる。
長時間労働した従業員が、大型トラックの運転中に心臓発作を起こしたのだ。
そのトラックは歩道に乗り上げて、親子を轢く。
幸いなことに、子供は母親が庇ったから無傷で済んだが、庇った母親は即死だった。
そして、トラックを運転していた従業員も、そのまま亡くなってしまった。
加害者が亡くなり、その責任は雇用主である運送会社に向かう。
会社に労基署が訪れて、労働時間や勤務実態を徹底的に調べ上げた。
その結果、半年間の営業停止処分。
社長である祖父と、役員である莉子の父親は書類送検されてしまう。
いくら経営は順調とはいえ、半年間の営業停止に加えて、悪評から各社から契約を切られてしまい、あっという間に倒産してしまった。
莉子の祖父と父には多くの負債が残る。
その上、元従業員達から賃金未払いに加えて、これまでの過勤務時間分の賃金を巡り訴訟されてしまう。
これで自己破産出来たら、まだ良かったのかもしれない。
だがそれは、悪質な事例と認められてしまい、自己破産は出来なかった。
働いて、多額の金額を弁済するしかなくなったのだ。
どんなに働いても、決して返せないような借金を背負ってしまった。
そして、問題はそれだけではない。
祖父と父は、二人を死に追いやった人殺しとして周囲から見られてしまう。
これが、莉子の両親が人殺しと言われる理由だった。




